150 迷宮国家都市グランドル
俺達はポッカリと空いた鉱山跡地を突っ切り、グランドル領へ入国した。
普通は大回りして関所に通り、入国の手続きが必要なるのだが、今回はグランドル運営を冒険者ギルド本部がしている為、最短ルートを使うことになった。
決意出来たのはブロド師匠の後押しがあったからだ。
「ギルドマスターである俺が居るのだから問題ない。それに緊急事態なんだろ? その為なら始末書ぐらい書いてやるよ」
俺は師匠のその言葉に感謝するとともに、甘えることにしたのだった。
それからグランドル領へ入ったのはいいが、問題が一つ浮上した。
「……こんな時にあれなんですが、謀略の迷宮ってご存知ですか?」
「知らんぞ。昔は冒険者をしていたが、俺は迷宮よりも依頼を完遂する冒険者だったからな」
師匠の言葉を受けて周りを見るが、皆が迷宮に詳しくないのは知っている為、最寄りの村か街で聞き込みをすることを提案してみる。
「この辺で迷宮の聞き込みをしましょう」
「確かグランドルには大小複数の迷宮があるはずだが……その近くにはなかったはずだ」
直線で走らせて、街道をつけるしかないか。
「……急かせてすみません。俺も何でこんなに焦ったのか、自分でもよく分かりませんが、まずは街道を見つけましょう」
皆は静かに微笑みながら頷いたが、その目が成長を見守る親のような視線に思えて仕方がなかった。
現在はケティとケフィンが御者をしているが、建物や人が見えてきたら、師匠が御者を引き受け、ライオネルが単騎で護衛につくことが決まった。
出発した鉱山跡から馬車で一時間程走ったところで、漸く街道を見つけた。
しかし、それと同時に街道の行き着く場所を眺めると、右手側の遠く方に砦のようなものが存在しているのが確認出来た。
「……おいおい。ショートカットしすぎだろ」
師匠は砦を知っているようだった。
しかしあまり面白そうな顔をしていないことが気になった。
「師匠はあれが何か知っているんですか?」
「ああ。あそこは国境だ。グランドルと公国ブランジュを隔てる砦……つまり国境線になる」
「あんなのでも役に立つんですか?」
「あれは召喚された勇者達が築いたものだから、そう簡単には崩れないし、グランドルから魔物が溢れることを予期して作ったものらしいな」
今回の件を予知? それとも……召喚勇者ってことは地球人? いや、別の空間の生命体と考えるのが無難かも知れない。
しかし、今はどうでもいい。
師匠があれを知っているってことは……。
「現在地が分かったってことですよね?」
「ああ。この街道を左へ向かって進めば、この馬車のスピードなら数時間でグランドルの中心に着く」
冒険者ギルド本部があるということだろう。
「じゃあ行きましょうか」
皆が同意し、左に進路を変更して移動を再開した。
その時、何故か後ろ髪を引かれる感じというか、止められている感じがしたが、俺は雷龍の願いである謀略の迷宮を見つけることを優先させることにした。
ここで昼休憩を取ったが、冒険者は勿論、魔物も近寄ってこなかった。
ここで御者がブロド師匠に代わり、移動を開始する。
暫らく進むと馬車や冒険者達とすれ違うようになってきた。
「ルシエル、ここから先は冒険者も多いが、治癒士に恨みを持つものも多い。確かにお前は治癒士達の診療料金を改正したが、それは聖シュルール協和国内だけの話だと思っておくのだ」
師匠は御者席から振り返って、情報をくれる。
俺の名が聞かないってことは、またもやアウェーの洗礼を受けることになるのだろうか?
まぁライオネル達がしっかりと護衛してくれるだろうから、大丈夫だろう。
そう思いながら、さりげない気配りが出来る師匠の器の広さを知るのだった。
俺はこの人に恥をかかせないように、そしていつかは追い越すことを目標にすることを心に刻む。
「忠告ありがとうございます。でも、まぁ大丈夫ですよ。俺は冒険者でもありますから」
「そうか」
俺が笑って返答すると、師匠も笑って前を向き馬車を走らせた。
そして小腹が空く十五時頃に漸く、グランドルへ到着するのだった。
「此処がグランドルだ。馬車は邪魔になるから、謀略の迷宮の場所が分かるまでは、魔法袋に入れておいてくれ。そしたらまずはギルド本部に行くぞ」
「はい」
俺は了承して馬と馬車を回収し、ブロド師匠を追うのだった。
グランドルの冒険者ギルドの規模は、今まで見てきた冒険者ギルドと大差のない大きさだったが、建物の後ろに馬鹿でかい施設があることに気がついた。
「あっちの建物は何なんですか?」
「あれがギルド本部だ。まぁ出入りはギルドマスターか、職員だけだけどな」
「そうなんですね」
「ちなみに物体Xをどれぐらい消費したのかが計られている場所でもある」
ブロド師匠はニッコリと笑ってそう告げるが、正直俺が何かをもらえるとかではないため関心は無い。
「ブロド師匠、それなら年間物体Xを飲んだ賞でも作ってくださいよ」
「そんなものが出来たら、生きている限りずっと年間一位になりそうだな」
「そんな苦笑い浮かべなくてもいいじゃないですか。はぁ~、それより謀略の迷宮の場所を聞きに行きましょう」
「おう」
ブロド師匠を先頭に俺達は冒険者ギルドへと入る。
ドアを開いて入った冒険者ギルドには、たくさんの冒険者がいるようだったが、こちらも魔物との戦闘が激化していたのか、怪我人も多かった。
「……ルシエル、こいつ等を治すことは?」
「……師匠が命令するなら従いましょう。ただ、正直俺を、俺の纏っているローブを睨んでいる奴の怪我を治したくはないですね」
「ふっ。そうか」
「何かおかしかったですか?」
「いや、想像以上に知らない冒険者にも怯えなくなったなぁと思っただけだ」
「ああ。現在はブロド師匠とライオネルがいますから」
俺は本音を話して微笑んだ。
「微妙に弄り応えがないな」
「昔からですよ。それよりも」
「ちっ、分かったよ」
俺達は全員で行くのも邪魔なので、ブロド師匠とケフィンに受付へ行き、情報収集を頼んだ。
俺達は入って直ぐのところにあるテーブルで、二人を待つことにしたのだが、ここで思わぬ情報を聞くことになる。
「おい、謀略の迷宮の噂を聞いたか?」
「そんなに慌てて何だよ? あの罠だらけの迷宮で何かあったのか?」
「何でもあのナディアとリディア姉妹が犯罪奴隷として運び込まれたって話だぞ」
「マジかよ。あの二人が罪を犯すとは思えないが、それ以上にあの二人が大人しく捕まったままになるか?」
「姉の方は流麗の剣士だし、妹の方は精霊使いなんだろ?」
「もしかすると迷宮を踏破するために組んだパーティーの罠に嵌ったんじゃないか?」
「あ~あ。それなら分かるかもかも。でも、あの二人を買うなら相当な金が掛かりそうだな」
「あの二人ならオークションじゃないか?」
「俺達には関係ない話だな」
冒険者達のその会話に俺は選択を迫られている気分だった。
このまま謀略の迷宮へ向かって龍の巫女を救い、迷宮のコアを発見して触らないようにすること。
もしくは精霊使いを購入してから、謀略の迷宮へ行くことだった。
精霊使いのこの話を聞いた時点で……いや、メラトニへ入る少し前から、豪運先生が俺に道を示してくれている気がしていた。
そこまで考えて、俺は口を開いた。
「他の冒険者の話を聞いていたな? もしかすると精霊使いは今後の助けになるかも知れない。だから購入することにする。もしかすると姉の方も似たような者かも知れないからな」
「完全にお人好しだニャ」
「……話から聞けばオークションになりそうですから、日時を確認して迷宮へ向かうか、それともオークション参加してから向かうのかを決めた方が迷い無く済みます」
「ルシエル様はいつもお優しいですね」
「……振り回してすまないな」
俺が頭を下げると皆が苦笑いを浮かべるのだった。
ちょうど其処へブロド師匠とケフィンが戻って来た。
「謀略の迷宮はここから北へ向い、馬車で一時間程の距離ですね」
「これから直ぐに出れば夕刻までには着くだろう。但し厄介なのは謀略の迷宮と謂われるだけあり、罠が多く、踏破するまで時間が掛かりそうだぞ」
「……そうですか。食材の調達をした方がいいですね。師匠それとは別の話なのですが、一つ寄りたいところが出来ました」
「何処だ? ギルド本部はさすがに無理だぞ」
「ははっ。それも確かに見てみたい気がしますが、実は奴隷オークションへ寄りたいと思っています」
「……ルシエルが奴隷オークションねぇ……何かあるのか?」
「……まだ分かりません。龍の言葉だけを信じるなら、直ぐにでも迷宮へ向かわなければいけないことも」
「……今回、俺がお前に付き合っているのは、弟子の成長を見て鍛えるためだ。だから気にせずに自分の直感を信じろ」
「はい」
俺は師匠に返事をすると、先程の話をしていた冒険者達へ向かう。
そして俺はストレートに聞くことにした。
「さっき話していた奴隷と奴隷オークションについて話を聞かせてくれないか? 教えてくれたら、その傷を対価として治してあげよう」
俺が微笑んでいる後ろでは、半端じゃない威圧感を出すブロド師匠とライオネルがいたのは、言うまでもないだろう。
こうして俺は穏便に、冒険者達から奴隷商と奴隷オークションについて、話を聞くことに成功した。
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