106 帰還の宴
ポーラは工房の中へ入っていった。
ドランは工房に入らなかった……入らないで、工房に触れ、入り口を触ると、その場に腰を下ろした。
「どうしたドラン?」
「俺はルシエル様の為に、グランド兄者の為に、一体何をすれば良いんだろうな」
ドランの目には光るものがあった。
サプライズは大成功だったようだ。
グランドさんは、そんなドランを見て嬉しそうに笑っている。
「これからは俺の作って欲しいものが、アイディアとしてたくさん出てきますから、それを一つ一つ形にしていってください」
「今までもそのつもりでやってきた。じゃが、これはさすがに反則じゃろ」
ドランはもう涙を隠しきれていなかった。
「ドランが生きているって、ルシエル殿が教えてくれたからな。いずれお前がここに戻って来ると分かっていたんだ。弟弟子の為に動くのは当たり前よ」
「グランドの兄者!」
二人はガッチリと抱き合った。
あまりの重量感に声をかけそびれているとグランドさんがそれに気がついた。
俺はそれを確認してから、ドランに声をかける。
「ほら、ドランが入らないと、リシアンも入れないだろ。リシアンも今日からここで暮らすんだから」
リシアンに顔を向けると、ばつが悪そうにしていた。
「すまんな。じゃあついて来てくれ」
こうして俺達は、ドラン達の住居兼工房にお邪魔?することになった。
地上二階が住居スペースで、地下一階に三つの工房が作られていた。
「地上はそうでも無さそうだけど、地下は……意味が分からん」
俺がそう呟いた理由は工房が広かっただけではない。
広さはイエニスの工房の二倍程だったが、外から中の様子が推測出来そうな半透明ガラスの様な造りとなっており、そこにはたくさんの魔法陣が刻まれていた。
「防音、防振、防塵、防腐、防炎の魔法陣を刻み、万が一の時の為に外からも分かるように金剛石とアダマンタイトを使用して壁にした。これで工房が吹っ飛ぶこともなくなった」
見ただけで、凄いお金がかかっているのは分かったし、俺も納得した。
「ここにいれば地震が来ても揺れないぞ。床下も完全に固定化したからな」
グランドさんはやり切った感が出ていた。
しかし、ドランの工房を吹き飛ばしたミスは、やはり地震の影響であったことを窺わせた。
ポーラとリシアンは、お互いが覗けるブースになっていることで、ライバル関係を持ち出すかと思いきや、共同開発に全力を注ぐ感じのアイコンタクトをしているように感じた。
そこでロックフォードに到着してから大人しかったライオネルとケティがついに口を開いた。
「ルシエル様、鍛冶士の頂点に在られるグランド殿とドラン殿に共同で武具を作っていただきたいのですが……」
「奴隷の身で無理な相談だとは分かっているニャ、でもお願いしたいニャ」
グランドさんって、帝国でも有名だったのか?
さすがだな~、俺はそんなことを考えながら、了承することにする。
「二人はいつでも奴隷契約の解除が出来るんだから、奴隷(仮)だろ……グランドさん。こっちの奴隷三人分の武具の作成をお願いしたいんですが、宜しいですか?」
「俺のも、ですか?」
「戦力になってくれよ?」
ケフィンは焦っていたが、戦力は強い方が良いのだ。
「ルシエル殿の頼みなら聞こう。ただ、値引きはしないぞ。それとルシエル殿の武具も、そろそろメンテナンスをしてみるか」
「ありがとう御座います。出来る限りの料金を、お支払い致しますので宜しくお願いします」
「分かった。ドランやれるな?」
「一打入魂!! この依頼を承る。グランド兄者の力を貸してください」
「任せろ」
こうして二人の武具作りが始まろうとしていた……が、グランドさんの一言で場が沈黙する。
「それで何の材料で作るんだ? 魔物か? それともミスリルやアダマンタイト、オリハルコンか?」
「在庫はあるんですか?」
「何を言っているんだ? 持ち込みだろ?」
「…………」
何を言っているんだ?
そんな顔を向けられたが、そうなると鉱山に行けということになる。
……折角少人数で安全な土地に来たのに……俺は命を賭けてまで、武具を製作してもらう気にはなれなかった。
そんな考えを察知したのか、ガシッ、ガシッっと、ライオネルとケティが俺の肩を掴んだ。
「ルシエル様、もう我侭は言わないので、鉱山に参りましょう」
「ルシエル様、尽くすからお願いしたいニャ」
「うん、嫌だ」
俺は笑顔で断った。
土龍だか地龍だかが眠る鉱山なんて、誰が行くか!
「……三人の装備は以前、幻想杖を作っていただいたときにお渡しした、浄化済みの龍の鱗と骨でも大丈夫ですか?」
「ああ。勿論だ。あれもかなりのものだから、腕がなるな」
「私は鉱山に行きたくないだけですよ。きっとかなりの時間が掛かるんですよね?」
「三人分ともなれば……最短でも三ヶ月は掛かる。最長なら半年だな」
三人は素材を聞いて驚いていたが、どうせ魔法袋に死蔵されるものなのだから、使ったほうが時間や手間も有意義に使える。
その上、何と言っても安全であることが上げられる。
武具を三人分だから、時間が掛かることも予測していたので、俺的には問題が無かった。
「お願いします。私の武具のメンテナンスと彼らの武具一式の採寸が終わったら、一度メラトニの街へ行こうと思っているのですが、いいですか?」
さすがに半年あったら鍛えることが出来るし、殺伐とした出会いより、素敵な出会いを求めたいと思っていた。
「うむ。問題はない。それより今日はドランとポーラの歓迎会をするから、ルシエル殿、今日こそ飲むぞ」
「分かりました。強い酒ではありませんが、特製のハチミツ酒もありますので飲んでもらえると嬉しいです」
「酒なら何でもいいぜ。さらに美味ければ尚のこと良い。火酒も良いが、滅多に飲めない酒も大歓迎だぜ」
「それなら良かった。それとですが、その席でドランとポーラの奴隷契約を解除しても良いですよね?」
「ああ。本当ありがたい」
「ちょっと待ってくれ。ドワーフ王に知られたら、また……」
「安心しろ。既にそのことについて、ドワーフ王とも話がついている。
もう気に病む必要はない。
そもそもドワーフ王も悔やんでいたぞ。
最高の剣を献上するし、それが出来なければ、奴隷にでも何にでもなると言わせてしまったことを」
「約束は約束だったからだ……まさかポーラがついて来るとは思わなかったんじゃ」
「もう後悔しないように、変な口約束はするなよ」
「兄者……今後は肝に銘じて、ルシエル様のアイディアを活かしたものを作っていきたいと思う」
「たくっ、楽しそうにしやがって。俺にも噛ませろ」
「じゃあ今日の夜に解除しますよ?」
「ああ。宜しく頼みます」
ドランが俺に頭を下げるのだった。
夕暮れが再現されるロックフォードの町で、ドランとポーラの帰還を祝う為に、仕事を終えた研究者や技術者が、町の広場へ集まっていた。
「諸君、よく集まってくれた。
この町に剛腕の技術屋ドランとゴーレム大好きっ子のポーラが帰還した」
歓声が上がり、二人に色々な言葉が掛かる。
「今の二人は奴隷だ……が、今を持ってその奴隷契約が解除される」
俺は二人にディスペルを掛けた。
「これで奴隷契約解除は終了です」
俺はグランドさんに声を掛けるとグランドさんは大きく頷いた。
「今、奴隷契約を解除したのが、聖シュルール教会のS級治癒士になったルシエル殿だ。彼は人道的に二人を買って保護してくれていた」
奴隷を買ったのと保護したという言葉を聞いて、住民たちはどう反応すればいいのか、分からなくなってしまった。
「一度も殴られたりこき使われたりすることはなく、優しい主じゃった。
そしてポーラに手を出そうともしなかった……ヘタレじゃ」
ガンッ!と柔らかい一斗缶で、ポーラがドランの頭を叩いて、まるでドリフのようなツッコミだった。
俺はそれを見て笑ってしまうと、住民達もこれには大爆笑だった。
どうやら二人のコントは昔から行われているようだった。
「帰還した。またお願いします」
ペコリと頭を下げたポーラには、皆からアイドルに向けるかのような声援が飛ぶ。
『ポーラちゃ~ん』
小さい時からここで育ったのだ。
それに技術屋なのだから、きっとポーラはここで、皆から愛されて育ったんだろうな。
「皆の衆、迷惑をかけた。これからも宜しく頼む」
今度は暖かい拍手が起こるのだった。
「今日はとても良い日だ。飲み過ぎても、ルシエル殿がいれば二日酔いも怖くないぞ!」
『おおっ~!』
「ドランとポーラの帰還を祝って乾杯」
『乾杯』
こうして宴が始まった。
「ドランとポーラが奴隷になったと聞いたときは、俺は嘆いた。
なんでだと…神にもドワーフ王にも文句を言った。
ドワーフ王の方が、相当落ち込んでいたぞ。
何故、俺に助けを求めなかったんだ」
グランドさんはドラン……さんと酒を飲みながら、そう説教し始めた。
「悪かった」
「俺は二人の手がかりを探した……が、結局は見つけられないまま、時だけが流れた。
そんな時に、ここにいる治癒士教会のS級治癒士ルシエル殿から、一通の手紙が届いた。
二人を保護して、ドランの腕も元通りにしたから、二人の帰れる場所を作ってほしいと頼まれたんだ。
これがどれだけ嬉しかったか分かっているのか?」
「グランドのじぃじ、ありがとう」
「うん。ポーラは一つも悪くないからな」
完全に好々爺と化したグランドさんはポーラを撫でながら、ドランを見て説教は続く。
「ルシエル殿に他言無用と言われていたから、工房を戻す時も皆から変な顔で見られた時は、俺だって傷ついたんだぞ」
酒が強い筈のグランドさんが、いきなり絡み酒に突入し、こちらにも飛び火してきそうだった。
「グランドの兄者、ありがとう」
ドラン……さんは、身体をグランドさんの正面に向けると頭を下げて礼をいった。
「チクショー! これ以上は言わないでやる。だが、今日はとことん付き合えよ」
「先に潰れるのは、グランドの兄者だと思うので、介抱は任せてください」
「上等じゃ、潰してくれる」
こうして二人の飲み比べが始まり、ドランさんとポーラの帰還を祝う宴は深夜まで続いていくのだった。
お読みいただきありがとうございます。