109 龍と精霊の信仰
目の前には例によって大きな扉があり、それに手を触れると魔力が吸われていく。
今回の扉は黄土色に輝きながら、紋章が徐々に現れ輝きだした。
「封印の門……でいいか。邪神はどうやって入るんだろう?」
俺はそんなことが頭を過ぎるのだった。
「開いたか。念のため……エリアバリア……よし、行くか」
俺はこの時、自分の運が乱高下していることに、もう少し気を回すべきだったと後悔することになる。
「階段じゃないんだな」
扉が開き、中を覗くと曲がりくねった道が続いていた。
幻想剣から幻想杖に戻して進むことにした俺は、土龍を視界に捉えるまで近寄っていく。
視界に捉えた土龍は鱗自体が岩の様なもので出来ており、ゴツゴツした印象を受けた。土龍は聖龍や炎龍よりも黒い瘴気が入り混じっており、酷いところではアンデッド化していた。
今回も聖龍や炎龍のように大人しくしていた土龍を見て少なからず安堵しかけた俺を、突如として災難に見舞われることになる。
土龍が身体をバタつかせて叫び声を上げ始めたのだ。
「グラァアアゴオオオオ」
その声に俺の身体が畏怖してしまった……それは仕方ないことだと思う……が、予想外なことはまだ続く。
土龍の身体をバタつかせる行動が激しくなり、それに伴い地震を引き起こしたのだった。
「くっ、龍が暴れるとか……笑えないぞ」
俺は姿勢を屈めて、幻想杖を握り締め詠唱を紡ぐが、その瞬間に土龍の眼がこちらを捉えた。
その眼の威圧感は聖龍や炎龍とは違い、憎悪が含まれており、見られているだけで身体が硬直し、膝が震える。
【聖なる治癒の御手よ 母なる大地の息吹よ 我願うは我が魔力を糧とし 天使に光翼の如き浄化の盾を用いて 全ての悪しきもの 不浄なるものを 焦がす聖域を創り給う サンクチュアリサークル】
俺はそれでも魔法陣を完成させると聖域円環を発動させた。
しかし土龍はそんなものは関係ないと言わんばかりに、息を吸い込みこちらに向けてブレスを放ってから、聖域結界の光に包まれた。
当然ブレスはこちらへと向かってきたわけで、咄嗟に大盾を出して頭をすっぽりと覆った俺は、風の結界を発動するべく魔力を注ごうとしたが、それは間に合わなかった。
俺は土龍のブレスに飲み込まれた。
痛い、熱い、寒い、痺れる……。俺は無詠唱で、ディスペル、リカバー、エクストラヒールを詠唱して、魔力枯渇に陥った。
「はぁ、はぁ、はぁ」
俺は何故まだ生きているのかが、不思議で堪らない。
大盾は石化して砕けていた。
そして俺はいつの間にか仰向けに倒れていた。
洞窟の天井を見て、思考が回らないのが魔力枯渇によるものだと判断して、MPポーションを取り出して呷る。ただ久しぶりに起こした魔力枯渇はとても気分が悪く、もう枯渇したくないと再認識させられるものだった。
「……気持ち悪い」
そこに脳内へ声が響く。
《邪神の封印を解き放つ解放者よ 聖龍 炎龍に次いで我の呪いを解いたことは褒めてやろう》
気持ち悪い時に脳内へ響く声は、二日酔いの時に聞く生活音と同じく不快なものでしかなかった。
「……もう意識はしっかりしているのか?」
《ふむ さすがに我もアンデッドになりたくない そうもがいていた 全てが煩わしかったのだが 今は気分が良い》
そのおかげで、こちらの気分は最悪だ!!
「……聖龍はまだ良かったが、炎龍に続いて土龍の貴方も、随分と苦しんでいたようだけど?」
《……精霊達が近くにいると 寝てもいられない 》
精霊に責任転嫁したけど、苦しみ方が尋常じゃなかった。
あれだけ憎悪に囚われた眼はやはり異常だった筈だ。
魔力枯渇のせいで気持ち悪いが、気合を振り絞り土龍へ聞く。
「精霊と龍族は仲が悪いのか?」
《我等は龍神様を信仰し やつらは精霊王の信仰をしている》
種族も違うんだし、信仰する対象が違うのは仕方がないことだろう。
「それで?」
《龍こそが至高の種族だというのに 精霊こそ世界の理と思われたいのだろう》
「……正直どうでもいい話だな」
《御主とて関係ない話ではない筈だ》
「……なんで?」
《神と龍と精霊の加護をもつ者と巫女は惹かれ合う運命だからだ》
それってつまり俺の伴侶?
惹かれ合うって一目惚れか?
それとも、引き寄せられるってことなのか?
……龍神や精霊王が決めたことだからって言われたら、立ち直る自信もないんだが……そもそもどうして俺なんだ?
「……精霊も言っていたが……どうして俺なんだ? 勇者はまだしも、英雄たる存在になる器はたくさんいるだろう?」
《それはそのうち運命の歯車が合えば 自ずと悟るだろう そして御主は賢者へと成る》
全然分からない。
俺の他にも転生者はいるじゃないか。
「……賢者や厄介ごとにはこれ以上巻き込まれたくないんだが? 俺の目標は何処かで長閑に暮らすことだ」
《我の攻撃にも耐え 一撃で倒したことによる褒美として 加護とここに転がる財をやる》
また無視ですか……聞けることなら今のうちか
「……財は有り難く頂戴する。一つだけ教えてくれ、邪神を主神クライヤは抑えられないのか?」
《邪神は直接の動きを見せない 魔族を操ることもある為 気がつかれないだろう》
「俺にはそんな力はないぞ」
《聖龍と炎龍 そして我も 苦しむ同胞を救ってやってほしいだけだ》
「……そういう機会があればな」
《運命の歯車はもう回り出している 》
「出来るなら止めてくれ」
《土精霊の加護が先にあるのは嘆かわしいが 土属性魔法で 困難を切り抜けてみせよ》
「どういうことだ? 土魔法が使えるようになるのか?」
「クックック。御主、名ヲ何ト言ウ?」
土龍は俺の言葉を無視して念話をやめた。
どうやらもう身体を保つことが難しくなったのだろう。
あまり収穫はなかったが、これ以上は問いかけても無駄だし、気持ち悪くて頭が回らなかった。
「……ルシエルだ」
「ルシエルヨ、ソノ聖龍ノ牙デ作ラレタ杖ヲ我ノ前ニ掲ゲヨ」
「これでいいのか?」
炎龍のときと同じで俺への返答は無く、黄土色の光が幻想杖に吸い込まれていった。
「ルシエルヨ、汝ガ立派ナ賢者ニ成ルコトヲ祈ッテイルゾ 我モ約束ハ果タシタゾ…ラフィ……ル…ナ………」
その言葉を残して土龍は身体をうねらせると、身体が石化していき崩れていった。
土龍がいた場所には聖龍の時と同じく、牙や鱗が残ると思っていたのだが、色んな鉱石の塊が姿を現して、鉱石の中には見たことがない宝石も複数存在していた。
その他にはいつも通り大きな魔石と宝箱があり、宝箱からは小さな勾玉が出てきた。
次の瞬間、また魔法袋の中から首飾りが光を放って飛び出し、勾玉が首飾りにカチッと収まった。
「……残りの勾玉の数は六つ。だからって行く気にはならないよ」
今回はブレスを受けて助かったのは、未だに何故だか分からない。
ブレスに飲み込まれた時は死を覚悟しなければならなかった。
「龍は何でいつも財宝を持っているんだろうな」
大きな魔石を除き、色々な部屋に散乱していた魔道具らしきものや貨幣、武具等を浄化してから拾って、魔法陣へと飛び込み眩い光が視界を染めた。
ピロン【称号 土龍の加護を獲得しました】
ピロン【称号 龍滅士を獲得しました】
脳内に声が響き、光が収まると俺はロックフォードの入り口に戻ってきていた。
「……予期せぬ龍の解放と精霊の加護はもらったけど、運が良いのか悪いのか、全く判断がつかない」
皆もたぶん俺を心配してくれているだろうから、穴に落ちた場所まで戻ることにした。
ポーラがこの町を訪れた時と同じく壁に手を当てると、認証が成功してロックフォードの町並みが姿を現したが、来たときとは違い喧騒に包まれていた。
「蟻の魔物か? そうだよな…… 広場に穴が出来たなら、塞がないと魔物が出てきてしまうじゃないか」
俺は魔力枯渇回復したての身体に鞭打って、中央広場に直行することにした。
中央広場にポーラのゴーレムが一瞬見えた気がして、きっとあそこに皆が集まっている。
そう信じて俺は走り出すのであった。
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