121 エスティアの過去
俺達がドワーフ王国へ続く洞窟を出ると、辺りはすっかり明るくなり晴れていた。
「それで何故、待ち伏せをしている?」
洞窟の入り口にはエスティアが居た。
「……私がわかるんですか!?」
「エスティアだろ? 俺はお前を疑「よかったよ~」っている?!」
エスティアは号泣し始めた。
「……ルシエル様、この者がエスティアとやらなのですか?」
「……ただの小娘ニャ」
「……俺達も本来は知っているんですか?」
やはりライオネル達はエスティアの事を全く覚えていなかった。
それよりも奴隷になった時点で、気がつかれないなら逃げ出せたんではないか? 俺のエスティアへの疑念は深まるばかりだ。
しかし涙のあとが残っている……いや、演技でも泣けるものはいる筈だから、気を緩めることなんて出来ないぞ…俺はそんなことを考えながら、話し始める。
「こいつがエスティアで間違いない。泣いたところで、エスティア、お前への疑惑は晴れない。何故、元奴隷達と一緒に奴隷の休憩部屋にいなかった?」
「久しぶりに闇の精霊さんが顕現して力を使ったら、皆さん、私の事を忘れてしまって……」
「それで?」
「闇の精霊さんが怒って皆さんを攻撃しようとしたから、その場を離れたのです」
「闇の精霊はどうした?」
「洞窟内か、夜にならないと姿を現すことが出来ません」
もっともらしいな……だけど、危なすぎてロックフォードへ連れていくメリットが一つも無い。
「まぁ奴隷でもないのだから、頑張って生きろ」
「助けてください」
エスティアのその表情は本当に切羽詰まった顔をしていた。
このままだと怨まれる危険があると判断して、俺は一応話を聞いてから断ることにした。
「……他の……土の精霊はエスティアのことが怖いと言っていったぞ。どういう訳か説明出来るか?」
エスティアは精霊が怖いと言っていた…そう伝えた途端、身体を震わせ、驚いた表情を浮かべ、また泣き出した。
「私は精霊さん達と仲良くなりたいだけなのに……」
彼女の言い分としては、精霊達を操ったりすることはしたくないらしい。
ただ、身の危険を感じたりすると、無意識に精霊から力を借りられると思っていたのだが、実際は精霊達の力を無断で奪い取っていたのだとか。
「……それが本当なら、かなり危険な存在だな」
「…………」
彼女は俯いたまま固まってしまった。
「闇の精霊に頼めば、力を奪い取らないように訓練出来るんじゃないのか?」
「……いずれ時期が来たら、制御出来るって言われました」
「それは精霊にか?」
「いえ、私を育ててくれた人達です。闇の精霊さんはその話をすると悲しい顔になるから……」
制御出来ないのが普通なのか? それとも……育ててくれた人、か。
俺でいえばブロド師匠みたいなものか。
転生者だとしたら、何処であの戦闘技術を学んだのかが気になる。
「エスティアの歳は?」
「十七歳になりました」
……あれ? 読み違えたのか?
「……いつ精霊が見えたり、話したり出来るようになったんだ?」
「小さい時に……私は昔、いつ死んでもおかしくないぐらい身体が凄く弱かったんです。
そして親から治療が出来るところに行けと言われて……売られた時のことは今でもなんとなく覚えています。
実験と言われて色んな薬を飲ませられたり、熱でも無理矢理剣を振らされたり、いつも傷だらけでした。
それにいつも寂しかった。
それが数年続いたある時に、闇の精霊さんが見えるようになりました。
それから身体の調子も良くなったのです」
……精霊を自力で呼び寄せたということか? それとも元々の素質があった? 飲まされたという薬による効果……あれ?俺は疑問に思った事をそのまま聞いた。
「奴隷で売られたのに、また奴隷として捕まったのっておかしくないか?」
「奴隷から一度解放されていますから」
「…よく解放してもらえたな」
「ある時、奴隷解放をお願いしたら、簡単に応じてくれたので、私も吃驚したのですけど、どうやら闇の精霊さんがしてくれていたのです」
「……ずっと気になっていたのだが、謁見の間から出て行くときに忘却の魔法を使ったのか? その痕跡も残さずに……それに土の精霊が闇の精霊に気がついていなかったのは何故だ?」
「……それが力の代償なのです」
「代償?」
エスティアは暗い顔をしながら、話しを続けた。
「女王蟻と戦った場所で、私の防衛本能が働いて精霊さんの力を使ってしまいました。
精霊さん達の生命魔力を奪ったために、契約精霊である闇の精霊さん以外は力を取り戻すために休憩してしまいます。
逆に闇の精霊さんだけが元気になって、辺りに隠蔽効果が垂れ流れてしまうのです。
代償を分かりやすく説明すると、本来、洞窟を出る頃には皆さんの記憶から、私が抜け落ちてしまう筈でした。
それがどういう訳か、ルシエル様の記憶にだけは干渉することが出来ませんでした」
その目は嘘を言っている気はしなかった。
ただ彼女が信用に値するかを俺は測り兼ねていた。
脅威が無ければロックフォードに連れて行く選択肢もある。しかし俺は彼女をそこまで信用することが出来なかった。
「エスティアを救いたい闇の精霊が暴走しているのか、それともエスティアが無意識に暴走しているのかは分からない。
命のやりとりが無い世界なら、それでも良いと考えることも出来る。けどこの世界では、今の君を直ぐに連れて行くことなど出来ない」
「……そうですよね。奴隷から解放してくれたのですから……それだけでも感謝しています」
無理矢理に笑顔を作ったエスティアを見ながら、この決断が正しいのかどうかやはり悩んでしまう。
どうすることが正しいのか、情報を得るまで先延ばしにすることにした。
「この剣と盾を君に貸しておく。それとロックウェル王に一筆書いて、ドワーフ王国で待機出来る様にするから、それまで待っていてくれ」
「えっ?」
「料理が作れない者を捨ておくほど、非常ではないつもりだ」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
俺はエスティアにお礼を言われながら、魔法袋から羊皮紙を取り出し、ロックウェル王へ手紙を書いた。
手紙を書きながら、精霊の考え方や尺度が違うのなら、エスティアを通せば精霊の考え方なども少しは分かるのではないか?
連れて行った時のメリットを考えつつ、もう一度会うことした。
「十日後にまたこの地へと戻ってくる予定だ。それまではドワーフ王国でちゃんと生活をしているといい」
「分かりました。またお会い出来るのを楽しみにしています」
隠者の鍵でフォレノワール達を出して、ロックフォードへ帰ろうとした時、フォレノワールがエスティアの前へと歩み寄っていく。
「な、なんですか?」
エスティアは戸惑いを口にする。
「どうしたフォレノワール?」
フォレノワールは俺の問いかけに応じず、エスティアの前で止まり、顔を覗き込んだ。
時間にして十数秒後にエスティアは膝を突いた。
その後、フォレノワールはこちらに悠然と歩いてきたのだが……。
「何かしたのか?」
「ブルルル」
フォレノワールは首を横に振るだけだった。
だが、エスティアは違った。
憑き物が落ちたように、ただフォレノワールをジッと見つめるのだった。
ライオネルは馬に跨り、ケティ達は馬車に乗り込んで出発の準備が終わり、俺もフォレノワールに跨ると、エスティアに声をかける。
「もし闇の精霊と話せるなら、精霊世界と違って、周りの人から自分の記憶が忘却されることが如何に辛いことなのか、しっかり伝えた方が良いぞ。きっと精霊と人の考えには大きな隔たりがあるはずだ」
「……分かりました。闇の精霊さんに頼んでみます」
「じゃあな」
「お気をつけて」
エスティアに見送られながら、俺達はロックフォードへ向け出発した。
出発してから数分後、俺よりも早くライオネルが口を開いた。
「あの娘がいたのは、たぶんイリマシア帝国でしょう」
「何故そう思う?」
「小さい時に体調を崩すのは、身体に見合わないジョブ適性を秘めていた可能性があります」
「可能性だろ?」
「帝国ではそのような子供を集めて、帝国兵にすることが現在も進められています」
「……どうして?」
「表向きは治療と謳っていますが、本当は帝国兵になることで、連れてきた他国に恨みを抱かせる為です」
「洗脳ってことか?」
「はい。小さいうちならば、洗脳されていることにすら気がつきませんからね」
「……以前、メラトニで同じような話を聞いたことがあるが……」
ボタクーリの娘がそんな感じだったよな。
そう考えると……帝国に売られた奴隷ってどうなるのだ?
「ちなみに他国から帝国に売られた大人の奴隷達はどういう末路になる?」
「一概には言えませんが、他国から他国に流されたり、愛玩として買われたり、子供達を鍛えさせたり……人体実験に使われると噂になることもありました」
「それって、ライオネルが裏切られて件でもあるよな?」
「……ええ、そうなります。帝国の闇は思った以上に根深いのです」
「だが、どうしてそこまで可能性だけで、病気がちな子供を引き取るのだ?」
「……イリマシア帝国の皇帝が、同じ境遇だったからです。弱かった身体が成人を迎えると一変し、特殊ジョブに就いたことで、一気に皇帝の座へと駆け上がりました」
「……それで結果はどうなったのだ?」
「詳しいことは分かりませんが、それなりの成果が出ていると聞いています。特殊ジョブや上級ジョブに就けないと、また他国へ売られると聞いたこともありますが……」
高いお金を掛けて治療や教育を施して売ることなんてあるのか?
次回またエスティアと会う機会があったら、答えてくれるかは分からないけど、質問をしてみることを決めた。
お読みいただきありがとうと御座います。