118 蟻の生態
今まで戦ってきた個体は一撃で倒せてきた。但し上位個体がどれぐらいの耐久値があるのか分からなかった。その為、ライオネルの一撃で判断しようと思っていたのだが、それは判断基準にはならなかった。
「……一撃って」
蟻達はいきなり入ってきた異物に敵対感情を持っていたようだった。しかしライオネルが大盾を構え、炎の大剣で突っ込み一線すると、上位個体は切り飛ばされ、次に動くことはなかった。
いや、正確には動き始めた蟻をケティがライオネルの邪魔にならないように殲滅していた。
「イマイチあの個体の強さが判断出来ない」
「こちらは出来ることをしましょう」
「そうだな」
俺はケフィンと話しながら、高く積まれた蟻の死骸へと走りよっては、それをどんどん回収していく。
寄ってくる蟻の魔物は、俺でも一撃で倒すことが出来る。魔物回収はそこまで無理な仕事ではなかった。
しかし上位個体を任せたケフィンだが、そう簡単に倒せるものではなく、押してはいるものの瞬殺までは出来ないようだった。
「ケフィン、大丈夫か?」
「耐久値が高いですね。間節もしっかり守られていますし……ルシエル様、隙を作るので、その剣で切り捨てていただけないでしょうか?」
さすがに少し戸惑うが、直ぐに了承した。
「……タイミングを教えてくれ」
「わかりました。では殴られたタイミングでお願いします」
「了解」
俺はケフィンのタイミングに合わせることにした。
ケフィンが上位個体に殴られた隙を突き切り込むと、少しの感触があっただけで容易に切ることが出来たのだった。
「ルシエル様の装備って、やっぱり少しぶっ飛んでいますね」
「俺もそう思う。さてと、上位個体が襲ってくるまでは魔物の死体回収だぞ」
「はっ」
俺とケフィンは一山ずつ順番に回るのだった。
「……俺達ってあんまり意味なかったな」
「……向こうが激しく動いてくれていたおかげで、魔物がこちらに襲い掛かってくることがありませんでしたから」
「それにしても強すぎだろう」
炎の大剣を振り回し、通常の個体も上位個体もライオネルはまとめて切り飛ばしていた。
ケティはヒットアンドアウェイで、踊るように一定の距離を保ちながら、順番にライオネルの間合いへと魔物を誘導していたから、時間はそれほど掛からなかった。
俺はその後も魔法袋に蟻の死骸を回収しながら、ここが何だったのかを考え始めた。
次の道が開くこともなく、入ってきたところ以外の出入り口はなかった。
「……もしかして、通路間違っていたのか?」
「ここは食糧庫と考えるのが妥当かと」
「ちょっとあっけなさ過ぎるニャ」
考えている俺にライオネルとケティが護衛の為に近づいて来るのだった。
「杖倒しで運試しなら、きっといい方向を指し示すと思ったんだけどな」
俺はその場でもう一度、幻想杖を立てると手を離した。
これで導いてもらえるとお願いして。
「……どういうことだ?」
幻想杖は倒れることなく立っていた。
「凄いニャ。もしかするとこの下に元凶がいるかも知れ無いニャ」
「ルシエル様の運命に賭けてみるのも悪くないでしょう」
ケティとライオネルはそう言って、目を輝かせるのだった。
「ロックウェル王……この下に穴を開けてくれ」
「……いいだろう。ちょっと離れていてくれ」
訝しげな目でこちらを見ながら、俺に忠誠を誓っているロックウェル王は地面に手を置くと、部屋の中央に円形の穴が作られていく。
そこへエスティアが近寄ってライトを照らすと、三メートルもない下に蠢いている蟻の姿が映った。
「今度はワシが出る」
そう言って穴に飛び込んだのはロックウェル王だった。
作戦を立ててからと思っていた俺も、ライオネル達も誰も止めることは出来なかった。
「勝手なことを」
俺達がロックウェル王の行く先を目で追うと、蟻が蠢くところまでは行かず、その一歩前で膜に弾かれた。
次の瞬間、俺達を見て告げた。
「ここが蟻の魔物が生み出されている場所だ」
このまま帰りたい。
そう思うのは贅沢なことなのだろうか?
俺はそれを自問自答しながら、指示を出す。
「迷宮の主部屋と考えて、進むぞ。その前にあれが女王蟻のお腹だと考え、もしもの為にオーラコートとエリアバリアをかけるぞ」
『はっ』
俺が魔法をかけ終わるとケフィンが声を上げる。
「俺が最初に行きます。状況確認後、場合によってですが、あのドワーフを連れて退却も視野に動きます」
「頼むぞ」
「広さや、敵の数も確認するニャ」
「了解」
そういうとケフィンは下りて直ぐに、舞い戻った。
「どうした? 何かあったのか?」
一瞬で戻ったそのことに吃驚していると、ケフィンは直ぐに下の状況を答える。
「……蟻の発生源で間違いありませんでした。間違いはないというよりは、現在ドワーフの王が乗っているのは女王蟻の背中です。穴が狭くて動けませんが、たくさんの魔物を産んでいるのは間違いありません」
女王蟻が一匹でこれだけの魔物を産むのか? 脅威以外のなにものでもない。
あそこから無数の蟻が延々と発生すると仮定した場合……今ここで放置したら、人類が危険にさらされるぞ。
そう考えるとレインスター卿が迷宮を出来ないようにしたのだから、あの人に振り回されているようなものだ。ただ、さすがに良かれと思って実行したことで、三百年以上先の未来が危険に変わるなんて思わないだろうからな。
「……あれが女王だと仮定する。共食いして進化していくのかは知らないが、今のうちにあれを倒さないと、世界中に蟻の魔物が溢れることになるな」
「一気に腹を破りますか? それとも頭部か、核となる魔石を狙いますか?」
「分担だな。多分頭部に駆け寄ると魔物が現れる。現在地はロックウェル王に任せて、俺とケフィンが魔石、頭部は二人に頼む。エスティアはライト要員で、ロックウェル王と組んでもらう」
『はっ』
危なすぎてロックウェル王は信用できないし、エスティアの実力は一切分からない。
あとで、ケフィン達に調査をしてもらわないといけないんだろうな。
俺の頭にはそんな事が過ぎっていた。しかし時間も無いので早速作戦を開始した。
深呼吸してから下りた蟻の背は、思っていたよりもずっと柔らかった。
……直ぐに蟻の大きさを確認すると、その全長は目算で二十五メートルを超えていた。
背に下りた時に二十五メートルプールよりも広く感じたからだ。
「これって倒せるのか?」
「やれないことは無いですが、色々と湧いてくるから、一気に倒して、ここで倒し続けるしかないですな」
「やるしかないニャ」
「行きましょう」
「はぁ~。よし頼むぞ」
『はっ』
俺達はこうして走り始めた。
ちなみにロックウェル王への説明はエスティアに任せてある。
俺は幻想剣に魔力を注ぎ、ケフィンに誘導してもらい、蟻の魔石がある地点に移動したところで、聖龍の槍に深々と刺す。
これが迷宮だったら、この女王蟻があげた断末魔を最後に魔石に変わる。
しかし、そんな甘い現実などやはり無かった。
体内にいた蟻が女王の身体を内側から食べ始め、この部屋に続く穴という穴から、蟻が女王の死体に群がり始めたのだった。
女王は死んだけど、蟻が内側にいるからか、魔法袋に入れることは出来なかった。
「核となる魔石は回収したけど、女王蟻を食べたら、どれだけ多くの個体が上位個体になるか分かったものじゃない。ロックウェル王は穴埋めか遮断を、ライオネルは女王蟻をぶった切ってくれ。他はサポートだ」
俺は返事を聞かないで、ライオネルに向かって走り出した。
次の瞬間、ライオネルは女王の頭を落とした。
俺はそれを回収しながら、近寄ってくる蟻の魔物を切る。
囲まれてもハイヒールを唱えれば、即死で無い限りは死なない。
ライオネルが輪切りにする度に回収し、魔物が活発になるところを俺、ケティ、ケフィンで倒し続ける。
装備が揃っていれば、もっと楽に終わっていたのではないか?
そんなことが頭を過ぎったけど、今出来ることを精一杯やることで、女王蟻の身体は全て魔法の袋に入れ終わった。大体三十分程だったろうか?
そこからは延々と蟻の魔物を切り続け、ケフィンの武器が何度か折れて死に掛けた以外、誰も怪我をしなかった。
そしてケフィンをも凌駕するエスティアのあの戦闘力に、俺は警戒を強めることにした。
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