154 託されたもの
朝日が昇る前に起床した俺は、姉妹が寝ている部屋へと向かうことにした。
「おはよう。何故ここにいる?」
廊下に身を隠すようにケティとケフィンが中を探っていた。
「おはよう御座いますニャ。ルシエル様は相変わらず起きるのが早いニャ」
「ルシエル様、おはようございます。昨日の賊が宿の周辺にいたこともあり、警戒していました」
姉妹の逃亡に関しては、もし起きても放っておくつもりだったが、襲撃者のことを忘れていた。
本当にケフィンは成長したと思う。
「そうか。俺の配慮が足りていないところをフォローしてくれたんだな。ありがとう。とりあえず姉妹には昨日渡したローブ以外に装備を渡しに来たんだ」
「ルシエル様……私には正直なところ、あの二人に何故そこまでするのか理由が分かりません。確かに龍や精霊の加護を持っているから特別だということは分かります。ですが……」
とても言い難そうにしながらも、ケフィンは俺にそう告げた。
端から見てどう見えるのかをきちんと考えてくれた発言に、とても心配されている気がして嬉しくなった。
ケフィンという忠臣を得たことを感謝しながら、きちんと説明することにした。
「ケフィンだけじゃなく、皆も思っているだろうな。何故此処までするか? それは俺が受けた加護に対する免罪符みたいなものだ」
「免罪符ですか?」
「ああ。俺は回復魔法が使えるだけの一般人だ。特別な存在ではない。それでも龍や精霊は俺に加護を与えくれたことで、今までの困難を乗り越えられた……そんな気がする。だから今回二人を助けたことで、龍神の巫女と精霊王の加護を持つ者を救ったと、龍や精霊の加護に対する証や誠意を見せたかったんだ」
これが俺の本心だった。
確かに伴侶と言われて気持ちが高まったり、運命の相手ということで少し妄想もしたりしたが、冷静に考えると俺は一般人だったのだ。
それが必死に生きていたら、聖龍を解放することになったに過ぎないのだ。
だから自分が頑張ったという証を、対価を残したかったのだ。
「ニャーハッハ。ルシエル様って、本当に面白いニャ」
「ププッ。ルシエル様は細かいところを気にするんですね。でも、その加護に対しての認識は違いますよ」
しかし俺の気持ちは二人に笑われてしまった。
少ししんみりすると思ったら、笑い声が返ってきて、俺は呆けてしまった。
まさか普通に笑われるとは思ってもいなかった。
さすがに馬鹿にされるとは思っていなかった俺は、忠臣を得たと思っていたのにと、さすがにイラついてしまって強い口調で問いただす。
「どういうことだ?」
二人は察したのか、笑みを消して答える。
「生まれながらに加護を持っているものは確かにいます。ですが後天的に加護を授かるには、加護を与える存在に対して徳を積んで認められるか、その存在の助けになった時だけです。ですから恩返しされている状態になるのです」
「えっ?」
俺はその事実を一切知らなかった。
「知らなかったニャ?」
ケフィンの情報は、ケティの態度をみれば本当なのだろう。
それから察するにこのことは広く知れ渡っていることなのだろう。
加護を受けた時を思い返せば、転生龍の加護は封印からの解放した後だ。
水精霊のときはハッチ族を救った後だった。
でも土の精霊の時は? そう考えると高級ハチミツと魔力を与えていた時だった。
そう考えると完全に世界の命運を託されていたと勘違いしていたらしい。
「さっきまで清々しい朝の顔だったのに、今は曇り顔ニャ。ルシエル様、さすがに笑ったのは謝るニャ」
「……笑ってしまったこと、差し出がましく口を挟みましたこと、深くお詫び致します」
二人の謝罪は調子に乗ってしまったことを謝っているのだろう。
加護が救済した証なら、それ以外に何も得ていないのかをそこで俺はもう一度考えてみる。
そうすることで、精霊達の恩恵は正直分からないが、龍達には加護の他にも色々ともらっていることを思い出す。
迷宮に残されアイテムではなく、時に自分の鱗を差出し、俺の助けになるように彼等は幻想剣に力を託してくれていた。
それを思うと今回助けたことで彼等が喜んでいると考えれば、悪くない気がした。
俺がずっと黙ったままでいるから、二人は頭を一切上げなかった。
いつまでも怒っているのは疲れるし、きちんと謝罪をしたのだから、それを受け取ることにした。
全てを話しているわけではないのに、その部分だけを切り取って考えるのは、あまりにも視野が狭いしな。
「笑ったことに対しては傷ついたが、自分が無知だったいうことが認識出来たからな。謝罪は受けよう。言い難いことを言ってくれたことは感謝している」
俺がそう告げると二人は頭を下げた。
「それと今回の件だけど、姉妹を助けたことは後悔していないし、今までと同様に助けた以上は最低限のことはする。それ以降は本人達次第だけどな」
「さすがルシエル様ニャ。甘いけど、人たらしなのは相変わらずニャ」
「私もその優しさに救われたのに失礼なことを申しました。以後、忠義を尽くさせていただきます」
「そんなに固く考えなくていい。俺は従者を家族に近いものだと考えているし、俺も人なのだから間違えることの方が多い。その時は助言や進言してくれると助かる」
「はっ」
偉そうなことを言ったが、助けたのが前世の二人を思い出させることがなければ……見放したかも知れない。
そう考えると加護を持っていたから二人に出会ったのだとしたら、惹かれ合うではなく、引かれ合うといった感じなのかもしれないな。
こうしてずっと廊下で話しているのも変なので、二人が眠る部屋の扉をノックすることにした。
コンコンコンとノック音が鳴るが、中からの返事はなかった。
「さすがにまだ寝ているのだろうか?」
「まだ早いですからね」
「二人が起きて来たら、ルシエル様の部屋へ一緒に行くニャ」
「そうか? それじゃあ頼m「ガチャ」」
頼む前に扉が開いた。
そして彼女達の姿が見えたところで、二人は勢い良く頭を下げた。
「「申し訳ありませんでした」」
いきなり頭を下げられたことに俺達三人は呆然としてしまう。
「皆さんのお話を精霊さんに教えていただいていました」
「私はそれを教えてもらっていました」
精霊王の加護を持っていると、色々な精霊から情報を聞くことが出来るのだろうか?
そうだったら便利だと思うが、二人が謝ってくる理由が良く分からなかった。
「聞かれていたなら分かると思うが、君達は俺達に少しの間、同行するのだろう? だから武具を渡しておこうと思ってな。中に入っても?」
武具が渡されることに一度驚いたが、入室を許可してくれた。
「どうぞ」
そこで俺とケティが入室して、ケフィンはそのままの場所で待機するのだった。
「君達と同じオークションで落札したものだ」
俺はベッドの上に並べて行くと、二人は凄く驚いていた。
「……あの、これって高かったのでは?」
ナディアが聞いてくるが、値段は言わないことにした。
これは自分の戒めるためでもある。
「昨日奴隷商にいたときに剣士と精霊士と聞いていたらから、もしかすると珍しい装備は二人のものではないか? そう思って落札しただけだ」
「これは私のです。まさか手元に戻ってくるなんて」
妹のリディアの方が少し子供っぽいが、それだけ素直なのか、杖を抱きしめていた。
「……あの、少し反ったような剣はありませんでしたか?」
日本刀のような刀のことか? それとも曲剣の類か?
「無かったな。装備一式で考えていたが、出品されていなかった」
「……そうですか」
落ち込むナディアに雷龍がいた封印の間で手に入れたそこそこ良さそうな剣を渡す。
「当面はこれを使うといい」
「ありがとうございます」
「二人に伝えておくことがある。君達が加護を持っているから、龍に頼まれたから俺は惜しげもなく力を使って君達の怪我を治した。しかしこれは普通ではない。一般的には欠損した部位は戻らないし、潰れた目が戻ることも無い。だからこのグランドルにいる間は今きているローブのフードを目深に被り生活をしてもらいたい」
これについては結構切実なお願いだったりするが、どうせこのグランドルに戻ってくることは当分ないので、バレたとしてもそこまで問題になることではない。
二人は直ぐに了承したが、外部から俺を含めて三人のことを調べようとする者がいると仮定して動くことになるだろう。
食事を二人が泊まった部屋で軽く済ませると、買出しには俺とケフィンとケティがついて来ることになった。
ブロド師匠はギルドマスターの仕事だと言ってくれて、ナディア、リディアに謀略の迷宮での出来事や、脱出した後のことを詳しく聞いていき、二人が今までに受けていた依頼も含めて聞いて、犯人と黒幕のリサーチを始めることになり、ライオネルとエスティアを警護として残していくことに決めた。
エスティアを残してきたのは、精霊が師匠とライオネルに悪さをしないためだ。
誰からの反対も無かったので俺はケティとケフィンと共に買い物に来たのだが、二人とも当たり前のように、お薦めのお店などを知っていた。
おかげで各種生鮮食品を十分な量を確保しながら、うまいと評判の店の食事を交渉して鍋ごと大量に購入することが出来た。
「買い物がこんなに早く終わるとはな。二人ともいつ調べたんだ?」
「昨日ルシエル様が奴隷商に入っていったときに、旋風様が冒険者に銀貨を渡して情報収集をしていたんです。それに同行させてもらったんです」
「情報収集の仕方がギルドマスターには思えなかったニャ。きっとその方法を見せるためにしたんだと思うニャ」
師匠は二人のことを試したのかも知れないな。
きっとあの時から迷宮巡りを計画していたに違いない。
そんな師匠を思いながら、そういう時用のお金を渡しておくことをすっかり忘れていた。
「なるほど。あ、給金を払うのをすっかり忘れていたな。後で渡すから」
「ルシエル様、奴隷に給金がないことはご存知でしょう?」
「そこは変えなくていいニャ」
「奴隷としてではなく、従者として最低限の資金を渡すことにしたんだよ。ライオネルも知っているから気にするな」
まぁライオネルが了承しているかは別だけど。
そんな話をして俺達は宿に戻り、今度は全員で宿を出ることにした。
「それで冒険者ギルドへ寄るんですか?」
俺は馬達を隠者の厩舎から出しながら、ブロド師匠に聞く。
「いや、種は撒いたから、このまま迷宮へ行くぞ」
「分かりました」
体調が回復したのかフォレノワールが出てきたが、全体を一瞥すると俺の頭を甘噛みしてきたので、浄化魔法を掛けるとまた厩舎へと帰っていった。
「……まぁいいか。じゃあ行きましょうか」
師匠とライオネルが騎馬となり、ケティとケフィンが馬車の御者席へ向かい、俺とエスティア、ナディアとリディア姉妹が馬車に乗り込み、グランドルを出発するのだった。
しかしグランドルから出て直ぐに、俺達は止められることになる。
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