宝くじが当たったので、俺専用の女子寮を建ててみたった
かつて俺はさえないサラリーマンの一人だった。
痴漢冤罪に脅えながらすし詰めの満員電車で通勤し、上司に頭を下げ、取引先に頭を下げ、同僚と愚痴りあい、部下のしりぬぐいをする。会社が終われば朝より少しはましな満員電車で帰宅。誰もいないボロアパートでスーパーの半額弁当を食べて、テレビ見て、そして寝る。
そんなつまらない生活を送っていた。
彼女がいなかったわけではないが、仕事の忙しさに体力も気力も奪い取られて、交際に割く時間がどんどんと減っていき、関係は自然消滅した。うまく行きかけた相手とも大体は同じコースだった。
気の迷いで、二次元の彼女を求めたこともあったが、仕事が忙しくて一か月程度やらない間にストーリーを忘れてしまい、初デート前に気持ちが冷めてしまった。
無味乾燥とした社畜生活の唯一の楽しみは、宝くじを買うことだった。
これが当たったら会社なんてやめてやる! 豪邸に暮らし毎日フェラーリでドライブしてやる! 女を侍らかしてやる!
様々なクジをちょっとずつ買っては、夢のような妄想をするのが些細な俺の楽しみだった。部長に怒鳴られている時も、宝くじが当たったら札束で頬を叩いてから辞表を放り投げる妄想をしていたし、満員電車で内臓が出そうな時も、俺専用電車を走らせる妄想をしていた。
当たることはないだろうな、と漠然と感じながらも、宝くじが当たる夢だけは何度も繰り返しシュミレーションを変えながら想像し続けていた。
それが、まさか本当に当たるとは……。
当たったのは日本で最高金額のくじだった。
自分の目が信じられず、視力2.0の目を何度もこすりながら新聞の当選欄と宝くじを見比べたが、そこには組までぴったりと当たっているという事実しかなかった。
その日の仕事は当然ながら手につかなかった。本当に当たったのか、なにかの間違いではないのか、会社は辞めるべきか、帰ったらアパートが全焼していないだろうか、実は全部夢なのではないか。ぐるぐると雑多な考えが頭をめぐり、気が付いたら終業時間になっていた。
ホームセンターで金庫を買って帰ると、そこにはやはり現実しかなかった。当たったという現実が。
それからしばらくの間は夢の中にいるような、ふわふわした気持ちと漠然とした不安でいっぱいであったが、どうにか表面上はいつも通りに振る舞うことができた。勘の鋭い同僚にはなにかあるだろうと小突かれたが、彼女ができそうなんだと答えれば、おめでとうと酒の席に誘われた。
ふと思いついて他数人の親しい同僚と、可愛くない部下を誘って飲みに行くことにした。億という単位の金が手に入ったので、奢ってやろうと思い立ったのだ。はじめ部下のA村は家に帰ってテレビが見たいと断ったが、奢りだと言えば一転ついてきた。現金な男だ。
駅前にある居酒屋の座敷席にはタバコと料理の匂いが染みつき、畳の色もすっかり茶色に変色している。そんな店だが酒と料理はフツーにうまかった。それに安い。
黄金色のからあげ、泡立つビール、よく味のしみたおでん、ちょっと気取って大根おろし付きの卵焼き。蛍光ピンクのカクテルは後輩の注文だ。
食べて飲んで喋っているうちに場はあたたまり、次第に話は下と金の話になっていった。
「なあ、宝くじが当たったらなに買う?」
金の話になっている時に、俺はさりげなく話題をふることにした。
最初に口を開いたのは、2つ下のB尾だった。
「そうだな、高級車を何台も買って、毎日、日替わりで通勤したいな」
車好きのB尾らしい意見だ。だが、せっかくの高級車を通勤につかうという発想がまず笑えた。ある意味、社畜の鏡なのかもしれない。そういえば彼の愛車はビュートだったか。すでにその夢は半分叶っているのだな。
「車買うのなら、俺ならマジックミラー号買って、日本一周するわぁ。あと例のプールで水泳大会を開催する(キリッ)」
からあげをビールで流し込みながら、笑い半分で答えたC谷は、かつて俺に二次元を進めてくれた人物だった。2次元だろうが3次元だろうが2.5次元だろうがエロさえあればいけるC谷は、密かにエロ神様の名であがめたてまつられている。
彼に聞けば、自分に属性ぴったりのタイトルを教えてくれ、非常にありがたい存在だ。気が付いていなかった性的嗜好の扉を開かしてくれることも多々あり、まことに夜の生活の役に立っている。俺の【情報規制】もたっ……ああ、うん、下ネタは止めておこう。
きっと彼に宝くじが当たれば、人類の半分の喜びに繋がるステキなことをしてくれるに違いない。
「オレは会社辞めてー、家買ってー、嫁と子供と一生遊んで暮らすかなー」
次に答えたのは、この中では唯一の妻帯者であるD川だった。俺が漠然と抱いていた夢に一番近かった。まあ俺には妻も子もいないわけですが。
「俺は宝くじ買いますよ! 1億分の宝くじを買えば、きっとまた当たって倍になると思うんですよねー」
最後に答えたのは、ピンクのカクテルをマドラーでかき混ぜて遊んでいるA村である。賢いのか馬鹿なのか見当もつかないが、常人には考え付かないことである。よくパネェパネェ言っているが、お前が一番半端ないよ。
「で、赤井さんはなにを買うんですか?」
話の流れで、俺にも話題がふられてしまった。参考に聞こうと思ってふった話題だったのだが、いまだに何を買えばいいのちっとも決まらない。そういえば、金庫を買って以来、半額弁当と缶コーヒーくらいしか買っていない。
とりあえず本当の使い道については置いておいて、この場をなんと答えれば、この場を無難に過ごせるのだろうかを、今までの意見を参考に考えてみる。車か、エロか、嫁か、金か。
ぐるぐると考えてから、口にしたのは最近見たAVの内容だった。
「そうだな、俺は……俺専用の女子寮を建てるかな」
その時、口にしたことが現実になったのは5年後だった。
計画に2年。準備に1年。建築に1年。募集に1年。
当選金の半額と長い時を経て、そうしてようやく、俺は「大学生用の女子寮」を手に入れた。
女性が好む外観と内装。匠の心遣い溢れる設備。破格の家賃。そして監視カメラ付き。
24時間、寮の隅々を映す、この監視カメラの映像は、俺だけが見て、一切外部には漏らさないし、俺以外の人間には見せないという条件が付いている。
監視カメラで堂々と覗かれるが、それでも安い家賃で良質な寮に入れる。
貧乏な学生たちにとって、たった一つの大きな欠点さえ目をつぶれば、そのことは見逃せるものではかったようで、俺の寮は常に満員だった。
日々の掃除は寮生が交代でやり、年に2回だけ業者を入れた大掃除を行い、俺が直接に手を入れることはしないようにしていた。そのほうがありのままの女子大学生を見れると思ったからだった。
実際その通りで、あまりに俺の影がないおかげで、始めは緊張していた女子大学生たちは次第に「目」を気にしなくなり、半年もしないうちにごく自然体の姿をさらすようになった。下着姿で部屋をうろつくのは当たり前で、お風呂でタオルや水着を着用するものはいなくなった。
仕事から帰って、テレビをつけて女子寮を覗くことは日々の生活に潤いを与えてくれた。
ああ、仕事は辞めていない。毎日、満員電車に揺られるのも、部長に頭を下げる生活もいっさい変わっていない。ただ、女子寮を覗くことが日課になっただけだ。
ボロアパートで3割引きのお惣菜をつつきながら、キラキラした画面の向こうの女子寮をぼんやりと眺める。
部屋に集まって恋話に盛りあがる仲良し3人組。
買ってきた服で一人ファッションショーをする専門学生。
大富豪のルールで喧嘩している者たち。
洗濯機が終わるのを待ちながら、ネイルを塗っている院生。
かわいいパジャマを着てパーティだ☆って言ってたのに、別々に漫画を読みふける者。
監視カメラの向こうには、まぶしいばかりの光景があった。
女子寮を建てた時にはエロい気持ちしかなかった。お風呂とか着替えとか見て、うへへすることしか考えていなかった。きっかけとなったAVもそんな感じだった。
だが、何か月も何年も見ているうちに、エロではなく、女子独特のきらきらしたなにかに心が魅かれるようになっていた。お菓子を持ち寄って恋話を何時間もしたり、編みものブームが起きて全員がマフラーを編み始めたり、ハロウィンの仮装に全力をかけたり、その延長でふだんから寮内をメイドや着ぐるみが跋扈するようになったり。
そんな些細な日常が、ひどく、羨ましかった。
俺もあのきらきらした綺麗な空間に混じって、クッキーを焼いたり、芸能人の話で盛り上がったり、漫画を貸し借りしたり、枕投げしたりしたかった。
だけど、俺が混じってしまえば、あの輝きは黒く濁って消えてしまうだろう。男がいないからこそ、あの場所は宝石のように輝いてみえるのだ。
いっそのこと、女に生まれればよかった。
そうすれば、自然にあの眩い中に入っていけたのに。
俺は輝きを消してしまわぬよう、じっと息を殺して、小さなアパートから覗くことしかできなかった。
いや、俺にはもう一つできることがあった。
形は少しばかり違うかもしれないが、あのキラキラの中に入るだけの力が俺にはまだあるのだ。
そして、
俺は、
俺専用の女子寮を建てた。
数年後、そこには野太い声が響く女子寮2号館の姿が……!!
「やだー、C谷先輩ってばマジ巨乳~」
「え~? こんなにおっきくたっていいことないって、それよりA村の腰細くてマジうらやま~」
「うんうん、A村ちゃんてば、スリムでいーなっ」
「もうっ、赤井先輩もやめてくださいよ」
「うふふきゃはは」
***
CV入れようとおもったが、男性声優なんて知らないことに気が付いた