133 騎士団の歪み
模擬戦闘のみの訓練が終了したことで、午後はそれぞれの職務に戻ることになると思われた。
しかし、それを善としない騎士隊が現れた……というよりも、戦乙女聖騎士隊とは午後も訓練をする予定だったことが戦乙女聖騎士隊を除く七隊の隊長の耳に入り、カトリーヌさんに抗議を入れたのだ。
俺はそれに関わることなく、ライオネル達を労うことにした。
「皆、お疲れ様。どうだった?」
俺の問いかけに真っ先に答えたのは、厳しい顔をしたライオネルだった。
「ここまで酷い部隊だったとは……私が帝国の将軍だった頃に攻めていれば……ここはイルマシア帝国の領地となっていたでしょう。今の救いとしては冒険者や周辺各国の民衆が、ルシエル様の政策である治癒士の料金改正を行ったことで、聖シュルール協和国に肩入れしていることで攻めようにも攻められない状況を作り出したことが大きいです」
俺はどうやらまた帝国に怨まれることを知らず知らずにしていたらしい。
絶対にもう帝国へは行かない。
行ったら完全に暗殺とかされそうだ。
俺は心に堅くそう誓うのであった。
「確かに私もそう思うニャ。ルシエル様のような人が多い集団だったら、ライオネル様が攻めを進言しなくて良かったと思っていたけれど、秘密兵器がなければ聖都は陥落し滅ぶニャ」
二人の分析能力は非常に高い。
「ここにいる騎士よりも、イエニスの神官騎士達の方が強かった気がします」
ケフィンもそう言い放った。
そしてライオネルは改善策を口にした。
「騎士団の面々が聖属性魔法……ルシエル様が使うエリアバリアやミドルヒール等の魔法を使えるようになるか、治癒士が加わって援護するかしないと戦いには勝てません」
そう断言したライオネルは遠い目をして空を見上げるのだった。
各隊が食堂に順番になだれ込むこととなり、俺たちは最後にゆっくりと食べることを宣言した。すると、模擬戦で惨敗した騎士隊の面々がライオネル達に意見を求め始めた。
人族至上主義の面々もいると思われたが、ケティやケフィンにも敬意を抱いた姿勢で接しており考えていたような差別を受けたりすることはなかった。
結局、食堂が空くまでの間、俺は希望してきた騎士達へエリアバリアをかけ、その効果を試してもらいながら、早速ライオネル達の意見を参考に自分達で努力してもらいたいと伝えた。
但し、治癒士のパワーレベリングについてはこの場で説明することを避けた。
流石に治癒士達が無理矢理戦場に駆り出されることを想像してしまうと、悲惨な状況を生み出す可能性が高いと思ったからだ。
もしもの時に魔法が使えなくなり、一人で戦うことになった場合、弱い魔物さえ倒すことが出来なければ、そこでその治癒士の人生は終わりを告げる。
そこまでのリスクを治癒士達に負わせるのが正しいことなのかどうか、俺には判断することが出来ない。
冒険者パーティーに回復魔法を使える治癒士が入れば何とかなるのでは?とも思えるが、ステータスの上がりにも開きがある為、ゲームなどと違い、序盤良くても後半に進むにつれ、フォロー出来るメンバーが居なくなれば詰む。
それがこの世界の現実なのだとそんな事を考えている内に改めて認識させられた。
暫くしてから俺達は昼食の為、食堂へ向かうとカトリーヌさんが待っていた。
そして午後の訓練は予定を変更して戦乙女聖騎士隊との模擬戦ではなく、総合演習に切り替わることが確定したことを聞いた。
「そういう訳なので、総合演習を上から確認していただきたいのですが?」
カトリーヌさんから言われたのは俺ではなくライオネルだった。しかしライオネルの視線は俺へと流される。
「演習を見てアドバイスが欲しいということですか?」
俺はカトリーヌさんに濁すことなく真っ向から聞くことにした。
昔、俺が教会本部にいた頃にはたった三度しかなかった総合演習。それをこのタイミングでやるなんてライオネルにそれを見てもらい、助言をしてもらいたいのだろう。
それだけ若くして騎士団長まで登り詰めたカトリーヌさんの気持ちを俺は分からないでもない。
自分が迷っている時に自分よりも年上で指揮能力が高く、個人的にも強い相手からの助言を受けたいと思うのは当然のことだろう。
「条件があります。まず私達は今回の演習に参加せず、上から見学させて頂きます。気がついた点をライオネル達から聞き、それを纏め後でお渡し致します」
「……分かりました。宜しくお願いします」
カトリーヌさんは頭を下げた後、颯爽と食堂を出て行った。
完全にカトリーヌさんが食堂から消えたところで、ライオネルが口を開いた。
「演習に参加しないで良かったのですか?」
「何故だか分からないが、カトリーヌさんの自信が欠如している気がするんだ。ここでライオネルが演習の指揮を執ったり、ケティやケフィンが演習に加わると、カトリーヌさんが引退を口に出す可能性だってありえる」
俺はあんな縋るようなカトリーヌさんを見たことがなかった。
一年の間に何が起きたのかを聞いて回るのも違う気がして、俺は頭を抱えて悩みたい心境に駆られた。
「……そこまでのことはないと思うニャ。でも指揮を執る人物を探しているのは、正しい判断かも知れないニャ」
「どういうことだ?」
「指揮官として全体を把握している。ただそれで各隊をまとめるには結果や強いカリスマ性が求められる……そんなところですか?」
「ケフィンも中々分かるように……「情報収集能力はケフィンの十八番ニャ」」
「……騎士隊全体をまとめられていないってことか?」
獣人の勘ではなく分析に導き出された答えだったようで、この二人の諜報能力に感心しながら、詳しい話を聞くことにした。
「例えばライオネル様が将軍として、帝国軍を率いていたときは先頭に立ちながら、各部隊への指示を出し、劣勢になれば自ら殿を務めていたニャ」
馬上槍で突き進むライオネルが弓や魔法を掻い潜り、近づくものを吹き飛ばす。
そんな光景が容易に想像出来た。
「一兵も死なせないと思うのはルシエル様も同じように、いや私以上に強い信念を感じます。それに指揮に関しても少人数であれば問題なく執れていますから、訓練次第では大人数の指揮も執れると思いますよ」
「俺が教会の騎士団の指揮を執ると思うか?」
俺がそう三人に聞くと予想通り……ではない言葉が返ってきた。
「流れに乗せられ指揮を執る事を断わり切れなければ、そうなるでしょう」
「ルシエル様が一人で答えを出さなければいけない時は、既に何かに巻き込まれていることが多いニャ」
「先程の総合演習を見学すると選択したところは、正直成長したと思いました」
俺の評価は軒並み低かった。
「……俺はここに縛られることはしたくないし、早いうちにメラトニへ向かいたい」
「それなら本日の夕食が終わったらここを出て行くべきでしょう」
ライオネルのような決断をすることも必要だとは分かっている。
それでもそれは俺の判断じゃない。
「……助言ありがとう。ただローザさんへのお礼もあるし、直ぐに動くのはリスクもあると思う。だから一週間後にメラトニへと向かうことにする。幸い馬達は隠者の厩舎からまだ出していないから大丈夫だろう」
「……そこは直ぐに行くところニャ。ルシエル様は変なところで義理堅いニャ」
「それがルシエル様の良いところでしょう」
「我等はルシエル様の従者ですから、お付き合い致します」
ケティは苦笑し、ケフィンは肯定してくれながら、ライオネルが締めた。
俺達はそんな話をしてから大訓練場へと再び足を進め、昔カトリーヌさんが案内してくれた大訓練場が見渡せる席から、総合演習を見守ることにした。
神官騎士と聖騎士を分けて神官騎士をカトリーヌさんが率いて、各隊で一番若いルミナさんが聖騎士を指揮し激突した。
四隊ずつの部隊だが神官騎士の方が戦力的に二倍の人数を要していた。
扇のような半円形の陣を執ったカトリーヌさんが率いる神官騎士団と、それよりも鋭角にVの字のような陣を執ったルミナさん率いる聖騎士団の攻防が始まった。
「どう見る?」
「普通に考えれば神官騎士が有利ですが、個々の能力は聖騎士の方が高いですから、後は指揮の差が出ると思われます」
「私もそう思うニャ……。それと分かったことが一つあるニャ。今回の演習はルシエル様の回復魔法を当てにしているみたいだニャ。急に演習になったから分かりやすかったニャ」
ライオネルに続いたケティの言葉で現実へと引き戻されるのを感じた。
「俺は勘ですが、たぶん聖騎士隊が勝ちます。それ程の戦力差があります」
「まぁそれでも勝つのはカトリーヌさん率いる神官騎士隊の方……もしくは引き分けで終わるだろうな」
俺がそう呟くと、三人は驚いた顔をしてから不思議そうにこちら見つめる。
「何故分かるニャ?」
「ルミナさんがカトリーヌさんに憧れているのが一つ、カトリーヌさんが負ければ騎士団の士気に関わるのが一つ、聖騎士団の方に覇気が感じられない」
騎士団は歪んでしまっていた。
「ちゃんと見えているようですな」
「あれぐらいの部隊の指揮ならルシエル様でも十分執れますね」
「三人とも分かっていたんだろ? 俺がそう感じたのは上から見ているからで、現場ならまた変わった様に見えるんだろうな」
「これからの経験次第ですよ」
ライオネルに微笑みながらそう言うが、俺にはその姿が想像出来なかった。
俺達が思った通り、神官騎士団と聖騎士団の総合演習は神官騎士団が勝利で幕を閉じた。
お読みいただきありがとう御座います。