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137 闇の精霊の思惑

 夕食を済ませた後、俺は浄化魔法を自分とエスティアに掛けると、仮眠を取るように指示した。

するとエスティアは素直に指示に従い横になった。


 ここまで裏切り行為は一つもなかったことで俺はエスティアを信用……することはなかった。

 なぜならエスティアは話をしている時だけ人間身のある表情を浮かべるのだが、戦闘中、いつも無表情だったのだ。

 まるで感情がない、もしくはいつもの感情は実は造り上げたものなのでは?そんな気がしたからだ。


「仮眠後は食事して、迷宮を踏破する予定だ。何か聞きたいことはある?」

「……特にありません。じゃあ、私はあちらで寝ますね」

 エスティアは笑顔の仮面を貼り付けたまま、中央辺りで仮眠を取るようだ。


 俺は四十一階層へと続く扉の横の壁に背中をつけて状態で仮眠を取ることにした。

 さすがに信頼していない相手の近くで、天使の枕を使い深い眠りに就いて無防備になる度胸はなかった。


 俺が少しウトウトし始めた時だった。

 エスティアがスクッと立ち上がり、こちらに近づいて来ることが分かり、警戒をして寝ているふりをしようした。

「起きているのは分かっているぞ。ルシエル」

 声を掛けてきたのは徐々に漏れる圧迫感を放つ闇の精霊のものだった。


「……チェンジしたのか?」

「やっぱり起きているじゃないか。エスティアは先程眠ったようだから、憑依させてもらった」

 何故今回はエスティアが眠ってから憑依したんだ?

 その辺りに疑問が生まれたが、それよりも何故今まで憑依し表に出て来なかったのかについて理由を問いただすことにした。


「それで? わざわざエスティアを迷宮に挑ませ、この段階での憑依、何が目的だ?」

「闇の精霊と聞いて忌避しない人族がいることをエスティアに分かってもらいたかったのだ。ただそれだけだ」

 悲しげな顔をした闇の精霊がそこにはいた。

 その表情から、闇の精霊ではなく、エスティア自身が忌避されてきたかのようにも感じた。


「……感情をあまり出さないのではなく、感情が欠落している? もしくは限界まで自分の感情を制御する見えない楔でもあるのか? いつも自分の顔に仮面をつけているような……今回はそれを俺に感じてもらうためか?」

「……予想以上の推察力だな。エスティアの闇はきっとルシエルが思っている以上に根深い」

 俺の言葉に闇の精霊の表情が徐々に変わっていき、悲しげな顔から驚きに変わり、今度は笑顔になった。

 だが、闇の精霊の真意は未だ分からないままだった。

 まぁそれを素直に教えるつもりはなさそうだが……。

 それよりも俺は質問があったのだ。


「まぁ、それは今のところ構わない。それより精霊魔法剣士って、他の属性をもつ精霊とも重複して契約出来るのか? 例えば適性がなくても」

「可能だ。まぁもちろん試練はあるが、出来ないことはない」

 そうなるとエスティアは今以上の戦力にはなるのか。

 それが諸刃の剣でないのなら、歓迎したいところだけど……。

「なるほど。もう一つ質問しても良いか?」

「もちろんだ」


「……なぁ、気になっていたんだが、何でわざと奴隷になったりして、ドワーフ王国に移動したんだ?」

 闇の精霊の余裕そうな顔が一気に固まった。

「……何のことだ?」


「とぼけるな。状態異常にならない体質なら毒や睡眠薬を飲んでも効き目はない。それに非合法の奴隷契約の場合、闇の精霊であるお前がいるのだから拉致されること自体がありえないじゃないか」

「……頼り無さそうに見えて、実はしっかりとしているんだな」

「……余計なお世話だ。それで?」

 俺の事を完全に馬鹿にしていた様だが、ここはグッと堪えることにして俺は闇の精霊の言葉を……一言だけ文句を言って待つ。


「……帝国から逃げる手段を探していた。その願いを聞き届けた。理由は言えないが、それは本当だ。ルシエルもそうだが、姉様や教皇がいる教会本部に敵対することはないと誓う」

 これで嘘をついていたら、俺は精霊を完全に信じられなくなる……それだけの説得力を感じた。


「分かった。そのことについては闇の精霊、お前を信用する……助言とまでは言わないが、エスティアは人を信用や信頼していないだろう? 人を信じることがどんなに辛くても、それを解決出来るのはエスティア本人だけだ」

「苦しんでも放っておけと言うのか?」

「人間関係の構築はエスティア自身でするしかない。闇の精霊であるお前がそれをしてしまうと、皆が嘘のようにエスティアを忘れてしまうだろ?」」

「……気がついていたのか……分かった」

 闇の精霊は頷くと、先程まで眠っていた中央へ向けて歩き出した。



「少し偉そうだったか? それよりもエスティアが帝国から逃げ出したい理由って何だったんだ?」

 考えていても聞かなければ分からないので、俺はとりあえず座ったまま寝ることにした……だが、いつも天使の枕を使っていたこともあり、座った体勢で睡眠を取ることが出来なくなってしまっていた。

「……まさかこんな弊害があるとは」

 仕方なく瞑想をしていると、迷宮を踏破した後のことなどを考えてしまい、雑念のせいで全く集中が出来なかった。



 気がついたら結構な時間が流れていたらしく、エスティアの起きる気配がして目を開いた。

「睡眠はもういいのか?」

 こちらから声が掛かることを予想していなかったのか、バッと効果音がなりそうなリアクションをとったエスティアに笑いがこみ上げてきた。

「ずっと起きていたんですか?」

「ああ。迷宮を踏破した後のことを考えていたら、眠れなくなった」

「すみません」

「何故謝る? 食事にするか?」

「お任せします」

 全てが受身な態度を少しずつ改善させてみようにした。


「自主性を持ってくれ。食事の時間はエスティアに任せる。いつ食べたいかを言ってくれればその通りに従おう」

「えっ」

「エスティアは、もう少し自分の感情を持つべきだと思う。これがそのきっかけになればとも思っている。どうせあと半日で迷宮を踏破する予定だから、エスティアの判断力を試してみよう」

 俺はにこやかな顔をして、おせっかいを焼くことに決めた。


「……食事はこの部屋で取るんですか?」

「迷宮通路でも取れる。もちろんゆっくりと取れるのはこの部屋だけだ」

「……ルシエル様はお腹が空いてますか?」

「あまりかな」

「良かった。それなら簡単な食事をとってから進みませんか?」

「分かった」

 この試みがうまく行くのかは分からないけど、自身の人間関係構築を一から重ねて欲しい。

 俺はそう思いながら、テーブルとイスをニ脚、軽食であるパンとスープとサラダを魔法袋から取り出して、セッティングしていった。


「これでいいか?」

「その魔法袋凄いですね」

「譲ることは出来ない。いつか何処かで探せるといいな」

「……そうですね」


 少し意地悪な今の発言にムカつかないのか試したが、反応は薄かった。

 それとも華麗にスルーされたのか、そんなことをした自分を少し恥ずかしく思いながら、微妙な空気を残してしまったことを心の中で謝罪した。



 朝食を取り終えて俺達は迷宮を進むことにした。

「この先からは最短距離のマップは存在しない。ただ罠の場所はきっちりと把握してあるから、罠に誘導されないようにだけ気をつけてくれ」

「はい」

 エスティアの返事が戻ってきたところで出発した。


 一度は歩いたことがある迷宮ではあったが、迷うことなく階段を発見していく。

 魔物も脅威になるレベルのものが存在すると思いきや、いままで出てきたよりも少し早かったり、力強かったりする程度だった。

「これなら問題無さそうですね」

「ああ。以前はここを物体Xの樽と抱えて歩いたんだ」

「物体X? あの臭い? ……何故ですか?」

「半年間閉じ込められたこともあって、食料が底を突いたんだ。引き返すにも引き返せない状況もあって、最短で駆け抜ける方法を考えて、思いついたのがそれだったんだ。戦わないことが、時間短縮及び最短で踏破する方法だしな」

「……そうなるとこの階層からは何が出てくるも分かっていないんですか?」

「ああ。それとも物体Xを背負って歩こうか?」

「……大丈夫です。先を急ぎましょう」


 一瞬の間があったことから、物体Xと敵の強さを天秤に掛けたな。

 物体Xの名前が出たときにエスティアの右の眉尻が動いた気がしたから、間違いないだろう。

 よく観察することがいいのか分からないが、生きていることを楽しんで欲しいと何故か俺はそう思っていた。



 何事もなく五十層まで到達した俺たちは話しながら、進んでいると目の前に魔物の集団が現れた。

「……これって勝てますか? それよりも迂回した方がいいんじゃないですか?」

 目の前に現れたのは死霊騎士王とワイト、キングレイスの集団だった。

「鼻栓をつけておけ」

 俺は物体Xを躊躇なく取り出すと蓋を開けた。

「臭いし気持ち悪い」

 鼻栓をつけるのを躊躇ったエスティアは被害を受けたが、その結果魔物の群れは散開していった。


「さっさと鼻栓をつけておけ。このまま進むぞ」

 俺は物体Xの樽と抱えて歩き始めた。


「でも、さっきの魔物達なら、ルシエル様が倒せますよね?」

 その行動に鼻を押さえたエスティアが聞いてくるが、現実を教えることにした。

「無理だ。死霊騎士王は特に無理だ。戦うことは避けることにする。鼻栓をするのが嫌ならさっさと踏破するぞ」

 俺が行く先を指示してエスティアが先行する隊列のまま、迷宮を進む。


 鼻栓は渡してあるのにしないのには理由があるのだろうが、浄化魔法は使っているから問題はないはずだ。

 それに女性への配慮を検討して結局は鼻栓なのだが、鼻マスクみたいな形にしたのだから、見られても装着していることは殆どばれないような物なのだ。


 そういう俺も戦闘を避ける明確な理由を告げることはしなかった。

 エクストラヒールをかけた時の死霊騎士王の恐ろしさを思い出し、身体が震えてきた。

 赤竜の方が死霊騎士王より強いことも存在感があることも分かっているが、この世界でどれだけ強くなっても、俺は死霊騎士王だけには絶対に回復魔法を掛けないことを誓っていた。

 仮にさっき聖域円環(サンクチュアリサークル)を発動していたとしても、倒せていたかどうか分からない相手に、戦わないで済むなら戦わないのが俺の選択だった。


 二人とも無言のまま迷宮の終着地点である五十階層のボス部屋に到着した。

 俺は物体Xをしまうとボス部屋に突っ込む準備をするようにエスティアに話しかけるが、あまりにも気持ち悪そうだったので、浄化魔法とリカバーをかけて様子をみる。

「……このまま待っていたらあの魔物達は集まって来ますか?」

「ああ。アンデッドは生者を好むからな。エスティアのタイミングで主部屋に踏み込むぞ」

 俺がそう告げるとエスティアは数回深呼吸をしてから、こちらを見つめて頷いて答えた。

「行きましょう」

「ああ」

 俺はエリアバリアを俺とエスティアに掛け、五十階層のボス部屋の扉を押して中に入り込んだ。


お読みいただきありがとうございます。

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