123 ドワーフ王国とレインスター卿
ドワーフ王国に着くまで、魔物は一切出なかった。
空中に飛んでいる魔物も遠すぎるためか、何か仕掛けがあるのか、襲ってくる気配も無く、洞窟に到着して進んでいく。
「魔物がいないな」
「あれだけ倒しただけではなく、やはりあの女王蟻が原因だったのでしょう」
ライオネルの言葉に頷きながら、暗い洞窟の通路をライトで照らして入っていく。
「少し待ってもらっても良いじゃろうか?」
ドランはドワーフ王国の入り口を抜ける寸前で俺達を止めた。
「気分が悪いのか?」
「……いや、震えがするだけじゃ。あの日ポーラまで巻き込んでしまったことが、今でも忘れられんのじゃ」
「お爺……」
ドランはポーラの頭を撫でて深呼吸すると顔を叩いた。
「待たせた。行こうか」
俺達がドワーフ王国に着くと、俺達……というよりはドランとポーラのことを見つけたドワーフ達が騒ぎ出した。
「偉い人気だな」
「王国とはいっても狭い国じゃからな」
ドランは照れくさそうに笑った。
俺たちはそのままロックウェル王が居る王の住処へと向かった。
「前に来たときは受付なんかも無かったんだけど、普段はあるのか?」
「そういった形式ばったものはない。ロックウェル王はドワーフ族皆兄弟と謳っている」
「それなら・・・」と俺が話しだそうとしたところ、何を言いたいか分かったようにドランが話しだした。
「ワシが打った剣は、このドワーフ王国の責任問題になるところじゃった。なんとかそれだけは避けようと断腸の思いでワシを奴隷とする事で責任を果たし、きっとその上でさらに賠償したのじゃろう」
「王の力でお咎め無しには出来なかったってことか?」
「いや、身内だからじゃろう」
「はっ?」
「ロックウェル王の父……先代の王はワシの弟じゃ。
鍛冶士の道へ進むと決めたワシは成人を迎える前に家を出た。
そして放浪し師の下でグランドの兄者と共に修練続けた。
それから暫くして父の死を知り、次代の王に弟がなった事を知ったのじゃ」
「じゃあドランもポーラは王族ってことになるのか?」
「そんなことになっていることもあったかもしれない」
ドランは笑ってそう言いながら頷いた。
通路を歩いていくと、怒鳴り声が聞こえた。
その怒鳴り声が聞こえてくるのは謁見の間からだった。
「これってロックウェル王の声か?」
「もう片方は……」
ドランは謁見の間の扉を開けた。
「誰も入ってくるなと命じたハズ……だ。ドラン伯父上?!」
「のっぽのポーラもいるじゃないか」
ロックウェル王とアレスレイは怒鳴りあっていたことなどなかったように、ドランとポーラを凝視していた。
「二人とも俺が奴隷商から買って、十分に俺の為に尽くしてくれたから、奴隷から解放をしたんだ。今では俺の魔導具開発責任者として雇わせていただいている。さて、ロックウェル王よ。謝るか謝らないかは任せる。ドランも言いたいことがあるなら、伝えるのだ」
「S級治癒士だがなんだか分からないが、調子に乗りやがって」
アレスレイがこちらを標的にし、罵声を浴びせたときに、アレスレイの影から人影が出来て、口を押さえた。
「あんたいつにも増してうるさい。ロックウェル叔父ちゃんとお爺の話の邪魔」
アレスレイを押さえつけたのはポーラのゴーレムだった。
「ポーラちゃん、世話をかけるな。ドラン伯父上、ご無沙汰しております」
「ロックウェル王よ、ワシが失敗したせいで、本来はしなくても良い苦しみと、迷惑をかけた。すまん、この通りじゃ」
謝罪したのはドランの方だった。
「伯父上、謝らねばならぬは、あの仕事を選らんでしまった私なのだ。伯父上が謝ってくれるな。それにあの時、ポーラも一緒に売りに出したことは本人に頼まれたとはいえ、やはり許されるべきことではない」
「売ってくれたおかげで、ずっと一緒」
「……ポーラを売った時は非情な男だとも思ったが、そうでなくてはドワーフの王は務まらん。
もし懺悔の気持ちがあるなら、そんなものは捨ててしまえ。
ロックウェル、主は王として成すべきことを成したのだ。
それでも個人として謝罪の気持ちがあるのなら、謝罪を受け全てを許す」
「……伯父上………全てを押し付けてしまい、本当に申し訳なかった」
ロックウェル王は泣いていた。
アレスレイはそれが信じられないようだった。
あれだけ傍若無人な態度をとっていた人物が、泣くということはずっとストレスを抱えて生きてきたのだろう。
きっと傍若無人な態度は、王として自信がある事を周りに示したくて徐々にそうなっていったのであろう。
重圧がかかり、助けてくれる人が居なかったら俺はイエニスでどうなっていただろうか?
一年でイエニスから出ることも出来なかっただろうし、治癒士ギルドの立て直しも時間が掛かっていたかも知れない。
そう考えると、ロックウェル王には同情してしまう。
部下や息子を制御出来なかったし、迷惑もかけられたけど、ドランやグランドさんが居ればもっとドワーフ王国は変わった形で発展していたのかも知れない…俺はそんなことを考えていた。
「ウウーウーウウーウ」
アレスレイは体をジタバタさせてポーラの作ったゴーレムから逃げようとしている。が、逃げることが出来ずにいた。
「……ロックウェル王よ、大体のことは聞いている。もし後継者を変えるなら……数年待ってもアレスレイが変わらないなら、それも認めよう。責任の半分はワシが持つ」
ドランは残念なアレスレイを見てそう告げた。
「……やはりそう思われるか? ゴーレム制御はドワーフが得意とするものでもある。それを分解出来ないとなると……またいつ魔物が襲ってくるとは限らないので、不安なのです」
「ふむ。しっかり五年後にアレスレイが成長していなければ、次期後継者としてドワーフ王を選抜するのも良いかも知れんな」
「仕方無いのかもしれませんね」
ロックウェル王はドランに気を使いながら話しをして、アレスレイを見つめるのだった。
「それが解けないようじゃ、もしかすると私が女王?」
首を傾けたポーラがロックウェル王とドランの会話に入ってきた。
アレスレイは酸欠し、気絶している。
「はぁ~情けない。情けないのは私も、か。実は宝物庫の中だが、どうやらグライオスの奴が持ち出して居たようで、無くなっているものが多々ある。ドラン伯父上に持ち出すものはお任せします」
「ドラン、価値があるものではなく、俺たちが求めているものがあればそれで良いし、無ければ不要だ」
気絶したアレスレイを置いて俺たちは宝物庫へと移動するのだった。
ドワーフ王国の宝物庫は、玉座の後ろの扉を開けて直ぐのところにあった。
「施錠はされていないのか?」
「魔力認識が必要になっているから、通常は開くことが無い。グライオスとアレイオスには、万が一私が死んでしまった場合を想定して、設定をしていたんだ」
まぁ当然の処置なのかも知れないな。
ロックウェル王が扉に手を触れると、まるで龍の門のように扉に光がはしり、模様を描いていった。
そして模様が光って扉が開くところまで一緒だった。
「この門を作ったのは?」
「……人族の英雄でレインスターだ。ドワーフ王国を衰退させたとされる人物でもある」
……あの人の能力は空中都市を作ってしまうぐらいだから、門については納得出来るけど、何でドワーフ王国を衰退させたんだ?
俺はレインスター卿が何をやらかしたのか聞きたくなったので、聞くことにした。
どうせ三百年以上昔の話でもあったからだ。
「レインスター卿がドワーフ王国に何かを仕掛けたんですか?」
「……まずロックフォードがある場所は元々鉱山だったのだ。それを凶悪な魔物を倒すためにレインスター卿が放った魔法により鉱山を無に変えた。当時のドワーフ達は逆らったら殺されると恐怖したらしい」
……フェイクの町があるところが、レインスター卿が山を抉って出来た場所だったなら、ドワーフ達が怯えるのも分からなくはない。
「……レインスター卿が凄まじい人物だってことはわかりますが、それだけでは衰退になりませんよね?」
「その後はドワーフ王国に来たレインスター卿が、新しいものを作る技術提携を持ちかけ、ドワーフが苦手だった商売を引き受けて、ドワーフ王国にはその技術を伸ばしてもらいたいと告げたらしい」
「なるほど。ものづくりに昔から特化していたけど、接客には……今も向いては無さそうですからね」
「それからレインスターがロックフォードを作るまでは、活気に満ち溢れたらしいが、ロックフォードには多くの研究者や開発者が集まり、ドワーフ族も例外ではなかった」
「……技術者が流出したから、衰退したとでも?」
「……残念ながら、この国に残ったのは閉鎖的なドワーフ達だったと文献記録にはある。ドワーフが閉鎖的なのはそんな感じだ。さぁ選んでくれ」
「ドラン、何でも良いぞ。自分の為に選べ」
ドランは頷くと宝物庫に入って行った。
そして直ぐに固まり、こちらを…正確にはロックウェル王に目を向けた。
「何故、何故これがここにあるのだ!」
「失敗したとしても、それには可能性が残っていると感じたからです」
ドランの怒気の篭った声に、ロックウェル王は問題ないと言わんばかりに、答えた。
ドランは宝物庫から一本の剣を取り出した。
その剣は片手剣でも大振りに入る剣だった。
「ルシエル様、こいつを宝物庫からもらっても……いいでしょうか?」
「……話の内容から察するにはそれが、奴隷になった時打った剣なのか?」
「……はい」
「そうか……それを…過去を引きずらないと約束出来るのなら、宝物庫からもらうものはそれにしよう。ロックウェル王、あれを貰い受けるがいいか?」
「伯父上の頼みでもある。断る理由はない」
「ありがとうございます」
俺が許可し、ロックウェル王からもすんなり許可がおりた。
以前、ドランとポーラを奴隷にしたことをとロックウェル王が後悔しているとグランドさんは言っていた。
だから、失敗作の剣を宝物庫に大事に入れておいたのだろう。
少しこの空気を変えたい俺はエスティアを含めた元奴隷達に会いにいくことにした。
「さてと、元奴隷達とエスティアの元に案内してもらえるか?」
「元奴隷達なら、仕事をしているものと罪を犯して閉じ込めているものがいるが?」
十日で罪を犯すとか何を考えているんだ?
「犯した罪というのは?」
「魔法で人を傷つけようとしたり、人の物を盗んだりだな」
「誓約したのに、それでも罪を犯すのは唯の馬鹿ではないか……一旦話を聞いて、発言に救いようがないなら、ドワーフ王国の法に基づいて処理は任せても?」
「それで良いのか?」
「ああ、奴隷解除しなければ死んでいた。だから助けたんだが、罪を犯して欲しくて命を助けた訳じゃない。悪いが罪を犯したものから会わせてもらえるだろうか?」
「分かった。では付いて来てくれ」
宝物庫の扉を閉じるとロックウェル王は移動を開始した。
俺はドランから宝物庫から出した剣を受け取り魔法袋へしまうと、ロックウェル王の後に続いた。
すると謁見の間にまだアレスレイが寝ていたので、ロックウェル王はアレスレイを抱え、謁見の間を後にする。
廊下を歩くと直ぐにドワーフの従者達が現れたので、ロックウェル王はアレスレイを任せると、奴隷部屋の隣にある扉を開いた。そこには地下への階段が存在していた。
「ここだ。少し臭うが我慢してくれ」
「浄化しても?」
「好き好んで臭くしているわけではないから、臭いが無くなるなら頼みたい」
「了承した」
俺は浄化しながら、階段を下りていく。
前を歩くロックウェル王の後をライオネルが歩き、俺の両脇をケティとケフィンと隊列を組んでいた。
いつの間に隊列を組んだのかは分からなかったが、優秀が従者だと自分を納得させて、浄化を続けていると、牢が見えてきた。
俺はドランに話掛けた。
「ここの牢って、イエニスで作ったものと良く似ているな」
「一緒のものじゃ。牢は固く作られておる。ポーラが造った牢は魔道具を生成して、身体能力低下、減退といった効果に魔法封印もされておる。でもこちらがオリジナルになる」
「そうなのか」
俺はポーラのプチ自慢を挟んでくるあたり、すっかり元のドランに戻っていると安心した。
そんな会話をしていると罪を犯した者たちがいる牢へ到着した。
その面子を見ると、エスティアはいなかった。
居たのは元々犯罪奴隷だった者達だった。
「再犯率って高いのか?」
俺はそう呟きながら、念のために一人一人の話を聞いていくが、事実を捻じ曲げて喋れないように誓約してからだったので、突っ込まれれば嘘は言わずとも黙秘する形になった。
彼らはドワーフ王国の奴隷になるだろう。
「時間を使わせて申し訳ない。彼らはロックウェル王に全てを委ねることにする。次に罪を犯していない元奴隷達に会わせてください」
「犯罪者達は奴隷に落とすが、良いか?」
「ええ。命を救ったのに、十日という期間で直ぐに罪を犯すのですから……今の俺では完全に力不足だということです」
彼らに新たな道を示してやれれば、未来が変わったのかも知れないと思いながらも、人を裁くことなど俺に出来るときが来るのか……俺はそんなことを考えていた。
元奴隷達の休憩所の扉を開くと八人の元奴隷が居た。
「元奴隷の皆さん、突然ですが、このままドワーフ王国で働くか、聖都まで俺たちに同行するかを決めてください。聖都まで赴いた後は、保護することはありませんが、前回の討伐費及び救済金として銀貨二十枚をお渡しします。但しそれ以上の援助はありません。ドワーフ王国での仕事が何かはわかりませんが、この十日間の内容があなた方の仕事になります」
「俺は連れて行ってくれ」
一人が手を上げると、どんどんと続いていき八人中六人が聖都に向かうことになった。
「では残りの二人は、ロックウェル王が責任を持って食事など与えてくれると思うから安心してくれ」
俺はロックウェル王を見ながらそう告げると、苦笑しながらも同意して頷いていた。
そこへエスティアと、元奴隷の治癒士達と、元奴隷達が姿を見せた。
どうやらドランと一緒に俺が来たことが伝わったらしく、軽く息切れしていたが、何故か皆が笑顔だった。
そして先程言った条件をもう一度伝えた。
「エスティア含めて、治癒士四名は奴隷になった経緯を聴取する必要があるから、一度本部へ強制的に連れていくことになる。さて君達はどうする?」
意外なことにドワーフ王国でそのまま働きたいという元奴隷が多く、半数の五名が手を上げた。
「ロックウェル王、元奴隷ですが、宜しくお願いします」
「承った。ドワーフ達と同じ待遇として扱う」
するとドランはロックウェル王に話掛けた。
「ロックウェル王よ。ドワーフ王国は長期に渡り、外との交わりをして来なかった。もし外と交わりたいと思っているのあれば、イエニスか、ルシエル様の所属している聖シュルール協和国にすると良いじゃろう」
「ドラン伯父……ルシエル殿、その時は口利きを頼めるか?」
「不遜な対応をしないと誓ってもらえるならですね」
「これは手厳しい」
俺たちは和やかに全ての誓約を終えた。
「今度来るときはうまい酒でも持ってくるので、ちゃんともてなしてくださいね」
「土産が火酒なら、喜んでもてなさせてもらおう」
俺はロックウェル王とがっちり握手を交わし、こうしてバタバタになったが、ドワーフ王国に再び訪れることを約束し、元奴隷達と共に聖都へ向けて出発をするのだった。
お読みいただきありがとうございます。
レインスターもまさかドワーフに畏怖されているとは、夢にも思っていなそうですね。