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147 第二の故郷

 治癒士ギルドへ来た理由は大したことはなかったのだが、名を騙った詐欺グループを早々に捕縛出来たのは運が良くなっている、そんな気がしていた。

 暫らくしてクルルさんが戻ってくると、異様にテンションが高いことが、その顔から簡単に読み取れた。

「改めてお帰りルシエル君」

 クルルさんのその満面の笑みは何処か懐かしさを感じるものだった。


「ただいま……で、いいですかね?」

「もちろんよ。それでそちらの方々は?」

 一度ライオネル達を見て、エスティアのところで止まって、微笑みを強くした。


「従者のライオネル、ケティ、ケフィン、部下のエスティアです」

「やっぱりルシエル君は変わっている。皆さんルシエル君の周りだと、色々なことが起きて巻き込まれやすいから、気をつけてくださいね」

 獣人がパーティーにいるからか? それとも神官騎士や聖騎士の鎧やローブを纏っている者が一人もいないからか、判断がつかなかった。


「クルルさん……俺の母じゃないんですから、それに人を巻き込まれ体質みたいに言って」

 俺が力無く笑って反論すると、少し怒った表情を作り睨まれた。


「まだお姉さんよ。十数年歳が違うだけで、そんなこと言うなんて、そんなことじゃ世間の荒波を渡っていけないわよ。それにトラブルに巻き込まれていないって言える?」

 それは妙な説得力があり、俺は謝ることしか出来なかった。


 俺は気を取り直して、現状を探ることにした。

 俺を騙る者が現れているのもそうだけど、この街が平和であれば、少なくとも二ヶ月の訓練期間があると思っていた。

「最近、メラトニで変わったことはありますか? 俺が知らない一年と少しの間ですけど?」


「あるわ。ルシエル君のことだから、これから冒険者ギルドに行くと思うから分かると思うけど、ここ最近やたらと怪我人や状態異常を訴える冒険者が多いみたいよ」

 そんなに怪我人が多いのか? それだったら結構不味いことが起きているんじゃないのか?

「……でも治癒士の数は足りていますよね?」

「増えてきてはいるのよ。それでも治癒士の数が足りない……毒や麻痺、石化させる能力をもつ魔物が、定期的に現れたりしているみたいなのよ」

 年々増加していて、きちんと指導する者がいるはずなのに手が足りないって……どれだけ劣勢なんだよ。

 俺はそう叫びたかったが、ヘタをするとブロド師匠も現場にいる気がしてきて、落ち着かなかった。

 しかし状態異常の攻撃をする魔物なんて、メラトニではあまり聞いたことがなかった。

 毒も数える程の治療しかしていなかったよな……そう言えば、昔ハザンさん達を治療した時ぐらいだった気がする。

 だったら鉱山の方向か?


「……それって鉱山の方ですか?」

「ええ。知っていたの? 何でもその鉱山を越え先の迷宮国家都市グランドル、どうやらそっちから来ているみたいよ」

 俺が聞くとクルルさんは驚いた表情で何度も頷いた。


「……もしかして、もうトラブルに巻き込まれている?」

「ルシエル君なら、それを力に変えられるんでしょ?」

「どんな過大評価ですか! それより治癒士だって毎日治療しているんだから、スキルレベルが上がったりしているはずじゃ?」

 何故かクルルさんは嬉しそうに笑いながら、俺に希望を見出しているように見えた。

 ……俺で不安を取り除こうとしている、芯が強い女性なのだと理解してしまった。

 俺は溜息を吐きながら、治癒士達の対応力を探ると、返ってきたのは困惑するものだった。


「そうなんだけど、リカバーを唱えたとしたら、毒か麻痺か睡魔かを治すだけで、全てに効果があるわけじゃないのよ? それはルシエル君だって知っているでしょ?」

「何ですか、その欠陥魔法は?」

 イエニスに連れて行った治癒士達も、一気に状態異常の回復は出来ていたはずだ。


「……もし正しくない使い方なら、ちゃんとした指導者がいないのが、一番の問題だわ。そもそもルシエル君の噂に聞くエリアハイヒールなんて、治癒士達からは異端扱いよ」

 異端? 確かに聖治神の加護のおかげもあるが、異端扱いっていい意味には聞こえない。

 それでもクルルさんは何が面白いのか、ずっと笑ったままだった。

「……納得出来ない。はぁ~他に変わったことはありますか?」


「治癒士になりに来る子が今年は少なかったかな? ここ数年はルシエル君の影響もあって、メラトニで治癒士登録する人が多かったんだけどね」

「そうですか……だったら、S級治癒士として、明日冒険者ギルドの地下で治癒活動をしながら、治癒士の指導をしましょうか?」

「本当? だから好きよ」

 頬にキスをされそうになり、今回は避けた。


「やっぱりルミナ様のキスがいいのね」

「?!何故それを?」

 かなりタイムリーな話だぞ。

 少なくとも十日は経っていないし、騎士団の遠征した話も出ていない筈だ。


「治癒士ギルド乙女のネットワークを舐めちゃ駄目よ」

 クルルさんは勝ち誇るようにウインクに、俺の精神力はガリガリと削られていくのだった。



 一通り話し終えた俺は宿の手配をお願いすることにした。

「このあと宿を取ろうと思っていたんですが、お願いできますか?」

「ええ。冒険者ギルドから近い、前に神官騎士達が泊まっていた宿でいいわね?」

「はい。宜しくおねがいします。今から冒険者ギルドへ行ってきます」

「はい。また色々と面白い話題を提供してね」

「ははっ 善処します」

 俺は力なく笑い、治癒士ギルドを後にした。

 クルルさんが宿の女将さんなら、きっと繁盛していただろう。

 そんなことを考えてしまった。


 外に出て一番に声を掛けてきたのは、意外にもエスティアだった。

「ルシエル様のことがみんな好きなんですね。さっきの女性とも……何だか羨ましいです」

「クルルさんかぁ。エスティアが話をしたければ、たぶん優しく接してくれると思うぞ。自由行動を許すから話してくるか?」

「……今度会った時で大丈夫です」

 少し赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いた。

 親に甘えられなかった分、甘えたいのかも知れないな。

 漠然とそう思えた。


「さてライオネル、本当に奴隷のままでブロド師匠と会うか?」

 昔戦ったライバルなら、元将軍としての肩書きがあった方がいいのでは? 俺はそう思っていた。


「……ええ。あいつには手紙を出しましたし、私の思いは理解している筈です。それに私はルシエル様の従者であるこの地位に満足しております」

 それを言われて俺は嬉しくなってしまい、何にも言えなくなってしまった。


「いつの間に手紙を……まぁいいか。治癒士ギルドでさっき聞いたとおり、冒険者達が苦戦しているなら、模擬戦を直ぐに出来るかは分からない。それでも俺は二人の模擬戦を見たいから、そのための全力は尽くそう」

「戦鬼と旋風……凄いな」

「私も見たことがないから楽しみニャ」

 ケフィンが二人の通り名を口に出して、子供のように笑うが、きっと二人の過去を調べたのだろう。

 ケティは一人の武人として、それに立会いたいと思っている様に感じられた。

 そしてエスティアだけは、メラトニの街をキョロキョロと見渡しているのだった。


 徐々に上がるテンションを落ち着かせながら、治癒士ギルドから直ぐ側にある冒険者ギルドへ入った。


 しかし待っていたのは、予想外の光景だった。

 そう。メラトニの冒険者ギルドは怪我人で溢れかえっていたのだから。



 疲弊した冒険者がこちらを見るが、俺だと気がつくものは誰もいなかった。

 人相も鎧も変わっていないのに何故だ?

 しかし良く見るとここには若い冒険者しかおらず、俺が見知った冒険者もいなかったのだった。

 そして食堂もどうやら開いていないようだった。

「受付に行く」

 俺はライオネル達にそう告げて歩いていくと、受付も一度挨拶したことのあるかないかぐらいの印象しかない子に声を掛けるしかなかった。


「すみません。Eランク冒険者のルシエルと申しますが、ブロドさんかガルバさんかグルガーさんかナナエラさんかミリーナさんかメルネルさんはいらっしゃいますか?」

 誰かしらと会えれば、今の状況が詳しく分かると判断したのだ。


「えっと申し訳ありませんが、現在この状況なので、幹部の方々に誰もお取次ぎしないように言われているんですが……」

 しかし俺の素性が分からない彼女は業務をしっかりとしている様だった。

 後ろかの殺気はライオネルの圧力に屈して、途中から届かなくなったのには、俺も驚いていた。

 ここで時間をかけていてもしょうがないので、奥の手をつかうことにした。


「それではS級治癒士ルシエルが来たとブロド師匠にお伝え願えますか?」

「た、ただいま」

 受付の女の子は飛ぶように地下の訓練場へ駆け下りていった。

 そして冒険者達の、俺を値踏みするような眼差しが強くなった時、疾風の如くブロド師匠が現れた。

「ルシエル、ナイスタイミングだ。早速下で治療してくれ」

 少し汗ばんだ師匠は俺を掴むと地下へ引きずっていこうとしたが、それをライオネルが止める。

「旋風、少し待て」

「おお。本当に戦鬼がルシエルの従者になっているのかよ。いいから下に行くぞ」


 そのあまりに高いテンションとその必死さが、誰かの死を回避したい。

 そんな藁にも縋る状態だったことが伝わってきた。

 俺は皆に頷き、ブロド師匠の後ろを追って訓練場へと急いだ。


「こんなのイエニス以来だぞ。石化に麻痺、衰弱しているのもいるか」

 治癒士が何人かいるが、あまり回復量はなかった。


「ブロド師匠、怪我人と状態異常と人を分けてください。もちろん賃金はいただきますけどね」

「分かっている。悪いがグルガーを治してやってくれ」

「えっ?」

 グルガーさんが怪我?

 意味が分からなかった。

 あれだけ鋼鉄の防御力を誇るグルガーさんが傷つくなど……。

 見ればいたるところが炭化していて、生きているのが不思議なぐらいだった。

 一応手足はしっかりとあることを確認してハイヒールの詠唱を口ずさみながら、エクストラヒールを発動した後に、ディスペルとリカバーを同時に発動していた。

 急速に光の渦がグルガーさんを包むと、炭化した腕や切り刻まれていた身体の怪我はあっという間に完全回復した。

 一度回復していることを確認して、血が固まっていたので、浄化魔法で綺麗な状態にすると、凄まじい歓声が訓練場に響き渡った。

「グルガーさんは俺の命の恩人ですからね。さてブロド師匠、さっき言ったことをお願いします。それと治癒士を集めてください。その前に」

 俺はグルガーさんと同じように四つの魔法をブロド師匠にかけた。

「……ルシエル……感謝する」

 そうボソっと喋ったのが聞こえた直ぐ後に、ブロド師匠の声が冒険者ギルドに響き渡った。


「助かりたいやつはちゃんと並べ。怪我人、状態異常は別れて並べ。治癒士はS級治癒士が治癒の指導をしてくれるらしいぞ」

 それだけ叫ぶと、一斉に隊列し始めた。

「冒険者をまとめるとは……仕官を断ったあの昼行灯がなぁ」

 ライオネルがブロド師匠を見て薄く笑っていった呟きは、少しだけ嬉しそうに見えた。


 俺は死にそうな人間から治していき、怪我人に関しては、五度のエリアハイヒールで治療するものがいなくなった。

「また明後日にやるはずだったけど、状態異常回復の見本が分からない人が多いと聞いたから、俺のイメージを伝える。後は反復で覚えれば、若くても聖属性魔法のスキルレベルはⅩになる。だからしっかりと学んでくれ」

 俺が教えるのは若い治癒士が多く、やる気は漲っているけど、スキルレベルが低い者達だった。

 それでも人に丁寧に教えるのが久しぶりだったが、俺も案外こういう時間を欲していたのかも知れない。

 そう思いながら、治療を終える頃には久しぶりに魔力を枯渇しそうになったが、何とか踏ん張りきった。


「ルシエル、お疲れ様。今回は世話になったな」

 元の熊のような狼獣人に戻ったグルガーさんは、元気そうに俺を労いの言葉を掛けてくれた。


「困ったときはお互い様ですよ。それよりも、もう起き上がっても大丈夫ですか?」

「ああ。身体だけは頑丈だからな」

 あれだけの出血があったのだから、普通は立ってもいられない筈だけど、グルガーさんもやはり超人だということが分かる。


「……それにしても、グルガーさんがあれ程の傷を負うって、実はかなりの危機だったんですか?」

「まぁそうだな。まぁ再会を祝して俺が今からご馳走を作るから、食べて行ってくれ」

「はい、ご馳走になります……それでブロド師匠、この尋常じゃない怪我人は?」

 俺はグルガーさんからブロド師匠へ顔を向ける。

 二人がこれだけの傷を負うっていうのは、普通ならありえない。

 だとしたら、魔族との戦闘を連想させたのだ。


「……グランドルの迷宮から魔物が溢れ出た。向こうには高位の冒険者がいるから、一旦は沈静化したんだが、その皺寄せがメラトニに来たんだ」

「それだけじゃないですよね?」

「……ああ。何故か鉱山がグランドルと繋がってしまったことで、日に日にこちらへ魔物が流れてくるようになっていて切りがない」

 それは鉱山が消えて、グランドルから侵攻して来たと言っているようなものだった。

 ヘタをすると帝国からではなく、グランドルから聖シュルール協和国に戦争を仕掛けることになる。その事実を楯に、同盟と偽り他の国にとってはグランドルを叩く、絶好の機会となってしまうことが予想される。


「俺はライオネルと師匠の模擬戦を見たいから来たんですけどね……」

「……頼まれてくれるか?」

 師匠達が敗北するのは治療してくれるものがいないからだ。

 その憂いがなくなれば、勝てない敵も少ないだろう。

 安全面を考えるとブロド師匠とライオネルが共闘するなら、俺のリスクはほぼ皆無だということを、瞬時に認識していた。

「師匠の頼みを断る弟子ではありませんよ。それにここは俺にとっても特別な街ですからね。但し、師匠もライオネルも、俺をしっかり守ってもらわないと治療しませんからね」

「よし。明日に向けての決起集会をするぞ」

 こうして作戦会議ではなく決起集会の名目で、グルガーさんの夕食に舌鼓を打ちながら、ハチミツ酒を飲んで明日の冒険に身を整えるのだった。


お読みいただきありがとうございます。

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