161 予言
優しく頭を撫でられる感覚がして、俺は目を覚ました。
「ふはぁ~、ん? 隠者の鍵?」
起きた俺は自分がベッドにいることに気がつき、何故か隠者の鍵を握り締めていた。
「いつの間に? それよりも目も耳も大丈夫そうだな。身体にも違和感なし!!」
ベッドから出て、俺がもう一度大きく伸びをしたところで、自分が戦闘をした時のことを思い出し、鎧を確認すると何ともなっていなかった。
「あの刺すような痛みは結局、呪いだったのか? それとも別のハイヒールで追いつかない傷だったのか?」
俺が考察していると、部屋に師匠達が入ってきた。
「ルシエル、心配したぞ。あそこで目も見えないのに、魔族を斬りにいくなんて、本当に心臓が止まるかと思ったぞ」
「えっ? 魔族?」
ゴブリンキングとかじゃなくて、戦っていたのが魔族だったことに戦慄を覚える。
ヘタをしていたら、死ぬところだったっていうか。聖域円環をしなかったら、あの強さになるのだろうか?
「ああ。それにしても、俺と戦鬼が連携して攻撃したのに深い傷を与えられなかった魔族を、一撃で叩き切るなんて、さすが俺の弟子だ」
師匠が心の底から嬉しがっていることは分かるが、倒したあとにこの人が泣いていたことを考えると、凄まじい葛藤の中で訓練を施していたのかも知れないと思った。
「ルシエル様、良くご無事で。旋風、ちゃんと言うことがあるんだろ?」
ライオネルは俺が回復したことに安堵した様子をみせるが、直ぐに師匠へ目を向けてそう告げると、師匠が意を決した感じでこちらを見つめてきた。
「今から言うところだ。……ルシエル、今回の修行だが、申し訳なかった」
そして師匠がいきなり座り込むと土下座をして、俺に詫びてきたのだ。
これにより俺の思考が一瞬停止してしまう。
あまりの衝撃に言葉がうまく出せず、何とか日地ことだけ捻り出した。
「……何を?」
それに応えたのは土下座している師匠ではなく、ライオネルだった。
「実はギルド本部にいる預言者に、予言をされていたらしいのです。近々誰かを守って死ぬと。それであの無茶な修行を我々に頭を下げて、口止めして始めたのです」
ギルドお抱えの預言者の予言……普通なら信じそうにないが?
メラトニとグランドルの鉱山が消えて、龍、精霊、魔族、転生者の件が立て続けに起きたところでその予言なら、信じてしまうのも無理はない。
皆が俺にそのことを言わなかったのは口止めをされていたからだろうか?
そう考えると、辻褄は合ってくる気がした。
確かに酷い修行だったけど、俺が追いこんでしまった感じを払拭することは出来なかった。
俺は師匠を引き起こしてから皆に告げる。
「俺達が師匠を精神的に追い込んでしまったこともあるだろう? それに何とか生きているからな」
冒険者ギルド支部のマスターになり、最低でも七年以上は冒険者として活動していないのだから、イレギュラーには弱くなってしまうのも仕方ない。
師匠は決められたことをきっちりとこなしていくタイプだしな。
「それでもさすがに目潰しや鼓膜を破壊した時は驚いたニャ。そのまま修行する方もさせる方も異常にしか見えなかったニャ」
「ルシエル様が修行されているところを初めて見ましたが、鋼の精神というものを垣間見た気がしました」
ケティが本音を言った後で直ぐに、ケフィンのフォローが入ったが、引いていることは見て分かる。
もしかしたら、笑うのを堪えていたんじゃなく、頭がイカれているって感情を押し殺していたのだろうか?
「まぁ普通は目潰しじゃなく目隠し、鼓膜破壊じゃなく耳栓だろうけど、師匠は無駄なことをしたことがないから、信じてみることにしたんだよ」
俺がそういうと、何故か師匠から気まずいオーラが流れて、決して俺と目を合わせようとしない。
「師匠?」
しかし師匠は沈黙したままだった。
「師弟関係であることは分かります。それでもやはりやり過ぎで、心配していることしか出来ませんでした」
「私も精霊達も心配していました」
そして沈黙を破ったのはナディアとリディアで、二人は今も心配してくれていて、笑顔は一切なかった。
二人にそんな顔をさせてしまって、心が少しだけ締め付けられた。
ここでエスティアがいないことに気がつきながら、あれからのことを聞くことにした。
「あの後ってどうなったんですか?」
「今はあの戦いから半日が経過したぐらいだ。ルシエルが斬る直前に魔族が最後の力を振り絞り、闇と風の混合魔法を作り、身体中に小さな穴が無数に空いた。しかも消えないでずっと留まる感じだったのだ。あれでは普通の回復魔法では無理だから、全てを癒したエクストラヒールの使用を許可したのだ」
少し間違えたら死んでいたな。そう考えると恐ろしくなり、俺は話題を変えることにする。
「そういえばエスティアの姿が見えませんが?」
「エスティア?」
師匠はまるでエスティアのことを覚えていないようだった。
ライオネル達は覚えているものの、ここ数日の記憶が曖昧になっていた。
闇の精霊がかなりの力を使ってくれたことは間違い無さそうだった。
そんな中で精霊士のリディアだけは、きちんとエスティアのことを把握していた。
「エスティアさんなら、隣の部屋で眠られています。精霊の力を使い過ぎたみたいです。光の精霊まで呼び寄せる無茶をしていましたわ」
闇の精霊が隠者の鍵を魔法袋から取るように、寝ている俺に暗示でもかけたのかもしれない。
フォレノワールが光の精霊だってことは薄々気がついていたが、闇の精霊が無理していなかったら、俺は未だに目が覚めていない可能性が高かったことになる。
俺はエスティアを信頼していなかったけど、エスティアは俺を倒れるまで力を使ってくれたのだと考えると、帝国の奴隷や闇の精霊の件があり、無意識的に色眼鏡で見てしまっていたのだと思う。
エスティアに心の中で謝罪し、フォレノワール、闇の精霊にもきちんとお礼をすることを決めた。
俺は中途半端で終わってしまった修行のことを師匠に問うことにした。
「それで師匠、今後はどのような修行を予定しているんですか?」
「……ある程度視覚と聴覚に頼らないでも、相手を感じられるようになったら、視覚と聴覚を戻して、模擬戦を繰り返す予定だった。相手は俺と戦鬼は一対一で、残り五人全員と同時だ。先に言っておくが勝つことが目的ではない。仕上げは俺と戦鬼の戦闘を良く見て覚え、魔物を狩って、ルシエルの限界値を徐々に伸ばしていく。最強の治癒士にすることが目標だったが……既に治癒士としては最強かもしれないが……」
師匠は一瞬詰まりながらも、嬉しそうにそう言って笑った。
もしかすると中止にするつもりだったのだろうか? 残念なことに俺はそのつもりは一切なかった。
そしてこっそり助っ人としてこのままパーティーに入ってくれれば、各地の龍がいる迷宮も踏破出来てしまうのでは? そんな青写真を思い描き始めていた。
それにしても師匠の組む模擬戦は、全く勝てる気がしないしが、師匠が誰かを守って死ぬって言われて連想したのが俺だったのだろう。
それならば俺が強くなれば、師匠の気も収まるだろう。
少しは師匠孝行することに決めた。
「じゃあ今日だけ休んで、明日から修行を開始しましょう。でも師匠、メラトニの冒険者ギルドは本当に大丈夫なんですか?」
「ああ。問題があればこれが伝えてくれるからな」
師匠はそう言って魔通玉を取り出した。
「魔通玉ですか。でもそれって範囲があるタイプなんじゃ?」
「そうだ。だからさっきもここの冒険者ギルドに行って伝言が無いか聞いてきたが、向こうは魔物が終息したみたいだから大丈夫だ。それに訓練を始めて半月だからな」
「半月? あれ既に二十日間は過ぎていませんか? だって六十食以上食事は取っていましたよね?」
「ああ。途中から一日五食か六食べさせていたから、勘違いさせたかもしれないが、睡眠が少なくなるとストレスが溜まるから、それを食事で紛らわせていたんだ」
そんな理論聞いたことがありませんよ? 師匠?
しかしそれに反論することはしなかった。
半月で察知の能力がレベルⅢにまで上がったことに驚きを隠せなかったからだ。
やはりスパルタだけど、かなり有用な特訓だったらしい。
それから少しだけ話をして夕食の誘いを受けたが、今回は遠慮することにした。
皆が部屋から出て行くのを確認してから、隠者の厩舎を開くとフォレノワールは疲れているのか、眠っているように見えた。
効果があるか分からないけど、俺はエクストラヒールとピュリフィケイションを発動して、隠者の厩舎を閉じた。
「明日からの修行で俺は、絶対に勝てない敵からでも必ず逃げ切れるだけの強さを手に入れてやる」
目標を明確にして心に誓い、魔法袋から変身ドレッサーを取り出して、鎧を外してから、魔法袋の中に入っている食事を取り出すと満腹まで食べ続ける。
その後天使の枕を取り出し、明日に備えて早めに寝る準備してから、気配察知と魔力察知のイメージを固めていくのだった。
お読みいただきありがとう御座います。