162 謀略の迷宮へ
目が覚めるとまだあたりは暗かったが、魔力操作から体内高速循環に切り替え、昨晩にもやった察知系スキルをイメージしていると、朝日が出てきた。
「やっぱり目が見えるって素晴らしい」
俺はしみじみそう思いながら、朝日を拝んでから部屋を出る。
出たところで、ケフィンとバッタリ会ったのだが、警護していたのだろう。
「おはようケフィン。警護ありがとう」
「おはようございます」
ケフィンは警護のことには触れずに、ただ笑顔になるだけだった。
俺は修行がどのように行われていたのかを良く知らないので、ケフィンに訊ねることにした。
「半月の間、皆も模擬戦をしていたのか?」
「はい。ルシエル様が聴覚を失うまでは、結構激しいものがありました。聴覚を失ってからは技術の訓練に入り、反復の訓練で疲労が蓄積してきた時にハイヒールをしていただき助かりました」
「……まぁ師匠の指導する時はある程度の覚悟が必要だからな。それに師匠とライオネルの基本は一般とズレがあるからな……」
「確かに……」
俺とケフィンの頷き合って笑ってしまった。
あの二人に扱かれるなんて、過酷以外の言葉は当てはまらないだろう。
「たぶん蟻の迷宮もしっかりと調べてから、俺を誘導していたな?」
「ええ。旋風様が全て下調べをしていました。かなり心配みたいで、いつもソワソワしていたので、笑ってしまったら訓練が厳しくなりました」
過保護なのか、スパルタなのか、師匠ははっきりとしない。
少しだけ呆れながら、エスティアのところに向かおうとしたが、早すぎる気もしたので、ケフィンに聞いてみる。
「エスティアを見舞いたいのだが、さすがにまだ早いよな?」
「はい。現在エスティアは、ケティとあの姉妹の同室ですので、朝食時にいなければ見舞う形が宜しいかと」
思ったとおりの答えが返ってきたので、慌てないことにした。
「そうか。何か変わったことはあるか?」
「ありません」
俺は思い切って、この機会にケフィンの本心を聞いてみることにした。
「精霊の加護やと迷宮へ行って龍を解放することに、不安はないか?」
「ありません。それどころかワクワクしています。旋風様が誰かを守って死ぬ、そう予言された時にルシエル様に自分の技術を継承したいと思われたように、私にもルシエル様が英雄に駆け上がっていくところを見ていきたいので」
ケフィンは目を輝かせるようにそう言った。
「俺の伝記を書いても大して面白くないと思うぞ?」
「それは後の人がどう思うかですよ」
俺の中では、レインスター卿に近い功績を残さなければ、あまり読んでいて楽しくないのではないかと思っていたりする。
そんな朝の立ち話を終えて俺達は食堂へと向かい、皆を待つ間にケフィンに察知スキルの印象というか使い方のイメージを聞いてみると、魔力の察知は分からないので、嗅覚と気配で判断しますと言われた。
人や種族によってスキルのイメージも違うんだと認識したのだった。
「ケティのことは?」
「イエニスに帰る機会がありましたら、ご相談させていただきます。ナーリアさんとそのことについて話したいみたいですから」
少し照れくさそうに笑うケフィンを見ると、幸せなオーラを隠し切れていないことが分かる。
「奴隷から解放されることも前向きに考えてくれよ。ただ従者は継続して欲しいけど」
「はい」
その後、徐々に皆が集まり出し、心配していたエスティアも無事と言っていいのか、朝食を食べに来たので安心した。
「師匠、それで模擬戦をやる場所ですが、当てがあるのですか?」
「ああ。そちらの姉妹には嫌なことを思い出させて悪いが、謀略の迷宮へ向かおうかと思っている」
あそこに行く理由はない。
龍の解放は済んでいるし、不安なのはコアだけだが、あれは邪神を呼び出す兵器だから、出来れば近寄りたくない。
「……何故ですか?」
「謀略の迷宮が一番レベルを上げるのに丁度いいからだ。それに俺も戦鬼も魔物と全力で戦って、最後の仕上げをすることにした」
「ルシエル様、従者としてではなく、一人の武人として私もお願い致します」
武の師匠達に頼まれてノーとは言えないので、諦めることにした。
コアに触れなければ大丈夫だろうし、俺は謀略の迷宮へ行くにあたり、ナディアとリディアに確認を取ることにした。
「……分かりました。ナディア、リディアはどうしたい? 一緒に行くか? それともここで別れるか?」
二人に辛い思いをさせたくないこともあり、ついて来いということは俺には出来ない。
二人は顔を見合わせて、どちらともなく頷き合いナディアが口を開いた。
「私もリディアもお伴させてください。皆さんといることで、冒険者として高みを目指せる気がするのです」
そう言い切ってくれた。
「ケフィン、罠探知と解除は、今まで迷宮よりもハードだと思うが、宜しく頼む。ケティはフォローしてあげてくれ」
「「はっ」」
「エスティア、今度も宜しく頼む」
「えっと、はい。こちらこそ宜しくお願いします」
いきなり俺に頭を下げられたことに驚いた様子だったが、何とかパーティーに馴染んで欲しいと思いながら、今後の方針が決まった。
宿をチェックアウトし、食料を大量に買い込んでから、謀略の迷宮へ向けて出発した。
出発してから、聖龍の槍と幻想剣をナディアから渡された。
「助かった。でも何でナディアが?」
「他の方だと龍の力が反発して持てないようでした。私も持つことは出来たのですが、振るうことも出来そうになかったので魔法の鞄に入れていたのです」
「そうか」
俺は聖龍の槍と幻想剣に魔力を注ぐと、青白い光が全体に行き渡り、それから順に緋色の光、茶色の光、黄色の光の輪が現れて消えていった。
俺だけの専用武器ってことだけで、少しテンションが上がって行く気がした。
それをクールダウンするために目を閉じて、集中して全体を見通すように魔力と気配を探す。
これって索敵とは違うのか? そんな疑問を持ちながらも意識を広げていくと、気配は分かりづらいが、魔力を察知することが出来ているのだが……何故か出来た側から、魔力が消えていくのだ。
俺は気になって御者席のケティとケフィンに問うと、当たり前のように、騎兵となったお二人が倒していますよ。
そんな答えがあり、あの二人が確かに徐々に凄くなっている気がしていきていた。
そして馬車をノンストップで走らせること三時間、謀略の迷宮へと辿り着くのだった。
謀略の迷宮を見た俺の第一声は決まっていた。
「何じゃこりゃ?」
地図で言えば間違いなく迷宮がある場所なのだが、何故か山がそびえ立っていた。
「おかしいです。私達が入ったときには、洞窟みたいなところだったのに」
ナディアがリディアに同意を求めるように視線を向けるが、リディアはそれが聞えていないようだった。
「……声が聞える」
そう呟き、リディアは歩き出した。
「……もしかして精霊かもしれないので、ついて行きましょう。この原因が分かるかもしれないし」
山を登ることはせずに、ただ山沿いを歩いていくだけなのだが、空から鳥系の魔物が接近して来てもその言葉に従っているからか、完全に無防備な状態で歩くので、全員がリディアを護衛しながら歩く、異様な集団になってしまった。
「これだけ魔物が現れるということは、やはり何らかの影響があったんだろうな。間違いがなければ、これはグランドルとメラトニを塞いでいた鉱山のはずだ」
「……そうなると状態異常を引き起こす攻撃をしてくる魔物も出てきますよね?」
「ああ。しかも強かったはずだ……不思議なこともあるが、面白くなってきたな」
師匠はむしろ喜んでいた。
俺達がリディアを追いかけ始めて一時間に満たないぐらい歩き続けていると、硫黄のニオイがしてきた。
連想出来るのは温泉しかなかったが、遠い昔に各地の名産、名所を勉強した時には、温泉がこの地域にあるとは書いていなかったんだけど?
そう思いながら、リディアについていくが、その前にケフィンとケティが苦しそうにしていたので、鼻栓を渡した。
常人の何倍もの嗅覚を持つ獣人では、温泉の独特のニオイは辛い筈だと思いながら進むと、そこには間欠泉が噴出していた。
「触れるとやけどするから、気をつけてください」
エリアバリアでは防げないので、きちんと伝えておく。
そしておもむろにリディアが手を地面に突けると魔法陣が形成されていき、緋色の魔法陣から灼熱の小さな火の鳥が現れた。
今までと同様に見た目だけしか分からなければ、馬鹿にしていたかもしれないが、目を瞑らなくても存在感が凄いことが分かる。
役目を終えたようにリディアが崩れそうになるところを、姉であるナディアが支えた。
《我は火の精霊だ。精霊王の加護をその身に宿す者、多精霊に加護を受けし者、闇の精霊の寵愛を受けし者よ。良くぞ参ってくれた》
目の前にいる小鳥からは想像できない程に、厳かな声が頭に響く。
「火の精霊よ。精霊王の加護を持った彼女を、無理矢理と言っても過言ではない方法で呼び寄せるとは、緊急事態なのか?」
《今宵の多加護を持つ者は話が早くて助かる。実は我が眠っている隙に、この山が転送されてきていたのだ》
「転送?」
《左様。このようなことが出来るのは、魔族ぐらいのはずなのだが、魔族の魔力を一切感じることが出来ない》
人の仕業じゃないなら、邪神の仕業しかないんじゃないのか?
凄く嫌な予感がする。
「……さすがにこれを壊すことも出来ないし、私達の目的はここにあったはずの謀略の迷宮なのですが……」
《ふむ。勘違いしないでもらいたい。転送されて直ぐのこの山ならば、逆転送出来るのだ》
ということは、精霊に俺達が出来ることは、一つだけだ。
「……魔力を分けると言うことですか?」
《その通りだ。別に我だけの為ではない。これだけ大きなものが転送されているなら、山周辺の生息図が変わるし、星の流れも変わってしまうのだ》
「……どうすればいい?」
《ふむ。まずは我の加護を与えよう。そしたら両手を挙げて、包み込むように重ねてくれ》
俺は渋々両手を挙げて手を重ねると脳内に機械音のアナウンスが流れた。
《火精霊の加護を取得した》
《では意識をしっかりと保てよ》
俺と接触した瞬間、どんどん巨大化していき、伝承の不死鳥フェニックスと姿を変えていく。
その姿に感想しながら、皆の方を向くとエスティアとリディアは驚いているのに対して、師匠達は空を見上げずに俺だけを見ていた。
精霊の眷属以外に見えないことを思い出したが、あまり興奮はしないか、と冷静になりながら、吸われ続ける魔力で足元がふらついていく。
そして残り一割を切ったところで、フェニックスが吠えると山が光って消失していった。
《精霊王の加護を宿すものよ、我を従えられるように、精進いたせ。多精霊の加護を持つ者よ、我は呼ぶのを待っているぞ》
フェニックスなのかサラマンダーは分からないが、火の精霊は姿を消していくのだった。
何とかやり切った俺は膝を突いた。
あの山を転送させるって時空魔法のような気もしたが、精霊なら何でもありなのだろう。
そう思うことにした。
そしてあれは人が使用してよい力でないことも理解した。
俺は深呼吸をして、心配する皆に今回のことを説明するのだった。
「……そうなると、メラトニまでの距離は、今までどおりニ日の道のりになったんだな。まぁ精霊がこの世界の歪みを直したなら、仕方がないな」
俺もそう思っていたけど、この領域においておくのが嫌だったのではと少しだけ、勘繰ってしまう。
「しかし山がなくなると迷宮から離れたことが分かりますね」
さすがに歩いてきたので、迷宮が見えなかった。
「精霊は滅茶苦茶だけど、今回は山が戻ったから結果オーライか? リディアは平気?」
「少し魔力枯渇を起こしているみたいですが、大丈夫でしょう」
「魔力ポーションはいるか?」
「少しだけ休憩すれば大丈夫ですから」
リディアはポーションを断った。
「そうか。じゃあ少し休憩をする間、ナディアは謀略の迷宮に出てきた魔物や罠を簡単に説明してくれるか?」
「はい」
「それも大事だが、食べられる時に食べておいた方がいいだろう」
そう師匠の助言が入ったので、俺たちは早めの昼食を食べながら、謀略の迷宮について実際に潜ったナディアとリディアと、情報収集をしていた師匠とケフィンの話を摺り合わせていき、情報を共有して挑むことになった。
お読みいただきありがとうございます。