12 聖属性魔法 治癒の値段
馬車に揺られること五日、道中で魔物には数回襲われることになったが、バザンさん達が余裕で蹴散らしていた。
宿は道中にある村で交渉した結果、回復魔法を掛けるだけで食事と寝床の提供を受けることに成功した。
交渉は全てバザンさん達にしてもらった。
村人には何故か俺を拝む人もいたけど、回復魔法での治療と引き換えに豪華な食事と綺麗な寝床を用意してもらったので、気にしないでくださいと伝えた。
野宿覚悟の旅だったのだが、野宿することも無いまま俺達は聖シュルール教会の治癒士ギルド本部がある聖シュルール協和国聖都シュルールに到着した。
最初に聞いたときは、シュルールを使いすぎじゃないか? と思って聞くと、どうやらそれはタブーらしい…発言しない方が良いとバザンさん達から注意された。
「バザンさん、セキロスさん、パスラさん護衛ありがとう御座いました 」
俺は三人にお礼を言いながら頭を下げた。
「最終的には冒険者ギルドからの指名依頼だし、命の恩人の護衛依頼なんだから受けて当然だろ。なぁ」
バスラさんが二人を見てそんなことを言ってくれた。
「そうだぞ。セキロスも俺も、お前が毒を見破ってくれなければ本当に危なかった。それこそパスラを一人にしてしまうところだったんだ 」
バザンさんはその獰猛そうな顔で笑いながら肯定する。
「そうそう。ルシエル君のおかげで助かったよ 」
セキロスさんもまた笑いながら同様に肯定した。
「いえいえ。ですが、こうして話しているとメラトニから離れるのは少し寂しい気もしますね 」
「まぁルシエルなら戻ってきても大歓迎だけど、その魔法書の分は治癒士ギルド本部で頑張れよ 」
「そうですね。皆さん、護衛本当にありがとう御座いました 」
「ああ。今度は酒が飲めるといいな 」
結局誰とも酒を飲まぬまま転勤となってしまった。
「ええ。そのときは奢れるように頑張っていきます 」
「楽しみにしてるよ 」
「ボタクーリのようにはなるなよ 」
「はい 」
別れの挨拶を済ませると、三人を乗せた馬車はメラトニに向け帰っていった。
ちなみに俺は今回の旅の道中、治癒士ギルド メラトニ支部で貰った七冊の魔法書全てに目を通し、詠唱を繰り返し載っていた魔法を覚えた。
聖属性付与魔法オーラコート。
空気中の瘴気を一時間に渡って遮断し、病気の進行を遅らせたりすることが出来る他、状態異常に掛かり難くすることが出来る。MP消費は10
聖属性特殊魔法ピュリフィケイション。
これは呪い、穢れを祓う魔法で実は汚れまで落とす万能魔法。MP消費は16
上級回復魔法ハイヒール。
ヒールの十倍の回復量を誇るが、MPの消費が15と小さいものではない。
中級全体回復魔法エリアミドルヒール。
エリアヒールの回復魔法を高めたもので回復対象の範囲は変わらないが、エリアヒールの三倍の回復量があるがMP消費量は一度で30となる。
上級全体回復魔法エリアハイヒール。
エリアミドルハイヒールを高めたもので、範囲は半径三メートルとなるが、一度に使用する魔力量は75だと言われている。
状態異常回復魔法リカバー
毒、麻痺、魅了、睡眠、魔封、魔法による虚弱状態を回復する魔法だが、石化、呪い、幻覚、病気には効果がない。MP消費は18
聖属性特殊回復魔法ディスペル。
石化、呪い、幻覚の状態異常を治すらしい。MPの消費量は60らしくその他にも効果があると言われている。
そう。説明が曖昧になっているエリアハイヒールとディスペルは聖属性魔法のスキルが低くて発動出来なかったのだ。但し詠唱はきちんと覚えた。
さらにエリアミドルヒールやリカバーも魔力をごっそり持っていかれるために軽々しく使用出来ないものだった。
「さて、参りますか 」
大きく聳え立つ宮殿と言って差し支えのない建物に気合を入れて足を踏み入れた。
建物の中は大理石のような床が拡がるだっだ広いホールとなっており、インフォメーションがあり、前世を強く連想させた。
「いらっしゃいませ。こちらは治癒士ギルド本部です。ご用件を承ります 」
「私はルシエルと申します。聖シュルール教会治癒士ギルド メラトニ支部所属の治療士で、辞令があり本部に異動となったのですが、どうすればよろしいでしょうか? 」
「少々お待ちください 」
受付さんは水晶みたいなものを持って目を瞑った。
もしかして魔道具? そんなことを考えていると水晶に向かい話し始めた。
「念話の補助道具みたいなものか? 」
俺が呟くとそれが聞こえたらしく、もう一人の受付さんが肯定を示した。
「そうですわ。物知りなのですねルシエル様 」
吃驚しながらも会話をする。
「いいえ。仕組みは分かりませんし、似たような魔道具を冒険者ギルド内で見たことがあるだけです 」
「なるほど。あ、グランハルト様がいらっしゃいましたわ 」
そう言われて振り返ると優男ではなく、冒険者のような巨漢の白いローブを纏ったアラフォーぐらいの男性が現れた。
「お主がルシエル殿か? 私の名はグランハルト。ここで司祭をしていて君を呼んだ本人でもある。移動するから付いてきなさい」
受付を通り過ぎて壁に手をかざすと壁が割れた。
「さあ、中に入るぞ 」
この世界でもエレベーターはあるらしく、乗ると久しく感じていなかった感覚に襲われる。
「これはどういう仕組みなのですか? 初めて乗りました 」と興奮する演技をしながら、グランハルトさんに変に思われないよう質問してみた。
「これは魔導エレベーターだ。魔力を認識して稼動するものだ 」
これって逃亡防止?ま、まぁ殺されることはないだろうし・・・逃げる手段も考えなければいけないかも。
「こっちだ 」
案内に従い歩いていると声を掛けられた。
「おや? 君はメラトニの街で治癒士ギルドに誘導してあげた確か・・・ルイエス君じゃなかったか? 」
声の主はルミナさんだった。
「あ、お久しぶりです。ルミナ様。あと私の名前はルシエルです。それにしても結構体格が変わったのに、良く私だと直ぐに分かりましたね? 」
「魔力の波動が澄んでいるから、覚えていたのだ 」
魔力って見えるんですか? って、そういうことではないんですけどね。
「メラトニではお世話になりました。何とかこの二年で駆け出しの治療は出来るようになりました 」
「そうかそうか。あ、今は時間がないので、あとで私の部屋にきなさい。」
そう言ってくれた。
「グランハルト殿、後で彼を私室まで誰かに案内させてください 」
「・・・はい 」
グランハルトさんの表情というか雰囲気が固くなった気がした。
その言葉を聞くとルミナさんは去っていった。
その後、グランハルトさんは終始無言となり彼に従い案内された部屋に入った。
同じ本部とは思えない薄暗い部屋で、鞭やノコギリなどが置いてあって完全に拷問部屋を連想させた。
イタズラに恐怖心を抱いていてもしょうがないので、俺はなけなしの勇気を振り絞り言葉を紡ぐ。
「この部屋はまるで拷問部屋のようですが? これはどういうことですか? 」
不快感を顕わすことにした。
グランハルトさんには想定済みの質問だったのか、その態度は飄々としたものだった。
「ここは単なる倉庫部屋だから気にするな。此処を通ると近道になる 」
そう言われて、次の部屋に通されるとそこはまるでドラマに出てくる取調室だった。
危険な感じはしないので、そのまま入室することにした。
「座ってくれ 」と言われて席に着くとグランハルトが一通の手紙を取り出した。
「メラトニ支部の治癒士ギルドからこの手紙が私に送られてきた時は驚いた。貴殿が他の治癒士の利益を損ねる治癒をして、メラトニ支部の収益が落ちている。手紙にそう書いてあったのだ。だから事実を確認したい 」
あ~そういうことか。これは詰める時に営業が言われたくないことを論理的に話せば突破出来ることだ。
二年前まで営業だった当時を思い出せ。
昇進する寸前を思い返せ。
俺はカッと目を見開き話し始めた。
「・・・手紙の内容はある意味で事実です 」
「ほう。罪を認めると? 」
認めたことが以外だったのかグランハルトは驚いた表情を浮かべた。
「罪とは? 私は二年程前に治癒士になり、冒険者ギルドで体術を教えてもらう対価として治療を冒険者ギルド内で行なってきました。これは罪になりますか? 」
「ならないな 」
「さらに当時はヒールしか使えませんでしたが、それでも三食と寝床、衣類まで用意して頂き、給金も頂きました。これは罪ですか? 」
「違うな 」
「それが登録一年間の私の行動状況です。そして二年目ですが、出向という形で冒険者ギルドの臨時職員になりました。一年目に頑張ったおかげか、聖属性魔法のスキルレベルが上がっており、いくつかの魔法を覚えました。これは違法ですか? 」
「・・・いや、全うな治癒士の行動だ 」
少し困惑してきているな。
「二年目は初年度以上に、給金や装備品なども頂き冒険者ギルドや冒険者の方々には感謝しています 」
「行動に問題がなかったことは分かった。だが問題は治癒の費用が安過ぎるということらしいがそれについてはいかがか? 」
「・・・グランハルト様は現状をどうお考えですか? 私は回復魔法でお金を頂くのが悪いとは言いませんし、それが仕事ですからむしろ治療費を頂くのは正当だと思います 」
「うむ。治癒士ギルドはそういうものだ 」
「その手紙を送られてきた方が、どなたかを詮索するつもりはありません。……が、私が聞いたメラトニのある治癒院ではヒールやミドルヒールで治る怪我でもハイヒールで治療し、法外な値段を請求する治癒院や施術を先にしてから、高額な治療費を請求して借金奴隷に落とす…そんな卑劣な治癒院があるとも伺いました。
この行為のほうが、問題ではないでしょうか? 事前に料金提示すれば面倒も減るでしょうし、追加の時も聞けばいい。そんな当たり前のことをしていない治癒院を治癒士ギルドはどう管理しているのですか? 」
「ぬう、貴殿は聖シュルール教会治癒士ギルド本部に対して暴言を吐くのか 」
「話をすり替えないでいただきたい。それに暴言ではなく、無知な私に治癒士がどうあるべきかを指導していないのは、怠慢ではないかとクランハルト殿に質問しているのですよ 」
「治癒士ギルドの在り方だと? 」
「はい。治癒士ギルドが創設された当時は、崇高で高尚な方々が料金を決める事はされていなかったことは伺っています。時代が流れ治癒士としてお金をもらうようになった。ここまでは問題はありません 」
腕組をしてグランハルトさんは目を瞑る。
「続けよ 」
「話を戻しますが、魔法の値段っていくらなのでしょうか? 銅貨一枚? 銀貨一枚? 金貨一枚? 白金貨? 人によって高い安いは変わると思います。大まかな価格設定をギルドが指定していない以上、あとは治療士の営業努力になると思いますが違いますか? 」
現在は価格がないのだから別に高くしても安くしても問題にならない。
「・・・では治癒士に魔法の種類で価格帯を定めよ。そう言っているのか? 」
「それも少し違います。ヒールを覚えたばかりの治癒士とベテランの治癒士だと回復量も違いますから。当然ベテランの方が高くて当然ですから 」
「言いたいことが分からん。簡潔に言ってくれ」
「今回のそちらの手紙に書いてあるような問題は価格設定が曖昧だから生じた問題です 」
「うむ 」
「まず怪我の度合いを診てから、適切な料金提示をするべきです。事前に料金提示すれば問題も起こらないでしょう。命に関わる緊急の重傷である場合は仕方ありませんけどね 」
「ふむ 」
「治癒士は聖シュルール教会治癒士ギルドに所属しています。お布施させていただき、聖属性魔法を覚えることを許され魔法を行使しています。治癒士ギルドが魔法書を販売するのは、お金儲けの為ですか? 違いますよね?」
「無論だ。後進の育成や治癒士ギルドの維持費に使用している 」
「そうでしょう。ですから、値段のガイドラインを作ったり、事前に料金提示をしたりすることで、治癒士の職業を尊敬し、全うな仕事だと思ってもらえるのです。」
この世界に保険はないのだから。
「ふむ。だが、所詮それはお主だけの考えであろう? 」
あ、この人頭が固いタイプかぁ。
「例えばですが、グランハルトさんがご飯を食べに行きます。それに値段の提示が無く食事をして大体の味と量、食材で銅貨十枚ぐらいと思っていたら金貨十枚を請求されました。グランハルトさんはどうしますか?」
「当然文句を言うに決まっているだろう 」
「その時に「凄い高級な素材をふんだんに使っているから高いのだ。食った分を払えなければ奴隷だ」そう言われて金貨九枚しか持っていなければ、グランハルトさんは奴隷に落とされてしまいます。これってどう思われますか? 」
「不快だ、どうして私が「そうです 」」
「どうして私が、です。事前に値段が分からなかったからです。飲食のお店に関わらず、料金提示が事前にされていれば問題は起きなかったのです」
「・・・」
「メラトニでも、治癒士が事前に料金を提示するところは数店舗しかありませんでした。事前にどれぐらい掛かるか分かればきっと治癒院を訪れる人は増えると思います」
「・・・」
「ですが、現在のままなら悪徳の治癒士が奴隷商と結託して奴隷を量産することも可能でしょう。さて、私の治癒魔法は高いですか? 安いですか? 私には分かりません。しかし毎月のお布施は出来ています 」
「・・・」
「料金の判断は一体誰がするのでしょうか? 」
「ぬぅ・・・分かった。他の司祭や大司祭様と検討しよう」
グランハルトさんは、もう疲れきっていた。
「それでは私はどうすれば宜しいですか?」
「一先ずルミナ殿の私室へ案内させる者を呼んでこよう」
その後、力を失ったグランハルトさんと廊下に戻り、グランハルトさんのお付の方は、憔悴していたグランハルトさんを心配していたが、俺をルミナさんの私室にまで案内してくれた。