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96 邪神の影

 皆の視線が俺に集中する。

 俺の選択に皆はきっと従うだろう……


 情報通りならボス部屋にはキマイラがいる。だが今回はアンデッドまでいる可能性を秘めているからだ。

 俺は死地へ向かうことは絶対に嫌だし、皆を向かわせることもしたくないのだ。


「……中にはキマイラがいる予定だ。それからまたレイスがいる可能性もある…」

 決断出来ない俺は皆の助言を聞き入れることにした。

 最終的な責任を押し付けることはしないけれど、他人の命を賭けることや強要することがどうしても出来なかった。


「いつもなら撤退をすると思っていましたが……何か引っかかることでも?」

 ライオネルの真剣な眼は俺の考えを見通しているかの様に見えた。


「本当なら俺は帰りたい……けど、このままの状態で迷宮を放っておいたら、今よりも迷宮が成長して難攻不落となり魔物も強くなる…そんな感じがするんだ。入ってみなければなんとも言えないけど、今なら何とかなる気がする……それだけだ」

「なら、進むニャ」

「ルシエル様がそう思うのなら、俺達は従うだけです」

「ここはルシエル様の直感で判断してください。撤退の判断が下されても私達は誰も困らない筈です」

 ケティは進むことを選択して、ケフィン達は俺に従い、ライオネルが本来は絶対に言わない言葉を使う。


「……危ないと思ったら直ぐに撤退する。出入り口は木を挟み開けたままにする。キマイラの攻撃で状態異常になったら、もしくはその疑いがあれば、直ぐに言ってくれ」

『はっ』

 こうして俺は進むことを決断した。



 四十階層のボス部屋を開き皆が入ると、魔法袋に入っている木のストックを扉が閉じないようにストッパーの役割として噛ませた。

「じゃあ行くぞ」

 中央に向かって歩くと薄暗い部屋が明るくなり、アンデッドが出てきたら浄化魔法を掛ける準備をしていた俺の目に映ったのは、ファイアサーベルタイガーのみ五体だった。

 少し拍子抜けした気分になったが、俺の実力では一頭を相手するのが限界だ。

 もちろん倒すのではなく、ライオネル達が駆けつけてくれるのを待つのが、だ。


 前回と違うのはドランとポーラ、バーデル隊がいないことだ。


 そのため俺を視界に捉えたファイアサーベルタイガーの一体が、大きく口を開けて俺に飛び掛って来た。ふいを突かれた俺は頭が混乱しており、本能だったのか、いつの間にか魔法袋から聖龍の槍を取り出していた。

 そんな本能的な行動のおかげか、聖龍の槍はファイアサーベルタイガーの口の中へと入り串刺し状態にしていた。

 ファイアサーベルタイガーの動きが完全に止まったのは、俺とファイアサーベルタイガーまで距離にして三十センチあるかないかのところだった。

 一秒遅くてもこの結末は変わっていたと思うと凄く恐ろしいが、わざわざ直線的に口を開いて飛び掛ってくきたのだから、豪運先生は継続して俺を守護してくれている…そんな気がした。


 魔石に変わったファイアサーベルタイガーを確認してから、他の戦闘へ目を向けると、ケティもライオネルも既に戦闘を終えていた。ケフィン隊はまだ戦闘中だったが攻勢に転じており決着直前だった。


「一人で倒すなんて、さすが竜殺しニャ」

「もう治癒士の領域を完全に超えましたな」

 二人はニヤニヤしながら俺の護衛に戻ってきた。


「毎日ボコボコにしているから、俺の実力は知っているだろう」

「何でもありなら、ルシエル様もそこそこ強いと思うニャ」

「実戦が本来の自分の力。このまま精進を十年程続ければ、かなり面白くなるだろう」

 何が面白くなるのかには言及しない。

 なぜなら人はそれをフラグと呼ぶからだ……


「はいはい。それにしても三十一階層からアンデッドが出なくなったことを考えると、迷宮が急速に力を取り戻しているのか、または作り変えられてきているかのどちらかだと思う……」

 俺の発言を聞いて二人の顔から笑みは消えた。

 二人もきっと同じような考えなのだろう。

「それでどう動かれるのです?」

「当初の予定通り、魔石を回収する……それと五十階層のボスを見てから、魔法陣で戻るか、歩いて戻るかを決めよう」

「分かったニャ。あ、そろそろ向こうの戦闘も終わりそうニャ」

 話をしている間にケフィン隊は数を活かした連携で戦闘を終わらせた。


「この間よりも危なげない戦闘だった」

「やれることをコツコツとやらせることにしたから、その成果が出始めたニャ」

 二人はケフィン隊の成長を感じている様だった。


「……やれることをコツコツと、か」

 俺はその言葉を己に投げ掛けながら、さらに階層を上ることを伝えた。


 まずはケフィン隊の怪我を治癒し、小休止してから階層を上る。

 アンデッドは四十一階層からも現れなかった。

 魔物の数は前回来た時よりも少し多かったが、地図を完成させていた事もあり、戦力を分散することなく最短ルートで階層を上った。


全く苦戦せず五十階層のボス部屋の前まで辿り着いた。

四十階のボス部屋を出発してから五時間後の事だった。


「……禍々しいニャ」

「……前回来た時よりも濃厚な」

「視認出来るほどの瘴気が漏れるって事は、こちらからも浄化出来るのでは?」

「それだ」

 俺は夕食用の食事を出すと、残りの準備をケフィン隊に任せてボス部屋内部をイメージして浄化魔法を唱える。

 何度も浄化魔法を唱えたところで、次に魔法陣詠唱をボス部屋内部へ設置するイメージで発動させ聖域円環や浄化魔法を唱え続けていると、瘴気が漏れなくなった。

「今日はここで浄化を続けて明日ボス部屋の中を覗くことにしよう。赤竜が出てきたら今度も勝てるなんて保障は何処にもないからな」

「では、夕食を取った後、ルシエル様は主部屋の浄化をお願いします。物体Xを置いていただければ、私とケティがケフィン達を連れて魔石の回収をしてきます」

「分かった。魔力が二割を切ったら眠らせてもらう。皆も無理し過ぎないで交代し早めに寝てくれ。明日はもしかすると、今日以上に大変な日になるかも知れないからな」

『はっ』


 物体Xを通路に置いて魔物の出入りを封じると、俺はボス部屋を綺麗に浄化するイメージで詠唱を開始した。

 ケティとケフィン隊が眠りに就き、ライオネルとヤルボ隊は魔物を倒しに向かう。


 瞑想をしながらボス部屋の扉に手を当てて、浄化が浸透するように願いながら、発動を続ける。


 そして俺はふとあることに気がついた。

 昔はいろいろとイメージしながら魔法を使用していたけど、今はそんなことすらしていないのではないのか?

 そう考えると、自分が徐々にこなれてきたことで、勘違いし始めていたのではないか?

 自問自答すると確かにそうだった。


 俺の聖属性魔法をこのレベルまで高められたのは熟練度が見えていたからだ。

 もちろん努力もしてきたが、そこまで考えて俺はやはり器用な人間ではないと自嘲する。


 イエニスを旅立つときは、一度メラトニへ寄ってブロド教官に一週間ほど鍛えて直してもらうことに決めた。

「人を使う才覚も今の俺にはない。もっと努力しないとな」

 俺はそう呟き魔力量が二割を切ったので、魔法袋から天使の枕を取り出して就寝した。



 俺が起きた時にはライオネル達の姿はなく、ケティと軽傷を負ったケフィン隊がいた。

「悪いな、今起きた。エリアヒールで回復させるから集まってくれ」

 エリアヒールをかけた俺はついでにエリアバリアも掛け直して、現状の確認をすることにした。


「あれからどれくらいの時間が経って、いつ頃に戻ってきたんだ?」

「三時間交代で今はライオネル様達が二周目に行っているニャ」

「そうなると五時間ぐらい寝たんだな。迷宮の様子で変わったことは?」

「なかったニャ。でも少し魔物が多い気もしたニャ」

 やはり少し迷宮が活発化しているってことか……三十一階層からアンデッドが出ていないことを考えると、これ以上活発化するのはマズそうだ。

「分かった。じゃあ皆は寝てくれ。それとも腹が減っているなら、食事にするか?」

 誰も食事には反応を示すことはなかった。

「ライオネル達が帰って来たら、起こすから全員眠って良いぞ」


 俺の魔力は完全に回復していたので、八割を残して浄化を続けることにした。

 浄化していると剣戟の音が聞こえてきた。


 眼を瞑りながら浄化をしていたが、ライオネル達か?と思ったが、その場合は同士討ちになっているのでは…不安になり目を開けると、ライオネル達が丁度戻ってきた。

 ライオネル以外はやはり軽傷を負っていたので、エリアヒールで回復をしてから、先程の剣戟について聞くことにした。


「さっき剣戟が聞こえたが、大丈夫だったか?」

「はて? こちらはそんな音が聞こえませんでしたが?」

 ライオネルが?顔をしていた。

 もしかしてさっきの剣戟はボス部屋の中から聞こえたのか?

 だとすれば考えられることは、死霊騎士王の様な新しく階層主が現れたかも知れないということだ。


「ライオネル、魔石はどれくらい集まった?」

「ケティ達が取ってきたものも含めれば二百個前後かと」

 ここまで来るのに大体千個の魔石は手に入れた。

 さらに追加で二百個ならば、今必要としている魔石の内六十%を集められたということだ。

 迷うことはないかも知れない。


「六時間後にボス部屋の扉を開ける。中を見て駄目そうなら退却して、冒険者ギルドに対応を投げる。蛮勇になることなく、決断する。俺が判断を間違えたら止めてくれ」

「はっ。ルシエル様の命は絶対に守らせていただく」

 妙に様になっているライオネルの肩を叩き、睡眠を取るように伝えた。



 全員が目覚めるまでは起さずに、体力の回復に努めてもらった。

 朝食を食べながら、全員にライオネルへ言った言葉をそのまま伝え、俺はボス部屋の扉を開いた。



 そこには掃除屋の冒険者達がいたのだが…………。

「アンデッド化しているニャ」

 赤竜の様な魔物は居なかった。

 ただ気になったのは魔法陣もなかったことだ。


「S級治癒士~! 助けてくれ~」

 まるで幽鬼とでも言えば良いのか、真っ白な顔をした赤い光を灯した眼は試練の迷宮にいた死霊騎士を思い出した。

 そこで怒鳴るような声が聞こえてきた。

「あれはもはや人ではない! ルシエル様、彼らを浄化してやるか、切り捨てるかのいずれかです」

「瘴気が身体から出ているニャ、もう魔物ニャ」

 それだけ叫ぶとライオネルは、掃除屋冒険者達を俺に近づけないように距離を詰めていき、それを追うように他の皆も同じように距離を詰めていった。


 身体が震える。これで浄化魔法を掛けて死んだら俺は殺人を犯すのと同じなではないか? そう考えただけで、身体が震え吐き気がしてくる。

「S級治癒士なんだろ? 助けてくれよ」

「この苦しみを取っ払ってくれよ~」

「ぎゃっはっはっは。殺す、殺す、殺す」

「死ねよ~死ね」

「俺達を生贄にしやがって、許さねぇぞ、ジャスアン、S級治癒士」

「俺達の身体が、魂が無くなる」


 錯乱している冒険者もいるが、彼らは生きているし、意志があるように感じた。


「ハイヒール」

 俺は一番近い冒険者にハイヒールを放つとその冒険者は叫び出した。

「グギャアアアアア」

 アンデッドに回復魔法を掛けた時と同じような声が聞こえてきて、俺は心の中で謝りながら、浄化魔法を全力で使用した。


 ライオネルやケティが苦戦し、ケフィン達はこの短時間で追い込まれていたからだ。

 俺は彼らとの対話を諦め、自分の命と仲間の命を優先していた。


 青白い光が濃い紫色の瘴気をかき消していき、掃除屋冒険者達を包むと断末魔を上げ、その姿を魔石へと変えていった。

 その中でもライオネルが苦戦していた男が消えていく際に、叫んだ声が俺を激しく動揺させた。

「許さない……邪神の生贄にしやがって……貴様等も邪神の生贄ニナルノダ~」


 その声が耳に残るのを感じた。


 肉体が消滅して残ったのは、魔石と掃除屋冒険者達の冒険者カードと装備品だった。


「中央にある魔石も含めて冒険者の魔石も触るな!」

 俺はそう命令をした。


 全てが消滅した後に中央に現れた魔石は大きくて美しかったが、危険であると判断をした。

 そして今回の冒険者が魔石に変わったものも、小さいがその美しさは他の魔石とは比べられない魅力があるように感じた。

 魔石以外を回収し終えると、全員に浄化魔法とリカバー、怪我人には回復魔法も掛けていった。


 俺は行動しながらもその間、身体がずっと震えていた。

 龍を封印するだけの力を持ち、冒険者をアンデッドに変えてしまう罠を邪神が仕掛けていたことに。


 その震えは、暫らくして出てきた魔法陣に乗って、迷宮の入り口まで飛んだあとも収まることは無かった。

 ただ太陽に照らされ、徐々に固まっていた身体に血が循環していくのを感じると、震えは収まっていった。


 俺の震えについて、誰も聞いてくることは無かった。


 隠者の鍵を使用し厩舎から出てきたフォレノワールは、俺の顔を見るなりそのまま頭を噛んだ。

「痛い痛い痛い、フォレノワール痛いって」

「ブルルゥ」 

 しっかりしなさい! そう言われた気がした。


 フォレノワールに注意されてから、皆のことを見てみると、こちらを心配そうに見ていた。

 しっかりしないといけないんだな。ライオネルが皆に声を掛けなかったのは、ライオネルの仕事じゃなくて、俺の仕事なんだろう……

 俺は深呼吸をして頭を切り替えると、皆に声を掛けるのだった。

お読みいただきありがとう御座います。

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど… あの魔石が竜をアンデットに変えたのか…。
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