95 迷心の迷宮の異変
二話目
昨日の夕食後に、ハッチ族の全員と雇用契約を交わした。
今回は口頭ではなく、誓約書で交わした。
一,給料について
三食と住居は保障し、賃金は族長との決定に従うこと
二,外出について
外出するときは勝手に外出しない。緊急の場合でも必ず連絡すること
三,休みについて
週に一度の休暇設ける。但し、内政が落ち着くまで外出は禁止する
四,その他
仕事場で多種族と関わることになるが、問題を起こさないこと
まずは半年間の雇用とさせてもらい、ハチミツの生産事業が進んだら完全雇用に切り替えることにした。
この契約について不満は上がらなかった。
早速彼らは今日から仕事を始めているだろう。
現在俺は魔石を確保するために迷宮へと向かっている。
ライオネルとケティ、ケフィン隊とヤルボ隊の構成だ。
「ケフィン、昨晩に許可はしたが、何故バーゼル隊ではなくお前達が来たのだ?」
いつも俺の護衛は隊が交代していたのだが、昨日そうしても良いかを尋ねられたので了承はした。
だが、迷心の迷宮へ向かう道中があまりにも暇なので、ケフィンに交代した理由を聞くことにした。
「実はナーリアさんが教えている奴隷達に、バーゼル隊の何人かが惹かれてしまったらしく、出来れば治癒士ギルドを護りたいと頼まれました」
「色恋かぁ~…若いなぁ~。でも、そういう気持ちは大事だよなぁ~…」
「ルシエル様が年寄り臭いニャ。まだルシエル様は二十歳のはずニャ」
「そっちの面が老成されるには些か早過ぎるが、教会関係者は同じようなものが多いと聞く」
俺がおっさん発言すると、ケティに発言をツッコまれ、ライオネルは教会関係者を一括りでそう評した。
確かに物体Xを飲まなくなると、そっちもJOBのせいで減退すると書いてあったが……また物体X飲むか?
その前に発言をツッコミを返すのが先か?
だが、否定する前に迷宮が見えてきた。
「……何だかタイミングが悪いな」
俺はそう呟いた。
迷宮へ到着し、俺が隠者の鍵を使用し開いた厩舎にフォレノワールも入ってくれた。
さすがに迷宮は危険だと説明したのが良かったのかも知れない。
迷宮に入る前に一度話をすることにした。
「……前回の地図を元に一気に上がっていく。魔物は少ないと思うが、油断せずに行こう」
『はっ』
俺達は迷心の迷宮の中へ入った。
「……なんだか魔物の数が減っていないと思うのは俺だけか?」
俺の問いにライオネル達が答える。
「いえ、以前よりも多くなっていますね」
「数は多いけど、出てくる魔物は少ししか変わらないニャ」
「少しってその少しが問題じゃないのか?」
迷宮へ入った直後から、以前に露払いしてもらった時とは違い、一階層から魔物が多く現れる。
「迷宮は普通、踏破したら活性化は弱まるんだよな?」
だがそれに答えられるだけの知識を持ったものはいない。
今回現れる魔物にはアンデッド化している部分が混じっているので、笑えないと思いながらも浄化していく。
一体何が起きているのかは分からなかったが、この分なら一日で目標の魔石が手に入れられるのではないかと期待し始めていた。
一階層毎に地図を照らし合わせ進んでいく。体感ではおよそ五分程度である。
この程度の魔物なら全員が余裕で立ち回り進んでいけた。
魔物に変化はあったが、幸い迷宮の通路に変化はなく、階層を上がっていくことに問題はなかった。
戦闘と魔石回収を繰り返した俺達は、一時間余りで十階層までやってきた。
「問題はないと思うが、安全第一だぞ」
皆は安全第一がブレない俺を笑うと、頷いた。
ボス部屋から出てきたのは二体のレッドリザードマンと、アンデッド化したレッドリザードマンだった。
俺が直ぐに浄化魔法を使ってアンデッド化したレッドリザードマンを浄化すると、同じスピードでケフィン隊とヤルボ隊が全員攻撃で倒していた。
「さすがに二隊とも鍛えているだけはあるな」
ケフィン隊とヤルボ隊を褒めるとライオネルとケティの二人は少し不満そうだった。
どうせ自分達が戦いたかったのだろうと判断したが、それをわざわざ聞く必要性を感じなかった俺は、ケフィン達を褒めてから上の階層へと向かう。
「……なんだか、上がるごとにアンデッドの数が増えてないか?」
「そのようですな。ただアンデッド化しているとスピードは遅くなりますから、ルシエル様が戦闘経験を積むには良さそうですな」
「精々頑張るが、迷宮に入ってからレベルが一つも上がらないんだけど?」
「赤竜を倒したんだから、ここら辺の魔物じゃ上がらないのも当然ニャ」
どうやらレベルは今後簡単に上がらないらしいと聞き、だったら物体Xを飲んだ方が良いのでは?
いや塵も積もればレベルアップを合言葉にすべきだ。
二つの考えが拮抗していた。
二十階層のボスはレッドオーク二体と大き目なファイアウルフだったのだが、ここで俺の出番はなかった。
ライオネルがレッドオークを斬り、ファイアウルフの首をケティが落とし、ケフィン隊とヤルボ隊の十四人が連携攻撃で徐々にダメージを与えて倒した。
「もっと簡単に倒せただろ?」
きっと彼らは一人でもレッドオークを倒せる実力はあると思う。
俺よりも強いんだから、そうであって欲しいという願望もあるが……。
「連携の確認です。これから徐々に魔物が強くなっていきますから、前回のように足手纏いになるのは嫌なんですよ」
ケフィンがそういうと全員が頷いた。
「それなら問題ない。安全第一だからな」
俺は笑いながら、さらに上の階層を目指す。
「それにしても良く階段をどんどん上がる気になりましたな」
ライオネルが、二十五階層への階段を上っている時にそう尋ねてきた。
「俺一人なら迷宮に入るのも嫌だけど、何処かの戦闘狂が頼りがいがあるからだよ。それに強い魔物の魔石が多ければ、その分必要な魔石の数も減るだろう?」
俺はそう言って、おどけて見せながら階段を上がった。
三十階層のボス部屋で現れたのは、ファイアベアとレイスだった。
レイスを見た瞬間に浄化魔法を反射的に発動していた。
レイスは溶ける様にその姿を魔石へと変えた。
状態異常になっている者がいないか確認するが、今回は大丈夫だった。
ファイアベアはケフィン隊の数名で、軽度のダメージを受けはしたが、完勝と言って良い程の内容だった。
そしてここで昼休憩を取ることにした。
「さっき魔物は間違いなくレイスだった。この迷宮の四十階層はキマイラだって、ジャスアン殿と初めて会った時に言われたよな?」
「言っていたニャ。それよりレイスをあれだけ簡単に消滅させるなんて、ルシエル様は凄すぎるニャ」
「確かにあれは凄かった。さすがその若さでS級治癒士に登り詰めたと思う」
「……レイスは俺にとっては雑魚になります。レイスが放ってくる状態異常の魔法は一切効かないので……それでも一度だけ死に掛けたことはあります」
「どうしてニャ?」
「一人でなら良いですが、周りの仲間が錯乱状態で、襲い掛かってきたからですよ。先にレイスを倒しても錯乱状態は継続するので、リカバーを掛けるまで仲間は止まりませんでした」
「なるほど。だからあれだけ早く魔法を発動していたのか」
ライオネルは顎鬚を触りながら考えていた。
「今日はナーリアが折角作ってくれた料理だから食べよう」
俺は料理を魔法袋から取り出すと、部屋に浄化魔法を掛けるのを忘れていたために、先に食べるように指示をして浄化し始めた。
試練の迷宮に一緒に潜った人達は、誰一人死んだ人はいなかったし、聖騎士や神官騎士を辞める人もいなかったが…………。
俺は暗くなる気持ちを振り払い、美味しい昼食をいただくことにした。
三十一階層からは何故かアンデッドが出なくなった。
この迷宮に一抹の不安を覚えながらも、苦戦することなく迷宮を進んで四十階層に到達した。
そこで口を開いたのはケフィンだった。
「おかしい、奴等がいない」
「奴等?」
「S級……ルシエル様、前回のここで拠点作りをしていた冒険者達です。冒険者狩りをしている掃除屋が、奴等がここに居ないなんておかしいんですよ!」
ケフィンは少し興奮状態のところを、ライオネルに諭されて、徐々に落ち着きを取り戻していった。
そんなケフィンを見ながら俺は凄く嫌な予感がしていた。
沈静化する筈の迷宮が活性化して、いなかったアンデッドの魔物まで現れた迷宮。
本来であれば、居るはずの場所にいない冒険者狩りをする掃除屋と呼ばれる冒険者達。
「俺が五十一階層にでかい魔石を取らないと言ったことを覚えているか?」
皆が頷く。
「もしかすると、その掃除屋達が魔石に触れた可能性がある」
「でもあいつらは加護なんて持っていないと思う」
「俺が五十一階層には一度しかいけないと炎龍が言っていた。そうすれば魔石が五十階層のボス部屋に移動してもおかしくない」
「……じゃあもしかして」
「掃除屋達が魔石を手にした可能性は高いが、あれは絶対に取ったらいけないって俺の直感っていうのか、運がそう告げていた気がしたから取らなかった」
……話の流れでは新たな敵か、最悪の場合は邪神が手を出してくると思ったからだ。
俺はここで進むか、引き返すかの二択を迫られることになるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
内政編のはずが、脱線ばかりですみません。