203 都市伝説?
メラトニの街を早足で歩き、冒険者ギルドまで来ると、そこに師匠はいた。
「……師匠? どうして?」
「む、ルシエルが来たのか? それにしては人数が多い気がするが……」
「師匠、どうしてそんな怪我を負っているんですか!!」
「…………」
師匠は両目に傷を負い、左腕が肘まで、左足が膝下まで消失していた。
さらに俺の声が師匠に聞こえなかったのか、その返答はなかった。
これではまるで、俺を鍛えた時の特訓をしたような状態だが、左腕と左足がそれだと説明がつかない。
俺は直ぐに師匠へ近づくと、エクストラヒールとリカバーを発動させた。
眩い光が師匠の身体を包むと、全てが完全再生した状態で現れた。
周囲にいた者達はあまりの凄さに言葉を失っているようだったが、俺は回復したばかりの師匠に何があったのかを問おうとした。
「お帰りルシエル。おかげで助かったぞ」
しかし師匠の笑顔の前に問おうとした言葉ではなく、ただ反射的に言葉が漏れた。
「ただいま戻りました、師匠。無事に賢者へと至ることが出来ました」
「おう。さすが俺の自慢の弟子だ」
その言葉に目頭が熱くなったが、この時ようやく師匠の傷が癒えたことを理解したように、集まった人々から、凄まじい歓声が上がるのだった。
その凄さに吃驚していると師匠が大声で集まった住民達に声を掛ける。
「これで噂が噂だって分かったはずだ。それどころか、賢者になって帰って来たルシエルを、皆で一緒に祝ってくれ」
その言葉でまた歓声が大きく、今度は拍手も混ざり始めるのだった。
「ルシエル、何かインパクトがあることが出来ないか? そうすれば、今回のような企てた者に対して、打撃を与えることが出来るはずだ」
「……それはそれで、また別の何かに巻き込まれる可能性がありますよね?」
「まぁ細かいことは考えるな。どうだ、出来るか?」
師匠は否定も肯定もせずに流して告げてくる。
また無茶振りをすると思ったが、師匠の快気祝いに、一度出来たのだから、出来るだろうと空を飛ぶことに決めた。
「……空を飛んで見せたら、インパクトありますか?」
「はぁ?」
師匠が真顔で聞き返してきたのを流して、飛ぶ合図を教える。
「じゃあちょっとだけ行ってきます。風龍よ、空を自在に飛翔する翼となれ」
そして次の瞬間、俺は空へと舞い上がっていく。
どんどん高度を上げて、三十メートル程まで上がって、軽く飛んで左右に十メートルずつ行ったり来たりして見せたあとに、ゆっくりと降下することにした。
師匠どころか皆が皆、口を開けて見ているのだからおかしくなったが、いきなり空を飛んだのだから、それも当たり前なのかも知れない。
ゆっくりと降下していくときに、遠くに見える夕日がとても綺麗で、何だか頑張った自分へのご褒美のような気がしていた。
着地するまで、してからも、誰一人声を上げる人はいなかった。
「えっと、これが新たな力ですけど、少し地味でしたか?」
俺が師匠にそう告げると、師匠の声を待たずに、先程以上の歓声回りから上がった。
歓声の収拾がつかなくなりそうだったので、師匠が今度は叫ぶように周囲に告げる。
「これでルシエルが本物の賢者だってことが分かった筈だ。今度からメラトニは、賢者を育てた街として、話の種にでもしてくれ。ルシエル、中へ行こう」
「はい」
すると何処からともなく拍手が鳴り響き、それが嬉しいのか恥ずかしいのか分からなくなりながら、手を振り、会釈して冒険者ギルド内へと場所を移すのだった。
冒険者ギルド内に入ると、皆が一様に俺ではなく師匠を見て驚き固まっていた。
そして俺の姿を見て、もう一度師匠の姿を確認して、声が上がる。
「ブロドさんの腕が、足が戻っているぞ」
「治癒士を超えた賢者になったって言うのは、本当のことだったのか」
「旋風がまた暴れることになるぞ」
「退避……する前に、祝杯を上げるぞ」
「よし、居酒屋へ出発だ」
冒険者達は師匠が完全に復活していることに驚き、喜んだ……が、直ぐに表情が固くなり、外へと退避するかのように、ギルドから出て行こうとした。
「ほう。だったら一汗流していった方が、酒は美味く感じるだろうな。それに祝うのなら、主役がいないといけないだろう? 今日はとことんボコボコにしてくれ。な~に、今回はルシエルがいるから、遠慮はいらないぞ」
出口へ向かおうとした冒険者達は蒼い顔しながら、抵抗を続ける。
まずは大盾を持った戦士が、お腹を押さえながら口を開く。
「ちょっと体調が悪いんだ。旋風との模擬戦は勉強になるんだけどな。いや~残念だ」
「心配には及ばない。それならルシエルが瞬時に治してくれるさ」
瞬殺で論破された戦士が肩を落とす。
続いて槍を持つ先程飲みに行こうと、口を開いた男が慌てて言い訳を告げる。
「お、俺はこの後約束があるから、付き合えないです」
「ほう。酒を飲みに行くのだろう? 満足したら酒と料理を冒険者ギルドで出すから、遠慮はするな」
師匠の微笑みを冒険者の男は怯える目で見つめ、男は視線を少しスライドさせると、その目が今度は俺を捉えた。
いや、その男だけではない。
屈強な男達がこちらを見つめていた。
それも上目遣いで、縋るように見つめてきていたのだ。
これはさすがの俺でも気持ちが悪く、仕方がないので、救いの手を差し伸べることにした。
「師匠、一人一戦にしてあげてくださいよ。今後の話は……明日以降でもいいですけど、皆の宿泊先も決めないといけないんですから」
「む、まぁ仕方ないか。今日はそれで納得してやる」
「それでいいんですよね?」
俺は師匠から目を切って、冒険者達の方に顔を向ける、冒険者達が口々に暴言を吐き始める。
「だぁ~期待した俺達がいけなかった。だってあいつは旋風の弟子じゃないか」
「やっぱり弟子も戦闘狂なんだよ」
「ちくしょう。今思い出したけど、あいつは治癒士の時に竜殺しになったって聞いたことがあったぞ」
「馬鹿野郎、縋る相手を完全に間違えているじゃないか」
どうやら俺の過去の通り名を、彼等は知らないようだった。
竜殺し、平穏には遠いがまだ許容出来る範囲だな。
俺はそう思いながら、笑顔で一人頷いていた。
しかし、ここにいる面子が、当時のことを知らない冒険者達だけであると、何故俺は決めつけたのだろう。
そう古参の冒険者達だって、この冒険者ギルドにはいるのだ。
「甘い、甘いぞお前達! 戦闘狂の旋風にレベル一で一年以上も挑み続けた、治癒士の伝説を知らないのか?」
面白そうに語る男とその横で笑うパーティーには見覚えがあった。
俺に服をプレゼントしてくれたことのある人達だったのだ。
「まさか、あの倒しても倒してもゾンビのように立ち上がり、何故か起き上がる時はいつも笑みを浮かべているっていう……」
「そうだ。奴は旋風の……鬼畜教官のあの攻めを受けても受けても立ち上がり、料理熊から出される物体Xを笑いながら飲んでいた、その名も……」
あれだけは封印してもらわないと困る。
俺は口に出そうとした冒険者の口を全力で閉ざすことにした。
「聖龍よ、この身を守れ。雷龍よ、全てを置き去れ」
全てを語る前に俺は音を消し去り、冒険者の肩を捕まえると、そのまま感電させて気絶させることにした。
「ドォォォオオオブルブル」
「それは言わせないよ」
忌まわしき通り名がギルドに響くことを阻止することが出来た。
聖龍と雷龍を解除すると、冒険者はそのまま感電したように倒れる。
さすがに死んでもらっても困るので、ハイヒールをかけてあげた時だった。
「あ~あ、そういえば鬼畜教官に、ドMゾンビって言われたことがあったな」
何故か昔話を思い出すように、師匠の口から忌まわしき通り名が飛び出した。
「あれが噂の……」
「伝説じゃなかったのか」
「まさか実在するなんて」
そんな声が俺の耳へと入ってくる。
「師匠が何で言うんですか」
「そんなことよりルシエル、聖属性魔法しか使えないと言っていた割には、色々隠し持っているじゃないか。それに随分強くなったんじゃないか」
悪びれる様子もなく、とてもにこやかな笑顔を師匠は浮かべていた。
「……まぁ色々とありましたから」
「じゃあサクッと地下に行こうか」
師匠にロックオンされてしまい、他の冒険者達はターゲットが変わったことに安堵の表情を浮かべている。
「ちょっと待った、私とも是非模擬戦をしていただきたい」
しかし、そこにやはりライオネルの声が響いた。
戦闘狂が二人揃うとこういうことが起きるから……ケティとケフィンを見ると、俺から目線を逸らした。
「あっ? あ、戦鬼じゃないか」
「久しいな旋風」
「くっくっく。今日は祭りになりそうだな」
「ふっ、私が血祭りにしてやろう」
「言うではないか。さぁ行こうか。ルシエル、ああ楽しいなぁ」
こんな時はいつもグルガーさんとガルバさんがいる筈なのに、何で現れないんだろう。
何処で間違えたんだろう。
俺は自問自答しながら、ローブを師匠に掴まれたまま、訓練場のある地下へと移動することになるのだった。
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