104 地震と魔物と嫌な予感
街道に出てから二日間は何事もなく、それほど強い魔物が現れることはなかったので、順調に進めていた。
そんな油断をしていた夕暮れ時のことだった。
ゴゴゴゴゴ
最初は何か気のせいかと思っていたのだが、次第に地面が揺れ始めたのだった。
「地震か?」
身を低くして、バランスを取ると直ぐに揺れは収まったが……この地震が深刻な問題を一つ引き起こしていた。
火の側にいたので、たまたま目に入ったドランの様子がおかしかったのだ。
「ドラン大丈夫か?」
俺が話しかけたドランは、土気色の顔をしていて、多量の発汗が認められた。
「だ、大丈夫だ」
そうは言うものの、ドランの目は虚ろになっていた。
俺はドランへ近寄り、リカバーを唱えると徐々に目の焦点が合ってきて、混乱状態が収まってきたのを感じた。
「……もしかして今の地震で、腕を失った時のことでも思い出したのか?」
「……さすがS級治癒士様のルシエル様にはばれてしまうか……そうじゃ。あの時に地震さえ起きなければと何度も思った。
そうすれば腕を失うことも無かったし、工房も吹き飛ばさずに済んだんじゃからな…!」
ドランは心的外傷後ストレス障害なのかも知れないと思った。
「そうか。でもその腕と引き換えにポーラを守ったんだろ?」
「……そうじゃ。そうじゃったな。それに今は腕がちゃんとあるんじゃった…」
ドランは興奮しかけたが、そう言って無理矢理笑うと、手を握ったり開いたりすることで、徐々に落ち着きを取り戻していった。
「ドラン、俺はドランの気持ちは分からない。
でも回復魔法を掛けてあげられるし、相談にも乗れる。喋ることで楽になることもあるんだ。
少しでもおかしいと感じたら言ってくれ」
「……俺はなんて運が良いのだろうな」
ドランは俺を見て笑うのだった。
ポーラはだいぶ落ち着いたドランを見て、安堵した様子だった。
幸いなことと思ってはいけないのだが、ポーラに心的外傷後ストレス障害のような症状がなかったのは救いだった。
「ドラン、確かロックフォードでは、数年前から地震が頻繁に起こっているんだろ? 行き先をメラトニへ変更するか?」
ロックフォードに絶対行かないといけない…そんなことはない。
それに龍がいることを思い出して実は俺もあまり行きたくないのだ……
しかし、ドランは弱音を吐くタイプではない。
「大丈夫だ。俺にはあれを作るといった使命があるし、あいつ等の墓にも、俺がもう一度鍛冶士になれたことを伝えたいんだ」
そこにはいつものドランの顔があった。
「それなら良い。じゃあ、さっさと夕食の用意をしてしまおう」
「その前に魔物退治が先になりそうですな」
「ニャ!? 今回は地下からニャ。魔物は蟻みたいニャ」
「フォレノワール入れ」
隠者の鍵を回し厩舎を入るように命令すると直ぐに入ってくれる。
「戦闘が終わったら、また出してやるからな」
そう言って鍵を閉めると扉は消失していった。
「数はどれぐらいだ?」
「ニ、三十といったところニャ」
「蟻は生命力があり、攻撃は噛みつきと固体によって溶解液を吐いてくるから、避けるのじゃ」
ケティの後にドランの声が響いた。
「休んでなくて良いのか?」
「きっちり叩き潰して、土属性の魔石を手に入れる」
ドランはいつも通りに戻っていた。
「それは頼もしい。腕を失っても命さえ失わなかったら、助けてみせる。だからぶっ飛ばせ」
「おう」
ドランは大鎚を持って構えた。
その横には三メートル級のゴーレムがファイティングポーズで蟻を迎え撃とうとしていた。
蟻の魔物は……弱かった。
「弱いけど、どんどん増えてないか?」
俺の持っている装備がチート性能である事をたまに忘れそうになるが、魔力を注いだ聖龍の槍にしても、幻想剣にしても蟻の硬い背中を一刀両断出来てしまうのだ。
「徐々に増えていますな」
「なかなか固いニャ」
「だったら一気に決めるぞポーラ」
「お爺分かった」
三メートル級のゴーレムが五メートル級になり、足の裏で蟻を踏み潰している。
あれは完全にストンピング攻撃だな。
蹴りは地味にトーキックだし……いずれもあれをインスピレーションでやっているのか? それとも何かあるのか聞く日が来るかも知れないな。
そんなことを思っていると戦闘が終了した。
「あれが無制限で使えたら、強すぎるだろ」
「確かに仕組みが分かっていなければ、勝てる気がしないニャ」
「対巨人の戦闘シミュレーションには良さそうですな」
ライオネルが戦闘狂なのは分かっていたので、ライオネルの発言はスルーすることにした。
「暗いから剥ぎ取りに関しては明日やろう。ただちゃんと死んでいるか、油断せずに確認を頼む」
俺は魔法袋からライトを取り出すと皆に渡したあとで、魔法袋に死骸を回収しながら浄化魔法をかけるのだった。
「蟻の魔物が少なくとも五十体程いたが、ここら辺はこんなに魔物が多いのか?」
「地震が活発化してから魔物は増えているが、最近のことは正直わからない」
「……ロックフォード近郊には迷宮はないんだよな?」
「ああ。鉱山がいくつも点在しているが、迷宮となっているところはない」
下手するとこれから迷宮化することも考えられるのか?
それとも……。
「鉱山自体が迷宮だってことはないのか?」
「魔物の死体が残るから迷宮ではないはずだ」
ドランはそう言った。
「今日は三交代で野営をするぞ」
俺はそう告げてから、薬師ギルドから買った魔物除けの香を焚いた。
ただ屋外でどれだけ有効なのか分からない為、三交代にしたのだ。
結論から言うと明け方まで魔物に襲われる事はなかったが、昨日の蟻は地下から来ていたようで、五十センチ級の穴がいくつか見られた。
「まるで落とし穴みたいだな。馬車の車輪が嵌ったら馬車の転倒も考えられるよな?」
「確かに。蟻の魔物があれだけいたことを考えれば、これから少しスピードを落としたほうが良いかも知れませんな」
「ここまで順調だったし、そうするか」
俺はイエニスで蟻の魔物がいなかったことを思い返しホッとしながら、馬車を魔法袋から取り出した。
あと三日か四日で辿り着くであろうロックフォードへ向け再出発した。
「昨日の蟻の魔物は飛んだり、溶解液を飛ばしてきたりもしなかったけど、あれは魔物としては弱いんじゃ……斥候タイプだと思うか?」
「そこまで魔物に詳しいわけではありませんが、魔物にも同族種でありながら、強い固体や変異種、その他にも上のクラスの魔物がいるので、そう考えるのが妥当かと」
「何処かに、平和な国はないのかね」
「魔法士ギルドの本部がある魔法独立都市ネルダールなら、ワイバーンやグリフォン、怪鳥系の魔物が突撃してくることもあるらしいですが、中までは入ってこれない仕組みになっているので、比較的安全かと」
「ワイバーンやグリフォン、怪鳥系の魔物の時点で全く安心出来ないけど、何か結界でも張っているのか? それに何で飛ぶ魔物ばかりなんだ?」
「魔法独立都市ネルダールは、数百年前に時の勇者と賢者、精霊魔法士が力を合わせて作り上げた、空に浮かぶ空中魔法都市です。支配されることがない様に、不可侵協定を各国に結ばせたと聞いたことがあります」
「……まさか先駆者がいたとは……でも待て、俺が勉強したときには、空中都市なんて文言が載っている本はなかったぞ?」
「それはそうでしょう。ネルダールに関しては色々と制約がありますし、空中を移動している為に、現在地も分かりませんからね」
地図に載せられないから書かれていなかったって、少し横暴な気がするけど……。
「……いいなぁ〜。空中都市」
「戦闘とは無縁ですから、私はあまり好きませんが、そう言えば治癒士ギルドとは犬猿の仲ですよ」
「……何で?」
「信仰する神が違う等での対立だったかと記憶しています」
どうせ分かっていたよ。
人生はそんなに甘くないって・・・
「早急に魔物レーダーを作ってもらうのが現実的か」
「魔物が来たら守ってみせますから、そこまで気を揉む必要はありませんぞ」
「……期待しているし、宜しく頼む」
そんな会話をしている時だった。
馬車の馬が興奮し始めたと思ったら、また地震が起きた。
「くっ……良し、偉いぞ、フォレノワール」
フォレノワールは地震が起きても微動だにしなかった。
ライオネルの方は、ライオネルがしっかりと馬を制御していた為、落ち着いていた。
地震は三十秒もすると止むが、興奮している馬にそのまま馬車を曳かせるのはマズいと判断して、隠者の厩舎に入ってもらいリラックスさせることにした。
「昨日よりはマシみたいだな……リカバー」
「助かる。今回は手があることを何度も確認していたから、あまり混乱はしなかったが、それでも身体が震えた」
「それは仕方がないだろ」
ドランは顔色が悪かったが、昨日ほどではなく、目の焦点もしっかりと定まっていた。
リカバーをかけると何処か安心したように見えた。
ドランの強靭な精神ならば、きっと乗り越えてくれると、俺はそう期待するのだった。
そこへケティの声が響いた。
「また昨日と一緒で魔物が来るニャ」
「無理はするなよ」
「魔石でポーラの喜ぶ顔が見たいんじゃ」
やはりドランはドランだった。
昨日と同じ蟻の魔物が、突如現れた穴から沸いてくるようだった。
エリアバリアを掛けると一斉に蟻へと向かって走り出す。
「しっかりと姿が見えるとグロイ」
押し寄せる蟻の魔物は群がるように近寄ってくるが、さすがに一撃で倒すことが出来る為、囲まれなければ俺でも何とかなる。
ライオネルは炎の大剣を振り回して、凄い勢いで蟻を叩き燃やしながら、吹き飛ばしていた。
そのおかげで連携も何もなく、油断は出来ないが、苦戦をする感じはなかった。
倒し続けていると羽を出した蟻が穴から出てくるのが見えたが、そこに風の刃が飛んでいき羽を切り落とした。
リシアンが精霊魔法を使ったのだろう。
「昨日は、お役に立てませんでしたので、今回は働かせていただきますわ」
俺と目が合うとそう告げて、風の刃でまた飛ぼうとする別の蟻の魔物を攻撃していった。
戦闘はそこまで長くは掛からなかったが、魔物の数は昨日よりも多く、その上位が出てきたのが気になった。
「地震が起こるのは魔物が出る前兆か?」
「……そう考えるのが無難かも知れませんな」
「ロックフォードは大丈夫なのか?」
「地震は頻繁にあったが、地下も含めて街に魔物が入ったことはなかったぞ」
「それなら良いんだけど」
俺は蟻の死体を回収しながら、ロックフォードでは何も起こらないことを祈るばかりだった。
こうして何度か蟻の魔物に襲撃を受けながらも、四日後の昼に俺達は、職人と技術者が集う街ロックフォードへと到着した。
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