99 予期せぬ助っ人
地下でお茶を本当に飲みながら、談笑していると四人が起き始めた。
「ウッ、ここは? S級?」
「あ、ドルスターさん気がつきましたか? 助かって良かったですね」
「ハッ! あいつらはどうなった?」
「全員助けましたよ。そのせいで、現在は地下に閉じ込められていますけど、命に別状がある人は一人もいませんよ」
「?……そうか無事なら……助かった」
ドルスターさんは自分の従者達を起こし始めたので、スミック殿も起すことにした。
「ここはどこぷ~?」
寝ぼけているのか語尾にぷ~をつけたスミックさんを見ながら、声を掛ける。
「気がつきましたか? ここは治癒特区の建物中ですよ」
「……何故、貴方がここに?」
今度は覚醒したからか、ぷ~つけなかった。
「この建物から爆発音が鳴り響いて、怪我人がいると思ったから助けに来ました」
「……そうですか、申し訳ない」
スミック殿がそう言って謝るが、何故で謝ったのかが理解が出来なかった。
「何故謝るんですか? 感謝されるなら分かりますが、スミック殿が謝る必要は何処にもないですよ?」
「…………」
「……ドルスターさん、何かあったんですか? この面子が集まっているのも不思議ではありますが?」
ドルスターさんは一度スミック殿を見てから、喋り出した。
「……地下から煙が一階に漏れ出して異臭もし出したから、これはマズイかもと確かめる為に俺たちはここに来たんだ」
「なるほど、でもここは爆発していないですよね?」
「ああ。ここには強烈な眠気と混乱を巻き起こす煙しか、立ち込めていなかった筈だ」
「眠気と混乱ですか? でも凄い爆発がありましたよ? 五階の天井と言うか屋根が吹き飛んでいて、ありませんでしたからね」
「何だって!?」
「爆発の音は聞いていたんですよね?」
「いや、叫び声と何かが弾ける様な音が聞こえたことはぼんやりと覚えている」
一体どれだけ強力なものを嗅いだんだ?
「スミック殿は何かを知っているんですね?」
「……はい。ワラビスがやってきたんです」
「ワラビス?……ああ、ワラビス殿ですか?」
そういえば狸獣人のことをすっかりと忘れていた。
「ええ。ここに私が薬品を運ぶことを知っていたようで、手伝いに来たと言っていました」
「もしかして?」
「……普通の調合では起こらない変化が起きました。色々な粉末が混ざっていたようで……」
「でも、爆発するようなものは無かったんですよね?」
「…………」
スミック殿は凄い汗を掻き始め、更に視線を逸らして情報が追加される。
「……煙が出たときに、慌てて貴重な火炎草などを回収して外に逃げようとしたら、色々と無くなっていたんです。調合を始めた私は気がつかず……」
「それってそんなに簡単に爆発するものなんですか?」
「爆発はしませんよ。空気に触れるとファイアボールぐらいの大きさになったりはしますけど……」
引き金はそれっぽいな。
煙に引火することってあるのか? それとも粉塵爆発? いやこれについてはあれだけ視界がクリアだったから可能性は低いだろう。
「……原因は分かりません。ワラビス殿は建物内には居なかったようですからね」
「……そうですか」
疑うだけではいけない。
もちろん煙を出してしまった分の責任は取ってもらう。
「他に変わったことはありませんでしたか?」
「最近は働いている人数も多いし、色んな種族が混ざってはいたけど、一緒の作業をしている訳じゃないからよく分からない」
「そうですよね」
ドラマとかだったら、直ぐに犯人もめぼしがつくんだろうけど……。
「ここにあるものは、全て大事なものですか?」
「ええ。でも薬師ギルドにも在庫はありますから」
「……持っていけますけど? 本当に良いですか?」
「持ち帰らせてください」
「はい」
俺が全ての瓶や薬草を回収すると、スミック殿は何度も頭を下げるのだった。
「S級、どうやってここから出るんだ?」
「出ようと思えば直ぐにでも出られます。出たいですか?」
「ああ。爆発の責任を押し付けられたら、目も当てられない」
あ、ハーフ獣人の立場を忘れていたな。
「まぁ大分時間も経ちましたし、行きましょうか」
俺は階段入り口の折れた木や瓦礫を魔法袋に入れていく。
念の為にライオネルが大盾を構えてくれているので、どんどん回収していく。
後ろでは感嘆の声が上がるが、いつ雪崩のように押し寄せてくるか分からなかったので、気を抜くことは出来なかった。
階段がしっかりと見えるようになり階段を上りながら、慎重に廃材を回収して階段を上る。
そしてライオネルが地下に入る際に切った扉は瓦礫の壁として存在が変わっていて、通常では出られない状態だった。
「魔法袋を持ってて本当に良かった」
瓦礫の壁を魔法の袋に入れていくと、その中にはまだ煙や火の粉が燻っていて、どうしてこんなに燃えたのか? その検証も必要だと思いながら、俺は必死に手をずっと動かし続け、脱出までに一時間ほど掛かってしまったが、漸く治癒特区の建物から脱出することが出来た。
「野次馬が一気に減ったな」
「ええ。心配されていた動きもありそうですね」
道を通るのだけで苦労した野次馬が、今は数える程しかいなかった。
「まずは何処に行くニャ?」
「まぁ当然、あのゴーレムのところだろ」
ケティの問いに俺は即答した。
何故なら、学校の予定地付近で、五メートルのゴーレムが暴れているのが、見えたからだ。
「仕掛けてきたやつらには後悔させてやる。ドルスターさん達はハーフ獣人が集められそうな場所に心当たりがありますか?」
「普通は長屋敷の前だ」
「なら先に行っておいてもらえますか? そこで色々聞いておいてください」
「……ふっ 信じているぞ」
「ええ。じゃあ二人はもう人働きしてもらう」
『はっ』
俺達は全力で学校建設地に向かうとそこに居たのは犬、猫、竜人族がいた。
俺は幻想杖を構えながら、近づき声を上げた。
「何をしている?」
俺の視界に映ったのは、ゴーレムを操り奮戦していたポーラと、鎚を持ったドラン、二人を守る形で耐えていた傷ついたヤルボ隊の姿だった。
戦闘を始めていたことが、容易に窺える状況だった。
「もう一度問う、一体これは何事か!!」
俺が叫ぶと竜人族は平伏し、許しを乞い始めた。
「も、申し訳ありませんルシエルど…様。これは緊急で行われた八種族会議で決まったことなのです」
「竜人族が言い訳をするのか?」
「…………」
三十人程いた竜人族は、完全にこちらを向いて平伏したままで口を閉じた。
それを見ていた犬獣人と猫獣人は、俺が近づくとプルプル震え出した……が、俺はそれを無視して通り過ぎると、ドラン達に回復魔法掛けていく。
「俺達が爆発に巻き込まれてから、二時間も経っていないが?」
「こやつらはルシエル様が死んだとか、ルシエル様がハーフ獣人を使えと言って、事故が起きたんだからとここを取り上げようとした」
「ほう。これは聖シュルール教会、S級治癒士である私に対する宣戦布告と受け取るぞ?」
それを聞いた者達は震えだし、ライオネルが構えた大剣が炎を纏って燃え出したことに怖れおののき、武器をどんどん落としていく。
「殺し合いをしたいなら、ルシエル様に変わって私が応じてやろう」
犬獣人も猫獣人もライオネルの覇気に腰を抜かす者まで現れた。
「な、なぁ、あんたも猫獣人だろ? 助けてく…」
ドサァっという音が聞こえた瞬間、ケティが男の背後に移動して、首を叩いたと思う。
「見苦しいのは嫌いニャ、ここにいる全員の顔は覚えたニャ。今やるべきことを考えて、ルシエル様の為に動いた方が後がずっと楽になるニャ。まずはハーフ獣人達を救うニャ」
ケティがそう発言すると獣人達は顔を見合わせ、武器を持って長屋敷に向かって走り出した。
「ルシエル様、私たちにも指示を」
竜人族は平伏したままだった。
「あ~、それなら本当に治癒特区の建物を燃やした犯人、あそこに木材を卸した商人、あそこの本当の責任者を捕まえろ」
『ははっ』
竜人族達は隊列を整えて移動していった。
「ドラン達は良く死守してくれたな。ここはまだ何も置いていないし、このままハーフ獣人が住んでいる通りを歩いて、治癒士ギルドに帰るぞ」
『はっ』
そこまで急ぐことはなく、ハーフ獣人の住処に向かうと、火をつけて燃やそうとしたことが窺えた。
「全員で各家を捜索、生きていれば治す!」
俺はゆっくりと歩いて辺りを見渡す。
近寄っていくと死んでいる様に感じたが、どうしても掛けずにはいられなかった。
「エクストラヒール」
魔法の光は現れるが、吸い込まれていくことは……あった?
急激に光り、切られた身体は元に戻っていく。
「獣人の生命力って凄いな」
俺は知らない人を助けただけなのに涙が出た。
ライオネルは俺の涙に気がつかないフリをしてくれた。
探索の結果、背中を切られたこのハーフだけが見せしめで切られたのだろうと推測した。
このままここにいるわけには行かないので、一人聴取の為に残ってもらい、あとで治癒士ギルドに連れてきてもらうことにして、移動する。
「血痕があったってことは、戦闘があったんだろうな。もしかすると最悪の事態もありえるか?」
「どうされますか?」
「裏で意図を引いているやつは許さない。加担した者も達も今回は無罪放免にはしない」
治癒士ギルドの前には兎、狼、狐、鳥獣人が押しかけていた。
それを守っているのは、巨大化した熊獣人達とその肩に乗ったハッチ族、それに神官騎士の部下さんたちだった。
始めに俺に気がついたのは、鳥獣人達で、飛行を止めて下りた。
次に気がついたのは、熊獣人とハッチ族だった。
彼らがこちらに気がついた理由は治癒士ギルドを守っていたからだ。
鳥獣人族がまさか仲間になってくれるとは思わなかったが、これも熊獣人のフェロモンのおかげだろう。
「それで治癒士ギルドに押しかけて、何を考えているか教えてもらいましょうか? リリアルド殿、オルガ殿、フォレンス殿」
俺の声が聞こえた三名を含めた獣人達は停止した。
「どういうことか聞いているんですが? 聞こえませんでしたか?」
「生きておられたのか」
オルガがそう口を開いた。
「これはその……」
いつもの軽やかなトークが重苦しいフォレンス
「これは八種族会議で、決まったことです。ルシエル殿が優遇するハーフ獣人が治癒特区に損害を与えたです。これの責任は長であるルシエル殿が取ると決まったです」
これは責任転嫁ではないだろうか? まぁどちらでも良い。
「炎に包まれてから二時間程で、よく会議が詰まりましたね。これはどういうことでしょうか? ああ、皆さんで私と治癒士ギルドに謀をしたんですね。ははは」
ボー読みで笑う俺にフォレンスが突っかかってくる。
「ハッチ族を勝手にイエニスに入れるなんて、どうして何も相談していただけなかったのですか」
「何か問題が? 彼らは治癒士ギルドから一歩も出ていませんし、迷惑を掛けてもいませんよ?」
「そういうことではない。ハチミツを彼らに作らせれば莫大の利益を生むことが出来る」
「だからなんです? ハッチ族の方々は私の友人です。それにここは現在私の所有地であり、利益に関しても私が自由に出来る契約も交わしています。商人ならそれがどういうことか、お分かりいただけると思いますが?」
「…………」
フォレンスは完全に沈黙した。
「兎獣人リリアルド殿、貴殿は汚職して、多種族の汗水垂らして働いた金を着服していただけでなく、治癒特区を作るのにあたり責任転嫁を謀るなど言語道断。私の知っている兎獣人は人を見る目に優れていたが、貴方はどうやら曇っているようだ」
「な、何を言っているか分からないです。それに治癒特区なんて構想はそもそも無かった話です。それをたかが竜殺しになったぐらいで、皆が騒ぐからこうなったです」
「なるほど。それが兎獣人全員の総意だと受け取っても?」
俺がリリアルドの周りを見ると鍬を持ったりしていた兎獣人達は背中に隠す。
本来攻撃的な種族ではないため、必死にこちらに取り入ろうとする声を上げる
「お、俺は死にたくないです」
「私も言われたから来ただけです」
「リリアルドさん、あんた嘘ついていたのですか?」
「許してください」
それを見ても何とも思わないのは先程切られたハーフ獣人を見ているからだろう。
「あ~、もういいです。じゃあリリアルド殿のみが、そう思っているということにしましょう。ただ、それに加担したあなた達にも、それ相応の罰は現イエニスの長としても、治癒士ギルドS級ランク治癒士としても受けていただきます」
彼らが肩を落としたのは言うまでもない。
「オルガ殿、私は貴方を少なからず……仲間だと思っていました。シーラちゃんの為に学校を作って欲しいという気持ちが良く伝わっていたからです。狼獣人まで何故ですか?」
「…………申し訳ない。これも狼獣人の為なのです」
「シーラちゃんに胸を張ってそれが言えますか?」
「…………」
「それで、どうしますか? 敵対を選ぶんですか?」
俺はこの人が悪い人だとは思えなかった。
オルガは剣を逆手に持つと目を瞑り、口を開く。
「クッ……もはやこれ「ルシエル、そんなにいじめてやるなよ。オルガが禿げるだろ」」
「そうだよ。まぁこれで大体の全種族の炙り出しは終わったかな」
「ルシエル、もう少し色々と情報を使ってスムーズに処理しないと上には立てないぞ」
「真っ直ぐなところが変わってなくて、そこは安心したけどね」
いきなり現れた二人の狼獣人が笑う。
「なんでお二人が?」
俺は夢でも見ているのか?そんな気すらしていた。
でも、夢じゃないことは分かっている。
二人は楽しそうに俺に語り掛けてくる。
「一応ここが俺たちの故郷だし、ルシエルが右往左往しているところを見ようと思ってな。それと少し濃いお灸を据えないといけないみたいだからな」
「オルガから、そろそろ危険が迫っているって手紙が届いたんだよ。それにしても何でここに戦鬼将軍がいるんだい? そっちには瞬影だし?」
ライオネルとケティのことを聞いているのだろう。
俺は彼らの立場のことを話す。
「?この二人は奴隷として売られていたんですけど、今では信頼出来る従者の者達です」
二人はお互いの顔を見合わせて笑う。
そしてライオネルとケティも何故か後ろで笑っている声が聞こえた。
「まぁ良い。さてオルガ、そっちの狐獣人、上の鳥獣人は敵か?」
「来るのが遅い! もう少しでシーラに泣かれるところだっただろ! どうせお前達のことだから、黒幕でも探していたんだろ」
「オルガよく分かったね。もう黒幕は捕まえてあるよ」
「狐獣人のフォレンスはさっきまでは味方だったけど、ハッチ族を見て混乱しているだけだから味方だ。鳥獣人は熊獣人がいるほうに味方につくから味方だ」
「じゃあハーフ獣人も集められた頃だし、代表の集会場に行こうか。ルシエル君、頑張ってイエニスを良くしようと動いているって聞いて、とても嬉しかったよ」
「ありがとう御座います」
「でもね、獣人には色々としがらみがあって、上に立つ場合はきちんと怒ってしつけをしないと、舐められてしまうんだ。集会場でちゃんとしたしつけを教えてあげるから覚えるんだよ」
「はいガルバさん」
「ルシエル、あれを冒険者ギルドから貰ったんだって?」
「えっ、はい。使いますか?」
「ああ。ちょっと新作料理を食わせないといけない奴がいるからな」
「グルガーさんの飯テロですか?」
「人聞きの悪いことを言うな。ちゃんと食べられるようになったものだぞ」
「凄いじゃないですか! でもまさか食べた直後に気絶……するんですか」
「お前しか普通には食べられないって事だな。さて行くか」
「はい。でもちょっと待ってください。ヤルボ隊はここで待機、ハニール殿、ブライアン殿、負傷者はいますか?」
「大丈夫です」
「こちらも大丈夫です」
どうやら戦闘は開始していなかったので、怪我人はいなかった。
こうしてガルバさんとグルガーさん兄弟と長屋敷改め、代表者の集会場に向けて、俺達は一斉に歩き出した。
俺はこのあと、イエニスを掌握していた狼獣人兄弟の実力を知ることになる。
お読みいただきありが負う御座います。