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102 それぞれの道

 

 治癒特区の建物が焼失したあとは、暫くそのままだった。

 誰もが焼失したことを知っていたし、治癒特区が出来ることを望んでいた獣人達が大勢いたのだ。


 その活動が始まったのは学校作りを再開させた翌日からだと聞いている。 

獣人達が空いている時間を見つけては、炭となってしまった建物の片づけを始めたのだ。

 今回の件で色々と思うところがあったのだろうか…今後イエニスの為に何をすれば良いのか自分達で少しずつ考え始め行動しているみたいだ。学校が完成する頃には治癒特区の焼け跡は綺麗な更地へと変わっていた。


 今回のことで国庫が潤ったこともあり、治癒特区の建築に関して、イエニスの代表者会議でしっかりとした予算が組まれたことにより俺は建設を受注することにした。

 治癒特区の建設が始まったのは、学校の校舎が完成してから直ぐのことだった。




 ドランが棟梁として指揮を取り、バーゼル隊の一人一人がリーダーになって、ハーフ獣人のドルスターさん達や他の獣人達に建築技術を教えていくことになった。

 不正や邪魔が出来ないように一人ずつと誓約をして、前みたいな破壊活動は行われない対策もしたのだが、治癒特区の建物を一緒に作りたいと言ってきた人達はハーフだからと見下すようなことは無かった。



 俺達は未開の森で資材調達、沈静化してきた迷宮で魔石の確保をして、開校の準備を進めていた。



「羊皮紙を大量に用意はしたけど、開発が間に合ってよかった」

「ルシエル様の発想が凄かった」

「まさかの盲点でしたわ」

 すっかりとライバルであり、共同研究者となったポーラとリシアンは、マジックシートとマジックペンの開発に成功していた。


「何度も書いて何度も消せる。文字や計算を反復して覚えさせるにはかなり優秀なもの」

「これで文字を覚えたら、吟遊詩人の詩を読み書き出来るようになりますし、計算を覚えたのなら、商人になれなくても騙されることはなくなりますわ」

「まぁ、いずれそうなれば良いな」


 この二人はかなり仲が良いと思う。

 何故ならいつも一緒だからだ。

 これが類は友を呼ぶということだろう。


「今回の開発が済んだってことは、これで二人に頼んでいた仕事は終わりだ。そこでこれからの進路だけど……」

「私はお爺と決める」

「私は生涯のライバルが行くところについて行きますわ。ですが……ナーリアさんみたいに、ルシエル様のところで研究者として雇っていただきたいのですが…」

 リシアンは今までもずっと、そう言い続けてきていた。

「研究者としてならドランに聞いてくれ。研究者、技術者としての採用はドランに一任している。ドランがその話を断れば、リシアンは畑の管理人として雇いたい。給料もしっかりと払うから、その中で魔道具の研究を進めるのは構わない」

「……そこはブレませんのね」

 最後まで固い俺に今回もリシアンは引き下がる。


「人の人生を背負う前に、自分のことがしっかりとしてないといけない。だから俺よりも適任者に任せているんだ。ドランのことは信用も信頼しているし、技術等に疎い俺よりも適任だろ」

「信用と信頼」

「最初の頃は二人の暴走に頭を抱えたからな。最近はしっかりと計画を立てていることも分かるし、その技術には信頼をしていていたが、最近は暴走も無くなってきた。だから信用も出来る様になってきたってことだ」

 俺は当時を思い出して笑った。

 ポーラは目を逸らしたが、当時のことを彼女も思い出したようだった。

「それじゃ二人はナーリアさんの手伝いとドランの手伝いをしてもらいたい。それが終わったら作りたいものリストで俺が許可したものを作って良いぞ」

「また」

「失礼しますわ」

 二人は俺の言葉を聞くと嬉しそうに走っていった。

「どっちがブレないんだか……」

 俺は苦笑を浮かべて呟くのだった。



 その夜、俺はドランを治癒士ギルドのギルドマスターの部屋に呼んだ。


「ルシエル様、お呼びだとか?」

「ああ。掛けてくれ」

 俺は応接のイスにドランを座らせ、治癒特区建設について進捗状況を確認しながら、今後の展開も含めて話をすることにした。


「現在の治癒特区と称した総合診療所に関して進み具合はどうなっている?」

「治癒士ギルドのジョルド殿と薬師ギルドのスミック殿と打ち合わせをして、後は内装を仕上げるだけですな」

「そうか。それが終われば俺の任期は終了する。そのあとどうしたい?」

「ルシエル様に付いて行きますよ。私はそれしか考えておりません」

 全く曇りのない目で見られると、こちらが緊張してしまう。

「……技術屋が集まる故郷に戻りたくないか?」

「むぅ…工房を吹き飛ばして、借金奴隷にならざるを得なくなった……あそこに俺の居場所はない」

「そうか……実はあそこで開発の責任者として、俺を支えて欲しいと思ったんだけどな……」

「…………」

「奴隷を止めて俺の、S級治癒士の技術開発責任者として雇用されてくれないか?」

「……忝い」

「じゃあ、一度メラトニへ連れて行くかは別として、雇用されてくれるか?」

「はっ」

「ありがとう。ドランとポーラの奴隷解除はいつでも良いから、いつでも言ってくれ」

「それでしたら、あの街に帰ってからでお願いします」

「分かった。これまで通り頼む」

「はっ」


 ドランは用が終わると部屋を出て行った。

「故郷だし、家族の墓もあるんだから、もっと言ってくれれば良いのに」


 ドランの息子夫婦は鉱山へ採掘に向かったあと帰らなかった。

 何でも鉱山で爆発があり、二人がそれに巻き込まれたのでは?

 周囲がそう騒ぐ中、ドランはポーラの側を離れるわけには行かなかった。

 何日も捜索隊が出たが、二人はいつまでも戻らなかったらしい。

 グランドさんと手紙のやり取りをしてそんな事実を知った。又、ドランがルシエルの元にいることを知ったグランドさんはドランの工房があった場所に新しく工房を建設してくれたらしい。

 グランドさんは自分の遠征中に事故があったことを知って、ドランとポーラを色々探したけれど見つからなかったそうだ。


「これで後はケフィン達か」

 俺はどうするか腕を組んで悩みながら部屋に戻り、魔法陣詠唱の練習をしてから眠るのだった。



 ちなみにエルフのミルフィーネは工場で働いてくれることになっており、既に奴隷契約は解除してある。

 ミルフィーネがナーリアさんの校長就任後から落ち着かないので、ギルドマスター部屋に呼んだら、水精霊の話を教えてくれた。

 精霊の巫女の話を聞いたが、何故急に話すようになったかと言えば、良心の呵責に耐えられなかったかららしい。

「あのようなことがあったのに、何も変わらずに接していただきました。これで黙ったままというのは流石に無理でした」

 彼女の言葉を信じきることは出来なかったが、仕事はきちんするし、精霊魔法を使って植物の成長を助けたりも出来て、ハッチ族との相性の良さから残すことにした。

 彼女は感激して涙を流した。

「ありがとうございます。精霊様からは精霊の巫女を見つけろと言われていたんですけど、私にはそんな特殊な能力はありませんから……」

 どうやら戦闘も苦手で、美味しいハチミツがたまにもらえるこの環境がすっかり気に入っていたのだとか。


 そしてハーフエルフのクレシアはナーリアさんを尊敬していて、学校の先生をしてみたいと要望があった。

 ナーリアもクレシアのことを評価していたので、学校の先生として雇うことにした時に奴隷契約を解除し、改めて先生として雇用契約をした。

 実はクレシアは混乱さえしなければ、弓術と双剣術が得意で、レインスター卿に強い憧れを抱いていたのだった。

 その実力は俺よりも……遥か上でとても強かった。

 ステータスではこちらの方が高かったのに、俺は無残に何度も転がされ、ステータスを見て判断するのを止めた。

 レベルが上り、強くなったと勘違いしていた俺に、現実の厳しさを教えてくれたクレシアをその場で採用したのだった。

 ブロド教官の教えで頭では分かっていたことを、実戦で経験したその日から、俺の訓練の量が増えたのは内緒だ。


 二人には今後、イエニスで新たな幸せを掴んで欲しいと思うのだった。


 翌日ケフィン達と面接をすると、ケフィン以外はこのイエニスに残ると宣言した。

 しかもケフィンを含めて全員が奴隷のままで、だ。


「俺はルシエル様について行きますが、他の連中はイエニスに残します。

 これから先、この国が本当に良くなるかはまだ分かりません。

 だからその時にルシエル様が築いた、ここの地下工場や学校を守りたいのです。

 それに俺達のような犯罪奴隷が、そんなに簡単に奴隷契約を解除されてしまったら、きっとルシエル様に反感を抱く者が出てきます。

 だから五年、十年先まで、働いた時に恩赦として奴隷契約の解除をしていただければと皆で考えました」


 俺よりも凄く考えているケフィン達の考えに、いつも俺は甘えているのだと思い知らされて、この話を受けた。

 但し、彼らの奴隷主は俺のままにして欲しいと要望があった。

 理由としては俺の奴隷というだけで、冒険者達も絡んでこないのだとか。

 後日ジャスアン殿に確認したら、絶対に揉めてはいけないリストのトップが俺になっていて、奴隷も俺の財産になるから、それによって彼らは守られている事実が判明したので、奴隷主は俺のままにした。


 治癒士ギルドと薬師ギルドが合体した治癒特区、総合診療所が完成した。

 一階は総合受付を設けてあり、治療室を完備してある。

 二階は治癒と薬学に関する書籍が読めるようになっている。

 三階が食堂となり、ここからは関係者以外通れない設計になっている。

 四階が男性の住居スペース、五階が女子の住居スペースになっている。

 また地下室は薬の調合室を設け、以前のように煙が漏れることの無いような工夫がされている。

 ここの初代の責任者に無理矢理一日だけ就任させられた俺は、ジョルドさんも目立ちたくない人だと言うことを初めて知ることになった。



 ここ数ヶ月はあっという間に通りすぎていった気がする。

 そして俺は現在、学校の開校挨拶をするところだ。


「只今、ご紹介いただいたS級治癒士のルシエルです。

 このように快晴に恵まれた良き日に、イエニス学校を開校出来る事を嬉しく思います。

 今回尽力していただいた皆様に創設者として、厚く御礼申し上げます。

 そして一期生の皆さん、ご入学おめでとうございます。

 この学校を設立しようと思ったきっかけは、種族間の対立やハーフ獣人に対する偏見でした。

 人は生まれながらに平等ではありません。

 ですが、平等に学ぶ権利は誰にでもあると考えています。

 現在の八種族にも言えることですが、ここで学ぶことにより、自分の可能性を広げて将来は発明家や薬師や商人など、なりたい職業に就ける可能性を高めて欲しいと思います。

 そしてここで学ぶことにより、考える力を培って皆さんが、今後のイエニスを引っ張っていって欲しいと考えています。

 焼けた治癒特区を片付け始めた皆さんなら、イエニスを良くしようとしている皆さんなら、それがきっと出来る筈です。


 私がこのイエニスに来て一年が経ちますが、はっきり申し上げるとイエニスには良い思い出がありません。

 到着初日から命を狙われ、治癒士のデモンストレーションの妨害に、迷宮踏破。

 長就任後に様々な妨害と、叩けば叩くほど出てくる不正の数々。

 極めつけはイエニスの大暴動です。


 この学校が出来たことで、皆さんが少しでも幸福になれば、それが私のイエニスで一番嬉しい記憶になっていくでしょう。

 そうなるように祈りながら、私の挨拶とさせていただきます。

 皆さんご入学おめでとうございます」


 俺がそう挨拶をして式典を終えた夜に、ナーリアさんに足が痺れるぐらい怒られたのだが、それについては語るまい。



 翌日早朝、まだ日が昇る前にフォレノワールに乗った俺と、それに並走するライオネルが乗った馬、最後にケフィンが御者する馬車がイエニスを出立するのだった。

 馬車にはケティ、ドラン、ポーラ、リシアンを乗せ、まずはドランとポーラの故郷へと向かうのだった。




お読みいただきありがとうございます。

これで六章が漸く完結しました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 奴隷としか人間関係築けないのは主人公の問題なのか作者の問題なのか。また、なんかあると「誓約」でしか信頼関係が担保できないの、現代日本からの転生者としては違和感がある。それなくして人と仕…
[良い点] 開校での挨拶の演説は良かった。 苦言を苦言として言い、今後の発展を委ねる、 甘いとされる主人公の成長とみれる。 あっさりした旅立ちも良かった。
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