114 奴隷の扱い
ドワーフ王が住んでいる場所として案内されたのは、家と言うより神殿と言った方がマッチするであろう。
そんな造りの建物であった。
それこそ前世の記憶にあるヨーロッパ地方の神殿が連想されるような造りとなっており、カメラを持っていれば記念撮影をしたいぐらいだった。
俺たちは案内されるがまま建物の中へと入っていく。
しかし、 扉が存在しないことに強い違和感を覚え聞くことにした。
「何故この建物には扉が無いんだ?」
「戦えない住民たちを守るためです。いつでもこちらへ逃げ込めるようにと指示が出ています」
「……今、外で戦っている彼らが戦えなくなってここに逃げ込み魔物が現れたら?」
「……閉じ込められてしまうでしょう」
彼はその危険性を感じているようだった。
「……王やその側近、王の兵士たちは?」
「現状で戦闘を行っている者達が王の兵であり、私もその一人です。……王もきっと最後まで戦う筈です」
王国という割に人がそこまで多くない、もしくは相当戦闘職に従事する人が少ない俺はそう思った。
「会ってから考えよう……その前に怪我をした一般市民のところに連れて行ってもらえますか?」
「……畏まりました。こちらです」
俺はドワーフ王が待っている場所よりも、怪我人達の治療を優先させることにした。
そして移動した先には多くの怪我人いたのだが……。
ドワーフは存在せず、人族やそれ以外の種族が多くいた。
そして腕、胸元や額、首には奴隷紋が付けられていた。
これがこの世界の奴隷なんだなぁ……漠然と思う。
回復を望まない奴隷がいるってことは、このまま死んでしまいたいと思っている、そんな奴隷達なんだろう。
「……ここにいるのは全て奴隷か?」
「ええ。全て前線で最初に蟻の魔物を食い止めるために使った奴隷です。この奴隷達は魔法が使えるので、魔力が回復したら前線へ戻して戦わせます」
「……酷い怪我人もいるようだが? これだと血を失い過ぎてまともに動けないのでは?」
「そうですね。でも、有事ですから同胞を殺されるくらいなら、奴隷が殺された方がマシですからね」
「…………」
そう答えたランドルさんは間違っていない。
俺もきっと同じことをするし、立場が違えばそう答えるだろう。
そう思いながらも、俺の身体は冷えていく気がした。
そんな俺の背中に暖かい感触が二つ。
気がつけばライオネルとケティが俺のことを支えてくれていた。
「これが奴隷に対する一般的な扱い方です」
「一般的な考え方だニャ」
二人はそう笑っていたが、何処か悲しそうにしていた。
もしかしなくても、二人が奴隷を扱う側にいたということは、立場的に考えても……。
「彼等の治療はするが、前線に直ぐに戻すのは止めて頂きたい。この後にドワーフ王と話すことになるが、その結果としては彼らを駒として使う可能性がある」
「……承知しました。まぁ私も同行しますし、彼らは契約がありますのでここから出られません。なので問題はありません」
「じゃあ早速治していくか」
俺が奴隷達に歩み寄ると、一般市民と称された奴隷達は絶望に怯える顔でこちらを見てきた。それを気にしないように俺は奴隷達へ回復魔法をかけていった。
男女問わず、深い怪我を負っている者が多かった。
しかし、奴隷達は傷を塞ぐ程度の回復魔法をかけられると思っていたらしく、俺が魔法をかけ終わると、全員が何度も自分達の怪我していた場所を触ったり叩いたりして確認をしていた。
俺が全員を治したと思ったときに、他の奴隷達よりも高待遇に扱われているであろう、ベッドに寝かせられた奴隷達を確認した。
「……こっちの奴隷は?」
「確か回復魔法が使える奴隷だったと記憶しています」
……それは完全に教会関係者だと思われるんだが?
「この者達はいつから?」
「ドランさん達を買った奴隷商が広めたのか、一年近く前から奴隷商がこちらへ来るようになって、回復魔法を使える奴隷は貴重だからと……」
「……どうしました? 貴重だから?」
「ドワーフ王のご子息が買うことを決定しました」
「…………そうですか。この方達に必要なのは休息です。それで他に怪我人は? 奴隷で魔法が使えない獣人の奴隷はいないのですか?」
「……既にいません」
「……そうですか…では、ドワーフ王がいるところまで案内してもらえますか?」
俺は両拳を握り締めて、無理矢理笑顔を作り出し、声を絞り出した。
「は、はい」
ランドルさんは何故だか、畏怖した感じでこちらを見ていて直ぐに動き出した。
奴隷達は俺が部屋を出て行くことを悟ったのか、感謝の言葉を伝えてきた。
だが俺はその言葉に応じることなく歩き出した。
ランドルさんの背中を見て歩いていた俺に、ライオネルとケティが声をかけて来た。
「……交渉は私がしますか?」
「そんなに怒っていると、ややこしくなるニャ」
「……いや大丈夫だ。ただ、ドワーフ王国を潰しに来ていたとそう思っていても良いか?」
「ええ。外の世界を知らないと、こういうことが起きる……まさに典型ですな」
「……奴隷の扱いに関しては私も反省する点があるニャ」
「二人の過去は過去だ。それに俺が異常なだけかも知れないからな」
俺は力無く笑うと、どうやら謁見の間らしき場所へと到着した。
「ここが来客のあった場合に通す部屋となります。グランド様がいらっしゃるのであれば、ここに居られる筈です」
扉を開けると、そこは何故かグランドさんがケフィンをドワーフ達から守っている変な状況だった。
「……これは? どういうことか説明してくれるか?」
「ルシエル様」
ケフィンはこちらを向き、膝を立てて頭を下げる。
いつも通り帯剣はしているが、抜刀はしていなかった。
ケフィンを自分の後ろに置いたグランドさんが、こちらに声を掛けてこようとして口を噤んだ。
「これはいったいどういう状況か、説明を求めているんだが?」
「そこの奴隷が私を守らなかったから、灸を据えようとしているのだ」
アレスレイが悪びれる様子もなく声を出した。
俺の怒りは頂点に達していたが口を開く。
「それで、ドワーフ王はどなたか?」
「ここはドワーフの国だぞ! いかに教会の所属だろうと、貴殿が偉いわけではない」
そんなアレスレイの言葉を聞き流し、ロックフォードへ戻る旨を皆に伝える。
「……ドワーフの王がいないなら、あとは知らない。ケフィン、良く耐えた。帰るぞ。………グランドさん、まさかあなたに失望させられる日がくるとは……」
俺は踵を返したところで、ドワーフ王が声を上げた。
「待て、我がドワーフの王であるロックウェルである」
「みんな帰るぞ」
俺がドワーフ王の言葉を無視して、そのまま退室しようとする姿勢を変えなかったことに腹を立てたアレスレイが叫ぶ。
「父上を侮辱するとは失礼だぞ、奴らを逃がすな」
すかさず俺はライオネル達に指示を出した。
「ライオネル、ケティ、ケフィンもういいや、実力を思い知らせてやれ」
『はっ』
ドワーフ達が如何に屈強で頑丈だろうと、それは人による。全てがそうだとは限らない。
ライオネルが炎の大剣を振るうとドワーフの盾は溶解し、吹き飛んでいく。
ケティは四肢を細剣で突き刺していく。
ケフィンは相当怒っていたらしく、アレスレイの後ろから現れると両腕を切り落とした。
全てが終わるまでに二十秒も掛からなかった。
「ドワーフ王国……こんな国潰れてしまえば良いのでは?」
俺は玉座に座るロックウェルに告げた。
「待ってくだされ」
ロックウェル王は、玉座から下りて土下座した。
「この国をお救いください」
「私は聖人君子ではない。馬鹿な息子を増長させ、暴走を止められない王に誰が力を貸すのだ?
今回はドランとグランドさんが頼むから来ただけだ。
それに、ドワーフの王である貴方が前線に赴けば戦況も変えられるだろう」
「私は見ての通りこの老体なのです。無理です」
「そのローブで擬態していれば、そうでしょう。それに息子を処分する大義名分を欲したから、俺を呼んだのでしょう」
辺りは静寂に包まれる。
土下座したままのロックウェル王は震えだし、豪快に笑い出した。
「くっくっく、がっはっは。なるほどな、これがS級治癒士になった男か……何故擬態している事に気がついた?」
「アレスレイが貴方を気にしていたからだ。いや、アレスレイだけではなく、グランドさんを含めた全ドワーフが、だな」
「……そうかそれは抜かったわ」
「じゃあ、あとはご自分達で頑張ってください」
俺はまた扉を出ようとしたところに土壁が現れた。ただ、その土壁は一瞬の内にライオネルが切り崩した。
「いやいや、そこは普通帰さない気かってなるところだろ」ロックウェル王は焦りながらこちらに話掛けてきた。
「…………」
「本当にすまん。もう嘘は言わないし、助けてくれるなら裏切らないと誓約もしよう」
「精霊は誓約を破棄出来るかも知れませんからね。それに教会にケンカを売るドワーフ王国は潰れてもいいと考えています」
「……何のことだ?」
「奴隷の中に違法奴隷がいるのでは?」
「王が奴隷の管理などするか!」中々の覇気だと思いながらも、少しイラっとしたが答える。
「…… 人族で治癒魔法を唱えられるのは、治癒士ギルドに参加しているものです。勿論、治癒士が奴隷になってもそれはおかしくはない。が、ローブを纏っているものは、教会本部の人間のみなんですよ」
「分かりやすく説明してくれ」
「聖シュルール協会は攻め込まれる以外で戦争はしません。また最近戦争があったなどと聞いたことはない。さて教会本部に所属しているはずの治癒士達が、何故五名も奴隷となり、魔力枯渇するまで回復魔法をかけさせられ続けているのでしょうか?」
「誰か知っているものは発言せよ」
その声にはかなりの怒気か含まれていた。
次に声を発したのはランドルさんだった。
「お、畏れながら申し上げます。一年程前から奴隷商がこちらを訪れ、購入を指示されています」
「誰にだ?」
「購入の指示はグライオス様、アレスレイ様の両名とその支持者達です。ですが、奴隷達の購入は全て王が予算を出していると聞いていましたが……」
「どういうことだ、ロックウェル?」グランドさんはロックウェル王を睨みつけながら問う。
「グランド、俺を疑うな。精霊様に誓って俺は無実だ」
《まぁ知らなかったのは本当だよ》
《ただの脳筋だからな、ロックウェル》
《奴隷商が奴隷を使って洗脳していったんだよね》
《マヌケ面 たくさん巻き上げていいから 今回だけ救ってあげてくれよ》
《他にもまだ何人かいるけど ドワーフ達がいなくなると 僕達も困るんだよね》
《ここが無くなったら、今度はロックフォードが危なくなるわ》
ここで精霊の声が聞こえてくるとか、精霊って眷属を大事にする事は分かっていた……。
「俺がここで退いたらどうなる?」
《う~ん、ロックウェルは生き残るかも知れないけど 他は全滅かな》
《ロックウェルも死ぬ可能性が高い》
《そしたら地下が崩れちゃう》
《マヌケ面 今回はお前の度量に掛かっている》
《対価はきちんと払うさ ロックウェルが》
《ロックウェル以外は ルシエルよりも弱いのよ お願い》
「これはロックウェル王や他のドワーフ達も聞こえているのか?」
《うん》
「この国を救う条件は五つだ。指定した奴隷の譲渡、こちらが倒した魔物の魔石譲渡、ロックウェル個人として俺への生涯裏切らないという忠誠、息子達への徹底した躾、ドランへの謝罪だ」
それを聞くと精霊達は消えていった。
ライオネル達三人はこちらを怪訝そうな顔で見ていたが、ドワーフ達は驚愕の顔でこちらを見ていた。
「ガッハッハ、面白いぞ。いいだろう、その代わり、こやつ等の治療も追加してくれ」
「……いいだろう。これよりロックウェル王が俺の傘下に入る。地下の魔物を一掃するために尽力することを土の精霊に誓う」
「ドワーフ王国はわしが率いる限り、ルシエル殿の傘下に入ることを土の精霊様に誓わせてもらう」
こうして俺達はドワーフ達と共闘し蟻との戦闘へ向かうことになった。
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