11 旅立ち
治癒士の訓練から、教官の弟子としての訓練に切り替わり、早くも半年が経とうとしていた。
この頃、俺はすっかりとボタクーリのことを忘れていた。いや、そんなことを考えている余裕も暇もなかった。
人は知覚出来ないスピードで、薄皮を斬られると驚きの後に痛みが走り、傷つけられたことに恐怖する。
しかし、知覚出来た場合はスピードで、薄皮を斬られると、まず襲われた恐怖で身体が固まり、斬られたことを認識している為に強い痛みを感じ、正確に薄皮だけを斬る技術に驚くのだ。
何が言いたいかというと、俺はそこまで考えるとブロド教官に問うた。
「ブロド教官、なんで防御してるのに態 と腕や脚を斬るんですか」
「半年で俺の攻撃が見えるようになっただけで、はしゃぐからだ」
ブロド教官はプイっと横を向く。
「弟子の才能に嫉妬しないでくださいよ。それにおっさんがプイってやっても可愛くないですよ」
俺はにやりと笑う。
「じゃあ、そのおっさんにあと一時間きっちり斬られてもらおうか」
「すみませんでした」
俺は直ぐに後悔して、土下座を敢行した。
「しょうがねえな。そろそろ昼だから、グルガーのところにいくぞ」
「はい。ブロド教官」
俺はこの半年で自分の身体が徐々に変化してきているのを実感していた。
「おう。今日はいつもより早かったな」
「ああ。こいつが俺に斬られるのが、嫌だって言うから仕方なくな」
「普通、斬られるのは嫌でしょ」
ただ、相変わらず日常生活での変化はなかった。
「それにしても此処に来た時はひょろ長だったのに、今じゃだいぶ体格が良くなったな」
「確かにな。来た時に今みたいな訓練をしていたら、きっと何度も腕を間違って切り落としてたぜ」
「恐ろしいこと言わないでくださいよ」
「もう外を歩いても、ルシエルが治癒士だって、誰も気がつかないと思うぞ」
「まぁ、普通の治癒士はルシエルみたいに、戦闘訓練なんてしないけどな」
「今さらですね。最近ブロド教官に毎日斬られてるから、刃物に対する恐怖心もだいぶ薄れてきましたしね」
「・・・普通は怖くなるんじゃないのか?」
「何度か間違えてバッサリと斬られた事があったんですけど、死ななかったので最低限生き残れる自信になったんですよ」
「たまに成長したり、急に攻撃を見切ろうとするから、たまに斬っちまうがあれにはこっちも本当に毎回焦るんだよな」
「・・・さすがドMゾンビと鬼畜教官の師弟コンビだな。思考がぶっ飛んでいる」
「鬼畜教官はともかく、お願いですからドMゾンビは止めてください」
「俺のどこが鬼畜教官だ。優しく指導してやっているだろ」
「「・・・・・・・・」」
「二人してなんだその目は。もういい。グルガー、さっさと昼飯をくれ」
「はいよ」
こうして昼食を食べている時だった。
「ルシエル君。なんだか聖シュルール教会のギルド本部からお手紙みたいよ」
ナナエラさんが手紙を持って来てくれた。
「ありがとう御座います、ナナエラさん」
手紙を受け取ると、間違いなく聖シュルール教会のギルド本部からの手紙だった。
「何でしょうか?」
「俺でも流石に治癒士ギルドの事は深く知らん。開けて読んでみろ」
そう言われて手紙を開けてみると、驚くべき内容が書かれていた。
辞令
聖シュルール教会治癒士ギルド、メラトニ支部所属ルシエルを聖都シュルール教会の本部職員として異動することを命じる。
異例ではあるが、若くして聖属性魔法をⅤに至らせた才能と努力、人命を救う意志が強い人物だと推薦が入り、決定したものである。
現在冒険者ギルドへ出向していることを考慮し、翌年六の月の出向期間が終わった後、速やかに異動されたし。
教皇フルーナ・アリュデリー・ド・シュルール
「何か辞令で、教会本部に異動しろって書いてありますけど」
「やられた。まさかこんな手で来るとはなぁ」
「どういうことですか?」
「ボタクーリだよ。お前が外に出ないのと、冒険者ギルドに守られているのを知っていたから、本部に行かせることにしたんだよ」
「なんでですか?」
「別にあいつが狙っていたのは、お前の命じゃない。お前がこのギルドで治療を行なうことだったんだよ」
「それで態々本部への異動ですか?」
「ああ。それに加えて直ぐに戻って来れないように、教皇の名があるってことは、何らかの役職を与えられるはずだ」
「それって……昇進ってことですか。これって栄転みたいなものですかね?」
「そうなる。余計なことをしてくれたもんだぜ」
「何かすいません」
「仕方ないことだ。幸いあと半年あるから、これからはスパルタ訓練に併せて、治癒が必要な患者をどんどん診てもらうぞ」
「了解です」
「一回ステータスとスキルを確認しておけ」
そう言われて、直ぐに確認する。
すると並列思考、短縮詠唱、剣術、盾術、槍術、弓術を習得していた。
その瞬間、この半年の間に走馬灯を駆け巡りそうになった数々の修行が、無駄ではなかったことが嬉しくて、ふいに涙が流れたところをブロド教官達に見られてしまいからかわれた。
翌日から治療に関して、ギルドがストップしていた軽度の住民や人数制限も解除したことにより連日膨大な数の回復魔法を使用した。
連日干からびそうになる程の治療をすると物体Xが運ばれてくる。物体Xは魔力が少し回復するので、飲んでは治療するという日々が続いていった。
戦闘訓練もそうだが、実は物体Xの濃度が徐々に上がっていることに俺は気がついていなかった。
こうして俺は、レベル1のまま、数多くのスキルを身に付けていき、冒険者ギルドに派遣されて一年の任期が終了した。
「それでは皆さん、大変お世話になりました。この冒険者ギルドに拾っていただかなければ、ここまで実りのある時間は過ごせなかったでしょう。本当にありがとう御座いました」
「俺が皆を代表して言ってやる。お前はよく頑張った。お前のおかげで数多くの冒険者達が命を救われ、冒険者を止めずに済んだ者や、家族を失わなかった者がたくさんいる」
「ありがとう御座います」
「湿っぽいのは苦手なんだ。ほら、これは餞別だ。取っておけ。こっちの皮袋には金が入っている。こっちの鞄は安物だが魔法の鞄で十個までなら何でも入れられる。中にいくつか装備品も入っているから使ってくれ。これはみんなの感謝の証だ」
「・・・そんな俺は当たり前のことしか……グスン。じでばぜんよ」
ヤバイもう駄目だ。俺は自分の為にやってきたっていうのに、自分の小ささとみんなの暖かさで俺の涙腺は決壊した。
「泣くな。いつかまた帰ってきて格安でギルドで働いてくれればそれでいい」
「お土産も忘れちゃ駄目だよ」
メルネルさんがそう言って笑いをとってくれて、和やかムードの中で俺は冒険者ギルドを後にした。
これから冒険者ギルド所有の馬車で旅に出る。
「それでは皆さん、今日から数日の護衛を宜しくお願いしますね」
「任せておけ」
「俺らに任せておけよ」
「竜種以外は何が来ても倒してやるぜ」
頼もしい返事をしてくれたのは、今回俺の護衛依頼を受けてくれたバザンさん達だった。
「流石にAランクパーティーに護衛されるとは思ってもみませんでしたけどね」
「ルシエルは命の恩人だからな。それにAランクになれたのはお前のおかげだしな。今回のルシエルの護衛依頼は取り合いになったんだぜ」
狼獣人のバザンさんはそう言って笑う。
彼等を見ていると、こちちの世界に来た時に感じていた冒険者に対するイメージとは180°違うことに、どれだけ固定観念が強かったのかと、ふと、そんなことを思った。
「まず聖シュルール教会の治癒士ギルドで、更新手続きをしてきますので、ちょっと待っていてください」
馬車を降りて治癒士ギルドに入る。
中はやっぱり静かだな~そんなことを思いながらカウンターに進む。
「いらっしゃいませ。聖シュルール教会治癒士ギルド、メラトニ支部へようこそ」
「クルルさん、更新手続きをお願いします」カードを渡す。
「えっ? えええぇぇ?! あなたルシエル君?」
「ええ。気がつかなかったですか?」
「普通は気がつかないわよ。前はひょろひょろしてたのに今は大人っぽくなって、がっちりしているんだもの」
「そうですかね。あ、今回更新と本部へ異動するので、魔法書を貰っていくように言われているんですが?」
「ああ。本部に行くのってルシエル君だったのね。ってルシエル君なの?あなた17歳になったばかりでしょ?」
「ええ。あ、何か異例中の異例らしいです」
「はぁ~。予想外すぎて、お姉さん疲れちゃったわ」
「ははっ。じゃあ更新と魔法書と被っていない魔法書をお願いします」
「その必要はないわ。本部に行く治癒士にはAAAランクまでが買える魔法書が贈られるの」
「それって凄いですね」
「そう思うでしょ? でも実際はAランクに上がった時点で販売は許可されているのよ」
「どうしてですか?」
「Aランク以降は余程ギルドに貢献したりしないと昇格しないからよ。一種の名誉職みたいなものなの」
「そうなんですね」
「じゃあ早速更新するわね。・・・はぁ~やっぱりその若さで本部に行くなんて凄いのね。Aランクまで上げられるわ」
「じゃあAランクまで上げてください」
「分かったわ。・・・はい。これでルシエル君はAランク治癒士になりました。ちょっと待っててね」
クルルさんは席を外すと裏に行って、直ぐに幾つもの魔法書を持ってきてくれた。
「これで全部よ。今回の魔法書の代金は既に必要ないしお布施も本部勤めだから必要なくなるわ」
「そうなんですね。じゃあこの街に帰ってくるときにはまた顔を出しますので」
「偉くなって、私のお給料を上げてくれるのを期待しているわ」
「ははは。頑張ります」こうして挨拶もそこそこに治癒士ギルドを出た。
「お待たせしました。それでは行きましょう」
こうして、メラトニの街での二年間の生活が終わり、新たな場所へと旅立つ時が来た。
名前:ルシエル
JOB :治癒士Ⅳ
年齢:17
LV :1
HP :420 MP:160 ST:180
STR :42 VIT:51 DEX:47 AGI:54
INT :72 MGI:64 RMG:54 SP :0
魔力適性:聖
【スキル】
熟練度鑑定- 豪運- 体術Ⅴ 魔力操作Ⅶ 魔力制御Ⅶ 聖属性魔法Ⅶ
瞑想Ⅴ 集中Ⅵ 生命力回復Ⅳ 魔力回復Ⅵ 体力回復Ⅴ
投擲Ⅲ 解体Ⅱ 危険察知Ⅳ 歩行術Ⅲ
並列思考Ⅰ 剣術Ⅰ 盾術Ⅰ 槍術Ⅰ 弓術Ⅰ
詠唱省略Ⅲ 詠唱破棄Ⅰ
HP上昇率増加Ⅴ MP上昇率増加Ⅴ ST上昇率増加Ⅴ
STR上昇率増加Ⅴ VIT上昇率増加Ⅴ DEX上昇率増加Ⅴ AGI上昇率増加Ⅴ
INT上昇率増加Ⅴ MGI上昇率増加Ⅴ RMG上昇率増加Ⅴ
毒耐性Ⅵ 麻痺耐性Ⅵ 石化耐性Ⅵ 睡眠耐性Ⅵ 魅了耐性Ⅱ
呪い耐性Ⅵ 虚弱耐性Ⅵ 魔封耐性Ⅵ 病気耐性Ⅵ 打撃耐性Ⅱ
【称号】
運命を変えたもの(全ステータス+10)
運命神の加護(SP取得増加)
冒険者ギルドEランク 治療士ギルドAランク