166 皆の成長と予期せぬ事態
様々な魔物と戦い、死に物狂いで倒し、レベルも上がってステータスが伸びた。
良いこと尽くめだと思うが、俺の中では引っかかりがある。
目潰しにあった修行で十五日、この謀略の迷宮へ来てから四十日。
成長している筈なのに、自分が退化してしまっている感覚に陥っている。
前はもっとうまく正確に戦えていたはずなのだが、レベルが早く上がった弊害なのか、体幹のバランスが悪くなり、稼動域も狭くなってしまったのだ。何より剣筋が汚いのだ。
魔力と気配の察知スキルのレベルがいつの間にかⅤになってから、この症状が出始めたのだ。
もし俺が前衛だとしたら、周りに迷惑を掛けていたことになるから、本当に治癒士で良かったと思う。
師匠と模擬戦をすると、いつも自分の技術が低いことに萎えそうになるのだ。
俺と師匠の関係を山で例えるなら、標高の高い山の麓と頂きだ。
俺は山頂を目指して登るのだが、師匠のその背中を追いかけようにも、師匠は既に山の頂きにいるから、全く見えてこないのだ。
皆からは強くなったとかは言われたりするが、それはステータスが上がり、剣術、操術、体術のスキルレベルが丁度上がったからで、修練したからではないのだ。
まぁこれも治癒士を選んだ運命だと思っているが、悔しいから努力だけは続けている。
生き残るための護身武術と考えるなら、師匠達のような異次元的な強さでなければ、時間を稼ぐぐらいは出来るからだ。
師匠は従者じゃないけど、皆がいれば、大抵のことは問題なく過ごせるだろう。
穏やかな生活が送れる環境を整えて、家族を作り、従者達やその家族も安心して暮らせる村か町を作って、徐々に発展させていければ、前世の人生を含めて頑張ったと胸を張れる気がする。
俺はそのために頑張るのだ。
この謀略の迷宮を踏破して、魔法独立都市ネルダールで攻撃魔法を習得しても、イリマシア帝国と公国ブランジュには近寄らないようにする。
ルーブルク王国はイリマシア帝国と紛争中だから、訪れるとしても、落ち着いてからになるだろう。
一度教会に戻る前にロックウォードに向かって、今回手に入れた魔石をドラン達に届けた方が良いかもしれないし……全ては踏破してからだな。
「ヨシッ」
脳内スケジュールをまとめた俺は、顔を叩いて気合を入れ、朝食の準備に取り掛かるのだった。
皆が順番に起きて、いつも通り食事を取り終えると、師匠が声を掛ける。
「今日でこの迷宮を踏破するが、皆は大変強くなった。自信を持っていい。戦鬼の話が本当なら、教会本部の聖騎士隊にも楽に勝てるだろう。だが油断は禁物だ。矛盾しているかも知れないが、戦闘には何が起こるか分からない。仮に異常事態が起こったとしても、冷静に対処すれば大丈夫だ。仲間を信じて踏破するぞ」
「「「「「「はっ」」」」」」
皆の感覚が揃っていて、気持ちの良くスタート出来た。
しかし迷宮の異常は直ぐに起こった。
迷宮に魔物がいたのだ。
当たり前に聞えるかもしれないが、普段は出ないはずなのに何故? そんな疑問が浮かぶ。
それでも踏破するのだから、罠にだけは気をつけて進むが、一点だけ気になるところがあった。
「この迷宮に出てくる魔物ですが、雷龍がいた迷宮なので、雷属性かその反属性の魔物が出ると思っていたけど、法則性がなくバラバラですし、魔物がそこまで強くない気がします」
出てくる魔物が弱いとは言わない。
オーガやミノタウロスといった威圧感がある魔物もおり、普通に考えれば脅威なのだが、キマイラやサイクロプスなどの魔物と戦った後ではそこまでの衝撃はなく、さらに何も考えずに突っ込んでくるから、罠を発動させて自爆してしまうのだった。
他にもワニに良く似た火を吹く魔物や、酸を飛ばしてくるビッグフロッグとバラエティに富んではいたが、師匠の斬撃を飛ばして触れることがなかった。
「そうだな。それ以上に魔石を落とさないのが妙だ。この魔物は召喚されているのかもしれない」
「召喚? こんなに大量に?」
「召喚には対価となる魔石、血、魔力が必要だが、魔石だけで召喚をすることも出来る。まぁ制御は全く出来ないから、足止めぐらいにしかならないだろうけどな」
「……あの奴隷商人ですかね? 召喚出来そうでしたし」
「分からんが、あの者が魔物を召喚する意図が分からない」
「……自分のレベル上げと使役した魔物のレベル上げは考えられないですか?」
「自分の召喚した魔物同士で戦わせるなど、精神が壊れている奴のやることだ。人形遊びよりも質が悪い」
師匠はそう言うが、召喚しているということは、スキルレベルが上がっている可能性があるってことだ。
しかし俺はふと考える。一ヶ月以上の期間を、俺達は四十階層の主部屋で過ごしたけど、奴隷商人が通っていなかった。
そう考えると、魔法袋が無い限り生きていることはないのだから、外に出ていることも十分に考えられた。
「考えていても仕方ないかも知れませんね」
「ああ。これが終わったら俺はメラトニへ戻るし、ルシエルは魔法を学んでくるんだろ?」
「師匠を驚かせるように頑張りますよ」
俺はそう言って笑った。
謀略の迷宮の罠は凶悪なものが多く、解除が難しいものが多かった。
そんな時は魔物が先に引っかかってくれるので、久しぶりに豪運先生が顔を見せてくれた気がした。
そして五十層のボス部屋前まで来たのだが、扉は閉じられていたし、中から物音が聞えることもなかった。
「この扉は俺が開けますよ?」
流石に最後のボス部屋を師匠やライオネルが開いたら、青赤黄の竜祭りになりそうだったからだ。
それを伝えると師匠は面白がったが、皆からの反対に合って渋々だが納得して譲ってくれた。
俺は皆にエリアバリアをかけた後、ボス部屋の扉を開け中へ入ると、人影が一つポツンと存在していた。
しかしその存在感は並々ならぬものがあり、以前あったときよりも怖さを感じた。
人影はあの奴隷商人だった。
「おや? この迷宮を踏破しに来た物好きは貴方達でしたか」
「奴隷商人、一人でこの迷宮を踏破したのか?」
「私にはブラッドという名前があるんですよ。この血が私の眷属となってくれる魔物を呼び寄せてくれる」
少しトリップした感じのブラッドと名乗った奴隷商人だったが、迷宮のコアに触れた様子はなかった。
しかし一点気になるところがあった。
「帰還の魔法陣をどうした? 主を倒せば魔法陣が現れていてもおかしくないだろう!?」
「使役したから、倒したことにはならないらしい。さて、折角会えたのだから、君の夢を粉々に打ち砕き、その姉妹は公国ブランジュを屠りさる材料になってもらうぞ」
ブラッドがそう宣言すると、魔法陣があらゆる魔所から浮かび上がるのだった。
ボスを使役するとか、規格外過ぎるだろ。
俺が心の中でツッコミを入れた瞬間、高速の斬撃がブラッドへと飛んでいった
全てがブラッドを捉えていたが、一足早くブラッドの前にある魔法陣から現れた巨大なオーガを切り裂き、ブラッドには届かなかった。
しかし、ブラッドへ与えた精神的ダメージは大きかった。
「ば、化け物じゃないか。あの時だってレベルは異常に高かったけど、そこまで強くなかっただろ!!」
それに答えることはなく、魔法陣から現れる魔物を師匠、ケティとケフィンのペア、エスティアとナディアのペアが次々と潰していき、ライオネルは俺とリディアを大盾で守りながら、炎の玉や斬撃を飛ばし、リディアが精霊魔法で攻撃をするのだった。
俺は細かくヒールを発動しながら、戦況によって瘴気が漏れている魔物と戦うときはオーラコートを発動、毒や麻痺がありそうな敵ならリカバーを発動して援護していた。
「ば、馬鹿な、何でいきなりレベルがそんなに上がっているんだよ。一体どんなチートを使いやがった。くそ、クソ、糞共ガァー!!」
次々と自慢の魔物が消されていくことが信じられないのか、ブラッドは後方に退いていく。
そして思い通りにいかないことで、ついに癇癪を起こした。
大量の魔石を取り出して地面にばら撒くと、手の平を剣で切り血を魔石に垂らし、巨大な魔法陣を構築し始めた。
俺と同じように魔法陣を聖域円環で潰そうとすると、ライオネルから待ったが掛かる。
「ルシエル様、帰還の魔法陣が出ていませんので、きっとあの者が今から出してくるのがここの主の筈。それならば、召喚させてからあの者も含めて、斬り捨てましょう」
そうライオネルの声が聞え、師匠を見てから、俺はその判断に同意することにした。
「分かった。絶対に守り抜くぞ」
「はっ」
魔法陣が構築され終わる意頃には、全ての魔物が皆によってその姿を消していた。
そして皆の視線が集まる巨大な魔法陣から、現れたのは一体のキマイラだった。
ブラッドは魔力枯渇寸前なのか、顔色をとても悪くしながら、キマイラに反応しない俺達を見て笑う。
「ハァ、ハァ、ハァ。どうだ!! このキマイラが俺の最大の切り札だ。こいつを見たからには貴様等全員、餌になって死ね!!」
ブラッドが勝ち誇るように宣言した直後、キマイラはエスエィアとナディアに狙いを定めて跳んだ。
エスティアが剣を振ると黒い光が獅子の顔に当たると苦しがりだし、ナディアは盾を構えながら、足に切り込みを入れる為に突っ込む。
キマイラも簡単に接近させる気はないようで、山羊が電撃をナディアに放った。
それを竜の盾でしっかりブロックしたナディアは、前足を斬りつけることに成功した。
だがその隙をキマイラも逃さない。
尻尾の毒蛇が攻撃して体勢が崩したナディアへと襲い掛かる。
そこに現れたのはケティとケフィンだった。
ケティは師匠と直線的なスピードなら勝ってしまう走りで、蛇の頭を剣の平で思い切り叩くと、そこへケフィンが自由落下して無防備な蛇を切り落とした。
そこで顔を闇で覆われた獅子が炎のブレスを吐こうとするも、エスティアが獅子の口へ剣を刺し込む方が早かった。
山羊は蛇が切り落とされたことも、獅子が傷ついたことも分かったが、自慢の電撃でダメージを与えられなかったことが気に触り、執拗に電撃をナディアに仕掛ける。
ケティとケフィンは後ろ脚を切り裂きバランスを崩したあと、剣をキマイラの身体に突きこみ、山羊の頭を攻撃して、キマイラは雄叫びを上げて倒れていった。
油断することなく山羊の首を落として、キマイラに完勝するのだった。
「ば、馬鹿な。キマイラだぞ?A級の上位の魔物だぞ……何故だ」
ブラッドは現実が見えていないのか、震え上がりながら、キマイラを倒した四人を見て呟いた。
「「「「優秀な指導者と優秀な治癒士がいて、強い魔物が出る環境で、朝から晩まで修行に明け暮れていたからだ(です)(ニャ)」」」」
四人は息を揃えてそう告げると、キマイラが消えて魔石を残し、帰還の魔法陣が出現したと同時に四人を吸い込んでしまう。
「あ」
さすがの俺達も帰還の魔法陣が、ケフィン達をいきなり吸い込むとは予想すらしていなかった。
それ以上予想外だったのは、ブラッドの前にあろうことか、迷宮の核が出現してしまったことだった。
豪運先生が仕事をして、邪悪なるものから俺を遠ざけたかったのか、それとも職務放棄をしたのかは分からないが、気がつけば俺は叫んでいた。
「撤退だ!!」
俺達は魔法陣へ走り出し、師匠はブラッドが迷宮の核に触る前に、斬撃を飛ばして殺そうとしたが、斬撃は何かに阻まれてしまった。
そして俺達はあと数歩で魔法陣に到達出来るところで、魔法陣が消失してしまうのだった。
お読みいただきありがとう御座います。