108 帰還方法
それは役場から出てドランの工房へ戻る為、中央の広場を突っ切ろうとした時だった。
グラッと縦揺れが起きたと思うと、ゴォォオオオゴゴゴゴォオと大地が揺れて、突如足元が崩れた。
「はっ?」
俺はそれだけしか発することが出来ずに、穴へと吸い込まれていく。
穴へ落ち始めて直ぐ、魔法袋から聖龍の槍を取り出すと、魔力を注ぎ聖龍の槍を壁に突きつけることで落下を止めようとした。しかし聖龍の槍の矛先が光った時に穴から這い上がってくる蟻の魔物を照らし出した。
「ヌォッ!?」
俺は咄嗟に壁ではなく、蟻の魔物へ矛先を向けるとそのまま自由落下で、蟻の魔物を次々と突き刺していく。
これが普通の槍だったら、蟻の魔物に突き刺さった槍が、魔物を突き破ることなんてことはなかったのだろう。
まるでフリーフォールから落ちる、あの下腹部がヒヤッとする感覚に襲われながら、俺は現実逃避を試みるが成功せず、光る聖龍の槍をしっかりと握り締めた。
自由落下で加速すると必ず蟻の魔物がいて、突き刺す時に減速し、また加速することを繰り返していると、徐々に壁に傾斜がついてきた。
だが、それでも落下スピードが速かったのか、急な滑り台のように滑るかと思われた身体は、壁から弾かれてしまう。
その衝撃で身体に痛みが走る。
「え、エリアバリア、ヒール、ヒール、ヒール」
俺は痛みを緩和するために詠唱破棄でバリア張り、ヒールを連呼して痛みを和らげることに集中すると、聖龍の槍が、壁に突き刺さってしまった。
「グウアアア、ハイヒール……何で突きささ……?! 洞窟?」
落下が急に止まったことで、身体がGに耐えられずに腕と肩の骨、血管、筋がブチブチと悲鳴を上げたが、何とか回復した。
「これってこっちに進めってことか? それより二人は……落ちてなかったのか? ……俺の運が最近乱高下していないか?」
聖龍の槍が抜けないように、直ぐ下にある洞窟らしき入口へ手を掛けると、聖龍の槍を魔法袋にしまい、洞窟の入り口へと転がり入った。
「はぁ~。今日は本当に色々ありすぎだろ」
俺は辺りを警戒しながら、浄化魔法を掛けた後に魔法袋から変身鏡ドレッサーを出し、フル装備に変身した。
「久しぶりにお洒落して、調子に乗った罰か?」
服は落下したことによって、汚れただけではなく、複数個所がビリビリに破れていたのだった。
俺はもう一度盛大に溜息を吐いてから、移動することにした。
迷宮とは違い真っ暗な洞窟の中は、少し間違えば落下したりする危険性を秘めていた。
「本当にポーラとリシアンには感謝だな」
実は馬車でも使用していたライトの小さいバーションを作ってもらっていたのだ。
もしもの時に備えて作ってもらったヘッドライトが、直ぐに役立つことになった俺はやっぱりツイてるんだと自分に言い聞かせると、盾と幻想剣を構えて移動を開始した。
罠というものは存在していなかったが、いくつもの穴があり、その下を少し照らすと蟻の魔物が遠くに見えて身体が震えた。
「さすがに落ちたら、死ぬな」
真っ暗闇の中に、尋常ではない数の蟻の魔物が見えたのだ。
食料はあるし、ライトも予備を含めてたくさんある。
問題は如何にしてロックフォードの町へ戻るか、その一点を考えながら、穴に落ちないように進む。
「……ここって蟻の魔物が掘った感じじゃなくて、自然に出来た洞窟って印象だな」
天井は低く二メートルも無いくらいの高さだった為、姿勢を低くして歩かないと不安になる感じだった。ただ横幅は三メートル程あり、そこまでの圧迫感はなかった。
足場には尖った岩場もあったが、ライトのおかげで回避して進んだ。
どれくらい歩いたか……三十? それとも五十メートル程? それぐらいの距離を歩き進めると分岐点が出た。
「まぁ普通はそうだよな」
俺は幻想剣がどちらに転ぶかで、進む方向を決めることにした。
「クライヤ様 運命神様 仏様 先祖様 豪運先生、私を導いてください」
俺はそう願いどちらに進むかを委ねると、幻想剣が示したのは左右どちらでもなく正面の壁だった。
「……まさか」
俺は剣を拾って正面の壁に触るとブゥンという音がなったと思うと、壁に穴が空いて……道になった。
……正確には壁が消えて、迷宮のような明るい道が出現したのだった。
「この道を行けばどうなるんだ? 行きたくないけど……行けば分かるさと幻想剣が言っている気がするし、ここは気合か」
俺はその道を行くことに決めた。
少し歩くと階段があり、そこを上ると今度は曲がりくねった道が出てきたのだ。ただ一本道になっているので迷ったり時間を費やしたりすることはなかった。
「はい。何だが厳かな扉がありますが……? これって開くのか?」
俺は扉に手を触れると自然に扉が開いた。
《レイン》
《レイン》
《レイン》
《レインじゃない?》
《レインじゃないぞ》
《貴方誰?》
扉を開けた側から、複数の子供の声が聞こえてきた……が、そこには誰もいなかった。
「幻覚……今回は幻聴か。誰もいないのに声が聞こえるとか、レインスター卿のせいで疲れているんだな。それにしても広い」
まさに赤竜と戦ったボス部屋と酷似している部屋だった。
土竜と書いてモグラなら良いけど、大地を揺らす土竜だったら、非常にマズイ。
俺がそう考えているとまた声がしてきた。
《おい、おまえ。何でレイン匂いがするんだ?》
《馬鹿だな。普通の人間に俺達の声は届かないだろ》
《あれ~でも、水ちゃんの加護があるみたい》
《じゃあこのマヌケ面は俺達の姿も見えるのか?》
《いや、こいつからは龍の波動を感じるぞ》
《ねぇあなた、声は聞こえているんでしょ?》
どうやら幻聴ではなかったらしい。
しかも話し掛けてきている声は子供っぽいのだが、何処か神秘的な声に聞こえるので、間違いなく精霊だと判断した。
「……聞こえています。私の名はルシエルと申します。地震のせいで足下に突如として穴が空き、運悪く落ちてしまいました。
帰還のさせてくれるなら、質問に答えますが如何でしょうか?」
さすがに地面の下で、土精霊に高圧的に出られる程、俺は精神が図太くはなかった。
例え何と言われようと……鉄の仮面を被り続けるのだ。
《きゃっはっはは。こいつ、だせぇ~! てか、運が悪すぎるぜ》
《ドジなんだな。まぁレインも同じようなところがあったから、きっと人間はドジなんだぜ》
《だからって、水ちゃんが加護あげるのかな?》
《声は聞こえているのね。でも何で帰還出来ないのかしら?》
《きっと龍の加護を持っているから、精霊が見えないんだよ》
《契約はして無さそうだから、そうかも知れないね》
「レインスター卿はどうやって彼らをまとめたんだ?」
俺がそう呟くと精霊?達は答えた。
《レインの魔力は蜜の味だったからな》
《本当の蜜も良いけどね》
《お腹空いてきちゃったよ》
《おい、マヌケ面。なんか甘いものくれ》
《魔力でもいいよ~》
《レインと似ているから魔力も美味しいかな?》
一匹ムカつく精霊がいるが、ここは我慢だ。
「えっと…帰還方法を教えてくれるなら、ハチミツと魔力を差しあげますが如何ですか?」
《ダサいのに、心はレインみたいだな》
《ドジなのに、レインみたいに太っ腹じゃん》
《だから水ちゃんが認めたのかもね……あ、この人って……》
《マヌケ面なのに、立場を弁えて交渉するなんて出世するぞ》
《教えるから、ちょうだい》
《オマケもあげるんだから、たくさんよ》
少しの会話でどっと疲れが溜まったが、俺はハッチ族の最高級ハチミツを魔法袋から取り出して大瓶の蓋を開けた。
「魔力はどうすれば良いのでしょうか?」
《手を伸ばして、手に魔力を集めるだけでいいよ。あ、私の分まで、食べないでよ》
「これでよろしいですか?」
さっきまで聞こえていた声は聞こえなくなったが、大瓶の中にあったハチミツはいつの間にか消えていた。試しに魔法袋からもう一つ大瓶を取り出すと今度は大瓶ごと消えていった。
どうやら彼らは食いしん坊なのだろう。
そう思っていると、手がやたらとくすぐったくなり、一気に魔力を引っ張られ始めた。
《ハチミツは最高だな。魔力はまぁまぁかな》
《もっと精進しろよ。ハチミツは良かった》
《両方とも美味しい。でも、もっと属性をいっぱい持ったほうが美味しいよ》
《なかなか良いもん持ってるじゃねぇか》
《ハチミツ最高! これは龍の加護に負けてられないな》
《うん。にごりもないし、皆いいよね?》
『《おう~!》』
魔力を半分近く吸われた瞬間、脳内に機械音のアナウンスが流れた。
《土精霊の加護を取得した》
今回は仕方ないと思いながら、改めて帰還方法を聞こうとすると、そこには外が茶色く中心にいく程白くなっている発光した球体が浮いていた。
《その反応は俺達が見えたみたいだな》
《ここの脱出方法は二つ》
《そっちにある蟻の巣を壊滅させて大扉に戻るか、土龍の封印を解いて魔法陣で帰るか》
《ムカつくやつだが、土龍が暴れるから土も弱くなってきた》
《龍が縛られたままだと、瘴気が強くなるから出来れば解決して欲しい》
《瘴気が強くなると、魔物も強くなるから、出来ればレインの作った町を守って欲しいな》
解放するだけなら構わないけど、連戦になりそうだから嫌だ……。
「ドワーフ達は何で地下の魔物と戦わないんだ?」
《もう戦っている》
《ドワーフは頑固だから、救いを求めない》
《自分達の国を守るので精一杯》
《回復手段も酒だけ》
《たくさんの魔物に押される》
《これ以上はさすがに頑丈なドワーフでもまずいと思うわ》
「……魔力を回復してからじゃないと、さすがに扉を開けられないし、解放も出来ないから、話はそれからだ」
俺は精霊達がいう土龍がいる門の前で、瞑想をすることにして座った。
すると、いつもは最後に喋る精霊が、一言発して精霊達は消えていった。
「……もうすぐ逢える、か」
少し、モヤっとしたものが心に残ったが、俺は瞑想を開始するのだった。
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