129 精霊と精霊
俺はエスティアを追いかけて行くと、戦乙女聖騎士隊の訓練場ではなく、俺も知らなかった厩舎の正式な入口がそこにあった。
「……ここに入って行ったよな? 何故エスティアが厩舎に来る必要があったんだ?」
俺は首を傾げながら、そっと厩舎の入り口にある扉を開いた。
厩舎は夜だということもあり、最低限の魔灯が点いているだけで薄暗い感じではあったが、視界は十分に確保されていた。
目を凝らしながら進むとそこにはエスティアの姿があり、馬房を一つ一つ覗いているようだった。
「管理者であるヤンバスさんを含めて誰もいないのか? 探しているのはただの馬か? それともフォレノワールのことを探しているのか」
疑問が次々と頭に浮かんでくるが、馬房を覗き終わったエスティアはがっかりした様子で、こちらに引き返してきた。
俺は急いで空いていた馬房に身を隠した。
俺には気がつかない様子で厩舎を出ていたエスティアを追いかける前に、一度全ての馬房を確認していくと、全ての馬達は眠りについていた。
「エスティアが眠らせたのか?」
眠らせることに何か意味があったんだろうか?
そこまで考えていると、休憩所でヤンバスさんと二人の飼育員が眠りこけているのを確認した。
「エスティアに眠らされたのか?」
俺はリカバーをかけて、三人を起こすことにした。
「ふぁ~あ? ルシエル様じゃないですか」
「こんばんはヤンバスさん。職務中に仮眠を取られていたのですか?」
「……私は寝ていたんですか?」
「はい。覚えていないのですか?」
「大変だ! おい、お前達起きろ」
ヤンバスさんは二人の飼育員を起こして、馬房を覗きに行くのだった。
「エスティアが眠らせたのか、それとも闇精霊がそうさせたのか……教皇様に言われたとはいえ、連れて来ることが正しかったのか、エスティアの目的を知るしかないか」
俺は試練の迷宮へ向かう気にはなれず、ヤンバスさんに声を掛けて自室に戻る事にした。
自室に戻った俺は素直に驚いた。
「? エスティア、何故君がここにいる? それより何故ここが俺の部屋だと知っているのだ?」
俺の部屋の前でエスティアが待っていたのだった。
エスティアは俺から声を掛けられると、少し困ったように話し始めた。
「ルシエル様、お願いがあります。どうかもう一度あの馬に会わせていただけませんか?」
「……あの馬といったらフォレノワールだな?」
「はい。ルシエル様のお乗りになられている黒馬です」
そう言い終わるとエスティアは頭を下げた。
「正直に言おう。俺はエスティアのこと警戒している」
「えっ?」
顔を上げて本当に驚いた顔をしている。
これが演技だったら、ずっと嘘を見破れないってことだな。
それはそれで凹むなぁ……そんなことを考えながら言葉を紡ぐ。
「ドワーフ王国でもエスティア、君の記憶を失った者達がいた。そして今回は君が迷わず厩舎へ歩いていき、闇の精霊の指示か、君が闇の精霊の力を借りて、ヤンバスさん達や馬達を眠らせたことについて、どう接すればよいのかという葛藤がある」
闇の精霊がエスティアの窮地を救ってくれていようが、それが悪い方向に使われているなら、決断しなくてはいけない。
教皇様を始めとして、教会関係者に対しての害悪は取り除かなければならない。それが出来るのは状態異常にならない俺だけだし、エスティアを連れて来た責任が俺にあるからだ。
しかしエスティア予想外の反応を見せた。
「……はぁ~ルシエルとやらよ。御主にも加護をやるから、姉様に会わせろ」
「……何を言っている?! エスティアじゃないのか?」
「薄々気がついているのだろ? 我は姉様にお会いしたいから、エスティアの身体を借りて御主の元まで訪れてやったのじゃ」
先程とは違い、半端じゃない圧力が俺に掛かり始めた。
「闇の精霊か? どうしてエスティアの身体に憑依するような真似をする? それにさっきまで喋っていたのは本当のエスティアだった筈」
「ほう。そこまで分かるとはな。先程まではエスティアが起きていたからな」
エスティアの身体に憑依しているからか、声が二重に聞こえ始めた。
「……お前の目的は何だ? 姉様とはなんのことだ? それよりもエスティアに何をさせようとしている」
「質問ばかりじゃな。別にエスティアは聴取で疲れただけだ。そこを私が誘導して厩舎に移動して、人見知りのこの子の為に会った人族を眠らせただけだ。別に危害は与えていない」
「お前達精霊の尺度で考えれば些細なことかも知れないが、エスティアにやらせていることは、職務を果たしている人族への妨害行為だ。エスティアを追い込んでいることに気がつかないのか?」
「はぁ~分かった。我の目的は姉様と会って謝罪することじゃ。この通り姉様と会わせて欲しい」
エスティアに憑依している闇精霊が、頭を下げた。
精霊達が持ついつものようなプライドを感じることはなく、少し拍子抜けした気分となったが、先程から闇の精霊が言っていることを統合すると、姉様と呼ばれている存在は一つしかいない。
「フォレノワールがお前……闇の精霊の姉様になるのか?」
「そう。だからお願いだ」
俺は無詠唱で聖域円環、ディスペル、リカバーを発動した。
「邪悪なものか見定めるとは、中々思慮深いな」
エスティアに憑依しているであろう闇の精霊は不適に笑った。
「……全く効いてないな」
「闇の精霊ということで勘違いされることも多いが、我は別に邪悪な存在ではないぞ」
「……そうみたいだな」
「頼む、姉様に会わせてくれ」
「こんなことは無駄だろうが、精霊としてフォレノワールに害をなさないと誓えるか」
「私が姉様にそんなことをするわけがないだろう……誓う」
一瞬だが、人間の様なしぐさを見せた闇の精霊を信じて、俺は隠者の鍵を取り出して、廊下ではあるが構わず開いた。
「ここから話してくれ。フォレノワールが自分で出たいと思わない限りは……」
俺が全てを話す前に隠者の厩舎からフォレノワールが出てきて、エスティアの身体を吹き飛ばした。
「フォレノワール、落ち着け。エスティアの身体と闇の精霊は別なんだろう?」
俺が首を撫でながら宥めると少し興奮したままだけど、フォレノワールは暴れることもなかった。
「うぅっ」
今意識がエスティアに戻ると、同じようなことになりそうだったので、俺がヒールをかけると闇の精霊もエスティアと入れ替わるのを阻止する為に動いたらしく、かなりの疲弊が見て取れた。
次の瞬間、エスティアの身体が黒い光を纏って顕れ、フォレノワールもそれに呼応するように白い光を纏って、お互い見つめ会ったまま動かなくなった。
俺はそれをただ見守ることしか出来なかった。
声は聞こえずに、二人だけで話しをしていることが窺えた。
「御主、感謝するぞ。それとエスティアの身体を託す。力が戻った時にまた顔を出す」
そう言うと糸が切れたようにエスティアは俺に倒れ掛かってきたので支えると、フォレノワールも隠者の厩舎へと入っていった。
「もう意味が分からないが、如何すればいいんだ?」
俺はいらぬ疑いを掛けられたくなかったので、聴取を取るのはグランハルトさんの仕事だったことを思い出し、仕方なくグランハルトさんの部屋へと赴き、客室にエスティアを運ぶことにした。
「こうなっていることは予測出来ていたが……酷いな」
闇の精霊の力をまざまざと見せ付けるように、グランハルトさんの部屋に着くまでに廊下で寝てしまっていた二十人くらいの教会関係者を起こしながら進むことになった。
「これならグランハルトさんも、眠らされていることが容易に想像出来るな……。仕方ない、ローザさんのところに連れて行くか」
俺が食堂を訪ねると食堂の片づけが終わり、帰るところのローザさん達を発見して、エスティアをお願いすることにした。
「すみません。私が彼女のことを預かると色々問題があるので、客室への案内をお願いします」
「それならここで預かりますよ。ルシエル様達は明日から模擬戦ですし、彼女のことはお任せください」
ローザさんは笑いながら、エスティアをお姫様抱っこして、歩いていった。
俺はそれを見送りながら、ローザさんの男前の背中を見送るのだった。
「今度また服屋に誘って服をプレゼントしよう」
そう呟きながら俺は自室に今度こそ戻ることにした。
フォレノワールのことで頭がいっぱいになってしまった俺だったが、考えても分からないと匙を投げ、天使の枕の力で安眠するのだった。
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