138 騎士団の矜持
治癒士三名、神官騎士三名、聖騎士一名。
計七名がアンデッド化した状態で現れた。
「予想よりも多いな。意識はあるか?」
アンデッドになりながらも、隊列が乱れていないことに感心して俺は口を開いた。
「S級治癒士であるあなたさえ、こんな急に戻って来なければ、私達も殉職以外の特進が認められたのに……ルシエル様、怨みますよ」
完全に逆恨みだろ?
代表となって話すのは聖騎士と思いきや、代表は俺の後任の祓魔師だった。
「貴方は私が祓魔師として引き継いだ治癒士……他にも私を快く思っていない方達ですか? しかしよく此処まで来られましたね?」
「……高い買い物ではあったが、状態異常を回避する魔道具を手に入れられたんですよ。それもこの聖都で」
嬉しそうに話す彼がリーダーなのだろうか?
アンデッドになった彼等へ向かって俺は話を続けながら、魔法陣詠唱を紡ぎ始めた。
「なるほど。アンデッド化したということは、邪神と会ったという認識でいいですか?」
「知っていたのか!! 貴様が邪神の手下だったのか! 良くも……これは?!」
「聖域円環です。アンデッドから普通の身体に戻して弔いさせていただきます」
俺は話しながら、ゆっくりと聖域結界を発動していく。
「卑怯な。最後は剣を交えて戦って勝つ。これが騎士団の教えだった筈」
俺の後任の祓魔師と治癒士二名は発動段階で徐々に生気を回復させてきていた。
だけど聖騎士の鎧に身を纏う男には、まだ憤慨するだけの力や意思が残っていた。
正々堂々と戦えという彼の言葉も分かるが、俺は人として最後を迎えて欲しいと思っていた。
それが俺の矜持だった。そして聖騎士の彼には彼の矜持があることを悟った。
「S級治癒士として、アンデッド化した貴方達を私がどんな手を使ってでも止めなかったら、貴方方の意識はどんどんと薄れていき、最終的には意識を無くして同胞を傷つける、そんな存在になってしまっても良かったと?」
アンデッド化してしまった彼等は、俺に何を求めたのか?
S級治癒士という役職を持つものが、圧倒的な強さを持ち、騎士団の騎士達は倒されたかったのだろうか?
治癒士達は魔法の打ち合いをしたかったのだろうか?
そこまで考えると俺は口から声が自然と漏れていた。
「アンデッドとして死ぬか、人として死ぬか。選ばせよう」
自分らしくもないと思いながら、彼等に選択肢を渡していた。
治癒士達はそのまま人に戻り消滅することになり、聖騎士と神官騎士達は戦いたいと俺に告げた。
全身に魔力を纏い、左手に聖龍の槍、右手に幻想剣を持って一対四で戦うことにした。
一応、保険として審判役としてエスティアにしてもらい、危なくなったら介入してもらう予定ではいるが、そうならない確信があった。
「それでは始め!」
黒い霧を身体から出し始めた騎士達に構うことなく、俺は全力で接近して幻想剣で斬り、聖龍の槍で突く。
小細工やフェイントはなく、盾や鎧を切り裂き、貫通していく。
アンデッドとなり、痛みが無いのも分かっている為、俺は胴から真っ二つに切り払った。
まさに瞬殺、一方的な展開で終わった。
「満足しましたか?」
「まさかこんなに一方的に……」
悔しがっていることは分かるが、アンデッドとなった彼等から涙が流れることはない。
「死者……アンデッドになると思考力、運動能力が極端に落ちるらしいです。貴方達が人として生きていれば倒されていたのは私でしょう」
「通りで……流石にS級治癒士なだけはある」
聖騎士は自分の身体が反応しなかったことに合点がいったらしく、小さく頷いた。
「……死にたくなかった」
「一矢報いることも出来ぬままアンデッドとして消えてくのか」
「折角神官騎士になれたのに……」
他の騎士達も泣いていた。
「今から人として死んでもらいます。来世でも教会を守る騎士として貴方方が生まれてくるよう、祈らせていただきます」
俺は聖域円環を発動すると彼等は光に包まれて消えていった。
彼等が消えると当然のように残ったものを回収することにする。
「魔石となった彼等と装備品を回収したら、帰還する。そこにある魔石には絶対に手を触れるなよ。触ったらアンデッド化するからな」
俺はエスエィアに注意した。
「……それにしてもこれで迷宮を踏破したことになるんですね。最後の主部屋の魔物が弱くて良かったですね」
エスティアには、彼等が元々は人であり、教会の関係者であるという認識は一切なかった。
ただ敵として見ていた……現実主義なのか、それとも普通の常識が欠落しているのか、判断に迷いながら、彼等の印象を伝える。
「……あれが数十年後の死霊騎士王やワイトの原型だったら、勝てる保障はない。それに彼等にも言ったが、生身だったら負けている可能性だって十分に考えられた」
「そういうものでしょうか?」
「ああ。俺はまだまだ弱いからな」
魔石を拾い終わる頃には魔法陣が中央に浮かび上がっていた。
俺達はそれを確認して迷宮を踏破した。
気がついたら迷宮の一階層へ戻ってきていた。
「これで迷宮を踏破したことになる。教皇様の私室に向かうぞ」
「……漸く踏破したか」
「……何故このタイミングで入れ替わる?」
エスティアは闇の精霊と入れ替わっていた。
「よく気がついたな。エスティアは人が多いところが苦手だから、我が替わることにしているのだ」
「都合がいいな……もしかして迷宮だと入れ替わるだけで精一杯だったのか?」
「……そんなことはないぞ。そんなことをよく考えているな」
見るからに焦った闇の精霊を見ながら仮説を立てると、精霊は迷宮では顕現するための魔力が足りないからか?
「まぁいいか。じゃあ教皇様の私室へ向かうぞ」
「ああ」
昨日からフォレノワールを教皇様に預けたままだが、大丈夫だろうか?
そのことが頭に浮かんだ俺は直ぐに教皇様の私室へと歩みを進めた。
「教皇様、ルシエルです。迷宮を踏破して参りました」
「入れ」
扉が開くと同時に侍女達は外へと出て行った。
俺は臣下の礼を取りながら、迷宮……最奥五十階層のボス部屋の話を始めた。
「二人ともご苦労だったのじゃ。何が合ったのか聞くのじゃ」
「今回の件はやはり教会関係者が迷宮を踏破したことが原因でした。以前も申しましたが罠である大きな魔石を触ったことで、邪神が現れて彼等をアンデッドに化したと思われます」
「……まさか邪神が本当に存在しているとは……お父様が生きていれば、まだ何らかの対処が出来たのに……」
教皇様は悲しむが、それを俺はどうすることも出来ない。
俺でもそう思ってしまっているのだから。
レインスター卿のように、勇者であり賢者でもあり召喚士であったなら、何らかの対策を整えることが出来るのではないかと。
俺はあの時にもっとレインスター卿と話し合えばよかったと後悔もしていた。
ただこの場でレインスター卿のことを此処で話すのはいけない気がして、俺は今後の予定を話すことにした。
「数日間は迷宮に入って、迷宮が徐々に力を失っていくことを確認します。大丈夫そうなら予定通りメラトニへと向かいます」
「分かった。フォレノワールと離れることになるのは寂しいが、また会いに来てくれるのだろうから、我慢するのじゃ」
その寂しげな表情が、俺に疑問を抱かせた。
一体この部屋から教皇様が出たことがあるのだろうか?
そんな疑問を持つには十分過ぎた。
しかし俺にはまだどうすることも出来ないのは分かっていた。
「それに今回ルシエルが精霊の加護を持っていることをこの目で確認が出来た。これで状況確認が出来るから、魔通玉で連絡することは可能になったしな」
「はっ」
教皇様がストーカーにならないように祈りたい。
「報告は以上になります。闇の精霊、何か話すことはないのか?」
「フルーナ、私も姉様も救ってあげることは未だ出来ない。しかし必ず救ってみせるから待っていてくれ」
「すまぬが頼んだぞ」
封印? 呪縛? それとも他の要因があるのか?
教皇様の救いとは一体何なのか?
俺はそれを訊ねることはしなかった。
フォレノワールは今回の報告を教皇様の横で聞いていて、教皇様を一度舐めると俺に隠者の厩舎を開けるように依頼した。
昔はあれだけ嫌がっていた隠者の厩舎に抵抗することもなく入っていった。
「……それでは教皇様失礼……あ、教皇様、一つ願い事があります」
「何じゃ?」
「明日冒険者ギルドに言って銀貨一枚で治療することをしたいのですが?」
「ああ。ルシエルがやっていた気まぐれの日だったか?」
「はい。一年と少し振りですが、初心に戻ってみたいのです」
「特例として認めよう。それでもガイドラインを作った手前、治癒のデモンストレーションとして、しっかり役目を果たすのじゃ」
「畏まりました。全力で務めさせてさせていただきます」
「うむ。今後も教会の為に尽力してくれることを願うぞ」
「はっ」
俺達が教皇様の部屋を出ると数人の騎士達が俺を出てくるのを待っていた。
「どうしたんだ?」
「直ぐに治療が必要なものが大勢います。急いで大訓練場までお越しください」
他にも治癒士がいるだろ!
そんな叫びたい気持ちを抑えて、俺は大訓練場へと走り出した。
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