163 やはり異次元
謀略の迷宮というだけあり、随所に罠が散りばめてある。
厄介なのは罠を解除して少し経つと罠が回復してしまうことで、迷宮を踏破するのは容易ではないらしい。
過去に何度も踏破されているが、パーティーが一人も死なずに戻ってきたことはないらしい、禁断の迷宮なのだ。
そのはずなのだが、師匠とケフィンが次々と罠を解除していき、魔物ともそこまで遭遇しないのだ。
「この迷宮、他の迷宮と比べて壁や天井が歪なだけで、魔物が出ないのか? それとも本当に罠が発動しないと魔物が出ない迷宮なのか?」
目を閉じると、この迷宮の魔素の濃さに驚く。
まだ前半の十階層に到達しただけなのだが、一度も戦闘することなく進んでいるのだ。
しかしここで魔族が出てもおかしくない圧力を感じていた。
「私達の時は十五階層の罠に掛かりヒュドラだったので、下手な魔物は出ないと思います」
気丈に振舞っているが、姉妹で震えているので、トラウマを克服しようとしていることに共感はもてるが、戦力としては期待出来そうにない。
十階層のボス部屋に入るまでの、最後の罠が解除されたらしい。
「主部屋の魔物はランダムだから、主を見て瞬時に行動してくれ……ルシエル本当に大丈夫か?」
主部屋の主はランダムなのだ。その情報を得た時に、主部屋へは俺から入らせてもらうことに決めた。
「はい。出来ればゴースト系の魔物を引き当てます」
俺はそう言って扉を開けて進んだ。武器を構えて中央に進み出てきたのは、気の毒なビックレイスだった。
無詠唱でピュリフィケイションを発動すると一気に浄化されて、青白い光と共に消えていくのだった。
「楽勝でしたね。じゃあ師匠、ケフィン、ここからはまたお願いします」
俺がそう言って笑うと、何故か師匠に溜息を吐かれ、ライオネル達には苦笑い、姉妹には吃驚された。
「ここには戦闘をしに来たことを忘れるなよ?」
師匠からそうダメ出しされた。
魔物が一切出ない迷宮だが本当に罠が多く、たまには解除させてもらったりして、和気藹々しながら進んでいく。
そして十五層に到達した時に師匠が姉妹に向けて一言放つ。
「ヒュドラと戦って、トラウマを克服したいか? 皆と戦ってでも勝ちたいか?」
二人は青い顔をしながらも、頷いた。
「まぁこんなに敵が出ないなら、出して行くか」
「即死だけは避けてくださいね」
俺がそう告げると皆が一斉に頷いた。
俺も含めて誰も倒させない。全員死なせず、生きたまま救うと心に再度誓いながら、二人の誘導によって、ヒュドラがいる場所への転送ゾーンへと入り、ワープするのだった。
見た感想は多頭種の竜ってことぐらいで、ブレスが飛んでくるかもと思っただけだった。
一年前に火竜と戦ったときはボコボコにされたのに、何故か恐怖が全くといってなかった。
「「「「「グギャオオオオ」」」」」
迷宮までが震え上がってしまう咆哮は、とても反響して煩かったので、思わず怒鳴り返してしまう。
「五つ頭の雑魚が吠えんな!!」
俺がヒュドラを怒鳴ると、向こうはこちらに敵対心を持ち標的に定めたようだったが、相手が竜種だからなのか俺は全く恐くなかった。
俺は急いでエリアバリアを発動すると、皆の動きを把握しながら、師匠とライオネルの動きに注視する。
聖龍の槍と幻想剣を構えると、ヒュドラが俺と師匠を警戒していることに気がつき、そういえば師匠も竜殺しだったことを思い出した。
師匠と目が合うと、師匠がこちらへと近寄ってきて、ヒュドラの攻略方について伝授してくれる。
「いいかルシエル、多頭竜は基本的に遠距離攻撃のブレスを放ってくるが、同時に放ってくるのは二つか三つまでだ。それ以外は噛み付きこと、尻尾を使った攻撃しかない」
「あの太い腕で引っ掻いてくることは?」
「ブレスを吐いているときはない。気をつけないといけないことは、正面と背後に立たないことだ。横からならばブレスを放ってくる頭が分かるから攻めやすい。見ていろ」
師匠はそう言い残し、気がつけば三十メートルは離れていたヒュドラの横に現れると、ブレスを除けながら、頭ではなく右腕を肩近くから切り落とし、竜の頭を蹴ってこちらへと帰ってきた。
「言い忘れていたが、多頭竜の場合、頭が再生することがあって、火のブレスを吐いていたと思っていたら、次は石化のブレスを吐いたりするから気をつけろ。戦鬼、面倒だから斬ってくるから燃やしてくれ」
師匠、俺はその動きがまず出来そうにありません。
きっと俺の弱音なんて聞いてくれないだろうが、師匠と同じ動きが出来たら、それはきっと世界トップクラスだと思う。
「逃げ遅れて巻き込まれるなよ」
「俺を誰だと思っている? 一つ頭を残してくる」
師匠はライオネルの軽口にそう言って笑うと、また凄まじい速度で今度は逆側の側面からヒュドラへと迫り、左腕を切り飛ばしながら、懐から何か投げつけた。
次の瞬間、凄まじい光を放った。
閃光弾!? 俺が驚いていると、ライオネルが炎の大剣を発動させて、ギリギリ認識出来るスピードで四度振り切ると、直径二メートル程の火の玉四つ、凄まじい勢いで飛んでいく。
そしてあっという間にヒュドラに着弾し、首の付け根を燃やして切った。
その着弾した爆発音に驚いていると、師匠がいつの間にか隣で笑っていた。
「な? 側面から攻撃すれば、ダメージを受ける心配もないだろ?」
晴れやかに笑う師匠には悪いが、この戦闘は全く参考にならないのです。
俺は心の中でそう叫びながら、苦笑いを浮かべるしかなかった。
いや、きっと俺だけじゃなく、師匠とライオネルを除く全員が、二人の戦闘に引いていた。
ヒュドラを瞬殺出来る実力を持つ者が何でギルドに常駐しているのか、師匠が何で冒険者を辞めたか、全く理解は出来なかった。
「グギャオオオオ」
俺の考え事は、一つ頭になっても戦おうとするヒュドラによってかき消される。
「ダメージを与えれば竜殺しになれる。全員でかすり傷だけでも与えてこい」
ライオネルが全員に向けてそう告げる。
仕方なく、ここからは俺が指揮を執ることにした。
「ブレスには気をつけろ、それと頭が再生しないとはかぎらないが、ダメージを与えるなら、両腕の切れ部分か、頭の付け根を攻撃して傷をつけるんだ。ブレスだけは気をつけていくぞ」
「「はっ」」「「「はい」」」
俺達はヒュドラへと総攻撃を開始した。
精霊の杖を構えたリディアが、何事かを呟くと空中に炎の槍と風の槍が出現し、ヒュドラへと飛んでいき直撃する。
痛みによる怒りなのか、それとも一つ頭になったところで、ヒュドラから見て格下が攻撃してきたことに対しての苛立ちか、ヒュドラは凄まじい咆哮を上げた。
俺が正面に立ったところで、ブレスが来るのを待つと、予想に反してそこで回転して、尻尾で俺を含めてエスティアとナディアをなぎ払おうとしたところで、壁を駆け上がって蹴って跳んで来たケティとケフィンに傷口を抉られた。
そのおかげで俺達三人は尻尾の餌食になることはなかった。
狙いをケティに絞ってブレスを吐こうとしたが、既にそれは遅かった。
エスティアとナディアが、腕の付け根に剣を押し込んだところを、俺が全力の身体強化した状態で、幻想剣を振り抜き最後の首を落とした。
そしてダメ押しに聖龍の槍を今刎ね飛ばした首の付け根から差し込んでやった。
ヒュドラはふらふらと後ろに下がって倒れたと同時に砕け散り、魔石を残して消えた。
何だか始めてパーティーらしい戦い方をして、魔物を倒した気がした。
だけど今は大物に勝利したことを素直に喜ぶことにした。
ヒュドラを倒したことで、直ぐに竜殺しになるのでは?
そう疑問に思う人がいるかも知れないと思っていたが、迷宮から出る時じゃないと称号が手に入らないことは常識だったらしい。
帰るまでが遠足であり、戦闘だということなのだろう。
それにしても師匠とライオネルは、強さが少し異次元過ぎて参考にならないが、この迷宮を出るまでに二人の強さへ少しでも近づこうと、穏やかな生活へ向けて気合を入れた。
お読みいただきありがとうございます。