136 成長
魔導エレベーターを下りて売店へと向かうが、カトリーヌさんの後任はいなかった。
「ここの後任がいるか、いるならそれが誰なのかを聞いていなかったな」
荒らされた様子もないので、無関係だと思い迷宮の扉を開いた。
「ここから先は異臭がする。良かったら鼻栓を貸すが?」
「お借りしておきます」
使う様子はないが、エスティアは無事に鼻栓を受け取ってくれた。
「聖銀の剣と盾を渡しておく。一気に進むから頼むぞ」
「はい。頑張ります」
エスティアは緊張しているのか会話が続かない。
そんな迷宮攻略に俺は頭を抱えたくなり、さっさと終わらせることにした。
「あれがゾンビ。見たことは?」
「小さい頃に帝国で見ていました」
「……そうか。グールとかもあるか?」
「帝国ではアンデッドの研究もされていたりしました。魔法適性が高い人がレイスになって、低レベルの死体はゾンビやミイラ、高レベルの死体はグール、死霊騎士だったと思います」
「そうか。また分かることがあれば教えてくれ」
「はい」
少し前とかなり印象が違うのは闇の精霊がエスティアに憑依している事を俺が知ったからなのか? それともこれが本当のエスティアなのか? 俺には分からなかった。
そこからぷっつりと会話は途切れた。
階層を下りるごとに臭いもきつくなっていくが、俺達の攻略スピードは一定だった。
十階層へ着くのに三十分前後でボス部屋を出たのが十分後だった。
各戦闘はすぐに終わったが、魔石を拾うのに時間が掛かったのだ。
「昨日よりも魔物の数は多い気がする。だが進むペースはこのままで行くぞ」
「はい」
エスティアは声を掛ければ返事してくれる。しかし、自分のことについては必要最低限のことしか喋らない状態となっていた。
部下になったからなのかとも思ったが、思い返してみると、今までも聞かれたことにはちゃんと答えていた。
無駄な話をしたがらない性格なのではないかという結論に至った。
「言いたいこと、おかしいと思ったことがあれば何でも言ってくれ。俺一人では対処出来ないこともエスティアや闇の精霊のおかげで分かることもあるかも知れないのだから」
「ありがとうございます」
その時、嬉しそうな顔をした彼女から警戒心が解けた気がした。
エスティアと言うよりは、闇の精霊に頼ったからなのか? それからは変な緊張感もないまま迷宮を進んでいけた。
「何故レイスが二十階層から現れるんだ? もしかして迷宮自体がパワーアップしているってことか?」
「昔は何が出たのですか?」
「グール、ミイラ、ゴースト、スケルトンナイトとかだな。レイスは三十階層以降だった筈なんだけど……嫌な予感しかしない。さっさと浄化したいけど、一先ず三十階層で一旦休憩するぞ」
「……分かりました」
闇の精霊の報告通りでエスティアはレイスの精神干渉魔法を受けても全く操られることなく、進むことが出来た。
レイスに死霊騎士が出てきた三十階層のボス部屋で休憩をとることにした。
「疲れてないか?」
「殆どルシエル様が倒されるので、あまり疲れる要素がありません」
そうエスティアは返事をしたのだが、やはり元気がないように見える。
疲れて無理をしているなら、闇の精霊とチェンジするのだろうが……疲れる要素がない?
「戦闘もしているし、歩き続けているから少しは疲れるだろ?」
「それで疲れるのは民間人だけですよ。レベルもそこそこありますし、ここ最近は労働もしていませんから……」
快適な生活になれていないのか? 今の発言レベルはケフィンと同レベルだった。
「俺は昔と比べてステータスが上がったからか? それとも日頃の鍛錬のおかげなのか? 苦戦しないことに驚いているよ。エスティアももう少し戦闘したいのか?」
「そういうことではありません……以前ここに来るまでは、どれくらいの時間がかかっていたのですか?」
その質問に俺は昔の迷宮攻略を思い返してみた。確かここまで来れたのは半年近く経ってからだったよな。実質一年と半年潜っていたんだから。
「……数ヶ月は掛かったと思う。この迷宮へ来る前にメラトニで準備をして、教会本部に来てから、本当の命がけの実戦を学んだからな……昔は今以上に相当弱かったんだぞ」
俺は懐かしい思い出を振り返り自然と笑顔になった。
「凄く頑張ったんですね」
「頑張ったとは少し違うな。蛮勇でもそれを覆すほどの運に助けられて、乗り越えられただけだ」
全てが運と言う訳じゃないだろうけど、豪運先生が発動してくれなければ、今の俺はいない。
「それでも努力したのでしょう?」
「……どうだろな」
あの時は生きることに必死で、それが努力だとは思わなかった。
必要最低限のことを学ぶことが努力ならそうだけど、この世界に来てからの歳月で、俺は人として少しでも成長しているのだろうか?
それが胸に楔となって巻きついた気がした。
休憩を終えて三十一階層に入るとアンデッドのランクがまた上がった。
赤目の死霊騎士にレイスの大きい存在が複数闊歩していたのだった。
「助けられないかも知れないから、危なくなったら回避してくれ。逆に余裕があれば俺を守ってくれ」
「分かりました」
エスティアは返事をすると死霊騎士へ歩き出し、それらを簡単に倒していく。
俺はエスティアの戦闘能力に驚きながらも、俺は俺だと自分に言い聞かせながら、魔物と対峙していった。
「魔力剣なしで首を切り落とすとか凄いな。俺には出来ない芸当だな」
俺は幻想剣、幻想杖を交代させながら、浄化魔法と魔力剣で魔物を倒しては魔石の回収をして進んでいく。
「四十階層以降にしか出ていなかった魔物が現れ始めている。この先は何が現れるか分からないから、四十階層で食事を取ったあとで仮眠を取る。仮眠後、迷宮を一気に踏破するぞ」
「……分かりました」
苦戦することもなく、罠にかかることもなく、変わらぬスピードで四十階層のボス部屋まで進んだ。
するとエスティアが初めて自分から問いかけてきた。
「ルシエル様、迷宮ってこんなに簡単に進めるものなのですか?」
「普通は無理だと思うよ。今回は道に迷うことなく進んでいるからそう思えるかもしれない。以前この迷宮に潜った時に書いた地図を持っているというのも大きい。さらに魔物への対策も……例えばレイスの精神干渉を受けて戦闘不能にならないとかの対策をしているのが大きいかもな」
「そういえば全く迷わずに進んで来ましたね……」
どういう訳かエスティアがいきなり話し掛けてきた。そのことに問題はないのだが、違和感がある。
「何か俺に聞きたいことがあるのか?」
「……私はお役に立てているのでしょうか?」
さっきも同じようなことを言っていたが、何故そんなに役に立ちたい願望が強いのか俺にはわからなかった。
「正直に言おう。確かに俺一人でもここまでは来られたと思う。が、魔力も殆ど使っていないし、感謝している」
「良かった」
手を握り嬉しそうにエスティアは笑うが、そこで俺は何かを感じることはなかった。
「気を緩めてもらっては困る。以前はこの四十階層の主部屋で半年間過ごした経験があるんだ。そうならない為にもエスティアと闇の精霊の力を期待している」
俺の気持ちを切り替えるためにあえて注意を促がしながら、自分のことを話すことで、ボスとの戦闘に気合を入れ直す。
「半年って……よく生きていましたね」
「運が良かったと言っただろ?」
「本当のことだったんですね……冗談かと……」
「俺は無意味な嘘を吐かない主義だ。気合を入れていくぞ」
「はい」
エスティアが俺に気を使ってくれているような気もする。
しかし、何処まで本心で何処からそうなのかを俺に見極めることは出来そうにない。ただ、従者にするかしないかは別として、人を恐れないで欲しいとそう思った。
そして四十階層のボス部屋の扉を開けるとそこにいたのは……死霊騎士王だった。
「……まさか、また会えるとは」
「な、なんて威圧感を発するんですか、あの魔物は普通じゃないです」
死霊騎士王なのに威圧感はライオネルに近いものがある。
俺は以前こいつではない死霊騎士王を第二の師匠と心の中で思っていたことは間違いではなかったと思う。
エスティアを見ると小刻みに震えていた。
「震えていたら戦えないだろ? こいつは俺に任せて後ろで待機していてくれ」
「そんな、こんな化け物相手に一人で挑むなんて……」
「だからこそ挑むんだ。俺が成長しているのか、どうかはここではっきりする」
左手には聖龍の槍、右手には幻想剣。
あの時とは比べ物にならない装備になっている。
レベルもレベル一から三桁に突入して強くなっている筈だ。
それでも俺は死霊騎士王の威圧で身体が竦み上がりそうになったのだ。
今なら好敵手として真正面からぶつかれる気がしていた。
「教会本部S級治癒士ルシエル、己の成長を実感する為、師匠に挑ませていただきます」
一拍おいてから、俺は死霊騎士王に戦いを挑む。
全てが一撃必殺と言われても信じてしまう大剣が通り過ぎ、ニ撃目の槍の突きが目の前に現れる。
最初の攻撃パターンは五種類とバリエーションは少ない。
その強烈な槍による突きを弾くと、大剣が戻ってくる。
それを俺の身体がしっかり覚えていた。
魔力を注いだ聖龍の槍で受け、身体に当たらないようにそれを反らし、回転しながらがら空きになった首を幻想剣で狙う。
死霊騎士王はそれを槍で防御して大剣で反撃をしようとしていた。
しかし幻想剣は死霊騎士王の槍を何の感触も残さず切り、そのスピードのまま、死霊騎士王の首を刎ねた。
「半年の戦闘をして漸く勝ったときは涙が出るほど嬉しかったのに、今回は一分にも満たないで勝てた」
攻撃パターンは身体が覚えていた。
死霊騎士王と対峙した時、俺はあの頃を確かに思い出していた。
普通だったら勝てない相手に何度も何度も立ち向かい身体で覚えて……死にたくない気持ちを原動力へと変換して頭と身体に叩き込んだ。
あの我武者羅に突き進んでいた頃の俺は何であれだけ前進していたように感じたのか。それが分かった気がした。それは間違いなく死霊騎士王に教えてもらったものだった。
俺は自分が必要以上に自分を作りこんでいたことに気がついた。
「ルシエル様、何であんな化け物に正面から立ち向かえるんですか? それよりもルシエル様はいつも手を抜かれていたのですね。あんなに強いなんて知りませんでした」
にこやかに笑うエスティアの言葉に今の俺を見透かされた気がしたが、俺も笑顔で彼女に向かって言葉を紡いだ。
「昔の俺が勝たせてくれただけだ。さぁ食事にしよう」
キョトンとするエスティアを笑いながら、俺は久しぶりに生きていることを実感していた。
お読みいただきありがとう御座います。