148 異次元の強さ
決起集会という名の飲み会をした次の日、俺が物体Xを飲もうとするとブロド師匠とグルガーさんに止められた。
「ルシエル、はっきり言っておくが、レベルが一気に上がってもおかしくない。今回の魔物達はそれだけ強い」
「物体Xは確かに有効だが、飲み続けたルシエルにはそこまで効果はないだろ?」
「確かにそうですが、赤竜を倒したあたりから上がらなくなってしまったので」
二人の助言を無視するのは簡単だが、この二人は俺が苦労しているレベルが伸び悩んでいる道を通ってきたのだから、聞く価値があった。
「安心しろ、絶対にレベルは上がる。今回は魔法力にしろ、魔力量にしろ、ルシエルには俺達の回復し続けてもらわなければならない」
何か特別なことを教えてくれるのではなく、それだけだったが、何故かレベルが上がる気がしてきた。
しかし同時に考えも読めてくる。
「……少しでも魔力量を確保しろ、そういうことですか?」
「すまんが、そうなる」
ブロド師匠の目に決意があった。
「分かりました。まぁ俺が的にならないように、敵の制圧を頼みます」
「任せておけ」
俺達は馬車に乗り込み、他の冒険者達と共に無くなった鉱山国境へ向かって出発した。
「先行はケフィンとブロド師匠、二列目がライオネル三列目にケティと俺それにエスティア、最後尾にグルガーさんにしましょう」
「……意図はあるのか?」
「はい。師匠なら早い魔物でも遅れは取らないと思いますし、ケフィンは罠の探知と解除が出来ます。
ライオネルは近中距離の攻撃が得意で、防御力も固い俺の前の護衛です。
俺の左右に足の早いケティと索敵が出来るエスティアで、後方から敵がきた場合でも十分、グルガーさんのフォローに入れます。
グルガーさんが後方にいることで、全体的なバランスが見られるし、俺が一番安全だと思えるからです」
「……そこまで清々しく言い切るところがルシエルの凄さだな。全く本質はいつまでも変わらない」
師匠は少しだけ頬の筋肉がヒクヒク動いていた。
周りから特に異論がないのは、もう諦めているか、ベストポジションだと思っているからだと思いたい。
「ブロド師匠、それはそうですよ。だって俺はまだ死にたくないですからね。それに誰も死なせない布陣はこれがベストです」
「ほう。いい顔するようになったじゃないか」
先程とは違い笑いながら俺の肩を叩くその手には何かが込められている。
そんな気がしていた。
「旋風の代わりに私がこの一年、みっちり鍛えたからな」
ライオネルが自信満々で言い切ったが、明らかな挑発だった。
「戦鬼よぉ、土台を作ったのは俺だって昨日も言っただろうが」
何故か彼等は弟子の取り合いを、昨日からしているのだ。
きっと仲が良いのだろう。
そう思うことにした。
これが終わるのには、かなりの時間を要するので、聞きたいことを聞いておくことにした。
「それで昨日はあまり魔物の話が出てこなかったけど、結局その迷宮から溢れ出したであろう魔物達を倒したら、魔石に変わるんですか?」
「変わらない。もちろん死骸が残るから魔石はあるが、普通の魔物だと思ってくれて構わない」
迷宮から出るのに何かが必要なのか?
それとも迷宮がガルダルデイアの記憶にある魔物を生み出しているのか、ますます分からなくなってきていた。
他にも転移させたとかなら……俺はそこまで考えて、それは自分の中に封印した。
言葉にすると本当にそうなってしまいそうな、そんな予感めいた気がしてならなかったのだ。
「……しかし魔物を屋外で倒すとなると、辺りが血生臭くなって魔物が興奮して、どんどん広域から集まってきてしまうのでは?」
「……臭いを拡散する方法など、薬師ギルドの香草を焚くしかないのだ」
どうやら思い当たる節があったらしい。
それにしても魔術士ギルドがそういう魔法を開発していないことに俺は疑問を感じていた。
「……としあえず現場に着いたら浄化します。次に怪我人を治療して、敵の殲滅はそれからですね……敵が待ってくれたらですけど」
怪我人は出ても、死人が出ないことを祈りながら、馬車に揺られるのだった。
しかし一向に着く様子はなかった。
「ちなみにどれぐらい掛かるんですか?」
「ああ。このペースなら半日程だぞ」
のんびりと走っている馬車を見て案外近いと高を括っていたが、もっと事前に確認しておけば良かった。
俺はそれを聞いて馬車を降りることを伝える。
「早めに疑問に思って聞いて正解でした。乗り換えて一気に進みます」
「どの馬車もそこまで変わらないだろ」
「乗り換えれば分かります。俺は危険なところに行きたくないですが、無駄死にさせるのも嫌なんですよ」
師匠とグルガーさんは、俺の言葉に困惑気味だったが、馬車の車を入れ替え俺達のいつもの馬車に乗ると直ぐに納得することになった。
それからは他の冒険者を置き去りにしてしまう形になったが、人命が懸かっているので、こちらも妥協することはなかった。
まぁ目的地は変わらないはずなので、問題はないだろう。
「こんなものを作るとは、金が相当掛かったんじゃないのか?」
師匠やグルガーさんは不安そうに見つめるが、確かにドランが普通に注文を受けたら高いんだろうな。
そんなことを想像するが、気にする師匠や薄々気がついているグルガーさんには正直に話すことにした。
「魔石は掛かりましたが、これはルシエル商会の技術開発部が作ったものですから、費用は魔石やトレントの木とかだけですよ」
「……治癒士やイエニスの長の他にも色々とやっているのか?」
「まぁ成り行きと運がうまく絡みあった結果です」
驚く顔をした師匠に俺は笑いながら答えるのだった。
俺にそれ以外の表現は思い浮かばなかった。
各駅停車から快速に乗り換えた感じで一気に進むことが可能になり、半日のところを三時間で鉱山が近づいてきた。
「この馬車を後で俺にも作ってくれよ」
「もちろんです。ただここからは歩きですね」
遠くから飛行物体が近づいてくるのが見えたのだ。
俺たちは直ぐに降りて、馬車を回収して馬を隠者の厩舎に入れると、師匠もグルガーさんも驚いていた。
「それは隠者シリーズか!?」
「俺達が長年冒険しても一つしか見つけられなかったものを、既に見つけているとは、強運の持ち主だな」強運ではなく、豪運ですけどね
「まぁ運ですよ」
「運か……それならこれはお前が持っておけ」
それは古ぼけた鍵だった。
「師匠これって?」
驚く俺が鍵を握って師匠の前に出すと、師匠が鍵の名前を告げる。
「隠者シリーズの隠者の棺だ」
ひつぎ? 棺?!
「何だか呪われそうな名前ですけど?」
「くっくっく。まぁそうだな。ここに入れるのは意識が無いやつだけなんだよ」
棺だからか?
「意識がない? それだったら睡眠中だったら?」
「入れることは出来る。ただ意識が回復したら、外がどんな状況であろうと鍵が開き、外への出られてしまうのだ」
それって脳死とか麻痺とか、あとはボスとの戦闘にいきなり現れる様にしたりするアイテムなのか?
でもそうなると魔法袋に入れたら時が止まってしまうのか?
いや隠者の厩舎を魔法袋に入れても平気だから、どうなるかの検証が必要になりそうだ。
「……今までに使ったことは?」
「……一度だけある。ただ俺にはこれを活かす方法が分からないってことだ。だからルシエル、お前に託す。お前ならうまく使いこなせる。そんな気がするんだ」
師匠は鍵を見ないように、俺に接していた気がしたが、それが何故だか分からなかった。
「……分かりました。謹んで使用させていただきます」
「ああ。それじゃあ、あの飛行している魔物を撃ち落すか」
「はい」
目前まで迫って来ていた、空飛ぶライオンを見て、俺は直ぐにエリアバリアを張ると各自が一斉に動き出した。
「ルシエル様、投げてもいい槍を」
ライオネルの言葉に反応して俺は聖銀の槍を投げて渡すと、それを掴み、ほぼノータイムで、空飛ぶライオンに向かってライオネルが投擲した。
凄い勢いで飛んで行くが、距離があったために空飛ぶライオンはそれを回避して……翼が切れて落下した。
一瞬、師匠の姿が見えて直ぐに掻き消え、ライオネルが炎の大剣を振るうと一気に炎の渦が落ちたライオンに直撃次の瞬間、爆風とともに炎が消え、ライオンは首と胴が離れていた。
「まぁこんなものか。中々魔物の討伐も出来そうだな、戦鬼」
「そっちも速さや剣術の腕は錆びてなさそうだな、旋風」
二人とも異次元の強さを見せるが、気になることがあった。
「ライオネル、いきなり強くなり過ぎだろ。赤竜の時も魔族の時もそこまでではなかったよな?」
「赤竜の時は本調子ではなかったのと、装備が壊れてしまう恐れがありまして。先日は全力を出したら村を破壊してしまう可能性がありましたが、今回は何もないところでしたからな」
「……身体に痛みは?」
「ありません」
あれだけの動きが出来たのは、怪我を怖がっていた動きを制限してしまっていた脳が、ブロド師匠に負けたくないという理由で外れた。
そんなところかもしれない。
まさに負けず嫌いが覚醒したみたいなものだった。
「ルシエル、俺には何か無いのか?」
「俺は既に師匠のことは人外認定させていただいています。しかしそれだけ強い師匠に怪我を負わせた敵は何だったんですか?」
俺の問いに答えたのはブロド師匠ではなく、グルガーさんだった。
「そこに転がっているマンティコアよりも強い、キマイラが三体出たんだ。さすがのブロドも冒険者を守りながらだから、全力で戦えなかったんだ」
「グルガーお前だって冒険者を助けるために、ずっと身を挺して壁役をやっていただろ、そのせいで死に掛けた癖に何を言っている」
俺に暴路されたのが面白くなかったのか、子供のケンカみたいに欠点を言い出した。
この二人はどうやら敵の強さというよりも、冒険者を守ったから、あれだけの怪我を負っていたらしい。
それにしても最近の冒険者に物体Xを飲ませてはいないのだろうか?
「ブロド師匠もグルガーさんも物体Xを昔は飲んでいたんですよね?」
俺の発言にその場の空気が固まった。
そして何故か二人の間でアイコンタクトの応酬が始まり、話を逸らしたいのが分かったので、仕方なく単純なことを聞くことにした。
「……お二人が討伐して、高ランクの冒険者がサポートすれば直ぐに解決出来たと思うんですが、それでは駄目だったんですか?」
「……キマイラは狡猾だから、弱いものを狙うんだ。それに魔物がそれだけだったら良かったんだが、俺達が知ったのが少し後だったこともあって、状態異常を引き起こす魔物がかなりの数がいたんだ。それを抑えるのに冒険者達が必要だったんだよ」
そんな危ない現場なら、さっさと行って安全の確保をした方がいいと、素直に思った。
俺が知る限り、最強の師匠とそのライバルで覚醒したライオネルが倒せない敵はいない。
単純にそう思ってしまったのだ。
「じゃあ急ぎますか」
俺は、はやる気持ちを抑えきれずに、マンティコアを魔法袋にしまうと走り始めた。
しかし皆の足は俺よりも速いので、直ぐに並ばれて、俺が指示した隊列が出来上がっていた。
俺はそれを笑いながら、走り続けた。
十分後には鉱山の入り口に到達するのだが、其処だけが地盤沈下したように、消えているのが分かった。
徐々に近づいて分かったことは、俺を待っていたのは魔物ではなく、あの大きな封の門だった。
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