117 消えた魔物の死体
ケティとケフィン、元奴隷達が戻ってきたのは、料理を作り終わった頃だった。
野菜などの提供を受け、こちらが香辛料を提供すると、ドワーフのオバちゃん達から黄色い歓声が上がった。
その後、俺は和気藹々と料理談議をしていたのだが、エスティアは完全に料理が出来ないことが分かり、すっかりと蚊帳の外になった。
俺はケティ達に洞穴の状況を聞き始めた。
「中はどうだった?」
「魔物が強くなる方向に進んでいたニャン」
「ただ数が多くその上、迷宮のように魔石を残して消えるようなことはありません。なかなか探索が進みませんでした」
だとすると死骸回収しながら進むしかないのか?
魔法袋を譲渡しようにも・・・奴隷には魔法袋が譲渡することが出来ない仕様になっていた。
ということは必然として魔物回収する役目で俺が行くしかないのか?
いつまでもここに居て、ロックフォードがもし襲撃されてしまったら、目も当てられないし……そう考えるとそれが妥当だよな。
いや、元奴隷達が活躍していれば……。
「……元奴隷達は?」
「残念ながら地上では使えそうだけど、地下では自爆になりそうで使えないニャ」
「中はそれほど広くありません。大人数では連携の確認も出来ませんので、逆に身動きし難い状況になると思います」
「……そうか。元奴隷諸君は休憩後、ここを死守していてくれ」
駄目か……俺の願いは断たれた。
まぁ二人が暗い顔をしていたから分かってはいたけど……。
「俺達は奴隷にまた戻るのか?」
「それとも蟻の魔物の巣に特攻させられるのか?」
怯えている彼らに俺は一つだけ要求することにした。
「しっかりとこの場所とあと二つの穴を守りきれば、悪いように扱わないことを約束しよう」
「良かった」
「絶対死守して自由を勝ち取るぞ」
『オー』
元奴隷達はそうやって盛り上がっていたが、犯罪奴隷と戦争奴隷を野放しにするつもりは一切無かった。
こうして食事休憩の後、俺達とロックウェル王は仮眠をとることにした。
各穴のドワーフ達も交代しながら、食事を摂るように指示しておいた。
そして数時間の仮眠から目を覚ますと俺達は穴の中へと突入を開始した。
「じゃあ行くか。その前に鼻栓いる人?」
ライオネル達は直ぐに手を挙げた。
物体Xを知らないロックウェル王とエスティアは首を傾けた。
「まぁいいか。これはどんな臭いも綺麗な空気に変えるものだから二人も鼻にしてくれ」
俺は全員に鼻栓を渡した。
「本当に俺も中に行かなくていいのか?」
「グランドさんがいれば、ここの守りは安心ですから。それにドワーフ王国の民もそう思っていますよ。元奴隷達はグランドさんの言うことを聞くように! じゃあ、少し異臭がするかも知れませんが、気にしないでください」
「分かった」
こうして俺は入りたくなかった洞穴の中へと突入していくのであった。
「私はこうして光を照らしていれば良いんですか?」エスティアが話掛けてきた。
「ああ。移動中に気になる点や出来そうなことがある場合は直ぐに言ってくれ」
「分かりました」
エスティアには二列目で光を照らしてもらう役目を頼んだ。
先頭は小回りの利くロックウェル王が受け持ち、二列目左からケフィン、エスティア、ケティが並び、一番後ろに俺とライオネルという隊列で進む。
「死骸は多いけど、よく見れば魔物も小さいな」
「確かにそうですね。ですが、分岐路から徐々に大きくなっていきます」
「魔物も現れると思うニャ」
「任せた。分岐路に物体Xを設置して進むぞ」
俺がケティとケフィンにそれを告げると、二人の緊張感が伝わったのか、今度はロックウェル王とエスティアが聞いてくる。
「その物体Xって、それ程なのか?」
「それにそれを置いただけで、魔物が弱体化でもするんですか?」
「ただ臭い。それも魔物が避ける程のものだ。全て終わったら飲んでもいいぞ。ちなみに無駄にすると、賢者様の誓約により罰則が与えられるけどな」
「……そこまでのものか」
「だったら何で広まらないのでしょうか?」
「必ず飲みきらないといけないからだろうな」
「……じゃあ御主は」
「勿論、問題なく飲めますよ」
俺がそう言って笑うと、二人は少し顔を青くした。
まだ臭いを嗅ぐ前からその表情……俺はどう判断すればいいのか直ぐに理解した。そして良い気分でないことも確かだった。
洞穴を進むにつれて魔物の死骸は徐々に増えてきた。
俺は死骸ごと魔法袋に入れるのだが、ここでケティとケフィンが口を揃えて不審な点を述べ始めた。
「おかしいニャ。もっとトドメをさしたはずニャ」
「確かに。こんなに少ないのは、さすがに異常です」
二人が言うにはもっと魔物の蟻にトドメをさしたという事だった。
二人は変に話を盛るタイプではないことから、一定時間放置すると迷宮のように消えるケースと、蟻が持ち帰ったケースを考える。
「……持ち帰っているのかもしれないな。……そう考えると、これから魔物が強くなっていく可能性もある。となれば……死骸回収のために俺が最初から来るべきだったな」
「それは誰もが分からぬこと。現にルシエル様はこうして危険な穴に入っているのですから、誰に恥じることもありません」
ライオネルがそう声を掛けてくれ、全員がそれに同調して頷いてくれたことで、身体が少し軽くなった気がした。
「ありがとう。まずは出来ることをしよう」
出てくる魔物は前衛の三人に任せて、俺はひたすら死骸回収しながら浄化魔法をかけることに専念する。
分岐路へ着いた時、魔物除けとして物体Xの樽を置いて進もうとするところで、一旦止めた。
「ちょっと待ってくれ」
俺はどっちに行けばいいかを神頼みしながら、幻想杖を倒すとケティ達が進もうとしている逆を示した。
「子供っぽいかと思うだろうが、今回はこっちのルートで頼む」
ケティとケフィンはお互いの顔を見合って笑いながら、同意してくれた。
「どっちに行くのも構わないニャ」
「俺達はルシエル様に従いますから」
「ありがとう」
俺は二人に笑いながらそう告げて進む先を決めた。
それをロックウェル王とエスティアは不思議なものでも見ているような顔をしていたが、俺は気にせず進む。
「魔物が多くなってきたぞ」
ロックウェル王がそう口にしたように、分岐路を右へと進んできた俺達の行く手には、弱いが多くの魔物が現れるようになった。
俺はそれをどんどん死骸回収していくが、蟻達は消えた死骸に反応を示していた。
「でも動きが今までのと少し違うニャ」
「……確かに」
その証拠にケティとケフィンも違和感を覚えたようだった。
「この蟻の魔物の多さでは食料もままならないのかもしれない。もし魔物も食事をするなら共食いして、より強くなろうとする個体がいたとしても不思議じゃない」
「……ここは迷宮のように死骸が消えてくれる訳ではなさそうですな」
ライオネルは俺の言葉に引っかかりを覚えたようだった。
「もしかするとこれからどんどん強くなるかも知れないから、気を付けて進むぞ」
『はっ』
そう言った側から、また分岐路を発見し俺は同じように物体Xを仕掛け、幻想杖で進む道を決める。
「徐々に通路が広くなってきています」
エスティアが突然そう言い出した。確かに道幅が広くなってきているそんな気がした。
「どうやら敵の数も増えてきたぞ」
ロックウェル王がそう告げると前衛三人が飛び出していく。
「後方からの襲撃はないようですが、徐々に違う通路からこちらに向かってくる魔物が現れるかも知れませんね」ライオネルが俺にそう告げてきた。
「何故そう思う?」
「王や女王を守るのは組織としては、当たり前なのです。迷宮では上下は関係ないようでしたが、一般的に魔物でも序列があると聞きました」
「情報源は?」
「ジャスアン、ジャイアス兄弟です」
いつの間にか情報収集をしているとは思わなかった。
イエニスの町で、ライオネルも時を無駄に過ごしていなかったことが分かって安心したのと同時に、竜人族に認められるライオネルが凄いと改めて感心させられるのだった。
「さてと、回収しますか」
俺が死骸回収し始めると、蟻達は俺に狙いを定めて襲ってくる。
しかし三人が大半を抑えていることもあり、こちらに向かってくる魔物は多くない。
「俺でも一匹や二匹なら問題はない」
幻想杖を剣に変えて切り裂く。
俺の死角から襲ってきた魔物は、後ろから突かれた槍によって粉砕された。
「慢心は禁物だと旋風に教わったのでは?」
「ライオネルが見過ごす訳がないと信頼していたからな。少し怖かったけど……」
怪我しても一撃で死ななければ、何とかなるという慢心があったことは認めるし、さすがに今回は油断し過ぎたけど、何かあればライオネルが助けに入ると思ったんだよな。
……俺はライオネルのことを本当に信頼し、信用しているんだと痛感した。
「死ぬのは老衰なのでしょう」
「ああ。だから守ってくれよ」
「善処させていただく」
俺とライオネルがそう笑い合って前を向くと、エスティアが震えていた。
「エスティア、怖いなら最後尾から光を灯せ」
「…………です」
俺は襲ってくる蟻を倒しながら、声をかけようとするが、先にエスティアが口を開く。
「男の友情っていいです。あ、今回は主従関係か! 格好がいいです」
全然怖がっている様子はなかった。
「疲れたら言ってください。いつでも私が盾となり、剣となりましょう」
そう嬉しそうにライトを照らすのだった。
俺は彼女がいないものとして、攻略することを心で決めた。
そうして分岐路をさらに二つ進むと開けた場所に出たのだが、そこには二足歩行をする、大型の蟻の魔物が死んだ蟻を食べている姿が、各所で見られた。
「上位種か?」
「少し数が多いニャ」
「相手の実力が読めませんから、一気に叩こうとすると苦戦するやも知れません」
確かに二足歩行の蟻は、他の蟻の魔物とは違い、ゴブリン並に大きくなっていたが、圧力は感じなかった。
「ライオネル」
俺は炎の大剣を渡して、命令する。
「ライオネルは魔物達を吹き飛ばせ、ケティはライオネルの補助、ケフィンは死骸回収する俺の護衛、ロックウェル王はここでエスティアを護衛していてください」
「俺だって戦えるぞ?」
「分かっているが、ここはそこまで苦戦する気が何故か全くしない。だから任せてもらおう」
渋々ロックウェル王は妥協した。
こうして上位個体である魔物との戦闘が開始されるのであった。
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