107 邂逅
翌朝、グランドさんとドランさんは酷い二日酔いとなっていた。
ポーラ曰く、ドワーフはアルコール度数が高く、人ではキツイと感じる酒を好み、確かに大酒飲みらしいが、二日酔いにならない種族ではないらしい。
「飲み過ぎた罰は受けるべき」
ポーラはそう言って自分の工房へと戻っていった。
「ルシエル殿、後生じゃ、状態回復魔法を掛けてくれ」
「ルシエル様、ポーラの言うことも一理あるが頼みます」
さすがに顔色が悪く死んでしまいそうな顔をして、床を這いずってくる老人二人が不憫で、リカバーをかけてあげることにした。
「いや~飲み過ぎたわい」
「迎い酒も考えたが、下手をすると大変な目に合うからな……物理的に」
回復した二人はいつもの調子に戻った。
「ところで、ドランさんという呼び方は好きじゃないから、今まで通りドランで良いぞ。歳は関係ないから呼び捨てにしてくれ」
「……じゃあ俺のことはルシエルで良いですよ」
「むぅ、善処する」
「そう言えばグランドさん、トレットさんは一緒じゃなかったんですね」
「ああ。最近スランプらしくて、インスピレーションを高めてくれそうな場所に行くって言って消えた」
「スランプとかあるんですね」
「スランプというか、妄想……まぁ良い。じゃあ三人の採寸から始めるから、呼んでくれって、もういるんだな」
「ええ。二人の仕事を……新しい武具が楽しみなんだと思います」
「そうか。じゃあドラン行くぞ」
「はい、グランドの兄者」
それからは正に一流の鍛冶士が見せる真剣な顔となり、ライオネルでさえ二人のパワーに圧倒されているようだった。
暇になった俺はロックフォードを見て回ろうかと思ったが……。
「危ないから一緒に行く」
一人では危ないとポーラに止められてしまった。
「私も行きたいですわ」
そこへリシアンも手を上げて行きたいと言い出した。
まぁ彼女もここの住人になるのだから、一緒に行ったほうが良さそうだ。
そう思い了承することにした。
ちなみに彼女の奴隷契約も既に解除してある。
「じゃあ三人で行くか。それより何で危ないんだ?」
「色々と仕掛けがある。それにまだ魔力認証してない」
「ああ。昨日のやつか……じゃあポーラ、案内を頼む」
「頼みますわ」
「了解」
俺達はドランの工房に一言声を掛けてから、ドランの家を出た。
町並みは綺麗な石畳になっているところとそうでないところが混在していて、地下がある工房には石畳がなかったりする。
工房の近くでは、鉄みたいなものを叩いている音や、削る音がしてきて、煙を上げているところも数多くあった。
空を見上げれば、レインスター卿の作った擬似太陽が浮かんでいることで思い出した。
「あの空に浮いている擬似太陽ってポーラが作っている奴と一緒なのか?」
「ここは全て外と同じように、朝に昇って、夕方に沈んでいく。いつも同じ気温と湿度を保っている」
「……そうすると、このロックフォード全体が大きな魔道具に覆われているようなものなのか?」
「そう。それに空気中の魔力を吸収しているから、半永久的に稼動し続ける」
「まるで迷宮みたいですわね」
「たぶん同じ技術が使われている」
「…………」
俺はそれを聞いて、少し嫌な予感がした。
迷宮になりそうなところを、レインスター卿が、精霊を使って横取りしたのではないかと。
だから迷宮ではなく、鉱山に龍が眠っているという噂があるのではないかと……俺はそう思えてならなかった。
奥には牧場が広がり、小さな植林地が出来ていた。
気になったのは井戸の多さだ。
何故こんなに多く井戸を掘ったのかもわからなかったが、リシアンがポーラにそれを聞いた。
「この町はアンバランスですわ。工房とこの牧場は同じ町には見えませんわ」
「レインスター卿の故郷だって聞いた」
「元は農民だったんだよな?」
「そう。でも色々あって無くなった」
そうなのか。
俺が読んだ本には、そんなことは一言も書かれていなかったからな。
「そうですの」
リシアンもそれを聞いて少し暗い表情になってしまった。
「長閑なところもあって良いところだな。そうだ。魔力認証をしに行きたいんだけど?」
「町の中央にある役場で登録をすることになる」
……この世界にも役場は存在していたのか。
そんなことを思いながら、役場へと向かった。
そして受付に来たのだが、受付が人ではなかった。
もっと言うと生命体ではなかった。
もっともっと言うと銀行のATMみたいな感じだった。
「そこに立って声が流れるから、それに従って答えるだけ。嘘を言うと町の入り口まで飛ばされる」
「……それって迷宮の魔法陣みたいなものか?」
「そう」
レインスター卿は物理科学者だったのか? それとも時空間魔法まで使えたのか?
どっちにしろ、凄過ぎる・・・
「ポーラもテレポート技術を開発出来るのか?」
「……死んでしまう前にきっと理論と技術は確立出来る筈。でも、それを作る魔石が無い」
「いつものように属性を……無視することが出来ないのか?」
「時空間の魔石は見たことがない。見たことが無いものは、何をすればいいのかわからない。それに時空間属性を持っている人は、時空を超えたことのある人だけ」
ポーラは悲しそうな感じで口早に話した……時空間属性を取れるのって転生者か、それにまつわる人ってことか?
ポーラには悪いが、俺は取得しないことを心に刻んだ。
【貴方の名前をフルネームでお答えください】
【貴方の魔力パターンを計測します】
【貴方の職業をお答えください】
差し障りの無い質問ばかりだった。
しかし、最後の質問が大問題だった。
【貴方は転生者・転移者それとも憑依者ですか?】
後ろにはポーラとリシアンがいる。
俺がこれで違うと答えると、確実に転生者等とバレる。
本当になんて置き土産を残しやがったんだ!!
俺は苦肉の策で答えることにした。
「Ja」
違うと答えたと聞こえるように、ドイツ語で答えることで、この局面を乗り切ることにしたのだ。
【登録が完了しました】
その声が聞こえて俺は安堵した。
無事に乗り切れたと、咄嗟にドイツ語で答える事を考えついた自分を褒めたくなった次の瞬間、俺の意識は遠退いていくのだった。
気がつくと俺の前には一人の青年がいた。
「ここは?」
俺はソファーに座っており、テーブルを挟んでその青年もソファーに腰を掛けていた。
「ここは私が作り出したアストラル空間のようなものだ」
彼がおもむろに指を弾くと紅茶セットが現れた。
「これでも執事の真似事を数年していたから、紅茶の入れ方は詳しいんだ」
青年は笑って言った。
俺は既に青年が誰なのかを理解していた。
「貴方はレインスター・ガスタード卿ですよね」
「ああ。君は……ルシエル君か。来訪者は君で五人目だな」
青年……レインスター卿は柔和な笑みを浮かべるイケメンだった。
伝記に載っているような能力に加え、これだけの空間創りだす彼を世の中が放って置かない訳だ。
何でここに? それよりも五人の来訪者も気になる。
「ルシエル君、君は転生者かい?」
「ええ。十五歳の身体をもらいガルダルディアに転生しました」
「そうか。私は日本人でね、会社帰りにシンクホールがいきなり現れたと思ったら、クライヤ神に転生させられて、赤ん坊になっていたよ」
「日本人なんですか? えっとそしたら江戸時代や明治時代の人なんですか?」
「いや、私が死んだのは20XX年だよ」
「そうなんですか? 私は20X〇年でした」
時間軸がかなり違うんだな。
たった数年で、三百年以上の開きがあるとは。
「君がここにいるって事は、賢者君は魔王の復活を止めたのか」
魔王とか超物騒なんですけど……。
「……あと四十年前後に新たな勇者が生まれて、魔王と戦うらしいですよ」
「詳しいね……」
その言葉が紡がれた瞬間に、魔力を感じた。
「何かしましたか?」
「うん。鑑定をした。職業が治癒士なのに、経った六年でそこまで鍛えたことは褒めてあげるよ。特に状態異常耐性の高さが素晴らしい」
「何でそんなに上から目線なんですか?」
「だって私は治癒士教会の創設者だからね……で、教会に変わったことはあるかい?」
「ええ。時代の流れでしょうが……」
治癒士の料金問題、教会の迷宮化、イエニスの件を簡潔に話していった。
「……そんな感じです。そういえば教皇様が貴方の娘さんだった事にはさすがに驚きましたけどね」
「娘はやらん」
「娘を持つ父親が、一度は言ってみたい言葉をさらっと言わなくても、教皇様とそもそもお付き合いをする気はありません」
「娘のことが気に入らないのか?」
「……面倒なんで、話を進めますけど、転生龍が邪神に封印されているらしくて、聖龍と炎龍は解放したからなんとかなりますよね?」
俺をからかっても面白くないと感じたのか話が本筋に戻った。
「……それだと負ける。どんなに手を講じても引き分け関の山だな」
「何でそんなことが言えるんですか?」
「……主神と邪神は交わらない。同じように光の勇者と闇の勇者は交わらない」
「はぁ~」
「時空龍は存在するが、今回は関係ない。何故なら時空龍は主神クライヤの仮の姿だから」
「RPGだと最後の方に出てくる情報ですね」
「ここは現実……ではないが、君は現実に戻るからな。それよりも、転生龍を解放しないと勇者に属性が光しか無くなり、魔王は光と時空間を除いた全属性魔法を使う」
「……解放すると勇者の属性が増えて、魔王の属性が減る?」
「そうなる。私の時は私が全属性を持っていたから、魔王は倒すことは邪竜を倒すことより容易だったが、逆だったら精霊の力を借りても難しかっただろう」
……この人、今さらっと自分が勇者だったことと、魔王殺しをしたことを言ったぞ。
「勇者だったんですか? でもそんな話は貴方の伝記には載っていませんでしたよ?」
「倒したのが魔王だって知ったのはずっと後だったし、私には夢があったからね」
「夢?」
「空中都市を創りたかったのさ。飛行魔法は精霊達のおかげで、成人前に使えるようになっていたからね。その感動を皆にお裾分けしたかったのさ」
「…………」
「聖龍と炎龍ならあとせめて基本属性の水龍、風龍、土龍を解放してあげて欲しい。そうすれば魔王は雷、重力、毒等しか使ってこない筈だから、大丈夫だ」
何が大丈夫なのか、全く意味が分からなかった。
「私はこれ以上、危険な目には合いたくないので、死ぬ思いをしてまで迷宮に潜って転生龍の封印を解くことも、精霊に踊らされるのも真っ平です」
そうだよ。
俺は生きることが優先だったんだから、それで良いはずだ。
幸いお金もあるし、長閑に暮らせればそれでいいじゃないか。
「……私は現状の世界を知ることは出来ないが、きっと想像以上に大変な目に合っているんだろうな」
「ええ。普通の魔物と戦って、直ぐに死にそうになるぐらい弱いので……今回は邪神も絡んでいるようなので、さすがに」
「邪神か……あ、もう時間だ。もう少し話をしたかったが、君が次にここへ来られるのは早くても数年後だ。
だからまずロックフォードの小さき門を通り大きな門に手を伸ばせば、土龍と合えるはずだ。
それと空中都市ネルダールに行くことがあったら、中央の噴水で…………と叫べ」
「はっ?」
「そうすれば、きっと力になってくれる筈だ」
「ちょっと待て」
手を伸ばした瞬間に俺の意識はまた遠退き、気がつくとロックフォードの役場にいた。
「ルシエル様? 何を待つんですか?」
「顔色が悪い?」
あれだけ話したのに、まるで時計の針が止まっているようだった。
時空間魔法を使ったってことなのか?
この地には迷宮はなかったけど、土龍がいることまではわかった。
迷宮をクリアする必要は無さそうだけど…………。
ここら辺に蟻の魔物が多いってことはこれからも蟻の魔物が多く出る可能性もあるってことになるのか?
そして土龍を解放すれば、魔物が弱くなる?
……直ぐには判断が出来ない。
俺とリシアンは魔力証明を済ませた。
このあとも町を回る予定だったのだが、ポーラとリシアンは俺の顔色が優れないこともあり、心配してれてドランの工房へ戻ることになった。
だが人生は、時として考える時間を与えてはくれないことを、俺はこの帰り道で痛感することになる。
お読みいただきありがとう御座います。