130 戦闘の心構え
久しぶりの自室での睡眠は天使の枕の効果もあり、しっかり安眠することが出来た。
外はまだ朝日が昇る前で、いつもよりも早いことが分かる。
「久しぶりにここで寝たことで、昔の時間に起きたことが原因か、それともフォレノワールのことが原因なのか、判断に迷うな」
俺は昔の習慣に倣いストレッチしながら、今日の模擬戦のことについて考えることにした。
昨日は暫らく戦乙女聖騎士隊と戦っていないこともあって、俺のレベルが上がって身体能力が格段に上昇していたから、エリザベスさんとサランさんを倒すことは出来た。
だけど、今日の模擬戦はレベルも身体能力も技術までもが全て上のカトリーヌさんやルミナさんと戦うことになるから、何か手を考えないとな。
フォレノワールとエスティアのことは、後でゆっくりと考えることにした。
フォレノワールが会話をしなかったこともそうだが、闇の精霊もエスティアのことをしっかりと考えているようだったからだ。
「厩舎に戻るかどうかはフォレノワールに任せて、一度フォレノワールと会話してみるかな」
俺はストレッチをやめて、戦乙女聖騎士隊の訓練場へ顔を出すことにした。
徐々に日が昇り始め、明るくなってきた訓練場にはカトリーヌさんがいた。
「カトリーヌさん、おはようございます。早いですね」
「ルシエル君、おはよう。今日は模擬戦があるけど、ライオネル将軍と模擬戦が出来ると思うと嬉しくて」
すっかり乙女の顔になっているカトリーヌさんを見ながら、ライオネルってモテるなぁと思う。
「ライオネルは手強いですよ」
「燃えるわ。命の危険がないから、本気で戦闘を出来ると思うと、血が滾ってくるの。良かったら、軽く打ち合わない?」
カトリーヌさんはただ戦闘に飢えているだけだったらしい。
教会もそうだけど、強い人イコール戦闘狂がこの世界の理なのかもしれないな。
「いいですけど、加減してくださいよ」
「分かっているわよ、得物は自分の好きなものを使っていいわ」
「……武器を破壊してしまいますけど?」
「そうなることを想定して戦闘するから問題ないわ」
「そうですか……いきますよ」
自信満々のカトリーヌさんに、軽く一泡ふかせてみせようと俺は返事をしてから、一気に接近して幻想剣を振り切った。
「結構早いわね。でも、それだけね」
昨日は使わなかった身体強化を使って一気に距離を詰めたが、幻想剣は一切当たらずに紙一重で見切られ避けられた。
「どんどん行きますよ」
俺は聖龍の槍を取り出して、久しぶりにニ剣槍術で一撃必殺を繰り出し続けることに頭をシフトした。
片手でもブレることなく聖龍の槍を突き出すことが出来るようになり、俺の戦い方も少しずつ変化してきている。
「凄く成長しているわね。もうルミナ以外では一対一だと厳しいかも知れないわね」
「そう言っていただけるのは嬉しいですが、全く捉えることが出来ないとは……流石に強いですね」
「それはそうよ。でもこれぐらいはルシエル君の連れてきた従者達だって皆出来るでしょ?」
「……子供扱いということなら、そうですね」
昨日の時点で既に大方の実力は把握していたのだろう。
やはりこの人も戦闘狂なのは間違いない。
「カトリーヌさんとまともに戦える人は教会にはいないのですか?」
「……昔は大勢いたわ。だから目標にする人がたくさんいたの。だけど今は手加減しないといけないから、本当に強い人達を連れてきてくれてありがとう」
懐かしそうに呟いたあとは、寂しそうに、そして本当に嬉しそうな表情になっていくカトリーヌさんを見つめながら、攻撃を再開させる。
「数年後にはカトリーヌさんが勝ちたいと思っても、勝てない軍団を作りますから、待っていてください」
「自分ではないんだね」
「私は治癒士ですからね」
左手に掴んだ聖龍の槍を突き出し、半身になったところにカトリーヌさんのカウンターで、懐に……そのままケンカキックで吹き飛ばされる。
「がはっ」
吹き飛ばされた俺は何とか体勢を整えようとするときには、剣先が首の前で止まっていた。
「……降参です」
「中々鋭い攻撃にはなっていたけど、戦闘経験が浅いからか、それともいつでも回復魔法で回復出来ると思っているからなのか? 隙がたくさんあるわよ」
俺はそれを聞いてドキッとした。
確かに回復出来ると思って戦闘をしている自分がいたからだ。
俺はいつからそんな戦い方をし始めていたんだろうか?
「このままじゃ駄目だということですか?」
「常にルシエル君を守ってくれる存在がいるのなら今の戦い方でもいいけど、それでも戦う時は攻防の比重を七対三ぐらいにしないと楽に勝てる相手にいらない怪我を負うなんてこともあるわ」
「……もう一戦お願いしてもいいですか?」
「もちろん」
カトリーヌさんは柔和な笑みを浮かべて構えた。
俺はその後十回ほど転がされて、朝食の時間にすることにして起き上がると、いつの間にか戦乙女聖騎士隊の面々がこちらの早朝訓練を見ていた。
「よく心が折れなかったな」
「さすが治癒士の筆頭戦闘狂」
「あそこまで喰らいつけるのは凄いこと」
そんな声を掛けてもらうこの感じを懐かしいと思いながら、皆で食堂へと移動する。
食堂の入り口ではライオネル達の他にエスティアも俺のことを待っていた。
「皆おはよう。教会の客室でしっかりと眠れたか?」
俺は四人に声を掛けるとライオネルとケティはしっかりと眠れたらしかったが、ケフィンは少し表情が固かった。
「快適とは言えませんが、しっかり睡眠は取れました」
「しっかりと眠れたニャ」
「俺はあまり眠れませんでした。柔らかいベッドはやはり落ち着きませんでした」
ケフィンはイエニスにいるころから、柔らかいベッドで眠るのが苦手だった。
「ケフィン、いい加減に慣れろ。この先もベッドで眠れなかったら疲れが取れないぞ」
「最悪、床で眠るのも最近ではありなのではと考えています」
「……徐々に固いベッドから、柔らかいベッドに変えていこう」
「すみません」
「気にするな。エスティア、もういいのか?」
ケフィンとの会話を切って、下を向いているエスティアに話しを振る。
ここまでは自然の流れだな。
「えっと、おはようございます。昨夜の件なのですが……」
「その件はあとで話すが、今日も聴取か?」
「はい。聴取が済んだら、ルシエル様の直属の部下扱いになるらしいので、宜しくお願いします」
「はっ? 誰がそんなことを?」
「グランハルトさんからです」
グランハルトさんにそんな権限はないから、闇の精霊がそう仕向けたのか? そこまで考えると、後ろから声が掛かった。
「ルシエル君、それは教皇様が決めたことよ。精霊魔法剣士が稀少な職業ということもあるけど、何よりレインスター卿が精霊使いだったことから、今後ルシエル君を助ける存在になるんではないかという教皇様の判断よ」
カトリーヌさんの言葉は俺に突き刺さった。
教皇様がハーフエルフでも、レインスター卿のようにぶっ飛んだ人の子供である。レインスター卿が精霊使いだったのだから、教皇様自身が精霊とコンタクト出来る可能性も十分どころか、十二分に考えられることだった。
「……とりあえず朝食にしましょう」
俺はその言葉を何とか捻りだし、食堂に入るのだった。
「ローザさん、昨夜はありがとう御座いました」
「いいのよ。ルシエル様は客室なんて知らないだろうし」
「今度、従者達の服を買いに行こうと思っているので、また同行をお願いします」
「アンナのお店で良いなら、私はもう行かなくてもいいと思うのですが?」
終始にこやかに話しをするローザさんには、積極的にお願いしてみることにした。
後ろの面子に服装のセンスがないのは三年前に確認しているのだ。
「昨夜のお礼も兼ねてです。お願いします」
「!? わ、分かったから頭を上げておくれよ」
俺が頭を下げるとローザさんは慌てて頭を上げるように言い、チラ見したら了承してくれた。
「じゃあまたお願いするときは声を掛けさせていただきます」
「承知しましたが、頭を下げられると困ります」
「気をつけます。じゃあ大盛りでお願いします」
「……何だか疲れたよ。少しお待ちください」
俺は笑顔のまま食事を頼むと、溜息をついてローザさんは奥へと向かっていった。
「ルシエル君、服に興味があるのか?」
声を掛けてきたのは大人しかったルミナさんだった。
「人並みです。今後他国に行く場合、必要になってくる可能性もありますし、魔法付与を後からしてくれる技術者の従者もいますので」
「……ときにルシエル君は公国ブランジュを知っているか?」
「ええ。イエニスの東側の国でしたよね? それが何か?」
「……行く機会があったらでいいのだが、国の様子を調べてもらえないだろうか?」
「……分かりました。行く機会があったら、調べてみますね」
いつもと様子の違うルミナさんなのは分かったが、俺は理由を訊ねないで了承することにした。
そこへタイミング良くローザさんが食事を運んで来てくれたので、お礼を言って席へと向かった。
食事をしている時は本日の模擬戦の話をして賑やかに過ごし、先程まで暗くなっていたように見えたルミナさんも楽しそうにしていた。
少しの引っかかりを覚えながら、エスティアをグランハルトさんのところへ送った俺達は、訓練場に足を踏み入れるのだった。
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