119 脅威の黒幕
魔法袋五つのうち、三つが限界量にまで達していた。全て蟻の魔物の死骸が溜まったものだ。
これだけを考えてみても、ありえないぐらいの数、殲滅したことが分かる。
全ての魔物を一撃で倒せたのは武器のおかげと、優秀な従者がいたからだ。
そもそも何故俺たちはこんな目に合わなければならなかったのか?
俺は隣で死にそうなくらい青い顔をしているロックウェル王に怒りがこみ上げてきた。
「ドワーフ達には残った魔物の処理を今後してもらう」
俺はロックウェル王にそう伝えた。
「……分かっておる。戻ったら指示を出す」
さすがに反省していることが、その表情や言葉からも分かる。
それとは別に、一人だけ倒れてしまっている状況に納得がいってないことも分かる。
一人だけオーラコートを掛けていなかったからなのだが、瘴気酔いをしていて、未だに立ち上がることが出来ないでいた。
そこへライオネルとケティがドワーフ王国に対しての問題点を上げる。
「ドワーフ王国の問題をキッチリしませんと、下手をすれば禍根が残ります」
「結局、あの二人がドワーフ王国を継げば、ドワーフ王国に未来はない気がするニャ」
俺はそれに頷くとロックウェル王に告げる。
「そういうことで今後、俺達をそういうものに巻き込むのはやめてほしいのだが?」
ロックウェル王は唇を噛み締め押し黙ってしまった。
仕方なく、俺はエスティアに話しかけた。
「エスティアはかなり強いんだな」
「これでも精霊から力を貸していただいていますからね」
「そうか……」
どうもエスティアを見ると、拒否感? が出る。
これはエスティアを信用していないからなのか、それとも他の何かがあるのか、俺には分からなかった。
このままずっとここにいる事はさすがにしたくなかったので、来た道を戻ろうと天井にある穴を見上げて気がついたのは、距離が十メートルくらいあったことだ。
「……さすがに飛べる距離じゃないか」
俺はロックウェル王にディスペルを掛けようと思ったところに、ライオネルから声が掛かった。
「ルシエル様、ロープがありましたよね?」
「ああ。必要か?」
俺はロープを取り出すと、それをライオネルじゃなくケティに手渡した。
ケティが手を伸ばしたからだ。
「ケティ、周りを確認するのだぞ」
「はいニャ。ライオネル様」
次の瞬間、ライオネルが炎を纏わせないで大剣の平にケティを乗せると上に向けて振った。
ケティは大剣の平を蹴飛ばすと、天井の穴を越えて行った。
「俺も行きます」
ケフィンがそう告げるとライオネルは頷き、同じ動作を繰り返すとケフィンも穴から消えていった。と同時にロープが降りてきた。
「おっ、早いな。じゃあロックウェル王、動けるか?」
「ワシが先でいいのか?」
「ああ。閉じ込めたりしたら、首と胴が離れることぐらい分かっているだろ?」
「フンッ、甘いとは聞いていたが、そこまで甘いわけではないのだな」
「周りが優秀だからな」
俺は微笑むと、顔を背けたまま上っていく。
「上りきったらエスティアが次に上り、ライオネル、俺の順で移動する」
「さすがにルシエル様を最後にするのは、いけません」
「考えがある。仮に俺を閉じ込めようとしたり、ここに魔物が出て来たりしても、ライオネル達なら飛んで救出に来られるだろ?」
俺はおどけて見せると、ライオネルは渋々だが了承してくれた。
エスティアが上り、ライオネルが上り、俺がロープに手を掛けるとロープが凄い勢いで引き上げられた。
「クッ」
俺はしっかりとロープを握っていたが、尋常ではその引き上げに肩に痛みが走ったと同時に、空中に投げ出された。
そして俺が見た光景は、ロックウェル王の側近であった部下のドワーフ達と、俺の誘いを断った元奴隷達、傷ついたケティ達の姿とロープを引っ張り上げたロックウェル王の姿だった。
着地すると全員にハイヒールを魔法陣詠唱でかけて、一気に回復させると、ドワーフ達や元奴隷達の驚く顔が見えた。
「……どういう状況?」
「ロックウェル王が上がってきたと同時にこいつらが来て、魔法を放ってきたニャ」
「……ロックウェル王?」
「本当にすまん。この始末はワシがつける。すまんが、奴隷達は頼みたい」
ロックウェル王の息子である グライオスが喋り出した。
「父上。貴方は老いぼれてしまった。何百年も前に一人の人間が、あのロックフォードを魔法で破壊したのは知っています。しかしそれから三百年以上の長い年月、そんな化け物は現れていない。
我等が父上とその人族を殺して、地下から人族を支配してみせる」
「……グライオス、おまえまでもが、私に牙を剝くのか?」
搾り出すように声を出したロックウェル王の言葉にグライオスは肩を震わせ……笑い出した。
「フフ。アレスレイは私が、徐々に歪めてきたんですよ。父上はまるで気がついていなかったようですが」
「貴様、いつからだ! いつからこんなことを考えていた」ロックウェル王は怒りながらもグライオスに詰め寄る。
「もう数年になりますね。もう少し蟻達を誘導して地下を掘らせる予定だったんだけどなぁ~」
「まさかお前……」
「ええ。あの蟻は私が育てていたんですよ。少し数が多くなり過ぎて大変でしたがね」
「ちょっと待て。何故自分の国を滅ぼそうとした」
俺は我慢が出来ずに声を出していた。
「今から死ぬお前たちに話して何になる? おい、コイツらを殺してしまえ。父上にはまだやってもらうことがあるから、殺すなよ」
グライオスがそう言うとドワーフ達は突進、奴隷達は詠唱を紡ぎ出した。
「ケティ、ケフィン、エスティアは奴隷達の対処を任せる。ライオネルは待機」
次の瞬間、ケティ達三人は奴隷達を無力化するために掻き消える。
俺は一つの疑問を持った。
奴隷達は別だが、ライオネル達の実力を知っていながら、何故ドワーフ達に焦りの顔がなかったのか?
それだけが、気になっていた。
奴隷は足の腱や腕を突かれて、絶叫するような痛みを受けても詠唱を止めなかった。
「どんな命令を下したのやら」
俺はそう呟くと同時に魔法陣詠唱で直ぐに奴隷達へディスペルをかけようとした。そこへドワーフ達がこちらに襲い掛かってきた。
「気絶させろ! ライオネル頼むぞ」
「承知」ライオネルは謁見の間と同じく、ドワーフ達を吹き飛ばした。
「グライオス、貴様こやつ等に何をした!」
「ふん、使えないから、使えるようにしてやっただけですよ」
リカバーやディスペルを使うも、ドワーフ達の瘴気が戻ることはなかった。
「くっくっく。どんなことをやっても、無意味だ。父上と一緒に殺してやるぞ! あのローブの男を狙え」
グライオスがそう言い放つと、ドワーフ達は幽鬼のようにこちらへ来ようとした。しかしライオネルが炎の大剣を構えて振ると、ドワーフ達の進行がやや怯んだ気がした。念のために浄化魔法であるピュリフィケイションを唱えると、片っ端から倒れていった。
「なっ、貴様何をした」グライオスは俺に問いかけてきた。
「それはこっちの台詞だ。仲間をアンデッドにするなんて何を考えている」
俺は同種属であるドワーフ達をアンデッド化したグライオスに言い放った。
「アンデッドだと?!」するとロックウェル王は驚きを隠せないでいた。
「父上、何を驚いているんですか? こやつらは私の僕なのですから、どうなろうとも問題ないでしょう」
「許さんぞ、ルシエル殿達はこやつらを頼むぞ」
ロックウェル王は顔色が悪いままで拳を振るうと、次の瞬間、地面が隆起し、グライオスの腹を串刺しにした。
「……馬鹿者が!」
「あれ? 父上ってこんなに弱かったですか?」
グライオスはニヤッと笑いながら、胸に突き刺さった土の刃に触れると、土の刃は跡形も無く崩れ去った。
「?!な、何だと」
「父上、甘すぎますよ。それが貴方の全力なら……なッ!?」
次の瞬間、グライオスは光に包まれていく。
「アンデッドに関しては容赦しないし、何も求めていないから」
俺は奴隷達に片っ端から、ディスペルとピュリフィケイションを掛けた後に、無詠唱で聖域円環を唱えていた。
そしてグライオスを包んでいた光が止むと、そこには倒れたグライオスがいた。
奴隷達を見ると奴隷達はまだ生きていることを確認して、帝国の潜入者以外の奴隷を解放していく。
「何故じゃ、何故ワシに相談しなかったのだ」
ロックウェル王はグライオスに近寄り、身体に触れる。
「……触るな! 何故だと? 俺は父上を怨んでいるからですよ。この先もずっと、ずっとです」
グライオスはそう告げると砂のように身体が崩れていった。
「まさか魔石を喰らって魔人化した私を止められる者が存在するなんて……ついてない」
グライオスが魔石を残して消えていった直後、痙攣して数人の帝国から潜入していた奴隷達が死亡した。
「グライオス、グライオス――!」
ロックウェル王は涙を流しながら、グライオスの名前を呼び続けるのだった。
こうして心にわだかまりを残したまま、ドワーフ王国とロックフォードの脅威を俺達は取り除いたのであった。
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