124 聖都への帰還
ドワーフ王国を出た俺達は聖都への道を爆進していた。
エスティアと重点的に話をすることはなく、聖都へ到着した後、聴取することを伝えた。
エスティアはドワーフ王国で十日の時を過ごしたが、エスティアの顔や名前をライオネル達が忘れていなかったこともあり、闇精霊が記憶操作したような事実は確認出来なかった。
「手紙ありがとう御座いました。ドワーフ王に渡したら、全く怪しまれることもなく、安全の確保及び食事の提供もしてもらえました」
彼女はそう言って笑顔で感謝してきた。
移動休憩中に俺達……元奴隷達を合わせた俺達は色々な話をした。
家族構成や好きな料理、魔法士ギルドの加入条件などを聞きながら、新たな知識を頭に入れて、自分が既に使えそうな詠唱を聞いた。
「……何故だ?」
火属性、水属性、土属性の魔法適性があるはずなのに、俺はLVⅠの魔法詠唱をしても発動は出来なかった。
まぁこれは予測していた。
ヒールの時も同じように、詠唱をするだけでは、熟練度が上がらなかったからだ。
「……魔力が抜けない? ……熟練度が上がっていない? 何故だ?」
熟練度が一も上昇していないことに明らかな恐怖が湧きあがってくるのを必死に堪えながらの旅でもあった。
「本当に聖シュルール協和国は安全ですな」
「羨ましいニャ」
「適度に食糧となる魔物が生息し、野草がある森や山に囲まれているのもよいですね」
なんだかデジャブ感のある会話だな
俺はそんなことを考えながら道を進み、思ったことを口にした。
「ドワーフ王国やロックフォード周辺に村もないのは何故だろうな」
「町などは勿論だが、村を作るにも、その国の代表……この聖シュルール協和国であれば教皇の許可が必要となります」
「好き勝手に作れないのは、それだけ利権の問題があるからだニャ」
「ライオネルやケティのいた帝国は?」
ライオネルとケティは、帝国の自治権について詳しそうなので、聞いてみることにした。
「帝国は皇帝と公爵家が帝国全体の舵取りをしています。侯爵家と伯爵家が領地を運営しながら、派閥の子爵家、男爵家に細かな領地運営をさせています」
「実際は急に発展し過ぎて、舵取りが出来ていないのが現状ニャ」
「帝国はライオネル様達のように、志が高い方々が、どんどん罠に陥れられているニャ」
二人は現在の帝国を嘆いていた。
帝国内部が腐ってきていることは分かっていたが、これほどだとは思わなかった。
「帝国にも巡業される時が来るかも知れませんが、あそこには当分近寄らない方が良いでしょう」
「ライオネル、怖いことをサラリと言うな……確かに当面は帝国に行く予定がないとはいえ、裏であれだけ暗躍しているとなると、流石に何か手を考えないといけないかもな」
帝国には優秀な軍師がいて、内側から腐らせていく策略を張り巡らさせている構図しかみえない。
元々情勢がどうなっていたのかさえ分からない俺が、全てを知ろうとすることは難しいけど、国とは別に穏やかに暮らしたいんだけどなぁ。
日が暮れ野営の準備をしながら、ライオネル達と話しをしているとエスティアが顔を出した。
「ルシエル様、何か手伝いますか?」
「いや、大丈夫だ。それより馬車の中はどんな状態だ?」
「外の見た目からは想像が出来ないほどの広さがあって、あまり揺れないので、身体が痛くなることもありません」
「そうか、ならいい」
そこで会話を切ったのだが、エスティアが去ろうとはしなかった。
「まだ何か用があるのか?」
「……あの、ルシエル様が乗られている馬なのですが……」
「何故ここでフォレノワールが出てくる?」
話を続けるにも、話が飛びすぎて理解に苦しんでいるとエスティアは再度決意したような感じで話し始めた。
「あの馬からはとてつもない力を感じます。どこから連れて来られたのですか?」
「フォレノワールはとても優秀で優しい馬だぞ。聖騎士が乗っている馬の中から、唯一俺をしっかりと乗せてくれたのがフォレノワールだったから、教皇様に無理を言って頂戴したのだ。何か気になる事でもあるのか?」
「……何故かは分からないのですが、あの馬に見られた時から不安がないというか、孤独を感じることが薄れたような気がしていて……」
「フォレノワールは頼まれても譲らないよ。教皇様から頂戴したというのもあるけど、それ以前に俺の相棒だからね」
俺が笑いながら言うと後ろからクスクス笑う声が聞こえたが、別に笑われても思っていることを伝えただけだから問題はない。
「分かりました。すみません無理を言いまして。あの、それで私は聖都で聴取が終わったらどうなるのでしょうか?」
「精霊魔法剣士がどういう職種で、どんな経過を送り過ごして治癒士ギルドに所属していたのか、その問いにしっかりと答えて、奴隷になった経緯をしっかりと伝えればそれでいいと思うよ」
「そうですか。ルシエル様たちも立ち会われるのですか?」
「それは教皇様の判断になる。何もなければ俺たちは行きたい街があるから、そこへ向かうさ」
「そうなのですか。分かりました。皆さんにもそう伝えますね」
エスティアは元奴隷の輪へ戻っていった。
「彼女には不安の色が見て取れましたね」
「……奴隷の解除はしたけど、帝国で育てられていたのなら、誓約にかかっていてもおかしくはなかったりするか?」
「断言は出来ないニャ。少なくてもライオネル様の側近で誓約を受けた者はいないニャ」
ケティの声に対して、俺はライオネルの方に向いてからライオネルに問うた。
「ライオネルは人体実験や奴隷について調べていたら、部下に狙われたんだよね?」
「そうなります」
「 エスティアみたいに、身体の弱い子供を小さな頃から育てられる施設があるのを知っていたか?」
「将軍であろうと軍人が全てを把握させてもらえる程、帝国は一枚岩ではないのです。
まして貴族なら、大きくなる領地を狙って野盗を差し向けたりもして、魔窟となっている次第です。
誰が何をしているか、その諜報する作業も普通ではないのです」
「よくそれでまとまって戦争が出来るな」
「戦火を上げた場合、土地の代わりに金を集めて上納すれば、皇帝に伯爵まで陞爵が認められております。武に優れていずとも知略が得意なものも同等なのです。平民からも叙爵される機会はあります」
「……イエニス然り、ドワーフ王国然り、知略家が起こした騒動だったりするのか?」
「間違いないでしょう」
「……俺のことは既にばれていたりするのか?」
「するでしょうね。ただ以前も申し上げた通り、表立って攻撃してくることは考えられません」
「そうなると当然ライオネルやケティのこともバレているってことだよな?」
「ええ。奴隷として一緒に同行していれば、報復を恐れてむやみやたらに襲われる心配はありませんからね」
帝国の問題が終わるまでライオネル達を奴隷から解除できない根本的な理由が分かった。
どうやらライオネル達から少しは信頼を得ることが出来ているのだろうと思いながら、夕食を完成させていくのだった。
翌日、聖都に到着するまで一日を切ったことを伝えて、元奴隷達には冒険者登録をすることを厳命した。
そうでないと身分証明が作れないからだ。
料理の師匠となってくれたグランツさんに彼らをお願いしようと決めていた。
「聖都を発つとようやく旋風と再戦出来るのだな」
「そうなる。もしかすると数日間は聖都で過ごすことになるだろうが、メラトニに行くのは間違いない。俺も少し自分のことを見つめ直す良い機会にしたいと思うしな」
「私も戦ってみたいニャ」
「師匠もライオネルと同じぐらい戦闘狂だから、放っておいても戦闘になると思うぞ。もちろんケフィンもだ。俺たちがメラトニへ着く頃にはガルバさんも戻っていると思うからな」
「……死なないように頑張ります」
「ガルバさんの扱きって、そんなに大変だったのか?」
「……何度か走馬灯を見ました」
「何だ、普通じゃないか。メラトニにいる時は毎日そんな感じだったぞ」
「えっ?」
「なるほど。だからですか…」
「痛みに鈍感なんじゃなくて、それが日常だったからかニャ」
俺の一言にそれぞれが色んな反応を示したが、スルーすることにした。
「聖シュルール教会は人族主義が多い。
ケティとケフィンは何か仕掛けられたら、やり返して良い。
絶対に負けるな。
何か言われたら、俺の従者だと言え。伝えても駄目なら、教会の外で暮らせる様に冒険者ギルドで待機していてもらう」
「冒険者ギルドは平気なのかニャ?」
「冒険者も人族が多いのでは?」
「一年ではそこまで変わってないと思うけど、酷い行いをしてきたとは思ってないから何とかなるさ」
「二人のことはわかりましたが、私は?」
「ライオネルは、もしかすると聖騎士隊と訓練してもらうかも知れない」
「それは良い考えですな」
「ライオネル様だけズルイニャ」
「俺は冒険者ギルドで情報収集をしておきたいと思います」
「ケティも少しの間、頼むよ」
「仕方ないニャ」
元奴隷達が普通に働ければいいが、どうなるか分からなかった為、監視を付けることにしたのだった。
それからも色々な話をしながら進み、空が茜色に染まる頃、漸く俺は一年と少しぶりに聖都へと帰還するのだった。
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