128 尾行
ルミナさん率いる戦乙女聖騎士隊との模擬戦を終えた俺たちは、カトリーヌさんを含めた皆で食堂に来ていた。
厨房では懐かしいデート相手であるローザさんが忙しそうに働いていた。
「ローザさん、こんばんは」
声を掛けるとローザさんは顔を上げ、俺の顔を確認すると笑顔で迎えてくれた。
「ルシエル様、お久しぶりだわね。今日帰ってきたのかい?」
「ええ。それにしても相変わらず食堂は静かですね」
「食事中ぐらいは楽しんで欲しいんだけどね…昔から変わらないけど」
「私が特殊だったんですね。あっ、ご飯はいつも通りに山盛りでお願いしてもいいですか?」
「任せて、ちょっと待っててね」
そう言ってローザさんは厨房の奥へと入っていった。それと同時に俺の後ろからカトリーヌさんの声が聞こえてきた。
「ルシエル君、相変わらずローザさんと仲が良いのね」
俺が振り返るとカトリーヌさんとルミナさんが立っていた。
「まあそうですね…でも普通ですよ。和気藹々としている方が楽しいですからね。仕事も食事も人生も、つまらないよりは楽しい方が良いじゃないですか?」
俺がそう笑いながら返すとカトリーヌさんもルミナさんも笑ってくれた。
二人を含めてやっぱり戦乙女聖騎士隊は美人揃いだと思いながらも、今の俺には花より団子状態となってしまうから関係ないと言い聞かせた。
俺はそんな事を考えながら、ライオネル達の方を見ると戦乙女聖騎士隊の面々と色々な内容で話に花が咲かせていたので嬉しく思った。
後から聞いた話では、帝国の元将軍や獣人達と普通に会話をする機会がなかったとのことで、興味があったみたいだ。
そうこうしているとローザさんから声が掛かった。
「ハイお待たせ。足りなかったらおかわりもあるからね」
「ありがとうございます」
俺はローザさんから笑顔で料理を受け取り、全員が座れる大きなテーブルへと移動した。
俺の正面にカトリーヌさんとルミナさんが座り、少し間を空けて皆が座った。
奴隷といっても俺の従者だからか、はたまた模擬戦で圧倒したからか、戦乙女聖騎士隊の皆はライオネル達と同席することに拒否感はなかった。
それよりもあれこれ質問攻めをして、ライオネル達はやや困惑しながらも、楽しそうに答えている姿が面白かった。
俺もカトリーヌさんとルミナさんに話を振りながら、食事を取ることにした。
「この一年間で変わったことはあまり聞いていなかったんですが、料金設定をしたことで、皆さんが受ける印象が少しでも変わってきたりしていることはありますか?」
「私は教会本部から出ることはないけど、報告では治癒士達はあまりよく思っていないらしいわ。でも治癒士になったばかりの子達は、ルシエル君が教えたように何度も詠唱を繰り返しているみたいで例年にないぐらいスキルレベルの上がりがずっと早いとの報告も上がっているわ」
「私達、戦乙女聖騎士隊も遠征先で価格設定とガイドラインを設けた事で文句を言われるが、どれも治癒士を数年以上勤めていた者達だ。反対に価格が分かっていることにより、今までよりも国民に感謝されることの方が多く、教会支部がある場所では犯罪もかなり減ったらしい」
「何故犯罪が?」
俺は治安が改善する何かをした覚えがなかったので、何故か分からなかったのだ。
「治癒の値段が設定されているから、怪我への恐怖が少しは緩和されて、主に冒険者達のストレスが少なくなったのだろう。強盗や盗賊になってまでお金を稼ごうとする輩も減ったことが要因らしいぞ。他国に所属している知り合いの治癒士もそう言っていた」
「思っていたよりも料金改正やガイドラインが受け入れてもらえているようで安心しました。駄目ならまた新しい手を考えないといけないところでした。教皇様からもそのことについては一切連絡がなかったので、少し不安もあったんですよ」
俺は苦笑しながら、食事を口に運ぶ。
「ガイドラインは教皇様や大司教様達に加えて、私も聞いているので安心していいわ。それよりイエニスに行ってデスクワークが凄かったと聞いたのだが、鍛錬は続けていたのだな」
「それは安全に暮らすために必要な努力でしたから。それに従者が模擬戦好きなおかげで、鍛錬をしない日が殆どありませんでした」
俺がそう答えた瞬間、カトリーヌさんもルミナさんも真面目な顔でライオネル達の事を聞いてきた。
「……本題だが、何故ライオネル将軍が従者となっているのですか? そもそも何故奴隷となっていたんですか?」
「彼は戦鬼将軍と名を馳せた帝国の英雄だぞ? 彼が居なければ周辺諸国がイルマシア帝国にこれだけ早く飲み込まれることがなかったとも言われている程の人物よ」
カトリーヌさんもルミナさんもライオネルを知っていたのだ。
二人が称えるぐらいだからライオネルが将軍をやっていたときは、その力が凄かったのだろう。
普段から普通クラスではないと分かっていたが、実際に知り合いがその凄さを語ると改めて実感させられる。
「信じられないかも知れないですが、ライオネルもケティも奴隷商で売られていたんですよ。特にライオネルは両足が動かない状態でした」
「そもそも何故奴隷を買うことになったのだ? 何名かの治癒士と他に神官騎士が数名付いて行った筈」
「スラム街に治癒士ギルドが埋もれていたのと、襲撃を受けたからだったわね?」
二人とも軍人口調なのだが、もう少し柔らく話してもらいたいと思いながら、会話を続ける。
「ええ。考えていた以上に治安が悪かったので、流石に神官騎士の皆さんを不眠不休で警護させるわけにはいかないと思いました。それに自分自身の護衛も欲しくて奴隷商へと赴いたんです。そこで私の威圧を何事もなかったように流したライオネルに目をつけて、運良く私がライオネルの足を治すことが出来たので、護衛を頼むことにしたのです」
「本当に運が良かったわね」
「……奴隷も人であることには変わりない。そのことを忘れてはいけないよ?」
「ええ。奴隷としてではなく、従者として接しているつもりです」
カトリーヌさんやルミナさんにライオネル達から扱いが甘いと言われている事については触れないようにした。
「他国に赴いて聖シュルール協和国が治癒士の総本山であることが分かったでしょう?」
「ええ。最初に着いた街がメラトニで本当に良かったです。イエニスだったら治癒士としての人生が詰んでしまうところでした。今後はイエニスもメラトニのように治癒士に優しい街になっていく事を考えるとなんだか達成感がありますね」
「そうか。そう言えば明日の模擬戦だけど、貴方の従者とも模擬戦をしてもいいかしら?」
ん?なんか話の内容がずいぶん変わったと思ったがライオネル達に聞いてみる。
「ライオネル、ケティ、ケフィン。模擬戦は出来るか?」
「ルシエル様が望めば。私自身としてはメラトニで旋風と戦う前の準備として大変有り難い話です」
代表してライオネルがそう言い放ったが、実力があるからか、文句が出ることはなかった。
ケティとケフィンも静かに頷き、三人の参戦が決まったのだが、俺はカトリーヌさんとルミナさんの目が光ったのを見逃さなかった。
本日の模擬戦闘に完勝してしまったことが、二人に火を点けてしまっていたらしく、数日間の宿泊が決定してしまうのであった。
夕食後、俺の私室はそのままとなっているとカトリーヌさんに教えてもらった為、俺は私室へ、ライオネル達は客間へ移動することになった。
「もう結構遅い時間だけど、試練の迷宮で時間を潰そうかな……あ、フォレノワール達を隠者の厩舎にそのまま入れたんだ。数日間はヤンバスさんに面倒を見てもらうことになるから、一先ず厩舎に行くか」
俺は戦乙女聖騎士隊の訓練場へ歩き出した。
最初に歩いた時は迷路だと感じた厩舎までの道のりを、先程歩いたことで完全に思い出し、もうすぐ聖騎士隊の訓練場へ到着するというところで、前方にエスティアを発見した。
「一体エスティアは何をしているんだ? ……それよりも何故この迷路のような教会を迷わずに移動出来るんだ?」
俺はエスティアの行動を怪しく思い、エスティアにばれないように気をつけながら、距離をとって尾行することにした。
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