115 戦闘準備
約束通り俺は部屋にいる者達の怪我を治した……欠損はそのままだったが。
「感謝する」
「追加で料金をいただきますから、ご心配なく。では戦場に向かいますよ。勿論ロックウェル王、あなたにも戦闘へ参加していただきます」
「おおっ! 話が分かるのぅ」
「……敵陣に突っ込むのは、なしでお願いしますよ」
「……分かっておる」
フンッと顔を逸らした姿が、誰かに似ているので、混ぜたら危険の部類だと思いながら、外へと向かうことにした。
「じゃあ早速行きますか。直ぐに休憩を挟みながら蟻を倒していきましょう」
「だったら、奴隷の指揮も任せる。ワシ等にドワーフ以外を指揮することなど出来ないからな」
「承った」
俺達とグランドさん、ロックウェル王と、その側近が廊下を歩きながら、奴隷部屋へと向かう。
戦力は少しでも多い方がいいし、ケティとケフィンに奴隷達の事を探らせることにする。
洗脳されて、洗脳しようとする奴隷達は残念なことになるが、これ以上のリスクを負うことは無理だと判断した。
「では、まず治療済み奴隷達を私の指揮下におきます」
「……御主が遅かったのは」
「既に前線、前線の診療所にいた怪我人は全て治療を済ませました。そのせいで、ケフィンを危険に晒してしまったことは後悔していますが……」
「奴隷を信頼しているのだな」
「彼等は奴隷という立場ですが、望めばいつでも奴隷契約の解除が出来るんですよ。うちの奴隷達は皆、頑固に奴隷でいようとしているだけですから」
「……能力の高い奴隷を、何故解放しようとする?」
「……奴隷になりたくて、なる人はいません。
犯罪奴隷や戦争奴隷は別ですが、それ以外の奴隷は身分が奴隷だからといって、虐げるのは俺の人道から外れるということです。
奴隷の身分だからといって、生き続けることに絶望しかないなんて感じてほしくない。
だから俺のために尽力してくれたものは解放する。
何故と聞かれれば、それは自己満足ということになるでしょう」
「……人族では、それが普通なのか?」
「いや、間違いなく異端でしょう。ですが、そこは人族に合わせる必要なんて無いでしょう?」
「……そうか」
「ちなみに奴隷達は誰の指揮下にあるんですか?」
「……知らんぞ……知っているものはいるか?」
「はい。私が知っています。奴隷の殆どをアレスレイ、そして少数を私が管理しています」
そう申し出てきたのは、グライオスだった。
この場で口を絶妙に挟んできたが……どこか達観した彼の言動に違和感を覚えて俺は告げる。
「ロックウェル王、奴隷は任せてもらっても?」
「……任せる」
「分かりました。皆さんは少々部屋の前でお待ちください。皆はついて来てくれ」
「分かった。手短に済ませてくれ」
俺は治療した奴隷達の部屋へと入室した。
俺が中に入ると、奴隷達の緊張が和らぐ。
これが回復したことに対する対価なら悪くないと感じて、俺は口を開く。
「奴隷の諸君、あなた方にはこれから私の指揮下に入ってもらう。
俺が約束するのは三つ。捨て駒にしない。回復をする。休憩時間を与える。この三つだ」
奴隷達には動揺が広がる。結局戦場へ行かされるのかと、絶望的な顔がいくつも発見出来た。
「君達が尽力することを誓うなら、奴隷契約をこの場で一時的に解除しよう。
私と私の従者達、ドワーフ王に対して、嘘や裏切りの行為をした場合は蟻の巣に特攻を仕掛けてもらう。
勿論、戦闘が出来ない場合の退却は認めるが、逃亡した場合も同様に特攻してもらう。
諸君が誓うなら、先程の三つの約束と一時的な奴隷契約の解除を今から始めよう。
もし嫌なら断ってくれて構わない。その時は私があなた方と関わることは一生ない。
さて、今言った内容を神に誓うなら私の指揮下に入ってもらうがどうする?」
俺がそう告げると、奴隷達はお互いの顔を見て牽制し合っていたが、そこに声が掛かる。
「ルシエル様、私は神に誓います」
見れば顔色の悪い女性が何とか立ってこちらに告げたことが分かった。
その女性は魔力枯渇で寝ていた女性の一人だった。
「わ、私も誓います」
今度は治癒士ギルド本部のローブを着た男性だった。
「貴方達には聞きたいことがありましたので、後で聞くつもりでしたが……いいでしょう」
俺は二人に近寄り、ディスペルを発動すると奴隷紋が消えていった。
そしてディスペルをかけた直後に、それとは別の光が輝いたのだが、奴隷達には奴隷紋が消えたインパクトが強過ぎたらしく、次々と誓うと申し出るのだった。
「それでは名前と特技、魔法を私の従者に告げてください。この後に臨時パーティーを組んでもらうので、嘘は吐かないでくれ」
俺はそう告げた後に眠っていた残り三人も起こして、誓約するかどうかを迫った。
当然ながら、三人ともちゃんと誓った。
「よし。それでは五人は全てが終わったら、話を聞く。エリアバリアや応急処置を任せるぞ。死んでいなければ、私が必ず助けるから、自分の出来ることを徹底してくれ。あと魔力枯渇は直ぐによくならないのは知っているので、出来ることをしてくれ」
『はい』
五名はきちんと頷いた。
彼らが俺を怨んでいる場合も考えられたのだが、今はそういう雰囲気を出す人間がいなかったことにホッとしながら、記入が終わった人にディスペルをかけていった。
一時的とはいえ、奴隷が解除されたことで、感情を爆発させたものがいたが、中には当然暴走する輩もいた。
「馬鹿が、誰が口約束なんて守るかよ……な、身体が勝手に……何をしやがった、チクショー」
そう言ってこちらを人質にでも取ろうと考えたのか、男の身体が赤く光りを放ったと思うと奴隷部屋の入り口を開けて飛び出して行った。
「先程も言いましたが、神に誓約するということを軽く考えると、彼みたいに蟻の巣に単独で特攻することになりますので、良く考えてくださいね」
「あ、あのう、魔力が枯渇した場合はどうなるんですか?」
「前線から退いて休憩してもらいます。怪我をしたなら、回復させます。貴方方の指揮権は私にありますから、私の指示に従ってください」
「は、はい」
「自分の運命は自分で決めてください。無理強いはしません」
俺はそう告げると治癒士の五人を除く二十五人中、六割の十五人が応じた。
「それでは契約してもらった皆さんは、私の部隊に所属してもらいます。ついて来てください」
先程の奴隷が特攻していったところを、一部始終を見られていたが、気にしないことにしていた。
だが、一人の顔色が凄く悪くなっているのを感じながら、ロックウェル王に話しかける。
「この者達だけを借り受けます。他の奴隷、ドワーフ族はドワーフ王国に蟻が侵入しないようにしてください。最前線に赴くのはロックウェル王とグランドさんだけで結構です。後の方々は不要です」
「……そうか、分かった」
ロックウェル王が頷くと外野が騒がしくなる。
「だったら、最前線に来てもいいが、自分の身は自分で守れ」
俺がそう発しただけで、場はまた静寂に包まれた。
ただ俺にはロックウェル王の小さな溜息が聞こえた気がした。
神殿から出ると俺達は、一番蟻が蟻の魔物が多いところへ向かことにした。
「ケティ、ケフィン道案内を頼む」
『はっ』
「ちなみにロックウェル王の武器は?」
「ワシにはこの身体が武器よ」
そこには手甲付き手筒が装着されていたが、普通のものではなかった。
「それは?」
「アダマンタイトと金剛石で作られている、ワシの武器だ」
「それで突撃するんですか?」
「これだと間合いが遠い奴には勝てない。だからこの延長として、さっき土壁を作ったみたいに、使うわけだ」
「ゴーレムを纏うことなどは?」
「それは子供の時にやったことはある。ただ魔力制御が追いつかず途中で魔力枯渇してしまった。それ以降は封印している」
「蟻は倒せますよね?」
「囲まれなければ如何とでも出来る」
巣穴に突っ込みながら、グランドさんとロックウェル王の二人に戦うところを拡げてもらえれば問題ないと考え、ライオネルが先程戦った場所へと俺達は向かう。
「ロックウェル王だぞ」
同じような声が前線の兵達に伝わり始めた。俺は周りのドワーフ達へ現状の説明が必要だと判断し、ライオネルに数分一人で蟻の相手を頼むと嬉しそうに駆けていた。
その様子を見ていたロックウェル王が、最前線に着く前で口を開いた。
「これよりドワーフ王国を防衛しながら、敵陣に切れ込む。御主達は与えられた現場を死守しろ。
また、ここについて来た奴隷だった者達は聖シュルール教会のS級治癒士が奴隷から一般市民に戻したから、命令はするな。
協力を仰げ。これからワシも最前線に赴く。ここの指揮はS級治癒士ルシエル殿が執る。皆はそれをワシの言葉だと思って従うように」
ロックウェル王は楽しそうに大剣を振るうライオネルの隣に走り出して、蟻を潰し始めた。
二人の戦闘狂が圧倒的な力で蟻の魔物を粉砕していく。
それを見た兵士達はポカーンと口を開けるものが続出したが、俺はゆっくりと最前列に向かって振り返ると、柏手を打った。
次の瞬間、一斉にこちらへと注目が集まった。
「今からやることを簡単に説明する。
大量の魔物を倒しに行く班、防衛の班、地図作成班、衛生班、食料班に分担する。
現在あそこで戦っている二人はここ防衛班のリーダーだ。
そして私の従者で猫獣人のケティが魔物を倒す班のリーダーとなり巣穴へ進入していく。
また地図作成班は同じく従者のケフィンをリーダーとし、ケティ隊と進みながら、巣穴の状況を確認していく」
ドワーフ達には戸惑いの色が強く出ていた。
王が決めたとはいえ、いきなり話し始めた俺に戸惑うのは当たり前のことだった。
「食事と衛生は私が担当しますが、ドワーフでも戦闘が得意ではない方々にも手伝って頂きたい。
戦闘が出来るドワーフの方々は、蟻が少しずつ出てくる穴の攻略を頼みます。
理由としてはここが陽動の可能性が高く、ドワーフの国を本当に守る役目はドワーフである皆さんにお任せします。
怪我を負えば回復させる。ロックウェル王からは対価はすでに受け取っている、だから怪我を畏れずに突き進んでくれ」
「屈強で頑強なる大地の戦士達よ、共に協力しドワーフ王国に平和と勝利の美酒を勝ち取るぞ」
『おおー』
奴隷だった者達は声を上げたが、ドワーフからは声が上がらなかった。
「守りたいものは何だ? プライドか? それとも国か? それとも家族か? ルシエル様が助けてくださるのは、俺が頼んだからだ。種族などは関係ない。真の屈強で頑強なる大地の戦士達よ、ドワーフ王国に平和と勝利の美酒を勝ち取るぞ」
『オオッ――!』
……グランドさんの方がやっぱり人気があるから仕方ないけど、ちょっと寂しくなった。
俺は溜息を吐きながら、美味しいところを全て持っていったグランドさんを見た後に、気合の入ったドワーフ達を見て、これはこれで良いか。
そう思い直し、ついに戦いの幕が開くのだと思うと少し震えきた。
これが恐怖なのか? それとも武者震いなのか? 俺は分からないまま、勿論誰も死なせないと心に固く誓うのだった。
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