131 帝国、魔族、人権
戦乙女聖騎士隊の訓練場に辿り着いた俺達は身体を早速ほぐそうとしたところを止められた。
「ルシエル君、今日はこの先にある大訓練場で模擬戦を行なうのよ」
カトリーヌさんは笑顔を浮かべて大訓練場を指差した瞬間、嫌な予感がして直ぐに問いただす。
「……この人数だったらここで十分だと思いますが? それでは駄目なのですか?」
「この人数での模擬戦も確かに為になるだろう。でも大規模な指揮を経験したりする方が、今後のルシエル君の為になると思うの」
「私がそんな規模を指揮することはありませんが?」
ただでさえイエニスやドワーフ王国で酷い目にあったのだ。
俺が指揮をするのは少人数だけで限界だし、ライオネルが指揮をするにしても、この模擬戦には一切の魅力を感じられなかった。
それよりも嫌な予感がそのまま当たっているってことか?
そう考えているうちにカトリーヌさんは本当のことを話し始めた。
「やっぱり駄目か……昨日どこから耳に入ったのか、他の聖騎士隊や神官騎士隊も死ぬ危険がないなら、自分達もライオネル元将軍に稽古をつけて欲しいと頼まれたのだ」
「頼まれたからと言って、引き受けないでくださいよ。少人数と対戦するなら分かりますが、騎士団全体の相手をするなんてありえませんよ」
結構あっさりと認めたカトリーヌさんに驚きながらも、この規模の戦闘を指揮する機会など俺には一生ないと思ったが、そもそもこの規模の戦闘指揮をする必要性を感じられなかった。
「……どうしても駄目か?」
「そんな縋るように見られてもすみませんが、お断りします。昨日も言いましたが、ライオネルは従者なのです。奴隷としての認識はやめていただきたい」
俺の珍しく強気な口調にカトリーヌさんを含めて、戦乙女聖騎士隊は驚きの表情に変わる。
「カトリーヌさんの気持ちを最大限汲むとして、総当り戦が最大の譲歩です。ライオネル達はカトリーヌさん並の指導力と実力があると思いますから、全体の底上げにはなると思います。それで戦乙女聖騎士隊の皆さんが納得するなら、大訓練場へ向かいましょう」
「いいだろう。本来はライオネル殿の指揮をルシエル君に感じてもらおうと思っていたのだけど、些か急すぎたのも……確かに悪かったわ」
そもそも俺が指揮を執らないなら執らないで言ってくれればいいだろう。
俺はカトリーヌさんにツッコミを入れながら、疑問に思った指揮について聞くことにした。
「何故騎士団の規模の指揮をさせようとしたのですか? 帝国が攻めてくるとでも思われているのですか?」
戦争というなら焦る気持ちは分かる。
カトリーヌさんは実戦復帰していないのも、ブランクがあるからかも知れないから、ここで部隊を二つに割ってカトリーヌがライオネルと戦って見たかったと推測が出来る。
「帝国はもちろん警戒はしているけど、私達が最も警戒しているのは魔族なの。それにルシエル君。これは君の為でもあるのよ」
魔族と言われても遭遇したことがないからなんとも言えないが、帝国より厄介な感じがするのは間違いない。だけど魔王の復活も四十年前後先のはずだ。
それより俺が部隊の指揮を執る未来…それを想像出来ないことが問題なのだろうか?
「魔族と戦う可能性があるから多くの人と戦い、戦闘における経験値を積むってことは理解出来ますが、どうして私が指揮を勉強する必要があるんですか?」
「それはルシエル君が人々の希望になれるからよ」
「人々の希望ですか?」
……希望になることをしてきた自覚がないぞ? あ、もしかして学校を建設したことだったりするのだろうか?
それとも聖変と呼ばれる回復魔法で地盤を固めてしまったとかだろうか?
俺はカトリーヌさんの言葉を待つ。
「ええ。ルシエル君の回復魔法や結界魔法があれば死なないと思えるのよ。ルシエル君がその二つの魔法を駆使することで常勝軍団を作り上げれば士気は高くなる」
「それは私が指揮をしなくても、私がその軍団にいればそれだけで良いのでは?」
常勝軍団を率いなくても、治癒士としてどうしても軍団に加わらないといけない場合は逃げることも考慮して、部隊を率いるなんてごめんだ。
「普通ならそれでいいわ。でも戦えない人から見た場合は違う。弱者はカリスマ性を求めるの。魔王なら勇者、邪悪な敵には英雄。ルシエル君は既に英雄として肩書きを手に入れている」
「肩書きってもしかして……S級治癒士?」
「そうね。民衆の味方として治癒士の価格制度の見直し、初めて人族としてイエニスの代表となったことや、竜殺しとなったことも大きいわ」
S級治癒士になってからいいことがない……訳じゃないから嘆くに嘆けないけど、ただ教皇様がこのことに関わっていることが、薄っすらと感じられるのは何故だろう?
それよりも何故住民まで竜殺しやイエニス代表のことを知っているんだ?
「なんで竜殺しやイエニス代表のことが?」
「教皇様から許しが出て、ルシエル君が竜殺しであることは治癒士ギルドでも有名よ。まぁ冒険者ギルドでも一時期はその話が出回っていたから、元々広まっていたけれどね」
俺の安らぎは一体何処にあるんだろうか?
「……もう隠遁生活を送りたい」
「ふふふ。そんなことが出来ると本気で思っているの?」
妖艶に笑うカトリーヌさんは含んだものの言い方で俺を見つめてきたことに驚きながら、俺は声を絞り出す。
「無理ですか?」
「魔王の脅威がなくなるまでは無理ね。何処に隠れようとしても、一気に捜索されて見つかったら教会本部で訓練することになるわ」
「私に人権はないんですか?」
「あるわ。何だかんだ言いながら、火龍に土龍の封印も解放したんでしょ? 久しぶりに教皇様の嬉しそうな顔を見られたわ。ありがとうルシエル君」
「……全て成り行きですよ? それに答えになってませんよ」
「貴方が運命に立ち向かう限り、人権は守られる。色々なことに翻弄されながらも乗り越えていくレインスター卿みたいになって欲しいと思ってるわ。さぁ行きましょう」
俺は腕を掴まれ、大訓練場に連れて来られるとそこには、全騎士団が隊列して待っていた。
こうして俺は…俺達は騎士団と総当りの模擬戦闘を繰り返す日々が幕を開けてしまうのだった。
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