101 学校完成
ガルバさんによる強行権の内容発表が終わった後、ガルバさんとグルガーさんの二人は俺に治癒士ギルドへ帰っているようにと促されたが、残ることにした。
全てを見届ける必要があると感じていたからだ。
「まぁ見ていて楽しいものじゃないと思うけど」
そう言ってガルバさんは種族ごとの住人名簿を取り出して、グルガーさんに指示を出し、今回の暴動に参加した人達に物体Xを飲ませていくことになった。
さすがに料理は間に合わないから、そこは後日また食べさせるという判断に至ったようだ。
物体Xをグルガーさんが飲ませているすぐ横でガルバさんが強行権について詳しく説明してくれた。
「・・・そんな訳で、各種族から新しい族長が決まれば強行権は復活するから、狼獣人が虐げられる環境にはならないんだよ」
「でも多種族が結託したら、一つの種族を叩くことだって可能ですよね?」
「そうだね。通常は過半数種族の承認が必要だけど、犯罪者にはその権限がないんだ。だから族長達を全て集める必要があった」
「爆発をうまく使って、一気に今回の騒動でイエニスの膿を排除しようと思っていたんですか?」
「うん。冒険者ギルドのトップ二人とは昔から縁があったから、昨日頼んだばかりだったんだよ。本来であれば一月後ぐらいにもっとスマートに解決するはずだったんだけどね」
「そうだったんですね……ガルバさんでも読み違えることがあるんですね」
「ははっ。そんなことばかりだよ」
今回は族長が一人しかいない中の強行採決だったのだが、暴動に参加した者達は、犯してしまったことがこれでチャラになるならと物体Xを飲んでは気絶していく。
竜人族三十七名、犬獣人族二百十七名、猫獣人族百六十三名、兎獣人族二百十一名、虎獣人族三百四十九名が物体Xを飲み干して気絶した。
鳥獣人族は今回無罪、狐獣人族も数名を除き無罪、狼獣人族は暴動に参加したものには物体Xを飲ませ、襲撃したものに関してはガルバさん達を呼んでくれたオルガさんも含めて、数人を犯罪奴隷とすることが決まった。
犬獣人族、猫獣人族、兎獣人族、虎獣人族の代表者及びその従事者に関しては、身分を犯罪奴隷へと落とし、迷宮都市グランドルへ移送されることが決まった。迷宮都市グランドルは迷宮発祥地でいくつかの迷宮があるらしく、迷宮攻略の盾として使われると思う……
竜人族の代表者ジャック殿とその従事者については、今回の暴動へは参加せず、竜人族の大半を暴動に参加しないように働き掛けてくれたことが判明した。但し、全ての竜人族を止められなかった為、身分を犯罪奴隷へと落とし処遇に関してはジャスアン殿へ一任することになった。
俺はオルガさんに対して尋ねる。
「……それで良いんですか?」
この人はこの人なりにイエニスを良くしようとしているのが分かっていたからだ。
「嫌ですよ。でも、ここで私達が奴隷に落ちなかったら、他の種族に示しがつきませんからね」
彼は笑って言うが、シャーザを止められなかった時からずっと悔やんでいたんだろう。
「それでもオルガさんにはシーラちゃんがいますよね? どうするんですか?」
「……シーラの件はガルバさんとグルガーに頼んであります。……寂しくはありますが、これは償いでもあるのです」
それだけ言うと物体Xを一気に飲み干して気絶した。
俺は気絶したオルガさんを見ながら呟く。
「……知っている人が罰を受けるのは、結構辛いもんだな」
「そうだね。でも甘さと優しさは違うし、上に立つものにはそれ相応の責任があるんだよ。ルシエル君も、もう少し心を鍛えないといけないよ」
ガルバさんは俺の肩を叩くと冒険者に指示しながら、奴隷に落とす人達を奴隷商の所まで運ばせていくのだった。
こうしてイエニスの刷新が始まることになった。
イエニス流の刷新が行われた。
種族の新しい代表者達を自薦他薦は問わずに募集し、候補者が上げられ人望のある者が選ばれた。
代表者は誓約で不正をしない、不正の指示を出さない等を誓うことになった。
任期も引継ぎがちゃんと終わってから、二年とすることが決まった。
そして次期の長にはブライアンさんが就任することになった。
これまでのように八種族だけで決めてしまうと、談合になっていくことを危惧してこの体制にするのだとか。
不正を二重チェックしながら防ぐ体制を整える。又、外に出した四種族を呼び戻し、近い将来一緒に新しい街作りをしていく話が出て、俺は出来るならこっちではなく、そっちに関わりたかったと肩を落としたのは秘密だ。
俺が長に就任してから丸八ヶ月。内政計画で最初に思いついた学校の建設が漸く終わろうとしていた。
「フンッ!」
「固定化……完了」
ドランに校舎の入り口へ記念碑を建ててもらい、ポーラがそれを固定化して学校の建設は完了した。
「ドラン、ポーラお疲れ様! そして皆も今日までお疲れ様でした。これで校舎の完成だ!!」
俺が拳を突き上げると歓声が沸き立つ。
ポーラとドランだけじゃなく、多くの住民が十日掛けて作った校舎に期待を込めていたのが分かる。
あの日から数日の間は、後処理なども多かった。
中でもハチミツ作りのプロであるハッチ族がいることを露呈してしまった結果、イエニスの新たな産業をと思った者達が多かったからだ。
しかし、そこでハッチ族の代表であるハニール殿が一言告げてくれたおかげで、混乱は一気に収束した。
「私達がここにいてハチミツ作りをしているのは、命の恩人であるルシエル様の居住地だからです。その契約に於いて私達はルシエル様直属のハッチ族です。イエニスに利益を寄越せとおっしゃるのであれば、私達はイエニスを出ます」
「……クマー!? それは駄目クマー! ハッチ族を傷つけるなら、最後の一人になるまで断固戦うクマー」
ブライアン殿がそう巨大化して叫び、鳥獣人達も味方したことから、この話はそこで終わった。
狐人達は最後まで渋っていたが、自分達で新たな事業を模索し始めたようだった。
そんな混乱や後処理があり、予定より若干遅れはしたものの本日漸く学校の建設完了を迎えたのだ。
学校建設当初は学校に通わせたいという親達からの依頼があり、三百人程の生徒を迎え入れ教える予定だった。
但し、ガルバさんの演説まで学校の建設を知らなかった者達、誰でも通える学校の概要を知らなかった者達が数多く存在しており、子供だけでも最大千六百人まで膨らむ可能性もある。
そのため基礎を教えるコースなどのカリキュラムに合格したら、選択授業として自らが学びたい分野を選択出来るようにした。
成長は人によって違うため、同じ授業を二日して、三日目は休みで、次の二日は授業内容を変更して進めていくことにした。
教えるのは文字の読み方と書き方といった識字能力と簡単な算数から始めようと思っている。
まず識字能力は自分の名前から始まり、家族の名前、普段知っているものの名前が書けたら、手紙が書けるまで成長すること。
算数に関しては、四則計算が出来る様になれば十分だ。
選択授業は薬師ギルドから薬学の講師を招いたり、治癒士ギルドから聖属性魔法適正のある生徒に教えたりすることをジョルドさんに了承してもらった。
他の属性についても考えてはいたのだが、攻撃魔法が少なからずあるので、こちらでは対処出来ないと考えて、当面は他の属性について教えることは自粛することにした。
今後、徐々に教えていく内容が多角化していければと思うが、それはイエニス次第になるだろう。
勉強以外でいえば、校庭で武術訓練や縄跳び等のレクリエーションなども考えてはいたが、それは校長先生に任せようと思っている。
「まずは生徒の公募とそれに対しての面接ですね。期待していますよナーリア校長先生」
「畏まりました、ルシエル様」
「もう様付けはなしにしましょう。ナーリアさんは奴隷から解除されたんですから」
俺はそう言って笑う。
「……非才な身で校長という大役を仰せつかったあとに、ルシエル様が奴隷解除をされたのではありませんか」
「校長先生として任せられるのは、人格的に優れ、幅広い知識を持ち、それを教える能力がある人…それが出来るのは、ナーリアさんしかいませんからね」
「そんな滅相もありません」
「謙遜はしないでください。ジョルドさんもディスペルが使えますから、治癒ギルドで現在保護している奴隷達が雇用出来るレベルになったら、ジョルドさんと話をして治癒士ギルド仕事か、学校の仕事で雇用してあげてください」
「畏まりました」
「ナーリア校長先生、とても大変なことだと思いますが、先生や生徒達をお願い致します」
「……ライオネル様からも、この地でルシエル様の地盤を固めるようにと、そう仰せつかりましたから、全力を尽くします」
「ありがとう御座います」
校長指名した時はギルドマスターの部屋だった。
俺とライオネルとケティがいるところにナーリアを呼び出した。
「ナーリア、奴隷契約を解除する」
「お待ちください」
俺はそれを流して言葉を紡ぐ。
「イリマシア帝国では、戦場を駆け抜ける天下無双と名高い戦鬼将軍がいたそうだ。
名をライオネル・グラスト・エルフェンスというらしい。
ある日、戦鬼将軍が戦場から離れた野営地で味方に毒を盛られた。
その一瞬の隙を突かれて足を切られた。
そこに瞬影の猫の通り名を持つケティアという猫獣人が現れて戦鬼将軍を守った。
ただその行動が戦場から逃げ出したと罪に問われ罰と皇帝からの叱責をかった。
どうやらそれが表向きの理由で、実際のところ帝国では人体実験がされていることや、魔族が帝国に出入りしているという噂があり、それを探っていた将軍が嵌められたのだとか。
ライオネルとケティアが反逆罪として奴隷に落とされたことを知ったルナリアという女性がいた。
ルナリアは長い間、エルフェンス家へ仕えてきた。
ルナリアはライオネルとケティアの二人を奴隷商から買い戻そうとしたところを、奴隷商に嵌められ気がつけばイエニスへと向かう馬車に乗っていた」
ナーリアはライオネルとケティを見てから静かに頷いた。
「ナーリアとして治癒士ギルドで保護している奴隷達に教えてくれているみたいに、イエニスに出来る学校の校長として同様に入学してくる人達に教えていって欲しい」
「ルナリア……エルフェンス家に良く仕えてくれた。今後はナーリアとなり、君に向いている人材育成をして過ごしなさい。そうすればこの地にルシエル様の地盤を築けて、私も安心して旅が出来る」
「お二人のことは私にお任せするニャ。ナーリアの分まで働くニャ」
「……もう決められてしまったのですね……」
「皇帝陛下ではなく、宰相……他の貴族達も怪しい動きをしていたものが何人かいた。
もしかすると本当に魔族が関わってくることも考えられる。
精霊のふざけた予言も全てがまやかしとも思えない。
もしもの時に、信頼が出来るものがここにいてくれることが重要になってくる」
……折角忘れていた精霊の予言とか、帝国に魔族が絡んでいるとか聞いていませんけど? 絶対帝国には行かないことを俺は心に誓った。
「分かりました。ですから…どうか、どうか、ちゃんと戻ってきてくださいませ」
「……分かった」
ライオネルとナーリアの二人は見つめ合っている。
元は身分の差があり許されない恋だったかも知れない……って盛り上がりそうな感じもするが・・・
「あ~、見つめ合っているところ悪いが、学校が出来てもイエニスでの任期が終わるまではここにいるからね?」
二人はキョトンとした後に笑い出したが、あれは照れ隠しだったのだろう。
翌日、治癒士ギルドにて皆の前でナーリアの奴隷契約を解除した。
そして新たにイエニスの校長として着任させる契約を取り交わした。
こうして俺は自分との奴隷契約を初めて解除したあとに宣言した。
「これでナーリアが第一号の奴隷上がりとなった。
彼女の人柄とこれまで功績により、新しく出来る学校の校長をしてもらうことにした。
今後、奴隷契約を解除するのは、俺が仕事を割り振る時だが、自分の意思で奴隷契約の解除をしてもらいたいと思った時は直談判しにきてくれ」
俺が階段を上がる時にナーリアさんは、保護している奴隷達からおめでとう御座います。等の声を掛けられていて、嬉しそうな顔をしているのが印象的だった。
「あれから一ヶ月……ナーリアさんの心構えも、しっかりと出来たみたいだな」
ナーリアさんに学校を任せることになったので、大半のことにはこれで目途がついた。
ハッチ族と一緒に作ったハチミツ工場も一日の生産量は変わらないけど、それがプレミア感を演出し高値で売れるし、売る場所も決まった。
畑に蒔いた綿花が育ち、狸獣人は毎日必死に綿で作った下着やタオル、服の開発をしている。
これも各地から問い合わせが出そうだと狐獣人のフォレンスさんが言っていた。
狐獣人のフォレンスさんはあの暴動の時に、ハッチ族を見て混乱し暴走してしまったらしい。
暴走したのは俺達が合流する五分ほど前だったが、そのことで奴隷となることが決まった。
あまりにも不憫なので、俺が買うことにした。
お金が大好きで商売も大好きなのだが、不正は一切しない真面目な人だったので番頭を任せることにした。
今は奥さんの為に必死に働いて、後継者を作ったら奴隷を解除する旨を伝えたら、これだけの職場は誰にも譲りたくないと言い出した。
仕方なく奴隷契約の解除を十年後に設定して、それまでに後継者がいなかったら、十年間掛けて後継者を育てることを命令すると土下座されたことには吃驚したが……。
奴隷といえば、オルガさんはガルバさんが買い、ワラビス殿はグルガーさんが買った。
ガルバさんはオルガさんと現在も色々と調べている。
シーラちゃんも引き取るらしく、オルガさんは泣いて喜んでいた。
グルガーさんは先にメラトニへと帰っていった。
これからワラビス殿と仲良く物体X入りの料理を研究するんだと嬉しそうにグルガーさんが語っていたのが印象的だった。
ワラビス殿は会えば気絶しているので、あまり印象に残ることなく去っていた。
イエニスの元凶だった長老達の処刑については、徐々に実行されていると聞いた。
各種族の新しい代表者が、その死体を持ち帰っているらしい。
ガルバさんは俺には見せたくないと、事前に断わりを入れてきた。
「ルシエル君は人を治すのが仕事だから、それを見たりする必要はない。ただ……失われていく命に来世があるなら、幸福であるように祈って欲しい」
ガルバさんは俺にそう頼んだ。
ガルバさんはケフィンを指名して、俺の代わりに立ち会いをさせているから、処刑が実行されているのは間違いない。
「あとは治癒特区である総合病院が完成すれば、冒険者の誘致は新しい代表者達に委ねられるし、漸くイエニスでの俺の仕事は終わる……最後まで気を抜かずに一踏ん張りをしますか」
俺は色々あったイエニスでの出来事を思い出しながら、油断すると足元を掬われかねないと気を引き締めるのだった。
お読みいただきありがとうございます