110 つかの間の休憩
懸命に地面を蹴りながら、色々なことを想定する。
俺は落ちた穴でマリオが1UP出来るぐらいの蟻の魔物を倒したはずだ。
そう考えると、そこから湧いてくる魔物を倒せば良かったはずだ。
だとすると、穴は一箇所だけじゃなく、蟻の巣のように幾つもの出入り口が出来ているのではないか?
そう考えてもみたが、走りながら見た限り穴が空いているようなところはなかった。
俺が中央広場に到達すると、無数に穴が空いていて、そこを住民達で、まるでもぐら叩きのように魔物が上ってきたら叩き落していた。
「皆無事か?」
俺が声を掛けると全員が驚いた顔をしたが、そこでグランドさんが声を張り上げる。
「ルシエル殿が帰還したぞ。穴を潰すぞ」
『オ―』
まるでここにいる全ての人達が、ドワーフなのではないかと思うくらい声の揃ったロックフォードの住人達は色々な薬品を穴に投下したり、魔道具で岩を投下したりしながら最後にグランドさんとドランが穴を塞いでいった。
ただ俺が落ちていった穴だけは、そのままだった。
「心配をかけたな。それにしてもここは何で埋めないんだ?」
「一箇所だけ空いていれば、ここから魔石が湧いてくるじゃろ」
誰かが俺を追いかけて入ったんじゃなくて良かった。
俺はホッとしながら、地下に落ちた後の話しを簡潔に伝えることにした。
「なるほど。しかし今度は土龍とは……」
ライオネルは闘気を漲らせていたが、俺はそれをバッサリと両断する。
「今回は下手をすれば二度死んでいたんだぞ。一度は穴に落ちたとき、二度目は土龍のブレスを受けたとき。特に土龍のブレスは……今、何故生きていられるのかが、不思議なぐらいだ」
それにしてもライオネルの服がところどころ汚れているってことは、完全に一度穴に飛び込もうとして、ポーラのゴーレムに止められたんだろうな。
ポーラが操っていたゴーレムの腕には罅が入っていたのが見える。
「それで? この地下はどうなっていたんだ? ポーラとリシアンが工房を訪れて、この穴に飛び込んで追おうとしたら、地震が起きてあちらこちらに穴が空いて、魔物が湧いてくるから驚いていたんじゃ?」
ドランは地震が起きたから、顔が青くなっていたけど、戦闘に参加していたらしい。
俺はリカバーをかけながら、精霊の話を思い出したので、聞いてみることにした。
「かなりの深さまで落ちたけど、蟻がめちゃくちゃいたのはライトのおかげで分かった。……そう言えば、土精霊がドワーフ王国と魔物が既に戦っているって言っていたが、何か知っているか?」
「なんと!?」
「ドワーフ族は地底に暮らしているが、元は岩窟に住んでいて、徐々に地下に向かって住居を拡げていったんじゃ」
まさに地下王国を作った訳ね。
まぁ、能力があればそうする事も可能だろうけど……。
「……ここじゃなくても良かったんじゃないのか?」
「土龍と精霊が集うこの場所こそが、大地の中心と考えたのだ」
「魔物が多かったのは問題であったが、ドワーフ族は屈強で頑丈揃い。たかが蟻の魔物なんぞに遅れを取るなど考えられん」
二人もドワーフだからそう思いたいのかも知れないが……。
「土龍はいなくなったから、迷宮の場合と一緒で魔物は弱くなるだろう……けど、蟻以外の魔物も出て来たらどうなんだ? それこそ迷宮の四十階層級とかだったら?」
「……マズい」
「いや、王や側近がいるから、まだ大丈夫だろう」
この蟻の魔物がどれだけいるのかにもよるが、戦えないドワーフだっているだろう。
そう考えると……あれ? いつの間にか助けに行く気になっていた自分に俺は驚いた。
きっと色々あったせいに違いない。
「その前に一度休憩させてもらっても構わないか?」
俺は一度脳内をリフレッシュするために休憩をさせてもらうことにした。
レインスター卿に妖精や龍、今度はドワーフと魔物の戦闘までとなると、俺の頭は思考の渦に飲み込まれそうだったからだ。
今は焦りすぎて情緒不安定になっても仕方がないのだ。
俺は決して物語の主人公ではないのだから。
ドランとグランドさんは顔を見合わせて頷きあった。
「さすがにすぐ王国が落ちるということはないじゃろう」
「その様子の確認もしないのに焦っても仕方ないな。今回、ルシエル殿は大変だったと思うし、休まれた方が良いだろう」
二人は理解を示してくれて、他の皆も難色を示すことはなく、一度ドランの住居に戻ることになった。
工房に戻れば少し遅い昼食の時間だったこともあり、魔法袋から以前作っていた料理を取り出して食べることになった。
「三人の武具の採寸はまだ済んでいないですよね?」
「ああ。早くても三日は掛かる。トレットが居れば早く終わったんだけどな」
「そういえば土龍を解放した時に、牙や鱗ではなく鉱石を落としたんですけど、ドランと一緒に食事が終わったら見てもらえますか? 結構色んな種類の鉱石や魔道具っぽいものがあったので、使えるものがあると思います」
「ほう。楽しみだな」
「最近鉱石が出にくくなっていたから、相当運が良いってことになる」
「龍と戦った対価として、それが安いか、高いかはその人の価値だろうけど、私はもうごめんですね」
「そうだ、ルシエル殿。いつも通りに話して構わないぞ。御主はもう一緒に酒を酌み交わした仲なのだからな」
「……お言葉に甘えさせてもらう。どうもイエニスの癖が抜けないので、少し難儀していました」
「がっはっは。それにしてもどんな鉱石か楽しみだな」
ドランとグランドさんが盛り上がり始めると、不意に脇腹を突かれた。
「ッツ!? 脇腹を突くな。何だポーラ? それにリシアンも一緒で?」
「地下に魔道具があったなら、貸して欲しい」
「現状では魔石もありませんので、やれることが少ないのです」
「分かった。けど分解はしないように」
「約束する」
「復元出来ないものは分解致しませんわ」
…………本当に渡しても平気だろうか?
そう思ったが、一体何の為の魔道具なのか判断出来ない代物だったこともあり、結局は任せることした。
俺に気を使ってか、ドワーフ王国とドワーフ族の話は一切出なかった。
食事を摂り終えた俺達は、まずドランの工房へと向かった。
そして俺は魔法袋から鉱石を取り出し、それを順番に置いていくと、二人の顔が固まった。
「まず多分宝石の部類に入るものだな」
鉱石をきちんと並べていくと、美術館の鉱石コーナーにでもいるよう感じになるから不思議だ。
いくつか微かにではあるが魔力を感じる物があったので、良い代物であることを願いたい。
そしてテーブルの上に置けないものは綺麗にした床に並べていくが、ドランとグランドさんはもはや絶句していた。
鉱石を置いてく度に息を止めるので、おかしくなってしまった。
「これらは土龍が残した置き土産です」
「……ルシエル殿はそれが何か知らないのか?」
「ええ。素人なので」
「……ライオネル殿達の武具が終わったら、あれの完成が見えるところまで来た。後は大量の魔石が必要にはなるが、運用出来るレベルになるはずじゃ」
「本当に?」
「本当じゃ」
「それは凄くテンションが上がる」
「……何を作っているんだ? 俺にもそれを手伝わせてくれ」
「依頼料をドランと決めておいてください。ちょっと楽しくなりそうなので、出来れば安くお願いします」
俺はそれだけ言うと工房を出た。
「最初はケフィンが見回りか?」
「ええ。蟻の魔物はここに来る時も戦いましたが、油断をせずに倒します」
「これを着ていけ」
俺はローブを渡した。
「最悪溶解液を受けても、そのローブが溶けることはないと思う」
「感謝致します。それでは」
ケフィンは霧のように消えていった。
「忍術をいつも使うように言ったことは守っているな」
ケフィンは俺に付いて来る…それが決まった後、苦戦しても死なないようにケフィンを鍛えていくことにした。
人の熟練度を覗くことは出来ないが、色々と推測しながら、教えることは出来ると判断したのだ。
きっと俺を守ってくれる存在になると信じて。
そんなケフィンを見送り、ポーラのブースへ向かうと、いつの間にかポーラとリシアンの部屋には行き来出来るドアが取り付けられていた。
「いつの間に?」
「こんなのは直ぐに出来ますわ」
「それよりも魔道具」
二人の目はまるで子供がおもちゃを欲しがるような感じで、俺は少し和みながらも魔道具に武器等も出していく。
そして全て出し終わると早速二人は仲良く? 解析をスタートさせた。
まるで俺なんて存在しなかったように……。
さすがに少し傷ついたので、一言小さくボソっと呟いた。
「お礼も出来ない子には今後、魔道具とかお預けだな」
「ごめんなさい。解析出来たら、また頑張る」
「申し訳ありませんでしたわ。ルシエル様の為に頑張りますわ」
二人には小さな呟きが聞こえていたらしい。
「競うのも良いけど、きちんと挨拶と返事はするようにしてくれ」
「分かった」
「承りましたわ」
これ以上は言っても俺の自己満足でしかないから、俺は仮眠を取るべく、昨日泊まった部屋へと向かい天使の枕で睡眠を取るのだった。
次に目覚めた時、俺の心臓が大きく高鳴ることを知らないまま、眠りへと就くのだった。
お読みいただきありがとうございます。