202 あれから三ヶ月
合流したライオネル達と一緒にメラトニへと歩く中、そのメラトニへと集まることになった経緯を簡単に話して、彼等からもこの三ヶ月の話を聞くことにした。
「…………そんな訳で、簡単に話をまとめると、ネルダールへと赴いて、何とか賢者になれたんだ。まぁ聖属性魔法以外は相変わらず使えない欠陥賢者だけどな」
俺は自嘲しながら、おどけて話して見せる。
今だから出来ることであり、これで力が戻っていなかったら、回りの空気が一気に重くなるところだ。
「聖属性魔法さえあれば、ルシエル様は畏れることはありません。ルシエル様への攻撃は全て私が受けきり、前に立ちはだかる敵は全てなぎ払いましょう」
すると、隣にいたライオネルが、俺の前に立ちはだかり、片膝を突いてそう宣言した……。
「……なぁライオネル、少し人格が変わってないか?」
なんというか、少し暑苦しくなっていた。
ライオネルへ向けて言った言葉に、同意する人物がいた。ケティだ。
「本当にそうなのニャ。ライオネル様は子供が出来たと聞いてから、時間があれば鍛錬をして、治癒特区から出禁になりかけるぐらい、毎日ボロボロになっていたニャ」
「子供? まさかナーリアとの?」
「レベルとスキルは失ってしまいましたが、戦闘経験は残っていました。あとは身体が若返えることで、力が漲ってしまいまして……はっはっは」
……色々若返ったのはいいけど、それだと身篭ったナーリアを置いて来たことになるが? この話は後でケティから聞くことにする。
「まぁ……いいことだよな? その話は後でゆっくり聞かせてもらうとして、イエニスは過ごしやすくなっていたか?」
「ええ、平和そのものです。学校では実績のある引退した冒険者達を、面談して雇い始め、経済もルシエル商会が国の発展の為に商売で得た資金を使っているので、新たな雇用が生まれて、皆が幸せそうにしています」
ルシエル商会……確かに有能な人材を引き抜きはしたけど、まさかそんなことになっているとはな。
これなら、イエニスで生活すれば、あれ? 厄介事の臭いしかしない……。
「……そうか。完全に俺の手元から離れているけど、皆が幸せそうなら、今はそれで良いな。さて、それでは神罰が下ったという噂については?」
「ルシエル様の噂を流していた者は、イエニスの元スラム出身の半獣人部隊が追い込み、既に薬師ギルドが開発させた自白剤を飲ませて、途中までは調べがついています」
……イエニスの民も、仕事早いし、自白させるとか、まるでガルバさん達みたいだな。
「イエニスの民は混乱していなかった?」
「信じている者はいませんでしたね。それに、もしルシエル様が聖属性魔法を使えなくても、イエニスを発展させるために、莫大な予算をつぎ込んでいるので、ルシエル商会の頭を恨む者などいませんよ」
ライオネルは自信満々に語り。
ケティやケフィンに目を向けると、二人も微笑みながら頷いた。
「そっか。それならいいんだ」
イエニスが混乱することもなく、まして俺を恨む者がいたら嫌だったから、正直安堵した。
「そういえばジャスアン殿と話した時に聞いたんだけど、結構二人で模擬戦をしているんだろ? 今はどれぐらいの強さになったんだ?」
俺の問いに答えたのはケティだった。
「私かケフィンが相手なら、ライオネル様が十回に一回勝つかどうかのレベルニャ」
ライオネルは苦虫を噛み潰したような顔になるが、三ヶ月前にレベル、スキルが初期化された人物が、レベル二百を超えるケティやケフィンに勝つことが出来るらしい。
ライオネルに勝てたことが嬉しいのか、ケティは尻尾を揺らしていたが、ケフィンの表情は重苦しくなった。
そして俺はその態度が気になり、聞いてみる。
「ケフィン、どうしたんだ?」
「ライオネルさんは、恐ろしく早いペースで強くなっていくので、模擬戦をしてくれていた新人冒険者の心を折り、中級冒険者の自信を砕き、最近では上級冒険者から視線を逸らされる毎日です。それもライオネルさんだけでなく、俺達もです」
ライオネルに目を向けると、視線を逸らされた。
「えっと、なんというか、ケフィンありがとう」
一人常識人がいてくれたことで、何処か同士を得たような気分になった。
きっとケフィンは苦労するんだろうな。
俺が頷いていると、閃いたとばかりに、ライオネルが言い訳を開始した。
「冒険者は軍人と違い、訓練というノルマがないから、血反吐を吐いてまで修行する者はおらず、少々期待はずれでした。今はジャスアン殿が相手になってくれているので、お互いを高め合っているところです」
ライオネルは何を思ったか、冒険者の鍛え方を嘆いたが、自分がおかしいとは気がついていないのだろう。
ただこれと同じような状況が、メラトニの冒険者ギルドで起こっている気がして、ここで言っても無駄だと思い、俺はこの話題について、これ以上話すことを止めた。
そしてライオネルから視線を外すと、ポーラとリシアンが二人で発明について語り合っている……その後ろを、にこやかに見ているドランがいたので、話を振る。
「ドランは、俺達と別れて七ヶ月ちょっと何をしていたんだ?」
「皆の武具とあれを作っていたら、あっという間に時間が来てしまったわい。出来ればあれに魔導砲を付けたかったのだが、開発に手間取ってな」
きっと彼の中にそれが兵器だという認識はないんだろう。
空飛ぶ魔物を倒すなら、有用な手ではあるし。
それにしてもオーバーテクノロージーだと思わずにいられないのだが……。
「……完全に趣味の世界だな」
「おう。ルシエル様には感謝しておる」
ドランはとても晴れ晴れとした笑顔でそう言ってくれた。
それが少し照れくさくて、オルフォードにいる二人のこと聞いてみる。
「そう言えば、グラントさんとトレットさんはどうしている?」
「二人はあれを見てから、技術者魂に火がついたらしくてな。面白いものが出来たら、ルシエル様に買ってもらうと息巻いておった」
「……なんだろう。あの二人がやる気を出すと、とんでもないことが起こりそうなんですけど?」
「うむ。全てはインスピレーションを刺激したルシエル様と、俺のせいだと言っておった」
「あの二人も含めて、ロックフォードの研究者って、変わり者と負けず嫌いの人が多そうですからね」
「違いない」
どうか平和な世界を築くための道具開発であることを祈らずにはいられなかった。
出来ればだが、天使の枕シリーズ的な何かを開発してくれることを願うのだった。
こうして他愛もない話をしていても気は紛れるもので、気がつけばいつの間にか、メラトニの門が見えて来て……俺はその場で進む足を止めた。
理由はちゃんとある。
以前は治癒士ギルドだったのに、今回はメラトニ全体に横断幕が掛けられていて、そこには”賢者ルシエルを育てた街 メラトニへようこそ”と書かれていた。
「……なんだろう。噂を払拭するためとはいえ、全く嬉しくない」
「今は有事ですから、ルシエル様個人の感情よりも、世間に噂が嘘であり実は賢者になったと発信するには、かなり有効な手になるので、仕方がありません」
「……分かった。このモヤっとした気持ちは、噂をばら撒いた者達に向けることにするよ」
それからはメラトニの門まで行くと、門兵に敬礼された。
しかも門兵さんは何処か嬉しそうにしていたので、理由を聞いてみる。
「あのぅ、どうしてそんなに嬉しそうなんでしょうか?」
「ルシエル様は覚えていないと思いますが、私はルシエル様がメラトニへ初めていらした時にも、こうしてこの門を守っていたんですよ」
彼はそう言うが、俺も彼をしっかり覚えていた。
何せこの世界で初めて会った人であり、槍を持っていたから、完全に脳内にインプットされていたからだ。
「ええ。少しだけふっくらして来ましたよね」
「覚えていていただけたんですか!?」
「ええ。お名前は存じ上げませんけどね」
「いえ、私はただの門兵ですから。覚えていただけているだけで光栄です、賢者様」
「ははっ。ありがとう御座います。まだ賢者に至って数日なので、呼ばれ慣れていませんから」
俺は苦笑いを浮かべながら、メラトニの街へと入るのだった。
時間は夕暮れというには、少し早いぐらいの時間だったため、人通りは多かった。
その為、俺への視線が集中することになるが、こんな時、普通であれば師匠が姿を見せるのだが、探しても師匠の姿はなかった。
それと同時に嫌な胸騒ぎを覚えた俺は、冒険者ギルドまでの道を急ぐのだった。
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