132 三年越しの雪辱戦
騎士団との模擬戦では酷い目にあった。
最初に行われたのはライオネルとカトリーヌさんの模擬戦だった。
刃引きされた武器を使うことになったライオネルは、いつも通り大剣と大盾を選択し、固い防御から一撃を狙うことにしたようだった。
カトリーヌさんは騎士団騎士の長らしく、オーソドックスな片手剣と小盾を選び戦闘準備を整えたところで、模擬戦が始まった。
……結論から言ってしまえば、勝利したのはライオネルだった。
カトリーヌさんは固い亀のようなライオネルに対し、速度を活かしたヒットアンドアウェイスタイルでの戦闘方法を選択した。
相手が俺なら一瞬で伸びてしまうであろう攻撃だったが、ライオネルには見切れるスピードであり、受けきれてしまうくらいの攻撃力でしかなかった。
最初はカトリーヌさんが優勢だったようにも見えた。しかしライオネルは間合いとタイミングを計り、大剣ではなく大盾でカトリーヌさんを吹き飛ばすと、一気に間合いを詰めて大剣の平で追加攻撃を浴びせて決着となったのだった。
俺は決着がついたところに駆け寄り、二人にミドルヒールをかけながら対戦の感想を聞くことにした。
「カトリーヌさん、大丈夫ですか?」
「ええ。痛みも直ぐにひいたわ」
「ライオネルは?」
「問題ありません。殆どの攻撃は大盾で防いでいましたから」
ライオネルは言葉少なに答え、俺はそこに引っかかりを覚えたが、それは後で聞くことにした。
きっと俺と似たことを思っていると感じたからだ。
「カトリーヌさん、これが私の信頼している従者です」
「……本当にルシエル君はずるいわ」
「ずるいですか?」
「ライオネル前将軍、部隊長全員と戦っていただけますか?」
「ルシエル様が望むなら」
「愛されているわね」
「ええ。ライオネルもケティもケフィンも同士であり、仲間であり、大きな家族みたいな者を目指していますから」
カトリーヌさんに言われてから、何となく出た言葉だったが、俺はライオネル達を完全に信頼し、信用していることに気がついた。
「羨ましいわ」
そう言ったカトリーヌさんの顔は何処となく寂しそうに見えた。
ライオネルの強さに大訓練場に静寂が訪れたが、カトリーヌさんとライオネルのバランスを考えた場合、こうなることは予測出来ていた。
ブロド師匠とライバルであるライオネルがブロド師匠より遅く、力強くもないカトリーヌさんに負けることはない。そんな状況になるならば数で圧倒するか練られた戦略がなければありえないことだったのだ。
今回は一対一での模擬戦だったから戦略を練らなければならなかっただろう。だが、その戦略自体が曖昧でライオネルを打倒することは敵わなかった。
実際ケティは力強い攻撃こそ出来ないが、それよりも速度重視の完全なヒットアンドアウェイスタイルを確立している。
ケフィンは相手の意表をつき、油断させながら絶対に勝つ方法を模索し続けているから、戦術が幅が広い。
唯一俺だけは常時回復しながら、結界魔法で防御力を上げての戦闘だけど、武器以外に他の人を超えることが出来ていない。
ライオネルが隊長クラスと戦闘し、ケティが副隊長クラス、ケフィンが隊員クラスと戦闘を開始した。
これをカトリーヌさんが審判となり、
「上には上がいるってことだな……戦闘方法の確立をどうするかが課題だな。戦闘にならない方法があればいいんだけどな」
「それは誰もが思うことだろ思うが、そうならないのが現実だよ、ルシエル君」
後ろから声を掛けられて振り返るとルミナさんがいた。
「集団で戦うことに関して騎士団は、ある一定の成果を残せるだろう。だが劣勢の局面を打破するだけの力を持つものは……残念ながら教会本部にはいないのだ」
「そうですね……ある一定以上の戦力を打破するには絶対的な戦闘力、もしくは神算鬼謀な軍略が必要ですからね」
「そうだな……さっきカトリーヌ様が言っていらしたことだが、気を悪くしないで欲しい」
「さっき言っていた? 別に気を悪くもしていませんが?」
「……ルシエル君の能力やカリスマ性が人々を引っ張るとカトリーヌ様が言ったことは教会のことを思ってのことなんだ」
「全く気にしていませんよ。どうせ魔族と戦うことになれば、戦場に駆り出されるでしょう。回復魔法があれば死なない人が増えるんですからね。しかしカトリーヌさんが焦っているように感じたのですが?」
「……騎士団に戻ったカトリーヌ様は今でも個人の技量、団体の指揮を的確に執れる優秀な指揮官だ。ただルシエル君ほどのカリスマ性や聖属性魔法が使えるわけではない」
この流れでいくと俺の才能に嫉妬したように感じてしまう。
喧騒に囚われず穏やかな人生を送りたいと願った世界で、運命に翻弄されながらも回復魔法で人々を救い、戦闘力も竜を倒すほど……民衆の注目が俺に集まる。
非常にありがたくない話しだ。
どんどん雁字搦めになっていく。
これで力を失ったらどうなるのだろう?
もう不安しかない。
ルミナさんに相談してみるか?
「……才能に嫉妬する経験が私にもあります。穏やかに暮らして困っている人を救う。私が願っているのはそれだけで、魔族や帝国兵と戦争を望んでいる訳じゃないんです」
「それは誰もがそうだ。ルシエル君はそれでも結果を残してきた。十八歳でS級治癒士になり、二十歳で竜殺しを成し遂げイエニスの長になった。私もだが、カトリーヌ様もルシエル君に憧れているのさ」
「憧れだなんて大げさな」
「そうでもないぞ。昨夜はルシエル君の話題で盛り上がっていたからな。本当に強くなって格好が良くなったと言っていたぞ」
モテ期が到来……する訳がない。
今日見ていると分かったが、彼女達が俺を見てくる目が弟の成長を見守る姉の様な感じだったのだ。
嬉しいけど、嬉しくない、何とも複雑な感情が俺に芽生えた。
「ルミナさんは模擬戦に参加しないのですか?」
「私はルシエル君と久しぶりに戦いたいと、カトリーヌ様にお願いしたのだ」
「私は治癒士ですから結界魔法や回復魔法を使用しますよ?」
「もちろんだ。ルシエル君は防御の固いロックタートルだとでも思って戦うさ」
「そこはせめて人にしてくださいよ」
俺は苦笑を浮かべながら、従者三人の戦いを見続けていた。
「隊長と副隊長ってどれだけの差があるんですか?」
「隊にもよるが……ここまで一方的に負けるとは」
絶句するとはこのことだろう。
戦闘時間にして一分攻撃をさせ続けて、キッチリ一分で倒し、アドバイスを送る。
そんなことを繰り返し、十五分でライオネルはルミナさんを除く全ての隊長を倒し終えた。
「教会騎士団が完全に戦意喪失しているけど、如何するんだろう?」
「私達が中央に迎えば戦闘は終わるが……」
「じゃあさっさとやりましょう。これ以上は時間の無駄です。ルミナさんと戦い終わったら、戦乙女生聖騎士隊と戦闘訓練しましょう」
「そう言っていただけるとありがたい」
こうして俺とルミナさんは中央へ移動して向かい合うと、騎士団の皆が場所を作ってくれた。
「その戦闘スタイルでいいのか?」
昨日と同じように槍と剣のニ剣槍術のスタイルだったからだろう。
昔このことを注意されてことを思い出しながら、俺は笑って答える。
「私のスタイルは一つではありませんから」
「そうか」
きっとルミナさんは納得していないだろうが、少しは成長した姿を見てもらう為に、精一杯出来ることをして、頑張ることにすることを俺は決めていた。
三年越しの雪辱戦に俺の鼓動は高鳴り出していた。
ライオネルを含めて三人も戦闘を終えており、俺とルミナさんはカトリーヌさんの始めの合図を待つことにしてその時がついに訪れた。
「始め」
カトリーヌさんの声が聞こえた瞬間、俺は無詠唱でプロテクトバリアを張りながら、魔力を体内に循環させてはじけるように距離を詰める。
ルミナさんも同じように距離を詰めてくるが、その顔には驚きがあった。
俺よりも早く攻撃の体勢を取ったルミナさんに俺は槍を躊躇することなく投げた。
「くっ」
槍を難なく避けるが体勢は崩した。
俺は魔法袋から盾を取り出して左手に持ちながら、片手剣でルミナさんを斬りつけるが盾でブロックされる。
「まさか戦闘スタイルが既に作戦だったとは驚いたぞ」
「奇策でも何でもしないと、私の場合は最悪一瞬で死んでいますからね。この模擬戦で言えば、従者の為に最低限の粘りはしてみせないといけませんから」
「そうか。でもこの距離は私の間合いだぞ?」
ルミナさんは凄い勢いで体勢を低くしたと思ったら、突っ込んできた。
俺は迷わずに剣を振る。
それを転がるように避けたルミナさんの顔には焦りの色が浮かぶ。
「まさかあれも見えるようになっているとは……どんな訓練をしてきたの?」
「ケティはルミナさんよりも速いですし、ケフィンはノーモーションで移動したり丸太と入れ替わったりするので、スピードを活かした戦闘なら簡単にはやられませんよ」
俺は笑いながら、剣を振るおうとしたその時だった。「アクセルブースト」微かに声が聴こえた次の瞬間、俺は空を見上げて倒れていた。
「はっ?」
全く意味が分からなかった。
ケティよりも早いとかそんなレベルではなかった。
気がついたら空を見上げるように俺はルミナさんにころがされていたのだ。
俺は完全に負けてしまった。
「これが私の全力よ。ルシエル君が成長しているように、これでも私も成長しているのだ」
俺は直ぐに立ち上がり、ルミナさんに詰め寄る。
「小さな声でしたけど聞こえました。アクセルブーストって何の魔法ですか?」
「?!……その話は二人の時に教えるから、今は聞かないでもらえるか?」
ルミナさんが珍しく驚いた顔をして、少し考えてからそう告げてきたので、俺は了承した。
今の戦いで直感的に感じたことがある。
カトリーヌさんが騎士団長であることに変わりないけど、強いのは間違いなくルミナさんであるということだ。
そうでなければ振り返った瞬間にうちの戦闘狂の目が光ることはないからだ。
明日からの数日間、ライオネルとケティはルミナさんと模擬戦をしたいと考えているな…そう感じながら、俺も雪辱することを誓うのだった。
教会関係者ではあるものの、初めての勝利に騎士団の気力も回復してきて、昼過ぎまで訓練は続いていった。
お読みいただきありがとう御座います。