153 使命感より大切なもの
帰り際に何度かビリビリする感じがしたが、襲撃されることはなかった。
「襲って来ませんでしたね」
「相手の力量もまぁまぁ高いんだろう」
「まぁ尾行も甘いですし、暗殺者の系統ではなかったので、仮に襲われていても問題はなかったでしょうね」
確かにブロド師匠とライオネルがいれば、負けることはないだろう。
それを考えると襲撃をしようとしていた者達の力量は相手の力量を見るぐらいのものだったということになる。
「まぁ明日には旅立つから問題はないか」
左右に抱えた二人の重みを感じながら、宿まで何とか無事に戻って来られた。
エスティアとケティの部屋へそのまま移動して、ベッドに二人を座らせると一瞬力が抜けたので、直ぐに脱出した。
「じゃあさっさと二人に回復魔法をかけますので、二人が暴れたらお願いします」
皆が頷いたのを確認してから、俺は二人へ同時にエクストラヒールを発動させた。
エスティアに闇の精霊の力を使うことも考えたのだが、あまり無理をさせると精霊もその宿主も疲れると思い、この方法を選択したのだった。
光に包まれて失った筈の耳や壊死していた足が元に戻っていく、実際にそれを見たブロド師匠のテンションがおかしいものになっていく。
「これなら全力で毎日戦えるではないか。ルシエルも殺さない程度で鍛えれば、五年で俺達に近い技量までは高めることが出来るぞ、ライオネル」
「鍛えながら迷宮でレベルを上げれば、天賦の才は無くても、ルシエル様の伸び代はまだまだあるからな」
「やっぱりそう思うか?」
「ああ」
俺がいる側でする会話じゃないだろ! そう心の中でツッコミながら、二人の治療が終わった。
「俺の名前はルシエル、治癒士だ。声が聞こえるから分かると思うけど、君達の怪我や状態異常を完全に治した。確認してみるといい」
俺が姉妹に声を掛けると徐々に目が開いて、見えること、聞こえることの喜びと戸惑いを感じることが出来た。
そして隣にいる妹を、姉を確認すると二人は抱き合うのだった。
しかしいつまでも感動のご対面を見ているほどこちらも暇ではないので、本題に入ることにした。
「そのままでいいから聞いてくれ。君達は加護を持っているだろうか? 俺は複数の龍と精霊の加護を得ていて、加護を持つ者を龍と精霊から探すようにと言われているんだ」
俺の言葉を聞いた二人は抱きあうのを止めて、見つめ合ってからこちらを見つめる。
「私が龍神の巫女の称号を持つ剣士のナディアです。助けていただき感謝しています」
「私が精霊王の加護の称号を持つ精霊士のリディアです。傷を癒していただき誠にありがとう御座います」
二人はそう自己紹介をして、感謝を述べた。
しかしその自己紹介をした二人を見ていて気がついたことが……思い出したことがあった。
だから龍神の巫女と精霊王の加護を持つ者だと理解はしたが、それと同時に転生者ではないのか?
そんな疑いを持ってしまう。
奴隷商で二人を見たとき顔が分からない状態だったのに、何処か懐かしさを感じたのには理由があったのだ。
購入した彼女達を雑に扱われて、想像以上にイラついたことも、今なら理由が分かる。
二人は俺の記憶に残っている前世で色々教えてくれた先輩と、いつも明るく元気をくれた後輩のあの子に何処か似ていたのだ。
「……二人はどういう状況で、ここにいるか分かるか?」
俺は冷静さを装いながら、二人に質問をぶつける。
「私とリディアは二人で冒険者パーティーを組んでいました。ですが、謀略の迷宮を踏破するには罠を解除するスキルや、それなりの戦闘力が必要でした。そこで他のグループと共闘することになり、色々あって逃げた先にヒュドラがいて、何とか逃げることには成功したのですが、迷宮を出たところを冒険者か盗賊のどちらかに襲われ、気がついたら目と耳が使えなくなっていました」
「それでは俺が知っている事実を話すよ。抵抗した者達が君達の目と耳を封じた後に、何も関係ない新人冒険者を君達に殺させた。そして君達姉妹は奴隷商に連れて行かれ、先程オークションで俺が購入し、魔法で完全回復させたんだ」
殺人をしたことに対する経緯は言うか迷ったが、奴隷になったことも含めて、嘘をつくことはしないことに決めた。
二人は傷が治っていること等で、俺が誰か知っているような素振りをみせたが、頭を下げて感謝するので、その表情を読み取ることは出来なかった。
それから暫らくお礼を言われ続けた。
そしてひと段落着いたところで、ナディアが今後のことを聞いてきた。
「……私達はこれからどうなるのでしょうか? 奴隷になったので、主であるルシエル様に従うことになるのですか?」
「まぁ普通ならそうなるだろうが、現在奴隷契約は解除されているよ。君達を完全に治す為に呪いの類も消し去る必要があったからだけど……二人はこれから如何したい?」
龍や精霊はこの二人を俺の伴侶にしたいと願っていた。
しかし俺には二人を伴侶にするという判断は、直ぐには出来そうになかった。
「……私達に決めさせていただけるのですか?」
「ああ。奴隷になるか、従者になるか、冒険者に戻るか、自分達で選択してくれて構わない。 出来れば従者になって欲しいけど、無理強いすることはしないよ」
俺がそう告げるとナディアは妹のリディアへ視線を送り、頷かれていた。
嘘発見器みたいに精霊から状況を聞いているのだろうか? するとナディアはこちらを向き直して、答えを出した。
「ルシエル様でしたよね? どうかお力をお貸しいただけないでしょうか?」
妹と二人で頭を下げた。
これを意味するところは一つだろう。
「……転生龍の解放と全精霊の加護を受け取ることか? それなら正直答えよう。俺は昔も今もこれからも、積極的にそれらに関わることはない。ただ巻き込まれたら、仕方なく行動している。それが答えだ」
我ながらこの答えは駄目だと思うが、目の前の二人よりも、俺を信頼し従者となってくれたライオネル達の方が大事なのだ。
だから二人の為に行動をする。そんな事を言う気になれなかった。
師匠がこの空気の中で、必死に笑いを堪えているのが見えて、俺も思わず笑いそうになってしまったが、何とか堪えた。
そしてナディアはそれから少し間をおいてから、口を開いた。
「……ルシエル様、少しの間ですが、同行という形をとらせていただいてから、判断しても宜しいでしょうか?」
まぁこれが普通の反応かも知れないな。
普通ならケティやケフィンが文句を言うはずだが、今回は堪えてくれた。
「……ああ。分かった」
俺はテーブルに移動して食事を用意する。
「この部屋は二人で使うといい。食事も置いていく。また明日顔を出す」
「「ありがとう御座います」」
二人は同時に頭を下げるのを見てから、俺達は部屋を後にした。
「ケティ、エスティア部屋を替えてもらって悪かったな」
「別にいいニャ。それよりもルシエル様はあの二人のことを知っていたのかニャ?」
「いや……ただ、昔世話になり、元気をくれた人に雰囲気が似ていたから、驚いただけだ」
「ルシエル様、顔色が悪かったから、無理をされないでくださいね」
ケティとエスティアが心配そうに声を掛けてくれることに感謝しながら、ニヤついている師匠とライオネルと一緒に明日の作戦会議をすることにした。
「謀略の迷宮ですが、当初は龍神の巫女の救出でした。ところがそれが叶ってしまった今、謀略の迷宮に行く意味は無くなってしまいました。ブロド師匠、このまま明日になったらメラトニへ戻りますか?」
他は従者だが、ブロド師匠は違う。それにギルドマスターだから、あまり自由な時間は取れないだろう。
だから今回は師匠に合わせて動くことに決めた。
「……今回の件で長期間の間、書類仕事になるから、発散をしたいんだが、そうなると冒険者ギルドの地下訓練場を俺が使うと本部がうるさいから使用できない。そうなると場所が必要だろ?」
メラトニの冒険者ギルドでは師匠に絡んでいくものがいないことは直ぐに分かった。
「……どれだけの日数いるつもりですか?」
「そうだな……この件が終息するまででもいいか?」
「最長で一ヶ月ぐらいですか?」
「ああ。そのぐらいあれば、この面子なら謀略の迷宮を含めたグランドルにある迷宮だって、全て踏破出来そうだろ?」
「なるほど。それは面白いかも知れないな」
……何故お前が答えるんだ、ライオネルよ。
しかしこの二人を止めることは出来そうになかった。
まぁ存在する全ての迷宮に龍が眠っている訳でもないので、俺は成り行きに任せることにした。
「……明日食料の買い込みをしますから、その間に迷宮の場所は確認しておいて下さいよ」
「ああ。まぁこれで一日一回は模擬戦出来るから、お前の成長を確かめられるな」
そう言って笑う師匠を俺は止めることは出来なかった。
「……ナディアとリディアを連れて行った方が良いでしょうか?」
「ルシエルが連れて行きたい。そう思うなら連れて行く。だがルシエル、お前もきちんと見極めるんだぞ。転生龍や精霊の話は分かるが、その使命感に囚われすぎたら、きっとお前は大事なものを失ってしまう」
「……分かりました。少し考えてみたいと思います」
「それでいい。まぁあの二人が使命感に囚われていたら、お前が救ってやれよ……何を笑ってみている戦鬼」
「いや、ルシエル様と旋風が師弟関係という事実が面白くてな」
「うるせぇぞ。明日も早いからさっさと行くぞ」
「それではルシエル様」
「ああ。師匠、ライオネルおやすみ」
二人は笑いながら部屋を出て行った。
「あの二人は俺に何処を目指してほしいのだろう? それにしても使命感に囚われているって……師匠は俺を良く見ているな」
調子に乗って自分の力以上のことを自らしようとしている自分を反省してから、俺は眠ることにした。
あの姉妹が迷宮に来るというなら、落札した装備を渡した方がいいのだろうか?
そんなことを考えながら、天使の枕が眠りに誘ってくれるのだった。
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遅れてました。