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139 長の役割

 もし仲間が治療を求めたら助けようと努力するだろう。

 では、それがお偉いさんの従者と仲間ならどちらの治療を優先させるのだろうか?


 大訓練場に到着してみると殆どの騎士隊が倒れていた。

 ライオネル達は倒れていないまでも膝を突いているのが見えた。


「無事みたいだな」

 俺は安堵して近寄っていくと、ライオネルの前にカトリーヌさんが倒れていて、ケティとケフィンの前にはルミナさんが倒れていた。


「ライオネル! これはどういうことだ?」

 ライオネルは俺の声に反応すると振り返り、安堵した表情を浮かべた。


「良かった。ルシエル様、お戻りになられましたか。先にこの者達を回復していただいても宜しいですか?」

 ライオネルは事情を話すことを後回しにして、血だるまになっているカトリーヌさんとルミナさんの二人を先に治療するように促してきた。

 当然言われなくても治癒することにしたが、見ればライオネル達もボロボロだった。


「皆も範囲に入れ、エリアハイヒールだけでいいか?」

「……カトリーヌ殿は何本か骨を砕きました」

 借りた武器が良くなかったのか、直ぐに倒しきることが出来なかったことが推測された。

 そうでなければ、カトリーヌさんと戦闘の相性が良いライオネルが、こんなにボロボロになることは考え難いのだ。


「……念の為にエクストラヒールを使うよ。ライオネル、お前達もだ」

 ケティとケフィンは何も発さず、何とか立っている状態であることも分かり、まずはエリアハイヒールをしたあとに、順番にエクストラヒールを掛けていく。


「何があったかはわからないけど、全員出血が多過ぎるから、少し休憩していろ。俺は多分お前達が吹っ飛ばしたあそこで治癒士に回復を受けている騎士団の回復を手伝ってくる。ちなみに部位を欠損させたやつはいるか?」

「そんなことはありません」

「そこまで弱いものいじめはしないニャ」

「する必要性がありませんでした」

 三人からは騎士団に対する蔑む感情が見てとれるようだった。

 俺でさえあんな目で見られたことはない。

 どれだけ錆びついていたのか、遊んでいるようにしか見えない甘い訓練をしていたのか、判断がつかない状況だった。


 実に騎士団の半数が吹き飛ばされていて、それは戦乙女聖騎士隊も例外ではなかった。

「ライオネル達が蔑んでいた理由はこの弱さか? それともジョブに胡坐をかいたその姿勢だったのか……あとでしっかりと聞かなければならないな」

 俺は回復を続けた。

 戦乙女聖騎士隊を含めて、お礼を述べてくれたものの、何があったかを聞いても教えてくれるものは誰もいなかった。



 全ての回復が終わって中央に向かうとエスティアがライオネル達に挨拶をしていた。

「自己紹介でもしていたのか?」

「あ、ルシエル様。あの私は何故ここにいるのでしょうか? 先程まで迷宮にいたはずですが?」

 いきなりNGワードをブッ込んでくれたエスティアにイラつきながら、闇の精霊が今度出て来たら文句を言うことにした。


「迷宮とは何のことだ? それよりライオネル達に挨拶をしていたのか?」

「あ、はい。今後のことは分かりませんが、メラトニへ同行する旨はお伝えしました」

 俺は迷宮の件はスルーして会話を続ける。


「……そうか。ライオネル、ケティ、ケフィン。悪いがこれは教皇様からの依頼だ。エスティアをメラトニへ同行させるぞ」

「まぁ仲良しごっこの騎士団よりは期待は出来るでしょう」

「エスティアは中々強いから訓練がちゃんと出来そうだニャ」

「俺よりも強い……とは言いませんが、その場での状況判断能力は俺よりも上です」

 騎士団を貶めることは忘れていない。三人がここまで感情的になるのも珍しい。

 

「多分ケフィンよりエスティアの方が強いニャ」

「言ってはいけないことを言ったな」

「やるかニャ?」

「いや、いつか見返してやるから覚悟しておけ」

「楽しみにしているニャ」

 最近二人の仲が良くなって来ていることに微笑みを覚えながら、いつまでもケティとケフィンはじゃれ合っているのを見ているわけにはいかないので、倒れたままの二人に声を掛けることにした。

 少し前から起きているであろうことに気がついていたのだ。


「カトリーヌさん、ルミナさん。俺の従者達が失礼しました。何故大訓練場がこのようなことになってしまったのか、その場に居合わせることがなかったので分かりませんが、謝罪させていただきます」

「……今回の件はルシエル君の指示なのか?」


 先に反応したのはルミナさんだった。

 それにしても指示とは?

「指示などは特に出していませんよ? 何かしましたか?」

「……知らないならいい」

 ルミナさんは顔を下げて黙りこんでしまった。

 ライオネル達を見ても口を開くことはしなかった。

 しかし昨日のことから考えていると……結構大きな喝を入れた気がしていた。


「……もし何かをしたのなら、それは全て私の為なのでしょう。三人とも自分の利益の為には動かない者達なので……先日の総合演習を見ていて、教会本部がある聖都をあのぬるい演習で本当に守ることが出来るのだろうか? そう思ったこともありましたから」


 自分でも驚くほどの毒舌に吃驚していると、二人もまさか俺からそんな発言が出てくるとは思わなかったからか、身体がビクッと動いた。


 俺に言われたことがそれ程ショックだったのか、 もしくは同じことを三人から言われたのか、二人は暗いままだった。


「……ルシエル君、いっそ君が騎士団を率いた方がいいのではないか?」

 沈黙していたカトリーヌさんが口を開いたと思ったら、本当に騎士団長の座を放棄したいという申し出だった。

 ルミナさんは、カトリーヌさんを信じられないといった表情で見つめていた。


「そんなことが出来るわけがないでしょう。私には使命がありますし、教会を守るのは聖騎士と神官騎士が集う教会の騎士団でしょう? 教皇様を守るのは誰ですか?」

 二人は答えようとしない……正確に言えば、ルミナさんはカトリーヌさんの反応を窺っているように見えた。



 個人技では既にルミナさんの方が強く、指揮に関してもカトリーヌさんよりもうまく執れるようになった。

 そのことで自身を失くしたカトリーヌさんに、手を抜いていてでも勝ってもらい、また自信を取り戻して欲しいといったところだろうか?

 だがそれは誰の為にもならないし、悪影響でしかない。

 俺はイエニスで培ったことを少しだけ、カトリーヌさんに伝えることにした。


「個人で強いからと言って、集団の指揮が出来ないというのは違うと私は思います。指揮の能力もなければ、それを磨きながら他の貢献方法を考えます。そうでなければ部下や従者を持つことも出来ませんから」

「……それは私に対するあてつけの言葉なのかしら?」


 強い怒気を感じる。

 怒るってことは悔しいと思っているんだよな?

 だとすると、本当は騎士団長のままでいたいということになるのか?

 俺は話を続けることにした。


「私の考えですが、もしカトリーヌさんが騎士団長を出来ないというなら、辞めてもいいと思いますよ。そうなれば指揮系統は滅茶苦茶となり、また聖騎士隊と神官騎士隊の間で歪みが産まれると思いますから」

「それはもうないわ。上がルミナや他の隊の長が騎士団長になっても変わらないわ。ここ数年は毎月最低一度、演習をしているから、昔ほど仲が悪いわけではないわ」


 悲しそうな表情をしたカトリーヌさんだったけど、俺も似たような危機に陥ったことはある。

 イエニスでハチミツ工場がバレたときや、学校に関しても俺がトップである理由なんて、形が出来上がってしまえば必要ないと思っていた。

 だけど、それを考えるといつもハッチ族のハニールさんの言葉が脳裏に浮かんでくる。

 俺がトップだから力を貸している。

 きっとカトリーヌさんも同じことだと、勝手に俺は思っている。

 だから、お世話になったカトリーヌさんやルミナさんが、これ以上苦しまないように手を差し伸べてみる。


「本当にそうでしょうか? 私が見ている限り、騎士団の皆がカトリーヌさんに気を使っているように見えていました」

「何を言っているの? ライオネル将軍も同じようなことを言っていたけど、たった数日で何が分かるの?」

 呆れられた表情の横に、俺を応援している表情があった。


 俺はその表情に励まされながら言葉を紡ぐ。

「数日ではなく、俺はこの教会騎士団が復活した時を知っているから言っています。ライオネルは本物の戦場を知っているから分かるのでしょうが……例え個人の戦闘力が一番でなくても、指揮が一番うまく執れなくてもカトリーヌさんが騎士団長でいる理由があります」


「……それは何?」


「うまく言葉には出来ませんが、強いてあげるなら人望でしょうか。貴方が上に立つことで、貴方の指示になら従っても良い。そう思わせることが出来るのです」

「そんなことはないわ。長くやっていれば誰にでも出来ることだわ。演習の時も聖騎士隊はルミナがちゃんとまとめていたじゃない」


 エリートって傷つくと面倒なんだなよな。

 完全に意固地になっている。

 本来はエリート集団の中でも、一人ぐらいはいつも明るくて、雑草魂と求心力を持った存在がいるんだけど……いないもの強請りは出来ないし……事実を述べて言って駄目なら時間をおくか。


「そう見せていただけですね。現にカトリーヌさんが率いた神官騎士隊に負けましたよね? それが答えです」

「……言っていることが理解出来ないわ」

「全体的にカトリーヌさんが負けないように演習を進めていたんですよ」

「何のために? ルミナ答えなさい」

「それは……」


 憤慨するカトリーヌさんに萎縮するルミナさんの構図が出来上がってしまった。

 階級の差ではなく八百長、もしくは手加減した理由をルミナさんが喋るのは重すぎるだろ。


「カトリーヌさんに騎士団長でいて欲しかったからですよ。私も騎士団長という仕事はカトリーヌさんの方が良いと思っていますけど」

「……騎士団長の仕事?」

 睨まれた顔から、訝しげな表情へと変わる。


「八人の隊長をまとめる仕事ですよ。各隊の隊長全員と話が出来て、まとめられる。それだけで騎士団長の責務は果たしているのですよ」

 イエニスの時の俺はトップに話をしていただけで、従業員達とは挨拶をする程度だった。

 それでもうまくいったのは、俺が指示を出した隊長、部族長が下をまとめてくれていたおかげだ。

 そこまで考えていると、ライオネルが口を開く。


「左様。後はそれを各隊長から小隊長もしくは隊員に指示するそれだけで組織は動く。全てがそなたの仕事ではないのだ」

 ライオネルが気づいたことは俺よりも多いはずだけど、俺もまたここで試されているのかも知れない。

 そんなことを思ってしまった。


「もし演習をするなら、上から見て気がついたところを修正してあげるのがカトリーヌさんの仕事だと思いますよ。もちろん個人の戦闘能力は上げて困ることはありませんけどね」

「私が気負い過ぎていたということなの?」

「はい。教皇様から信頼をされている数少ない立場なのですから、しっかりしてください」

 これで俺に騎士団長の役職まで舞い込んだら、絶対に過労死する。

 それにイエニスから、血生臭いことと関わらないために、逃げるように帰って来たのだから、少しはゆとりを持った生活を送りたいのだ。



「……役割か……ルミナ……悪かったな。頼りないかも知れないが、私を支えてくれ」

「はっ。これからも騎士団長として皆を率いてください」

 二人は笑みを浮かべあっていた。

 カトリーヌさんが大人で助かった。

 そう言えばカトリーヌさんはエリートだけど、前にも一度騎士団長から降りていたし、もしかすると挫折の経験は多いのかもしれない。

 今回は騎士団長のイスが空位にならなかっただけでも感謝した方が良かったかもしれないな。


「一度話し合いを持ってから、演習方法も考え直していこうと思う。ルシエル君、今回もまた世話になったな」

「お役に立ててよかったですが、あの演習を見ていて感じたことを言っただけですから。それに偉そうなことを言って済みませんでした」

「ちゃんとルシエル君の気持ちは届いたよ」

 さっきまでの曇った顔ではないことに俺は安堵していた。


「カトリーヌさんはもう少し自信を持っていいと思いますよ」

「……ありがとうルシエル君」

 近寄ってきたカトリーヌさんに微笑まれてから、頬にチュっと柔らかい感触があった。

 それにうろたえることもなく、俺は微笑みながらお礼を言うことにした。

「どう致しまして」

 俺は物体Xを飲み始めたばかりだったのでまるで効いていなかった。

 前世だったら、こんなに冷静ではいられなかっただろう。

「あら、全然動揺しないのね」

「でもカトリーヌさんみたいに美しい人にキスしてもらうのは嬉しいですよ」

 前世から数えると四捨五入でアラフォーの俺が、頬にキスもらっただけで、舞い上がるか。


「へぇ~、ルミナ来なさい」

「はい。何でしょうか?」

「ルシエル君にお礼のキスをしてくれないかしら。私だと驚いてもくれなさそうだし」

 何故お礼を強要するのだ?

 それよりも命令は駄目だろ。


「いや、それはしろと言われて出来るものではないでしょう。ねぇルミ……?!」

「今回のことは感謝していますから、カトリーヌ様に言われたからした訳ではないから……」

 ほんのりと頬を染めたルミナさんはとても可愛かった。


 俺の鼻腔をくすぐった甘い匂いと唇に残ったこの感触、胸の高鳴りはこの世界に来て初めてのものだった。

 これがハニートラップだというなら、絶対に引っかかってしまう。

 そんなことを考えているうちに、俺は頭を下げてお礼を言っていた。

「ありがとうございます。ご馳走様です」

 このことを目撃していたのは騎士団の全員だったこともあり、数日間は陰で笑われることになった。


 特にルミナさんを除く戦乙女聖騎士隊にはネタとしてからかわれることになるが、こともあろうにライオネル達も俺を助けるどころか悪ノリすることになるのだが、これはまた別の話。


お読みいただきありがとうございます。

お礼と言っても大人ですからね。

こんな幸運がたまにルシエルに訪れてもいいかと書いてしまいました。

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