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134 試練の迷宮の異変

 夕食までは昨日と同様に皆と過ごしたが、解散してから俺は一人試練の迷宮へと向かった。


 魔導エレベーターを稼動させるカードも問題なく使用出来たことに安堵しながら、迷宮の入口へと進む。


「迷宮内はちょっと臭いと感じるかもな……よし、物体Xを飲んで気合いを入れてから突入しよう。最近レベルも全然上がらないし、これから何処かに行く訳でもないし」

 俺は若干愚痴りながら、物体Xを取り出してジョッキに注ぐと、久しぶりにそれを飲み始めた。

 次の瞬間、その味を思い出した俺は意識が遠退いていくのを感じたが、何とか片膝を突いたところで意識が覚醒した。

「……クソまずい上に意識が飛びかけるとか……俺も随分柔になったな」

 独り言を呟いた俺は売店を抜け、試練の迷宮へと続く扉を開いた。


 試練の迷宮を歩き始めた俺は、早速グールを見つけてヒールで倒して魔石を拾った。が、ここで重大な点に気がついた。


「何故一階層にグールが現れるんだ?」

 そう本来なら二十階層を越えないと現れることのない魔物がいきなり出てきたのだ。


「始めからこれなんて、きな臭いな…これがエスティアの仕掛けたものじゃないと祈るしかないな」

 階数を下るごとに魔物の数は増えていった。それらの魔物を倒して進み、漸くして俺は十階層のボス部屋前まで到着した。


「これで中にかなりの数の魔物がいたら、間違いなく迷宮が再び活発化しているってことになるんだろうな」

 俺はボス部屋の扉を開き、部屋の中央へと進んだ。部屋の中央まで到達すると灯りが点き魔物が現れた。

「最初に此処を訪れた時よりも少ない……か」


 浄化魔法をかけ、戦闘はすぐに終わらせた。

 しかし死の記憶……正確には死にそうになった記憶を取り戻していた。

「当時は魔法が使えない状態でここに入れられて、よく死ななかったよな。ボスを何とか倒すことは出来たけど、少しでも異なった動きや考えをしていたら、既に俺はこの世にいなかったんだな」

 昔のことを鮮明に思い出した俺は魔石を拾い上げ、ボス自体の復活がなかったことに安堵しながら、先へと進むことにした。


「浅い階から通常出てくる筈のない魔物が何で復活しているのかが分からない。通常迷宮を踏破したのだから、迷宮の力は減退していく筈だ。なら何故だ?」


 俺は考えがまとまらないまま、とりあえず迷宮を更に下ることにした。

聖属性の浄化魔法を溜めた幻想杖を振るとアンデッド達は苦しむこともなく、魔石へと変わっていく。

「火龍の居た迷宮では冒険者が罠である魔石に触れ、迷宮を活発化させてしまったことが分かっている。だがここは教会関係者以外に入ることさえ許されない場所だ。さらにこの迷宮は高い精神耐性がない限り踏破することは難しい」

 ならば迷宮を活発化させた人物はこの迷宮に入り込めて、精神耐性が高く、戦闘力が高い者になる。

 そしてこの状況で、もっとも怪しい人物といえばエスティアになってしまう。


 闇の精霊に操られているとしたら、闇の精霊は一体何が目的で……そんな話を飛躍させた妄想が浮かんでは打ち消し、俺は迷宮の先の階層へと足を早めた……が目ぼしい情報を得ることなくタイムアップを迎えた。


「これ以上潜ることになれば犯人に伝わってしまう危険もあるし、仮にエスティアが犯人なら……」

 三十階層のボス部屋にもボスはいなかった。俺はそのことに安堵し、迷宮が活発化しているであろうこの状況を教皇様にも伝えた方が良いと判断して引き返すことにした。



 翌朝、朝食を終えた俺は教皇様の私室を訪れていた。


「人払いありがとう御座います」

 俺は臣下の礼を取りながら、礼を述べた。


「気にしなくて良いぞ。先日は妾もルシエルとあまり話が出来なかったからな。それに御主が一人で此処を訪れるということは、余程のことがあるのであろう?」

 布越しで話しながら、教皇様に昨日見た試練の迷宮内部の状況とエスティアの件を調べてもらうことにした。


「ありがとう御座います。実は試練の迷宮が活発化し始めている……そんな予兆があります」

「なっ?! 試練の迷宮が活発化するとは……何か心辺りは?」

 教皇様がこれだけ驚くということは、この報告はまだ上がってきていないことになる。

 教皇様が活発化の現象を知らないということは、教皇様も迷宮についてはあまり知らないのかも知れないな。

 そう思いながら俺は説明を開始した。


「試練の迷宮については昨日中へ入って活発化しているであろうことに気がついたので……ただ、同じような状況が起こった例として、火竜がいたイエニスにある迷心の迷宮でも踏破した後に活発化したことがありました」

「原因は何じゃ?」

「最奥には罠が仕掛けてあり……その罠とは大きな魔石なのですが、それに触れるとその事が邪神に知られてしまうらしく、冒険者達をアンデッド化された状態で発見しました」

「だとしたら試練の迷宮に誰かが入ったのでは……ルシエルはそう推測しているのか?」

「ええ。最近まで試練の迷宮を潜っていた私の後任の祓魔師か、私が連れて来たエスティアの可能性が高いです」


 言っていいものか迷ったが、闇の精霊に憑依されていれば腐敗臭も気にならないかもしれないし、闇の波動で迷宮が活性化することも考えられたからだ。

 しかし、直ぐにその仮説は教皇様からの反論で崩れることになる。


「それはない。彼女が精霊魔法剣士である以上な。だとするとルシエルの後任を調べさせる必要があるのじゃ」

「待ってください。何故精霊魔法剣士であることが、試練の迷宮に入ったことにならないのですか?」

「それは妾が精霊召喚士だからじゃ。もちろん精霊王の加護もあるが、御主の運命の人ではなく、御主の運命の人を選定する役割を妾が担うことになっている」


 一瞬、教皇様が俺の奥様候補だと思ってしまったことは仕方ない。

 俺の胸が高鳴りを覚えてしまったのは秘密だ。

 この高鳴りが教皇様からの発言を聞いて驚いたものなのか、物体Xを昨日から飲んでいることが原因なのか定かではなかった。


 ただ、顔だけ見れば二十代前半で、とても美しく俺のタイプであることから、それならそれでと思ったのだが……。

 しかし教皇様が(しゅうとめ)の様な存在であることに驚きながら、教皇様が最終決定権を持つことに違和感を覚えたのも、心の内に止めることにして、今は聞くべきことを聞くことにした。


「……教皇様が精霊王の加護を持っているということは、前任者という認識なのでしょうか?」

「そうなるのじゃ。精霊王の加護は精霊使いではないと継承出来ないのだ。ルシエルのジョブに浮かんだ精霊騎士を見たときは流石に驚いたぞ。御主に精霊王の加護を渡せば精霊達の意向に反してしまうからな」


 俺が精霊騎士になると精霊王の加護を持つことになるのか。

 正直加護の使い道がないのであれば必要ないと感じるのはエゴだろうか?


「だからあの時、俺の昇格を先延ばしにしたんですか?」

「そうじゃ。もちろんそうなれば聖属性魔法が使えなくなるということも事実なのじゃ。精霊騎士は精霊魔法しか使えなくなるからの」

「それならこのままでいいです」

 俺のアイデンティティにあるのは死なないことだ。

 この世で回復魔法が使えなかったら、俺は何度死んでいたか分からないのだから。

 それをどうして手放せる?


「変わらないな。それより話を本題に戻すぞ?」

「はい」

 教皇様は柔和な笑みを浮かべながら、話の筋を戻して話し始めた。


「精霊王の加護を持っている妾は精霊の加護を持つもののおおよその位置が分かるのじゃ。それも近ければ近いほど精度は上がる」

「……それはエスティアが闇の精霊に憑依されていても、でしょうか?」

「何じゃエスティアに闇の精霊が憑依出来ることを知っておったのか。エスティアを教会本部に呼んだのは、妾が見ていることを闇の精霊にも分かるようにするためじゃ。だから闇の精霊が憑依しようと闇精霊魔法を使おうともエスティアの追跡は出来るから無駄なのじゃ」

 流石に教皇様も精霊の憑依については知っていたのだろう。

 しかし俺は安堵しようとして、最悪で想定した場合のシナリオを思いつく。


「……闇の精霊の力で誘惑、誘導、隷属させたりしたら、それは分かりますか?」

「……分からないのじゃ。大変なのじゃ。直ぐに全職員の確認が必要じゃ。それとエスティアの身柄とフォレノワールを連れて来なければならぬ」

 精霊の加護を持つものの居場所は分かっても、精霊本体の場所は分からないんだな。

 新たな発見をしつつ、フォレノワールを此処で出すことにした。


「フォレノワールなら隠者の厩舎にいます。ここで直ぐに出せますけど?」

「何!! 本当か? フォレノワールに会わせてくれ」

 子供のようにはしゃぎ出した教皇様に、さっきまでの悲壮感はまるでなく、天真爛漫という言葉が似合う表情をしていた。

 俺は隠者の鍵を回すと厩舎に向かって教皇様が叫んだ。


「フォレノワール!!」

 その声が聞こえたのか、直ぐに隠者の厩舎からフォレノワールが出てきた。

 いつもと違い、フォレノワールも嬉しそうに教皇様へと近づき、教皇様を舐め始めるのだった。


「くすぐったいのじゃ。フォレノワール、会いたかったのじゃ」

 教皇様はフォレノワールの首に抱きついて話を始めたが、それは俺には聞こえない音なのか、一昨日フォレノワールと闇の精霊が発光して交信する感じのものとも違ったものだった。


 それから暫らく教皇様とフォレノワールは話を続けていた。そして話が終わったのか教皇様からフォレノワールを預かりたいとの要望があった。

「暫らくの間、フォレノワールを預かっても良いか?」

 教皇様の言うことに逆らうことを考えるまでもなかった。

 フォレノワールもそれを望んでいるように感じたからだ。

「フォレノワールもそうして欲しそうにしていますから、また後でお伺いします」


「ありがとうなのじゃ。それと侍女達を中に入れ、御主はエスティアのところへ向かって欲しい。現在地はグランハルトの私室にいるのじゃ」


 私室ってあの拷問部屋ですか。

 完全に嫌な予感しかしないと思いながらも、俺は教皇様の私室を出ると侍女達へフォレノワールが中にいることを伝えてから、グランハルトさんの私室へと向うのだった。



お読みいただきありがとうございます。

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