155 襲撃
グランドルの街を離れてから、どの迷宮に行くのか聞いていなかった俺は、御者席の二人に聞いてみることにした。
「何箇所か迷宮を回るって聞いていたけど、最初に行く迷宮はどんな迷宮なんだ?」
「何でも蟻の魔物しか出ない迷宮で、階層数は十階層しかないらしいですよ。そんなに浅い迷宮があるって私も知りませんでしたよ」
「蟻とは戦ったばかりだから、遠慮したいけど、ライオネル様も何だか乗り気で、止められなかったニャ」
少しワクワクしているケフィンとは違い、ケティは蟻の魔物を想像したのか、あのうじゃうじゃした蟻がいる迷宮には行きたくなさそうだった。
あの二人が行くなら当然俺も同行することになるだろうが、少し想像しただけで穴に放り込まれそうなイメージしか浮かばなかった。
「……そうか。それを聞いて凄く嫌な予感がしてきたけど……俺もあの二人は止められないから、大人しく従うか」
俺は前方を行く二人を見て、溜息を吐いた。
好敵手が手を取り合って、俺のパーティーにいるのは心強いが、あの二人の求めるレベルに俺は到達出来るのだろうか?
とても不安になるが、出来ることをするだけだと自分に言い聞かせて、まずは馬車の中を和ませることから始めることにした。
「俺達がグランドルに来たのは昨日だったんだけど、二人はこの国に長くいるのか?」
「私は三年程になります。リディアは一年と少しですね」
「そうか。それにしても二人でパーティーが組んでいたのだろ? 他にはパーティーを組んでいなかったのか? 俺がメラトニで治癒士をしていた時には、ソロや二人で行動する人は少なかったんだけど?」
「まぁ色々あって、私がずっとソロで活動していました。厄介ごとは多かったですが、しっかりと準備期間を設けていたのと、龍神の巫女の称号を成人の儀で得ることで、身体能力が飛躍的に上がったので……」
飛躍的に身体能力が向上して三年の冒険者生活を考えると、ソロでいる理由が分からないが、何か事情があるのだろうか?
とりあえず、あまり話さないリディアにも話をすることにした。
「なるほど。リディアは精霊士で、精霊王の加護を持っているんだよな? 精霊王の加護って、全ての精霊から力を借りることが出来るのか?」
「はい。私は大精霊達と契約したことがないので、幼い精霊達に力を貸してもらうことしか出来ませんが、属性に関係なく力を借りることが出来ます。レインスター卿をご存知ですか?」
「……ああ。教会の生みの親だから、当然知っている」
実物も見たことあると言ったら、どういうリアクションが返ってくるのだろうか?
少しうずうずしながら、軽率な行動は慎む。
「レインスター卿は全ての大精霊と契約して、精霊王と会ったことがあるそうなのです。私も精霊王と会うことを目標にお姉様と頑張ってきました」
本当にあの人が凄かったことが分かる。
その嬉しそうな妹とは対象的に、沈んだ様子の姉の姿があった。
あまり冒険者にはなって欲しくなかったような、そんな顔をしているのが気になり、そのことを聞いておこうとした時だった。
外から師匠とライオネルの声が聞こえてきた。
「敵襲だ!! 盗賊に扮した何かだな」
「ルシエル様、戦闘のご準備を」
二人がいるのに仕掛けてくるなんて、馬鹿な盗賊だ。
そう思いながら、戦闘準備に取り掛かる。
「分かった。エスティアは二人を守ってくれ。二人はこの馬車の中にいるといい」
俺はエリアバリアを発動して、御者席へ移動してケティとケフィンにもエリアバリアを掛ける。
「俺は対人戦……盗賊と戦うのは初めてだが、何か心構えはあるか?」
「躊躇ったら死が待っていると考えて、戦うニャ」
「殺すことに抵抗があるなら、四肢を切り落として動けなくしておいてください」
「分かった」
前方に見えるケフィンとライオネルにも、魔法陣詠唱でエリアバリアを発動すると、敵は弓を放ってくる。
その数は一度に数十本といった雨の様なものだったが、師匠とライオネルは馬上で笑い、何かを話しているようだった。
「あの二人は余裕そうだな。ケティとケフィンは左右と後方を警戒してくれ」
「「はっ」」
ケティもケフィンも何故か笑みを浮かべて、左右の警戒を始めると、徐々に矢の数が減っていくのが分かった。
「あれだけ矢を放っても、誰一人どころか馬も傷つけることが出来ないんだから、矢も切れるし、近づいてくるしかないのか」
「じゃあここは一旦任せるニャン」
「左右敵を打破してきます」
次の瞬間、二人が消えるように左右に飛び散った。
二人が向かった先に見ると、五人程の少隊がこちらの様子を窺っているのが分かった。
「これは姉妹を襲った盗賊まがいの冒険者と盗賊と他にも何かが混ざっているかも知れない。それにしてもお粗末過ぎないか?」
そんなことを呟いていると、前方の隊が師匠とライオネルに向かって、突っ込んできた。
「……もしかしなくても、こっちに狙いを絞った、一点突破なのか!?」
俺は久しぶりに聖銀の弓矢を御者席で構えてみることにした。
少しでも警戒してくれたら、師匠とライオネルが助けてくれるだろう。
そう思ったからだ。
しかし、程なくして戦闘は終わりを告げる。
突っ込んでくる盗賊達を見て、師匠が馬上から消えると、盗賊の進軍は止まり絶叫が聞こえてきた。
ライオネルはそれを見ると下馬して、炎の大剣を振るうと左右に火の壁が現れて、馬の突進する気力を潰したように見えた。
「さすがにライオネル様ニャ。それにしても旋風も化け物ニャ」
「確かに。ルシエル様のついでではありますが、鍛えてくれるそうですからね。凄く楽しみです」
左右の部隊へに向かった二人が、同じタイミングで帰って来ていた。
しかしケフィン。それは死亡フラグにも等しいぞ。
俺はそんな発言をしたケフィンが信じられなかった。
「お疲れ様。何か盗賊だと分かるものはあったか?」
「特に無かったニャ。というよりも金で雇われた新人の冒険者だったニャ」
「こちらも同じでした。脅す前に話し始めました。一台の馬車が襲われるから、それを助けに入って欲しいと言われたらしいです」
この作戦を考えたのは、ナディアとリディアを嵌めた奴だと、直感的に思えた。
「それでその冒険者達は?」
「矢の雨が降った時に逃げようと決意したらしいニャ。それを全員気絶させて、冒険者カードを抜いて来たニャ」
「こちらも同じです」
この二人を仕込んだのはガルバさんだけど、ガルバさんの爽やかな顔に隠された黒い部分が分かる指導だな。
「そうか。師匠達が戻ったら、一度グランドルに戻るか。戦闘が終わるまで警戒を頼む」
「「はっ」」
俺は御者席を二人に頼んで、馬車の中を覗き込み、ナディアとリディアに声を掛けた。
「狙われる原因に心当たりがあるな?」
二人はお互いの手を握り、頷いた。
「まぁそうだろうな。そうしたらオークションで、何故二人を購入しなかったのか、それが疑問だ。そうなると俺が治すのを待っていたことになる。俺を知っている人物はそう多くはないはずだが、鑑定のスキルと持っているなら……」
俺は思考の渦に囚われかけたが、もし仮に二人が治ると分かった場合、連れ戻そうとする人物を聞いてみることにした。
「傷が治った君達姉妹を奴隷にしようとしたり、連れ戻そうとしたりする人間に心当たりはあるか?」
「父と兄、そして公国ブランジュ、召喚勇者の末裔で現伯爵家筆頭のブレイド・フォン・カミヤ卿だと思います」
召喚……どこから召喚されるのかは分からないけど、カミヤ……神谷と考えると日本から召喚されたことになるのか?
そして肉親まで絡むと、この二人は貴族ということになる。
しかしカミヤ卿なんて聞いたことがなかった。
「……その召喚された人は勇者だったんだろ? 聞いたことがないんだが?」
「昔は勇者の功績を公国のものにしていたからだと、父に伺ったことがあります」
ナディアは淡々と答えるが、そもそも何故逃げ出したのだろうか?
物語では良くある話だが、誰か好きな男がいたわけでも、男嫌いでもなさそうなのに?
「……何で逃げたの? 政略結婚だって貴族ならありえそうだけど?」
「……はい。私も覚悟をしていました。ですが、成人の儀を迎える三ヶ月程前に龍神様からのお告げがあり、そのお告げが本物であるのならと、準備だけはしていたのです。そして成人の儀を迎えて称号を得たときに、世界が闇に閉ざされる世界が見えたのです。その未来を変えるために生きることにしたのです」
……それって聖龍を解放したことが原因じゃないだろうか?
そう考えると、俺が運命を変えてしまったのだろうか?
俺の混乱を余所に、今度はリディアが告げる。
「私も精霊の声が成人の儀を前に聞こえることがあって、成人の儀が終えたら、そのまま結婚させられると思っていたのですが、皆が一斉に眠ってしまい、簡単に逃げ出すことが出来て、精霊の声の通りに馬を走らせました。その先にはナディア姉様がいらしてそれからはご一緒させていただいていたのです」
水の精霊の加護を受け取ったのは一年と少し前だが……他にも加護を受けた者だっているだろう?
そう思っても、二人を見るとどうしても、運命に巻き込んでしまった気になってしまうから不思議だ。
しかし、それを想像すると同情してしまう。
俺だったら直ぐには立ち直れない。
「……要するに、二人と結婚しようとしていた伯爵が、二度も同じ家の花嫁に逃げられたってことか」
そんな俺の心情を察したのか、二人が言い訳を始める。
「カミヤ卿は正妻と側室が三名居られますので、私達のお役目は父と兄が反乱を起こさない為……人質のような存在なのです。それなら世界を救うために生きたいと願ったのです」
既にハレームさんだったのか。
まぁ一夫多妻制なのだろうが、同情していた気持ちは何処かに消えた。
「それに勇者の末裔は勇者ではないのです。父と兄はそれが分かろうともせずに、庇ってくれていた母上を……」
リディアがそう言いながら泣き出した。
女の武器を使うのは卑怯だ……師匠に物体Xを飲むなと言われていなかったら、恋愛脳が活性化してしまって、動揺してそう思っていただろう。今は冷静に物事を考えられる治癒士というジョブに感謝して、二人の話とグランドルで感じていた違和感と情報を組み合わせていく。
仮に相手の中に鑑定を持つ者がいるなら、強い二人を分断させる罠を仕掛けているとしたら、そしてそこに二人を封じる戦力を投下していたら?
俺はそこまで考えると、急いでケティとケフィンに指示を出す。
「やっぱりあの男がいる可能性があるなら、ケティ、ケフィン、中央突破だ」
二人は俺の指示に反論することなく、馬車を進めてくれた。
徐々に近づいていくと、未だに戦闘音が聞こえていた。
炎の壁の向こう側では、十数人冒険者に苦戦している師匠と細かい傷を負ったライオネル、笑みを浮かべた奴隷商である男の姿があった。
お読みいただきありがとう御座います。