152 オークション
日が完全に沈むと、冒険者の街では蝶が舞うらしく、蝶にスポットライトを当てるかのように、街が輝き欲望の街へと変身する。
そんな夜の街を、俺とライオネルは移動していた。
「最後までケティとケフィンは渋っていたな」
「ルシエル様のトラブルを、間近で見たそうにしていましたからね」
ライオネルはそう言って笑うが、既にトラブルメーカーとして認識されていると、少し胃が痛い。
「資金はあるから、あの姉妹以外でも、人材、ものでも少しでも必要なものがあるなら言ってくれ」
「承知しました」
商人ギルドを通過して、俺とライオネルの二人はオークション会場に辿り着き、ボディチェックもなく紹介状だけで通ることが出来た。
仮に問題を起こした場合は紹介状を書いた店が全責任を持つのがルールだが、その分のリターンを受けるのはイエニスであろうとグランドルであろうと変わらないらしい。
今回のオークションでは、奴隷、武器、装飾品、アイテム、権利書と多岐に渡ると警備員が教えてくれた。
「もしかすると戦闘になるかも知れないな」
「ヘタをするとそうなるかも知れませんが、問題はないでしょう」
俺の呟きに、ライオネルはむしろそれを望んでいるかのようだった。
その姿を見て、オークションで競合しても欲しい人材や必要なものは購入することに決めた。
俺達は割り当てられた席に座わると、周りを確認してから、出入り口を確認した。
それからも数は徐々に増えきたが、仮面をした男のように見える者が登場すると出入り口が封鎖された。
そして仮面の男は客差席を見渡してから話し始める。
「お集まり頂きました老若男女の紳士、淑女の皆様、本日はオークション会場にご出席ありがとう御座います。只今よりオークションを始めさせて頂きます。今回のエントリーされた商品は全部で三十ありますので、挙って参加くださいませ。それでは早速エントリーナンバー一番、烈火の剣です。これは迷宮国家グランドルの迷宮から出土したもので、魔力を込めると剣先が燃え、うまく発動出来れば敵を燃す効果が期待できる一品です」
「いらないな」
「ええ。それでも値段は上がるでしょうね」
ライオネルが見込んだ通り、金貨十七枚で落札された。
あんな物があれだけするなら、他のものはどうなるのか、頭を抱えたくなった。
そして俺が入札しなくてはいけない物が出てきた。
「エントリーナンバー五番、精霊のローブです。高い魔法耐性と自動修復を持つ一品です。出所は冒険者からになります」
「……仕方ないから購入するか」
「いいのですか? あれは偽者ではないと思いますが、購入する価値があるとは思えませんが?」
「そうだよな。でも仮にライオネルが帝国時代に愛用していたマントとか鎧がオークションに出ていたら?」
「……購入いたします」
「多分あれは姉妹の妹の装備だと思う。違ったら違うで装備させるさ」
「本当に救うとなったら甘いですね」
「これで逃げられたら笑ってくれ」
「分かりました」
俺は精霊のローブから始まり、精霊の首飾り、ペガサスブーツ、精霊樹の杖、竜の鎧、竜の篭手、竜のブーツ 竜のローブを連続で落札していった。
「凄く睨まれているな」
「まぁ購入金額が白金貨十枚に近いですからね。ルシエル様がこのオークションを荒らしているようなものですからね」
「どうせ明日にはこの街ともお別れだからな」
「元々私と旋風に模擬戦で鍛えられる予定でしたからな」
「ああ。もう欲しくなくても買うぞ」
しかしテンションが上がってきたところで、武具のオークションは終わり、土地の権利書、建物の権利書などが始まった。
俺を警戒していたが購入する気がないと分かると、一気に金額が上がっていった。
「倍賭けしてないから、違反はしていないと思うんだけどな?」
「ノータイムで金額を上げるからじゃないですか?」
「それは心理戦だからな」
ここ一番で盛り上がりを見せた土地の権利書が終わり、ついに奴隷のオークションが始まった。
「此処からはお待ちかねの奴隷です。エントリーナンバー二十三番、竜人アルグレド 酔った勢いで建物を破壊していき、警備兵を殺した犯罪奴隷ですが、その強さは必見です」
「……あれは嫌だ」
「分かっております」
奴隷は可哀想だと思える罪状はなく、保護するような子供もいなかった為に購入をすることはなかった。
「あまりいないものだな」
「そうですね。鍛えても良さそうなものはいませんね」
「商品の都合によりエントリーナンバー二十九番、三十番を出すことになりました。男装して麗人剣士として冒険者登録すると、瞬く間に数年で高位冒険者になった天才剣士と、その妹でその姉を追いかけてきた精霊魔法士です」
しかし出てきたのは昼間に見たあの酷い状態だった。
二人のことを期待して待っていた者達は怒り出して、ステージに物を投げる者まで出る始末だった。
「皆様、お怒りを御静めください。この二人は迷宮で仲間に裏切られて強姦されかかったところで、迷宮のトラップを発動させて運良くその場からは逃れました。しかしその罠は魔物がいる部屋へ移動してしまうもので待ち受けていたのはヒュドラでした。二人を追いかけて来た男達は喰われ、二人も逃げるのがやっとの思いで、迷宮から帰還しましたが、猛毒で美しい顔の半分はただれ足は壊死し、妹も目が焼けてしまいました。しかし、姉妹を待っていたのは冒険者に扮した盗賊でした。不意打ちで放った矢が喉に突き刺さり、高級ポーションで何とか命は助かりましたが、その反動で声を失いました。さらに二人の装備やアイテムと共に本来であれば美しかった二人を攫うつもりだったのでしょうが、その醜くなってしまった顔を見て逆上し、両目両耳を破壊して、高級な装備とアイテムを奪い取ったのです。それでも姉妹は諦めずに戦い、誤って助けに入った新人冒険者を殺しまうのでした。犯罪奴隷となったこの二人を治せる資金をお持ちの方であれば、美人姉妹が手に入れられます。さぁオークションの開始です」
司会者はそう言うが、会場からは溜息が流れた。
皆分かっているのだ。
潰れた目が戻らないことも、喉が潰れて声が出ないことも。失った四肢が戻らないことも。
それでもあの仮面の男はオークションを開始した。
「二人合わせて金貨10枚からスタートします」
二十枚、三十枚と進みはするが、今までのように勢いは全くなかった。
「白金貨一枚」
俺がそうコールすると他は完全に沈黙した。
仮面の男がこちらに丁寧にお辞儀をしたところで、仮面の男が奴隷商であることに気がついた。
「ライオネル、仮面の男のことは気がついていたか?」
「ええ。ですが、つい先程です。まさか奴隷商人だとは……あの者は相当な切れ者でしょう」
「今度の国を運営するときはあれぐらい切れる奴が仲間に欲しいな。まぁ裏切らないことが前程だけどな」
あれほど切れる者ならば、きっと己の力で成り上がる機会を狙っているに違いない。
奴隷商人をしているのは、資金と人材を集めることが、目標なのだろう。
そんな気がした。
「商人は利あるところへ流れますから、義を持って止め、利を継続すれば可能性はありますが……」
「はぁ~。それが出来たら苦労しないだろが……」
「確かに」
俺達が笑いながら言葉を交わしていると、仮面の司会者はオークションの終了をコールする。
「本日のオークションは以上を持って解散させていただきます。また次回ご縁があればご参加くださいませ」
仮面の男がお辞儀すると舞台の幕が下がっていくのだった。
周りからの視線は最後にあの姉妹を購入したことで、金の使い方を分からないボンボンに向けられる視線へ変わったので、戦闘はなさそうなことが唯一の救いか。
そんなことを考えながら、二人と購入した武具の回収をしに向かうことにした。
係員に案内されて、オークションでコールした落札金額を払うと物と交換することになるのだった。
「治癒士殿、品数が多いのでこちらへどうぞ」
何のためかは分からないが、個室に通された。
そして対応するのは、仮面の男から奴隷商人へと戻った男だった。
「ここなら安全に受け渡しが出来ます。まずここの八点の合計金額を出してください」
俺は白金貨十一枚を置いた。
「奴隷の姉妹を合わせた十品分の代金だ。釣りはいらない」
「……確かに。それではこちらに連れて参りますので、少々お待ちください」
「いや、こちらから赴こう」
俺は装備品を触って回収して、男についていくことを選択した。
「……そうですか。それではどうぞ」
一瞬だが男の顔が引き攣った気がした。
着いていくと彼女達は牢に入れられていたが、他の奴隷達も中に入れられていて、とても良い環境ではなかった。
別に身体を触られたり、殴られたり、暴言を吐かれたりしている訳ではなかったが、精神的にストレスになる環境だった。
「……酷いな」
「こちらでも色々と事情があるものですから」
「いい。それじゃあ二人を連れて来てもらえるか?」
「お待ちください」
奴隷商人の男は見張っていた男達に声を掛けると、中に入って乱暴に掴むと目の前まで引きずって連れてきた。
「いくら奴隷でも俺の所有するものをそのような扱いをするとは、どういうことだ!!」
俺はこの時ライオネルに肩を掴まれていて、身動きが取れない状態だった。
「おや奴隷にもお優しい方でしたか」
男は俺を挑発している。
男の目がそう書いてある気がした。
「……さっさとしろ」
「……では、奴隷紋を引き渡します。血をいただけますか?」
俺が耐えたことに面白く無さそうな顔で、淡々と作業を開始した。
強く拳を握り締めていた為に切らなくても、手の平から直ぐに血が零れ落ちた。
「これでこの奴隷達の所有権は貴方様になりました」
俺はその言葉が聞こえたと同時に魔法袋からローブを取り出して二人に着せ、姉妹の腕を俺の首を支点にクロスさせると、腰を抱いて持ち上げた。
「帰るぞ、ライオネル」
「はっ」
もし仮に襲撃があったとしても、ライオネルの両手が空いているのだから振り払えるだろう。
そう思いながら、オークション会場の建物から出ると、皆が迎えに来ていた。
「どうしたんですか?」
「オークション後に襲撃があるらしいから迎えに来たんだ。俺一人で来ようとしたら、迎えに行きたいって言われたのでな。それでその二人が?」
どうやらブロド師匠は襲撃の心配をしてくれていたらしい。
それ専門の部隊とかいたら、オークションに集まるものも少ない気がするのだが、そうじゃないのかもしれないな。
「はい。継続的にヒールをしているので、宿まではこのままかなとも思いましたが、今ならここで襲われても問題は無さそうですね」
俺はリカバー、ディスペル、ピュリフィケイションを瞬時に発動した。
「ルシエル様、二人を奴隷から直ぐに解放したのですか?」
ケフィンが驚いたように聞いてくるが、その横でライオネル笑っていた。
「ああ。だけど奴隷解放したのは、この二人を信用したとか、情に流されて可哀想だからってことじゃないぞ。ライオネルだって、俺にそう進言するつもりだっただろ?」
「はい。あの男は何かを隠しているそんな気がしましたし、奴隷契約の時に不穏な感じがしました。この判断は正しかったと思います。どうもこちらを探るような目をしていましたからね」
奴隷商を訪れた時にも感じたんだよな。
それこそ鑑定されているような印象をだった。
鑑定されて困ることはないけど、あの切れ者が何を考えているのかが、少し気になったのも事実だ。
「まぁそういうわけだから、まずは宿に戻ってこの二人を一気に回復させる」
俺はそう宣言して、ケティとエスティアに姉妹を運んでもらおうとすると、ガッチリを掴まれていた。
「これじゃあきっと解くのは無理ニャ」
「ルシエル様、頑張ってください」
二人がそう発言すると、周りに生暖かい視線を受けながら、ずっと二人を運んでいくことになるのだった。
お読みいただきありがとうございます。