151 奴隷商人と噂の冒険者姉妹
奴隷商の場所を聞きだし、奴隷商に赴くことにしたが、全員で行くと流石に奴隷商人を威圧することになりそうなので、店の中に行くのは俺とライオネルとエスティアだった。
「そういうことなら、俺が外で待機しておく。奴隷だけが外に待っていると碌でもないことに巻き込まれそうだからな」
「情を移すのは、なしニャ」
「こっちはもう少しだけ謀略の迷宮を調べておきます」
「師匠二人のことを頼みます」
俺はケティとケフィンの言葉に頷き、ブロド師匠に二人のことをお願いして、奴隷商の中へと足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ。おや、治癒士の方が来店されるのは久しぶりです」
店からして胡散臭い奴が店主だと思っていたが……ビシッと堂に入っている雰囲気の若い男だったことに、面喰らった。
「俺が治癒士だって良く分かるな?」
「それはもちろん。数年前まではお得意様でいらっしゃいましたから」
ローブでばれたのかと一瞬考えたが、それだけではないと、俺の直感が言っている気がした。
まぁ本当に奴隷商へと通っていた治癒士がいたのなら、名前を聞きたいものだ。
そう思ってしまうのは、変だろうか? それを考えだけで憂鬱になるので、本題に入る。
「……そうか。実は街で有名な冒険者姉妹が奴隷となったと聞いて、ここへ探りに来たんだ」
「ほう。お耳が早い……まぁ本日のオークションに出品致しますので、詳細はその時にでも」
「悪いが少しだけ話をさせてくれ。買うか買わないかはそこで決める」
俺は金貨一枚をチップに話をするだけの交渉をした。
お金も大切だけど、今は時間のとの勝負だと俺は判断することにした。
「う~ん。まぁいいでしょう。でも、商品の状態を口外して広めないでくださいよ」
金貨で少しの面談を要求する俺に、男は簡単に腰を上げた。
「ああ。分かった。オークションが終わるまでは、冒険者姉妹の状態をパーティー以外に口外しないと誓う」
「……どうぞ、こちらです」
「ライオネル頼んだぞ」
「はっ」
強そうなものや有能そうなものがいるか、ライオネルがチェックしてもらうことにして、俺を先頭に奴隷商人の後を追う。
奴隷商人のこの男が、何故その姉妹を直ぐに見せてくれるのか、少しだけ引っかかったが、見せても価値が変わらないと判断したのだろうと思うことにした。
しかしその答えを男から聞かなくても、姉妹の牢に着いたら直ぐにその理由を理解してしまう。
奴隷商人に案内されて、牢に通してもらうと従業員達もいるのだが、奴隷の方が偉いと錯覚させられる行動があったりするから驚いてしまう。
まるで高級ペットショップが犬猫ではなく、人を扱った結果がこれだと。言われている気がした。
「そんな不思議そうな顔をしないでください。商品を高く売るための手段ですから」
そうやって姉妹の牢へと着くまで、俺が知っているイエニス奴隷商よりも明確な階級の差がある様に感じた。
どの牢の中も綺麗ではあるが、着飾っているもの服から、食事のグレードまで細かく管理されている気がして、商品としての価値を考え、如何に高く売るかを実践して、実行することを追求するプロフェッショナルな気がした。
それを感じたのは、この世界に来てからは初めての経験だった。
ドラン達職人が、ものづくりのプロなら、この男は商人のプロなのだろう。
奴隷よりもこの男が何者なのか?
そちらの方が気になってしまうのだった。
高級奴隷からどんどんグレードが落ちていき、最後の牢に噂の姉妹はいた。
今回のオークションに出す冒険者姉妹は、そのネームバリューで客寄せパンダの役割になのだろう。
しかし姉妹を見た俺は、奴隷として彼女等が売れるとは思えず、男が何故口外しないという条件をつけたのか納得がいった。
目には刺された後が痛々しく残り、耳は切り落とされていて、頭部は爛れて髪の毛が存在せず、腕はちぎれ石化し、足も毒が回ったのか壊死している状態だった。
俺は姉妹を見て声が出せないぐらいに驚き、この場で直ぐにエクストラヒールを掛けてしまいそうな、そんな強い衝動に駆られて、その気持ちを抑えるのに苦労した。
二人を見ていると、凄く悲しい気持ちと懐かしい気持ちが溢れ出そうになって、何故か目頭が熱くなるのを感じて、直視するのが辛くなっていく。
「この二人が美人姉妹でいたのは、昨日までですね。何でも仲間に裏切られて逃げた先に罠があって、飛び込んだらヒュドラがいたらしいのですよ。何とか逃げたものの、途中で力尽きたところを裏切った冒険者達に捕まったのです」
「……それって違法奴隷になるんじゃないのか?」
「問題はその後です。迷宮から出た後に冒険者を斬り殺したんですよ。しかも全く関係ない新人冒険者を巻き添いにしてね」
「……新人冒険者は災難だったな」
きっと目の見えなくなった姉妹に、新人の冒険者達を近づけさせたのだろう。
災難だったのは新人冒険者達と姉妹で、奴隷商に売り払ったやつ等は外道だ。
この情報はブロド師匠にオークションが終わったら調べてもらい、制裁をすることに決めた。
「ええ。でもこの状態ですからね。判断が出来なかったのでしょう。冒険者達は捕獲した状態で、運び込み込んで来ましたよ。さすがに女としては見られないとかで……」
それなら執拗なまでに、ここまで何故追い込んだのか、俺には理解が出来なかった。
「そうか。それで喋れるのか?」
「無理でしょうね。生きているのが不思議な状態ですからね……話が出来ないからって、お金は返しませんよ」
喉には切り傷があり、普通に話せる状態じゃないことは理解していた。
「ああ。それは求めていない。それでオークションは今日の何時だ? それと俺でもオークションへの参加は出来るのか?」
「……この二人をお買い上げになるんですか?」
奴隷商のポーカーフェイスが崩れた。
「さすがに……オークションなら有能なアイテムや奴隷でも手に入るんだろ?」
「ああ、なるほど。それなら紹介状を書きましょう」
さすがに買わないと判断したらしく、表情が戻った。
「頼む。それと念のために少しだけ、話をさせてもらうぞ?」
「いいですよ。終わったら声を掛けてください」
俺を物好きな奴と判断した……そんな目になった気がした。
「随分と信用してくれるんだな」
「フッフフ。信用しているのは貴方様ではなく、私の目ですから。それに……いえ、何でもありません。終わったら入り口までお越しください」
「…………」
この男は奴隷商をしているが、相当人を見る目に自信があるんだろうな……と見せかけて、こちらを監視していることを、ライオネルがサインで教えてくれた。
男はサインには気がつかずに、店の入り口へ戻っていった。
俺は牢の中にいる姉妹に聞こえるように話し掛ける。
「私の名はルシエル。龍と精霊の加護を持つものだ。君たちは加護を持っているか?」
「「…………」」
二人は警戒したまま固まっている……というよりも、視覚と聴覚が壊れてしまい恐怖に耐えているのだろう。
「多分視覚だけでなく、聴覚も完全に壊れていますね」
ライオネルの診たては一致していた。
「……エスティアとりあえず、精霊と交信して話を聞いてみてくれ。駄目なら駄目で仕方ない。それでライオネル、使えそうな人材はこの奴隷商にいたか?」
エスティアが出来れば妹の精霊使いと話せるようにと願いながら、ライオネル意識を俺に向けさせる。
「……二人程いました」
「そうか。では帰りにその二人とも話をしてみるか。もしかすると今後の力になるかも知れない」
「……その二人ですが、この姉妹です」
「……手心を加えなくていいぞ?」
二人を見るが、俺には其処まで強いのか、理解が出来なかった。
「はい。姉の方は剣士としてかなり鍛えているようですし、妹の方が精霊使いであれば、巨大な力を使える筈です」
「わかった。この二人を買うか。まぁ精霊使いなら、精霊が奴隷紋を解除してしまうかも知れないところだけは、怖いけどな」
何処で判断しているか、俺には判断は出来なかった。
それでもライオネルを信じてみることに決めた。
「その時は縁がなかったということです」
「分かった。それなら今夜のオークションに参加してから、明日朝に謀略の迷宮へ行くか」
「はい」
俺とライオネルがそこまで話すと、少しエスティアがフラついたのを感じた。
「エスティア、何か話せたか?」
「……妹の方が購入するなら、姉と一緒でなければ嫌だと言っている」
この口調ということは、エスティアから闇の精霊に入れ替わっているらしい。
「助かった。二人一緒に購入するから、オークションで購入されるまでは、絶対に死ぬなと伝えておいてくれ。ライオネル、先に行くぞ」
「……はっ」
ライオネルはエスティアの様子がおかしいことに気付いただろう。
それでも俺に説明を求めることはなかった。
後でしっかりと伝えることにした。
まさか精霊魔法剣士が闇の精霊を宿しているとは思わないだろうからな。
入ってきたドアを開ける頃には、闇の精霊もしっかりと後方に待機していた。
そして気持ち悪そうにしているので、一応声を掛ける。
「精神的な疲れか? それとも魔力を消費しすぎたのか?」
「すみません。少し精神的な疲れが出てしまいました」
「無理をさせて悪かったな」
「いいえ。お役に立てて良かったです」
「そうか」
入り口の扉まで来ると、係りのものがいて開けてくれた。
「おやお客様、もう宜しかったのですか?」
「ああ。俺では会話が出来なかったのでな」
「それであの姉妹の怪我を綺麗に治せますか?」
「……普通は無理だろうな」
「はぁ~やっぱり、ですか。あの二人は綺麗に治れば、かなりの金額が見込めるのに、どの治癒士様も断られるんですよ」
「ハイヒールで潰れた目や欠損した部位を治すことは出来ないからな」
普通なら、だけどな……無駄に金を使うことはないので、オークションの時に買うことを決めた。
「それではこちらをお持ちください。時間は二十時からスタートになり、場所は商人ギルドの裏手になります」
奴隷商は招待状を俺に渡すと今度はこの街の地図を取り出して、オークションを行う場所を丁寧に教えてくれた。
このオークションで俺が購入代金を受け取るからだろうが、これだけの商才があれば商売をしてもいいのではないか?
そう疑問に思ってしまうのだった。
「分かった。欲しいものがあったら購入しよう」
「ありがとう御座いました」
俺達は男に見送られて、奴隷商を後にした。
店を出ると、直ぐ近くに師匠達は待機していた。
「まぁまぁ早かったな。それでどうするんだ?」
「はい。オークションに顔を出すことにしました。謀略の迷宮は明日ですね」
「そうか。それならこの後は?」
「宿へ行きましょう。そのあと行動は各自に任せます。ブロド師匠もやることがありそうだし、自由にしてもらって大丈夫ですよ」
「分かった。じゃあ俺は冒険者ギルド本部へ行ってくるぜ。さすがにキマイラ三体はきつかったから、文句と賠償金の請求をしてくる」
師匠がかなり怒っていることが分かった。
こういう時は話が長引くので、冒険者本部の職員も大変だと思いながら、宿を探すことにした。
「じゃあこの街のお薦めの宿を聞いて、そこに宿泊しましょう」
「既に聞いてありますので、案内します」
「助かる」
既に情報収集を終えていたケフィンに感謝して、俺達は宿へと向かい、夜に行われるオークションまでの間、ケティとケフィンから謀略の迷宮の情報を聞いて、明日の作戦を立てるのだった。
お読みいただきありがとうございます。