143 初の盗賊?
メラトニへ向け出発した俺達は順調に街道を進んでいたのだが、夕方になってエスティアに異変が起きた。
今回は俺とライオネルが先行して、ケフィンが御者として馬車を動かしていた。
馬車の中でケティがエスティアの監視をしながら、普通の会話をしていたのだ。
そして夕方になり、そろそろ泊まれる村を探そうかとしていると、馬車から突然エスティアが飛び出したのだ。
俺が動かす前にフォレノワールが近寄ることを選択したらしく、エスティアへ向けて駆け出した。
馬なのに馬らしくない行動だが、俺の相棒だと信じているので、フォレノワールの意思を汲み取りそのままエスティアを追いかけることにした。
「エスティア、逃げるな! 一体どうしたんだ?」
俺が叫ぶように伝えるとエスティアの身体が一瞬ブレた気がした。
「……エスティアの昔住んでいた地形に酷似している」
自分のことをエスティアと呼ぶとしたら、今、俺と話をしている存在は闇の精霊しかいなかった。
「まだ夕日が出たくらいで、何故エスティアと入れ替わっているんだ?」
「外を見ていたエスティアが混乱し始めて、猫獣人が話掛けてくれたのだが、どんどん話がかみ合わなくなって飛び出したんだ」
色々と面倒なものを押し付けられた気分だ。
闇の精霊でも見破ることが出来ないのだろうか?
「……俺達がメラトニへ行くのは決定事項だ。戻ることはないぞ? それに何かトラウマがあるなら、闇の精霊である貴方は気がつかなかったのか?」
「エスティアの記憶が全て分かるわけではないのだ。悪いがもう少しだけ時間をやってくれないか?」
「……分かった。だがこのまま進むぞ。もう少し先に進めば村があったはずだから」
「……感謝する」
俺達が話しているところにケティとライオネルがやってきたので、今回のことを正直に話す……精霊の事以外だが。
「どうやらエスティアは帝国に売られた際、ここに類似した場所を見たんだと思う。そのショックな出来事を思い出したのか、怖くなったらしい」
「……それは仕方ないニャ。小さい時の記憶は、衝撃が強いほど記憶に定着してしまうニャ」
「もしかするとメラトニか、周辺の村で攫われた……もしくは売られた可能性があるんじゃ?」
「ふむ。先を急ぎ村で休みますか」
「ああ。夜に魔物が現れても三人が入れば問題はないだろうが、休めれば精神的に落ち着くかもしれないからな」
エスティアを馬車の中で横になるように勧め、ケティとケフィンは仲良く御者席に座って俺達は進み始めた。
日が完全に落ちようかという直前に、俺達は漸く村へと辿りついたのだが、何処か様子がおかしかった。
「私は治癒士ギルド教会本部に所属しているS級治癒士のルシエルという。村長殿はいらっしゃるか?」
村の入り口でこちらを警戒している男達に名乗ると、焦りの色が見えた気がしたのだが、気がついたときには御者席にいたケティとケフィンが消えていた。
そして男達を見るといつの間にか気絶しているように見えた。
「……どういうことだ?」
何を考えて二人が村人を襲ったのか、俺は混乱していたが、俺を諭したのはライオネルではなく、フォレノワールだった。
いきなりウィリーのように、後ろ足だけで立ち上がると、俺は流石に反応が出来ずに落ちた。
「痛っ! いきなりどうした……「ブルルル」なんかすみません」
起き上がった俺の顔の前にフォレノワールの顔があり、怒っていた。
そう感じた俺は、徐々に冷静になっていった。
「ライオネル、これって?」
「珍しく盗賊か何かに遭遇したみたいですね」
「盗賊って都市伝説じゃないのか?」
「聖シュルール協和国の治安は、もの凄く良いから見る機会がなかったかもしれませんが、実在しています。帝国でも軍を派遣するぐらいの規模の盗賊が居たりもします」
ライオネルは俺にレクチャーしながら下馬するとロープを要求したので、渡すと盗賊を縛り始めた。
徐々に騒ぎが大きくなるかと思っていたが、村人は出てくる気配もなく、ケティ達が捕まった感じもしなかった。
「エスティアを起こして魔法袋に馬車を、隠者の厩舎に馬達を入れてください」
「……分かった。フォレノワール。また明日呼ぶから中にいてくれるか?」
しかしフォレノワールは首を横に振った。
その目には決意が宿っているように感じた。
「はぁ~。だったらエスティアをお前に乗せてもいいか?」
すると、首をガクッと垂らした。
どうやら妥協したらしい。
「ルシエル様! 敵は外にもいるかも知れないんですよ」
ライオネルの心配する気持ちも分かるが、俺は馬車のエスティアを呼ぶ。
「エスティア、盗賊の類が出たかも知れないから、フォレノワールと一緒にいてくれ」
「はい」
闇の精霊はエスティアに任せることにして、俺はエスティアが下りた馬車にライオネルが縛った盗賊を入れる。
「ライオネル。たまにはフォレノワールの我侭も聞いておくさ。それにもし敵が来てもフォレノワールなら気がつくだろうし、もし怪我でもしたら、罰として隠者の厩舎に閉じ込めるつもりだからさ」
「……仕方がありませんな」
ライオネルは仕方なく妥協し、フォレノワールはこっちを何とも言えない表情で見ていたが、闇の精霊が日の沈んだ世界で力を発揮することが予想出来ていた。
「それでライオネル。こういう場合は待っているだけの方が良いのか? それとも村長の家へ向かった方がよいのか?」
「村長の家をご存知ですか?」
「ああ。この村には何度か来たことがあるからな」
「では、村長の家へ向かいましょう。もしかすると盗賊の頭がいるかも知れませんからね」
「了解」
「……ただ、その場合は馬も含めて馬車をしまわないと、発見されてしまいますが……」
「……はぁ~面倒だな。ライオネル、正攻法で行くぞ。見つかったら正面から撃破すれば良い話だ。あの二人だったら敵を気絶させていくだろうし」
「承知しました」
俺はエリアバリアを発動してから、進むことにした。
村の中は争った形跡はなかったものの、どの家にも日が暮れるというのに、明かりの差す家は一つもなかった。
「……どこかに集められたってことか?」
「そうですね。ただ気になるのは争った形跡がないことですが……」
俺達は疑問に思いながらも村長の家がある方向へ向かって進むと明かりが見えてきた。
「ケティとケフィンの姿が見えないのが気になるが……」
「あの二人が逃げ切れないほどの盗賊だとすれば、相当な実力と規模でなければ勝てないはずですが……」
さらに近寄っていくと歓声にも似た声が聞こえてきて、村長の家の前では宴が開かれていたが、それは普通ではなかった。
ケティとケフィンが村人に詰め寄られながら、魔族の魔法を必死に避けているところだった。
戦闘をしているのに、全く戦闘音がしないことに疑問を持ちながら、俺とライオネル、闇の精霊も直ぐに状況を把握して動く。
「あの魔族? 聖域円環を使えば動きが封じられると思うか?」
「魔族は光と聖属性魔法に弱い。聖域円環を発動出来たら、死なないかも知れないが、弱らせることは出来るはずです」
「出来るなら、状態異常の回復もお願いしたいところだけどな」
「先行させていただく」
「ああ。あの二人を守ってくれ」
「承知」
ライオネルは早駆けしていった。
「ルシエル、姉様、もし聖域円環を発動しても人族が元に戻らなかったら、我が魔法を使う。その時はエスティアの身体を頼む」
俺はその声が聞こえていたが、それに答えることはなかった。
聖域円環の魔法陣詠唱を既に発動していたからだ。
闇に照らされた青白いが宴をしていた場所全体に広がり、光の渦が見えた次の瞬間、叫び声が聞こえた。
俺は馬車を走らせると、そこには死体の山……はなく、操られていた村人達の倒れた姿が確認出来た。
「はぁ……はぁ……ルシエル様、助かりました。こいつが戦闘を遊んでいなかったら、危なかったです」
よく見ればケティとケフィンは何かに抉られたような傷を負っていて、ライオネルが持っていた大盾は何処にもなくなっていた。
「魔族が苦しみ出した直ぐ後に、村人全員の動きが止まったことで、その隙を三人でついて何とかトドメが刺せたニャ」
ケティの顔からも汗が噴出しているのが見え、赤竜並みの強さだったことが推測出来た。
「……何故、これ程の魔族が帝国を抜けているのか? そのほうが気になりますね」
ライオネルは大盾を失い、左腕が曲がってはいけない方向に曲がりながらも、魔族のことを気にしているようだった。
三人がトドメを刺した魔族は人と同じような背丈で、顔も大差がなかった。
ただ角が生えていたり、獣人のように尻尾が生えていたり、手足の先が竜人のように強固な鱗で覆われているのだった。
「よくこれと戦えたな。それにしても……元は人族にしか見えないんだけど」
死んでも存在感を示す魔族の遺体を魔法袋に入れてしまうことにした。
少し警戒したが、すんなり入ったことで漸く落ち着くことが出来た。
「この魔族や帝国のことも含めて、村人が起きたら聞き取りが必要だな。その前に皆の治療が先だ」
「ブルルル」
俺の横に来たフォレノワールは、意識のなくなったエスティアの身体を俺に預けたがっているように感じた。
「闇の精霊が力を貸してくれたのか……」
俺の呟きをフォレノワールだけが聞き、頷くのだった。
現場で実際に戦闘を見たわけではなかったが、村人が倒れたのは闇の精霊の力だということは推測出来る。
闇の精霊の目的が分からないし、全てを信用出来るわけではないが、少しは信じてみることにしよう。
そう思いながら、ライオネル達には念の為、最上級回復魔法、浄化魔法、状態回復魔法をかけていき、村人達にはリカバーとディスペルをかけていくのだった。
お読みいただきありがとう御座います。