156 奴隷商人の本性
戦闘の最前線に俺達が入ると、二人が苦戦していたことに驚きながらも、俺は遠距離からハイヒールをかけると、奴隷商人は先程まで貼り付けていたような笑顔を一変させて無表情になった。
「もう気がついたのか? 罠に嵌りやすそうなのに、少しは頭が回るようですね」
「奴隷商人の貴方が、この作戦を立てた人物だな」
俺がそういうと奴隷商人はまた笑顔に戻り、喋り始める。
「中々するどい。参考までに聞いておきたいのですが、何故これが陽動だと思い、私がここにいることに驚かなかったのか、それを教えてもらえますか?」
先程まで戦闘していた奴隷もこちらに聞き入るように動きを止める。
「それは貴方が自分に酔って、一度うまくいった犯行の手口を自慢気に話していたからだよ」
「ほぅ。何か分かることを話していましたか?」
「ああ。謀略の迷宮で攻略中に仲間から裏切られていたことも、ヒュドラに襲われたことも、外で姉妹を捕まえた者達のことも、殺した新人冒険者のことも、あまりに詳しく語り過ぎていたんだよ。まるで当事者か、作戦を立てた者みたいにな。それにあの時の貴方は笑っていたんだよ」
本当に小さな引っ掛かりが此処であった。
「……なるほど。気がつきませんでした。ですが、姉妹を売ろうとする者達が、そのことを自慢げに語っていたのだとしたら?」
口調は穏やかだけど、笑顔が消えてきているところに、さらに挑発をしてみることにした。
「それだったら同じ手を使ったお前は、相当頭が悪いことになるな。自分で作戦を考えられないんだから」
二番煎じだけど、先行していたのが、師匠とライオネルの二人じゃなかったら、一緒にここに突っ込んでいて、馬車が襲撃されていたかも知れないし、あの待ち伏せしていた冒険者達もどう転んだか分からないけどな……。
「言わせておけば、さっさと全てを片付けろ」
逆上した奴隷商人がそう告げると、師匠とライオネルに飛び掛るが、ケフィンとケティが助太刀に入る。
俺は師匠とライオネルにハイヒールをかけながら、奴隷商人のミスを喋り挑発を続ける。
「それに奴隷商として一つの失敗を犯した。どうやってあんな酷い状態だった二人を判別したのか? もし判別出来るとしたら鑑定スキルを持っている以外にはない。それを考えたら矛盾だった点が繋がっていった」
あれだけ酷い状態の二人を判別出来るのは、鑑定スキル以外には無い筈だとあたりをつけた。
もし他にもあるなら、何度もスキル一覧を眺めている俺が知らないスキルだけだ。
そして奴隷商人が鑑定スキルの有無が分かったことで、一気に奴隷商人のメッキが剥がれていった。
「…………」
「鑑定スキルを持っていると仮定してから、貴方の行動で二つ納得出来たことがある。奴隷商を訪れた際に聖属性魔法のスキルレベルを確認して、治せるかどうかを聞いたこと。オークションで、俺が二人を買ったことに対して何も言わなかったことだ」
「……それが何だって言うんだ?」
戦闘が続く中、男がイラだったように、こちらを睨みつける。
「姉妹が治るかも知れないと思った貴方は、俺に出し抜かれたことが悔しくて、姉妹を引き渡す際に部下に雑に扱わせることで、俺を怒らせて奴隷契約に何か細工をしただろ? 直ぐに解除されるとは思っていなかっただろうけどな」
「……全てが計画通りには進まないってことか」
「計画だと?」
「同じ年で、そんなにスキルを持っているのなら転生者なんだろ? どうやって六年でそんなにスキルを持てたのか教えてくれたら、今回は引いてもいいぜ?」
鑑定スキル持ちだと思っていたけど、二十歳前後には見えなかったので、転生者とは疑っていなかった俺は驚いた。
「転生者だか何だか知らないが、拘束して貴様の悪事を全て話してもらうぞ」
「……計画を狂わせた褒美として、そこで黙って自分の仲間が俺の手駒になるのを見ておけ」
奴隷達が一斉に捨て身でブロド師匠とライオネルに張り付こうとしていた。
「ふざけるな! 他力本願でしか戦えない奴に、俺の大事な仲間を傷つけさせるか!!」
相手が転生者だということが分かって吹っ切れた俺は、奴隷達に向かってディスペルの魔法陣詠唱を発動することを決めた。
俺の魔法陣が奴隷であろうもの達の身体に描かれる。
「チッ、あの白ローブを狙え」
冷静を装いながら、俺が魔法を発動していくと、焦ったように奴隷商人は俺への全体攻撃を命じる。
さすがに奴隷解除はされたくないらしい。
俺は四人ずつディスペルで解除していく。
俺に近づこうとする奴隷達は、ブロド師匠とライオネルが完全に止めてくれることを信じて任せることで、俺は解呪に力を注ぐ。
「少しは頭を使って仕掛けろよ。この屑共が!!」
遠距離攻撃を指示する奴隷商人だったが、それ等は全てケティとケフィンが完全に防御してくれる。
ディスペルを重ねていき、敵の圧力は一気に弱まっていく。
そして魔力を半分ほど使ったところで、全ての奴隷解放が終わり、戦闘も停止していった。
「貴様、これだけの奴隷を集めるのに、どれほどの時間と金が掛かったか分かっているのか!!」
奴隷商人は怒りを露わにしているのに、その場から全く動かないことに俺は引っかかりを覚えた。
あれだけ考えられる奴が、奴隷解除をされたぐらいで、あんなキレ方をするのか?
俺はもう一度状況を確認して直ぐに指示を出す。
「奴隷の解除はしましたが、そいつ等が奴隷として命令に従っているとは限りま……せん」
俺の言葉は徐々に小さくなっていった。
俺が叫んでいる途中で、師匠とライオネルは既に解放されている奴隷達を選別しながら、斬っていたからだ。
俺が気付くよりも早く、違和感の正体に気がついていたのだろう。
奴隷を解除されても、こちらに襲ってくる者達がいることに。
「本当に頼もしい。ケティ、ケフィンは馬車の防衛を頼む」
こちらの防衛はもう大丈夫だと踏んだ俺は、馬車の防御を頼んだ。
勿論あちらも戦えるだろうが、この奴隷商人の前に出したくなかった。
「「はっ」」
ケティとケフィンは俺の命を受けて、後方に下がっていった。
俺はもう一度全員にエリアバリアを発動させてから、奴隷商人を見ると無表情でこちらを見つめ返していた。
「あ~あ、つまんねぇ~遊びは止めだ。隙が出来たところをグサッっと刺して、高レベルの生贄として、使ってやろうって思っていたのに……」
怪しげな発言をする奴隷商人に、解放された元奴隷達が襲い掛かろうとするが、奴隷商人が空に向かって手を上げると、上空に赤黒い魔法陣が出現し、そこから元奴隷達に赤黒く光る魔法が放たれて吹き飛ばしていく。
何なんだよ、こいつは。
転生者なのにフィールドボスのつもりかよ。
俺は心でそうツッコミを入れながら、体内の魔力を練り上げ、練奴隷商人に話し掛ける。
「その魔法陣で何を召喚するつもりだ」
「ほう。これが召喚の魔法陣だって良く分かるな。攻撃魔法と勘違いしてくれると助かったんだけどなぁ。教会に資料でも残っていたか? そうだこれは強力な魔族や魔物を召喚する為の召喚魔法陣だよ。奴隷とはいえ、少しは強い魔物が召喚出来そうだぜ」
自分で生贄って言っていたのに、既に狂気が奴隷商人を支配しているように見えた。
俺は奴隷商人が興味を持ちそうな話で、沈静化を図ることを考える。
「……先程、転生といったな。もし生まれ変わった存在なら、何故人の道を外れるような真似をする? その頭脳と指揮をする能力があるのなら、望めば手に入れられるだろ!」
狂気の顔がまた無表情に変わり、こちらを睨みつける。
「……俺は確かに一度死んで、神により生まれ変わった。でも待っていたのは……この弱肉強食の腐った野蛮な世界だった。それだけ恵まれた能力を持って生まれたお前にはわからないだろうがな」
魔法陣の圧力が上昇していく。
転生者なら皆誰もが思うことかも知れない。
ファンタジー世界と言えば、魔法があって何でも出来そうな気がする。
でも現実は、毎日が死と隣合わせの状況で、奴隷商人のようになってもおかしいことではないのだろう
「それでも一人で生きてきたわけじゃないだろ? 支えてくれた人がいたはずだ」
「いたよ。だからこそ、その支えてくれた人を殺したこの世界に復讐するって決めたんだ。俺がこの世界を破壊して再構築してやるってな!!」
男は勝ち誇り、何か邪悪なものを召喚しようとしていた。
そして男は召喚を止める気がないのだろう。
「……残念だ」
「くっくっく。もう助けてはやらないぞ。神に愛されているチート野郎は、俺の経験値になりやがれ!! 出でよ な、何?!」
バチ バリィ バリィ 赤黒い魔法陣がひび割れていき、青白い魔法陣が黒い魔法陣を塗りつぶしていく。
俺は残っている魔力の殆どを使い、赤黒い魔法陣を聖域円環で上書きしていたのだ。
「悪いが召喚はさせられない。俺の夢の為に、これ以上無意味な血を流させるか!!」
発動した聖域円環に光の円柱が出来上がり、赤黒い魔法陣を飲み込んだ次の瞬間、全てを吹き飛ばす爆風が吹き荒れた。
「治癒士ルシエル、今度会うときは貴様の夢を叩き潰してやるから、覚悟しておけ」
俺の耳には爆発する瞬間にそう言った奴隷商人の声が聞こえた気がした。
風が止んだ時、奴隷商人の姿は何処にもなかった。
こうして俺は新しい敵を作ってしまったことに胃を痛めながら、死なないための修行に耐えることを固く誓うのだった。
お読みいただきありがとう御座います。
少し強引な気もしますが……。