126 ルシエルが望むもの
エスティア達はグランハルトさんが連れて行くことになり、魔導エレベーターの前で別れた。
カトリーヌさんの後を俺、ライオネル達、元奴隷の順で続き、教皇様の部屋の前に到着したのだった。
カトリーヌさんがドアをノックしてから用件を伝えた。
「教皇様、カトリーヌです。S級治癒士のルシエル様が帰還されましたので、ご案内致しました」
何故、俺はカトリーヌさんから様付けで呼ばれたのか分からなかったが、それを聞く前に教皇様の声が聞こえてきた。
「入れ」
いつもながら、凛として声が聞こえるとカトリーヌさんが教皇様の私室のドアを開いた。
「失礼します」
「失礼します」
俺はカトリーヌさんの後に続いて入室し、ライオネル達は無言のまま入室した。
教皇様の部屋の中は以前と変わった様子もなく、中央からは顔が見えないように目隠しの仕切りが設置されたままだった。
俺は臣下の礼をとりながら、教皇様から声が掛かるのを待つことにした。
「ルシエル、久しぶりですね。貴方がこの一年間でどれだけ教会のために尽力してきてくれたのか、考えただけでも感謝の念に堪えません」
「勿体ないお言葉です。何とか右往左往しながら、後ろの従者達と乗り越えてくることが出来ました」
「謙虚なところは変わっていないのじゃな。イエニスに於いて治癒士ギルドを立て直し、それを磐石なものにしてくれたことへ対する褒美は何が良い?」
今回報告と言って教会本部へ赴いたが、ほぼ教皇様には逐一報告を入れていた。
その為、俺個人としては褒美内容のお願いをする為だけに、ここを訪れたようなものだったのだ。
そして俺のお願いしたい事は既に決まっていた。
だが、これが通るかどうかは教皇様の気分次第だった。
「……それでは遠慮なく申し上げさせていただきます。一度空中都市である魔法独立国家都市ネルダールへと赴きたいのです」
「……何故じゃ?」
「以前迷宮を踏破したことと関係しております」
龍の封印と精霊が関係しているとは、教皇様とカトリーヌさん以外に言えない。
それとは別に聖属性以外の魔法を覚えることで、遠距離からの攻撃を可能にしたいという俺の願望が含まれている。
「……直ぐには無理ですが、それでも構いませんか?」
「はい。直ぐにと焦ることではないのですが、早めに入国出来る様に手配して頂ければ幸いです」
「……イエニスの迷宮が活発になってきていること等も関係があるのでしょうか? 周辺の魔物が強くなったりもするでしょうからね……それで、今後はどうする予定なのじゃ?」
「はい。一度メラトニへと赴き、初心に戻り鍛錬してこようかと考えております。それが終わりましたら、もう一度ドワーフの国へ赴き、従者達の武具を回収し、許可が下りていればネルダールへ、無理なら迷宮国家都市へ向かうことにします」
「そうか。ネルダールへの移動手配が出来れば聖都からの移動が可能となる」
「……その言い方だと聖都からしかネルダールには行くことが出来ないということですか?」
「各国の主要都市のみ移動が可能じゃが、ジョブ変更と同じように承認されるには時間が掛かるのじゃ」
「そうでしたか・・・ジョブ変更で思い出したのですが、私は先日治癒士のランクがⅩになりました。可能であれば今回ジョブの昇格をお願いすることも出来ますでしょうか?」
「おおっ! 流石ルシエルじゃ。治癒士をそこまで昇華させるとはな。皆のものは下がるが良い。今からルシエルと二人にしてもらえるか?」カトリーヌさんや侍女達は頭を下げ部屋の外へと出て行く。
同じようにライオネル達も俺の見て頷くと、同じように退出していった。
扉が閉じると教皇様は玉座から下りて、こちらへと向かってきた。
やはり美しいが、何処となくレインスター卿と似ていると思いながら、声を掛ける。
「ご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じます。宜しくお願い致します」
「一年前よりも顔が大人っぽくなったな。イエニスの件もだが、ロックフォードを守ってくれたとは、本当に助けてもらっているな」
「あそこにも従者が下りますので」
俺は苦笑いしながら、昇格についてのレクチャーを求める。
「昇格の際、私が何かする必要はあるのでしょうか?」
「ないな。強いて言えば複数ある職業の中から、なりたい職業を選ぶことじゃ」
「別のジョブを選択したとして治癒魔法は問題なく使用できるのでしょうか?」
「……ジョブ次第というリスクはある。今より弱くなったりもする。だが、必ずしも他の職業を選択しないといけないという訳ではないから、そう構えなくてもよい」
「そうなんですか。それならばお願いします」
「それでは座って目を瞑るのだ」
「はい」
俺は教皇様に言われるがまま、座禅を組んでその時を待つ。
教皇様が俺の頭に手を当てると詠唱を紡ぐが、全く意味の通じない言葉だった。
「……目を開けてよいぞ」
体感で言っても一分ほどの時間で声を掛けられた。
「それで昇格可能な職業は何があったんでしょうか?」
「……精霊騎士しかなかったのじゃ。悪いが職業の昇格は当面の間、保留にさせてくれんか?」
普通で言えば精霊騎士なら、レア職であることに間違いないので、喜ばしいことだと思っていたが、教皇様には先程までの元気がなかった。
もしかしなくてもそういうことなのか、しっかりと聞いてみることにした。
「……精霊騎士になると聖属性魔法が使えなくなるってことですか?」
「精霊に聖属性は存在しないから、そうなるな。賢者を予想していただけに非常に残念だが、職業の昇格は諦めて欲しい」
「……さすがに回復魔法を使えなくなるのは痛いので、私としても今のままでお願いしたいです」
「そうか。もしかすると精霊の加護が邪魔をしているのかもしれないが、一昔前の賢者は自動的に昇格していたという話を聞いたことがある。何か条件があるはずじゃ」
龍を解き放って、全精霊から加護をもらえば賢者になれるかも知れないが……それだと命がいくつあっても足りないだろうな。
それよりも回復魔法が使えなくなる未来が一瞬頭を過ぎったことで、そんな未来が訪れた時に備えて対策を考えるべきではないのか?
漠然とだが、俺はそう思い始めるのだった。
「メラトニにいるのであれば、月に一度定期報告を入れるだけで良い。その時にネルダールとの交渉の進捗を話したりすることになるだろう」
「分かりました。あ、そうだ。聴取を開始した五名の元奴隷達のことなのですが、イリマシア帝国が絡んでいますので、何か裏が取れましたら、同じくご連絡をお願い致します」
「ふむ。分かった。あまり無理はするではないぞ」
「はっ。今後も老衰を目標にしながら、教会のために尽力させて頂きます」
「……ルシエル、重荷を背負わせてしまい本当にすまないと思っている。出来ることがあれば私に甘えてもいいのだぞ?」
「ありがとう御座います。これからはそこまで派手なアクションを起こさない予定でおりますが、助けが必要な時は真っ先に相談させていただきます」
「任せるのじゃ」
お互いに笑顔になりながら、珍しく握手を交わして部屋を出ることになった。
教皇様の手は触り心地がとてもよかったのだが、ずっと握っているのも失礼なので、お礼を述べて皇様の私室を出ることにした。
ドアを開いて外に出ると俺は溜息をつきながら、自分の緊張を紛らわすことにしたのだが、感触はそのまま残っていた。
「緊張したぁ~って、カトリーヌさんどうかしたんですか?」
ライオネルへ懇願するように頭を下げているカトリーヌさんというおかしな構図が出来上がっていた。
目の前の現象に口を開いたのはカトリーヌさんではなく、ライオネルだった。
「ルシエル様、聖騎士隊と模擬戦をお受けしても宜しいでしょうか?」
予想を裏切らない戦闘狂と、カトリーヌさんが戦闘狂だということをすっかり忘れていた俺は頭を抱えた。
しかし俺はその打診を断れず許可するしかなかった。
カトリーヌさんの目が本気だったからだ。
俺は死なない、死なせない、これを条件として仕方なく模擬戦を認めるのだった。
お読みいただきありがとう御座います。